農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ・鳥インフルエンザ−3 

再び病気を発生させないために

 浅田農産会長夫妻の自殺という衝撃的なできごとをきっかけに、鳥インフルエンザの問題を、生産者の側から考えてみようと取材を始めた。現在、鳥インフルエンザは沈静化しているように見える。しかし、生産者が安心して生産活動をし、多くの雇用を抱えた経営を維持していくための確かな方策がとられたとは言い難い。そこで最終回である今回は、感染経路を含めて、再びこの病気を発生させないために何が必要なのか。もし再発しても第2の浅田さんを出さないために何が必要かを考えてみることにした。


◆特定できない感染経路 タイ・ベトナム・中国では再発


 4月13日の京都での終息宣言以降、日本では鳥インフルエンザは発生していない。しかし、終息宣言をしたタイ、ベトナム、中国で再び鳥インフルエンザが発生していることが確認された。このことは、いまは沈静化していても、いずれ日本でも再発生する可能性があることを示唆しており、生産者はいまだに不安感を持ちつづけている。
 6月30日に、農水省の高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チームが報告書をまとめた。それによると「朝鮮半島等から渡り鳥によって我が国にウィルスが持ち込まれた可能性があると結論づけられる」としながら、各発生農場や鶏舎への侵入経路は「一般に、カモなどの水きん類が直接鶏舎内に侵入するとは考えにくい」ので、「カモなどの渡り鳥の糞が感染源となり、付近に生息する留鳥、ネズミ等の動物や人などの媒介により、鶏舎にウィルスが持ち込まれた可能性が考えられる」とあらゆる可能性があることを示唆したが、感染経路を特定することは、現場での防疫措置が終了した後で疫学調査がされるために物的証拠がなく難しいとしている。


◆ネットと消毒で本当に防げるのか


 そして、今後の予防対策として、伝染病予防の原則は「(1)病原体、(2)感受性動物、(3)感染経路」の3つの発生要因の「いずれか一つまたは複数の要因を遮断することにある」と、9項目の対策をあげている。養鶏生産現場に関わる主な内容は、野鳥対策の強化、野生動物・衛生害虫対策の強化、給水用の水の消毒や養鶏場入口や鶏舎への出入口に消毒槽を常備するなど衛生管理の徹底などだ。
 だが、これらの指摘に目新しいものはなく、少なくとも鳥インフルエンザが国内で発生以降は、多くの養鶏農家がすでに実施していることが多く、「ネットを張れ、消毒をしろといわれても、本当にそれで防げるとは思えない」という生産者もいる。なぜなら、欧米での発生のほとんどのケースが、感染する危険性が低いといわれるウィンドレス鶏舎で起きているからだ。
 いま生産者が不安な気持ちを抱いている最大の要因は「どうしたら本当に感染を防げるのかという具体的な方法が、マニュアルも含めて何も示されていないから」だ。「防疫というのは病気を防ぐこと」なのに、国の「防疫マニュアル」は「病気が発生した後、殺処分するなどまん延することを防ぐことが中心」ではないかという不満がある。


◆ワクチン使用で決定的に違う国と生産者の意見


 養鶏業界は企業化・大規模化していることは第1回で指摘したが、数十人から数百人の雇用を抱えた経営体として自らの農場をどうしたら鳥インフルエンザのウィルスから守れるのか。そのためには、どうすればいいのか。これが、彼らの最大の関心事だ。
 「ワクチンを使えば、感染する鶏を100分の1に抑え、かつ、感染した鶏から排出されるウィルス量を1000分の1から1万分の1に抑えられ、農場にばら撒かれるウィルスの絶対量が減る」「病気は、まず免疫力のない、抵抗力の弱い鶏から発生し感染が広がるのだから、ワクチンでハードルを高くすれば発生が抑えられる」から「予防的な措置としてワクチンを使いたい」と、日本鶏卵生産者協会は主張する。
 国の防疫方針は「摘発・淘汰を原則とし、感染が拡大して通常の防疫措置では防ぎきれなくなった場合のみに緊急的にワクチンを使用する」と予防的な措置としてワクチンを使用することを否定。現在、マニュアルの見直しがされているが、その方針を変える意思はない。そこには、淘汰(殺処分)することで発生4例を抑え込むことができたので、また発生しても同じ手法で抑え込めるという自信があるのかもしれない。
 だが、生産者が問題にしているのは、発生してからの措置ではなく、できる限り「発生させないために何をするのか」であり「ワクチンの使用を認めないなら、どうやって予防するのか具体的な方法を示せ」ということだ。国と生産者はこの問題で話合いの場を設けているが「平行線のまま」というのが実状のようだ。
 関東や南九州などの大密集地帯で発生すれば、日本の養鶏は壊滅的な打撃を受けるおそれがある。そうなれば、安全で安価な国産鶏卵を消費者が食べることはできなくなるかもしれないのだ。「消費者にスタンスをおいて」と農水省はいうが、国内生産者が安心して生産できなければ、消費者も安全で安心な食料を手にすることができないことを肝に銘じるべきではないのだろうか。マニュアルづくりも含めて、もっと率直に生産者の意見も聞き、柔軟に対応して欲しいと思う。


◆補償問題の基本的な解決にならない法改正


 このシリーズを始めるきっかけをつくったのは、浅田農産の会長夫妻の自殺だった。そしてその背景に経済的損失への補償問題があったことはすでに指摘した。その後、届出義務違反に対する罰則強化とともに、移動制限命令に協力した畜産農家に「都道府県が売上げの減少額や飼料費・保管費・輸送費等を助成する場合には、国がその助成額の1/2を負担することとする」(農水省)という法改正を行った。
 だが、これは「都道府県が助成する場合には、国も負担する」のであって、自治体が助成しない場合は、国も助成しないということになる。助成ゼロということはないとしても、発生したら「どういう手順のもとに、どれくらい補償されるのか」は、事前に生産者には分からない。事前に補償内容が分かっていることが、第2、第3の浅田さんを出さないことであり、これでは問題が基本的に解決されたとはいえない。
 本来は国がその基準を明確に示すべきだと考えるが、地方自治体に任せるのならば、生産者団体は早急に各自治体と交渉し、「どういう手順のもとに、どれくらい補償されるのか」を事前に決めておく必要があるのではないだろうか。発生後では、また大きな混乱を招く危険性が高いからだ。


◆終わりに


 多くのマスコミや一部学者が「人に感染する」可能性があるような報道・発言をしたことが「風評被害」を生み、多くの生産者がそのことで大きな経済的な損失を蒙った。そうした誤解を解くために、日本鶏卵生産者協会は「鳥インフルエンザを巡る人感染問題について」という分かりやすいパンフレットを大量に作成し配布している。生産者団体としては止むに止まれぬ気持ちから作成したのだろうが、本来ならばこれは食品安全委員会なり国の仕事ではないのか。風評被害が全国に広がり「大火事」になってから出された「安全宣言」といい、食品安全委員会とは、誰のための、何のためのものか、厳しく見つめ直す必要があることを痛感した。
(このシリーズは今回で終了) (2004.7.27)


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