農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 財界の農業政策を斬る(6)

財界が賞賛する新しい動き支えるのは「多様な担い手」
小池 恒男 滋賀県立大学環境科学部教授

◆何のための「担い手経営支援策」なのか

小池 恒男教授
こいけ・つねお
1941年生まれ、出身は長野県。京都大学大学院農学研究科修了、専門は農業経営学・農政学、環境農学。現職は滋賀県立大学環境科学部、教授。著書:「日本農業の課題と展望」(共著、家の光協会)、『国際時代の農業経済学』(富民協会)、「激変する食糧法下の米市場」(筑波書房)、協同組合のコーポレートガバナンス(家の光協会)

 日本経済調査会『農政の抜本的改革:基本方針と具体像』(以下では『財界提言』)のこの点に関しての論理展開は、「国内農産物保護のための高関税は市場を歪め、健全な競争を阻害するから排除しなければならない」、しかし、「克服しがたい自然条件ゆえの一定の支援は必要である」、「この連立方程式を解くポイントは品目別価格政策から経営支援への政策転換を図ることにある」と、きわめて単純明解なものである(2.基本認識と提言要旨)。しかしながら、これを受けての経営支援策の具体的な手法についてふれられているのは、わずかに以下の記述のみである。「具体的な姿としては、農業経営に投じられている経営資源の規模に応じた支払い、例えば労働投入やこれを反映する指標としての農地面積に応じた支払いといった手法が考えられる」と(4.政策転換・制度改革の具体像〈提言その2〉)。これはいかにも「自信なげに」という他はなく、むしろ意外な感じを受ける。しかしいずれにしても『財界提言』としては「直接支払いの経営支援策」ということなのであろう。
 周知のように、7月の参議院選挙の際に公表された農業政策においてほとんどの政党によって「直接支払い」の採用がうたわれた。しかしながら「直接支払い」政策に求められる第一の条件は、何よりも政策目的が明確であるという条件である。その点、「環境直接支払い」、「条件不利地域直接支払い」にしてもそれは国民の眼からみてきわめてわかりやすいものといえる。ところで、『財界提言』のいう「担い手経営支援策」の「直接支払い」が「担い手絞り込み」を大前提にするとき、その根拠が限りなく見えにくいものになってしまうという致命的な欠陥をもつ。先にみた『財界提言』が言う、「克服しがたい自然条件ゆえの一定の支援」であってみれば、当然のことながら、その自然条件は万人に共通のものであるということになる。残るのは結局は「担い手」という条件ということになるが、その客観的な指標はとくにアジアの農業においては見い出しがたいと言うことにならざるを得ないし、消費者の眼から見れば、担い手・非担い手いずれの生産によるものであれ、米は米であって「担い手を絞り込んで直接支払い」の根拠は見出しがたい。この点に関しては、『財界提言』自らが、「改革心のある農業者」、「日本の農業の牽引者となる農業経営」という抽象的な「担い手像」をただ繰り返しているにとどまっていることをみても容易に理解されるところであろう。

◆何のための「担い手絞り込み」なのか

 『財界提言』は、担い手経営支援策をめぐる大きな論点は、対策の対象をどう絞り込むかであるとして、「改革心のある農業者」、「日本の農業の牽引者となる農業経営」を言っているわけであるが、それではなぜ「絞り込み」なのかという点でみるとどうか。担い手経営を支援する思い切った政策導入の目的について提言は、「国境措置の転換にともなって予想される国内農産物価格の低下への対処という目的を明瞭に打ち出すべきである」としている。
 さらに経済同友会『農業の将来を切り拓く構造改革の加速』はより一層あからさまに、「構造改革の加速と市場の開放にともなって、持続可能な農業を担い得る経営体までも淘汰されないように政策的な対応が必要である」として「直接支払い制度の活用」を言っている。つまり、そこで求められているものは、「国内の政策・制度を国際的な規律に合致したものに改める」ことであり、食料・農業・農村基本法がうたっているような「国内の農業生産の増大を図ることを基本」とするという観点はそこにはない(第2条第2項)。つまり、『財界提言』は、「農政改革の全体を一つの緊密なパッケージとして推進することの重要性」を強調してはいるが(3.政策転換・制度改革の基本指針〈提言その1〉)、関税、財政負担、国内農業生産の拡大(自給率)、生産者価格、構造改革の進捗度等々の水準がどのように関連しあっていて、これらをどのようにバランスとるのかという体系的な政策提案にはなっていない。
 やはり、市場原理のより積極的な導入と強化という政策理念と、担い手育成という部分の計画原理とは相入れない政策理念であるということであるが、しかしそこは『財界提言」は、「絞り込み」は言っても、「なるようにしかならない」と割り切ってみているのであろう。しかしながら、『財界提言』が賞賛してやまない「各地に誕生しているグリーンツーリズム」、「急成長するファ−マーズマーケット」、「地産地消運動の広がり」(5.むすび:日本農業の将来像)等々の展開こそまさに多様な担い手によって担われていることを示しているのである。

◆耕作放棄地発生についての異なる見解

 『財界提言』は耕作放棄地発生について農地制度の欠陥のみを指摘しているが、それについてのマクロの分析に基づく指摘も重要である。
 2000年の『世界農業センサス』に基づく都道府県別データによれば、耕作放棄地率が高いのは(経営耕地総面積に対する耕作放棄地面積の割合)長崎県の16・6%、山梨県の16・1%、奈良県の14・0%である。低いのは秋田県の2・0%、富山県、滋賀県の2・2%である。北海道は別格の0・9%、都府県平均は7・3%である。
 都府県別データに基づく関係分析から明らかになる耕作放棄地率と諸要因との相関は、畑地率、農地の中山間地割合と正の相関を有し、圃場整備率、借地率と負の相関を有するというものである。加えて、生産調整が耕作放棄地発生の主たる契機になったことも否めないところである。ここで、耕作放棄地発生と構造変化にかかわってとくに強調しておかなければならないのは、圃場整備の重要性についてである。
 圃場整備率の高さは借地率の高さと強い正の相関を有し、かつ、相ともなって農地の荒廃化を抑制するもっとも有効な要因として作用している。ただ農地の荒廃化を抑制するのみでなく、小規模農家の営農の継続を困難にし、一方において、大規模経営の規模拡大意欲を刺激し、結果として、ただ全体として農地の流動化を促進するのみならず、大規模経営への農地集結という明確な方向性をもっという点において正当な評価がなされるべきであろう。同時に、中山間地域における今後の一層の圃場整備の推進が提起されるべきであり、とくに等高線区画整理等の工法の積極的な採用も提起されるべきであろう。
 農地改革に対する地主の農地買収にかかる不服の上告事件について、「上告を棄却する」の昭和23年12月の最高裁の判決は、「農地改革の目的とした農村民主化と農業生産力発展は決して特定階層・特定集団の利害に基づくものではなく、全国民的な利害(公共性)に基づいている」という理由をもって合憲とした、その精神に鑑みれば確かに耕作放棄地はあってはならないものである。これに対して農地行政がえりをただして臨まなければならないことは言うまでもないところである。
 しかしながら、耕作放棄地に眼をつけて規模拡大に成功している事例を見る限り、地域における荒廃農地の複田の取り組みにより一層の熱意と工夫の余地ありの印象を受ける。人命にかかわる企業の不祥事というものがこれだけ日常的に発生するということを考えるならば、法治国家と言えども、むしろこのことを前提にした農地制度を考えるのが当然であるし、「事前規制中心から事後規制中心システムへの転換」などと言わずに、事前規制も事後規制もしっかりやってもらわないことにはどうにもならないというのが実感である。 (2004.8.19)


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