農業協同組合新聞 JACOM
   

現場から考える「担い手」政策
インタビュー 「最低粗収益保障制度」の創設を
井田磯弘 全国稲作経営者会議会長に聞く
インタビュアー 村田 武 九州大学大学院農学研究院教授


 新たな基本計画策定の議論で焦点となっているのが「担い手」をどう考えどう育成するか、だ。国は、効率的で安定的な経営をめざす経営体を担い手とし、そこに集中的に施策を実施することによって構造改革を図ろうとの方針を示している。施策の対象には経営規模などの要件を設定して絞り込む方向だ。しかし、一部の担い手だけで食料自給率の向上が実現できるのか、需給調整が必要な米の生産に混乱をもたらさないのか、といった批判が強い。JAグループは、地域の実態をふまえて多様で幅広い担い手を育成することこそが重要と主張、集落営農の組織化にも力を入れている。このシリーズでは、担い手政策問題について、JA、生産者など現場の立場から意見を聞き、真に求められる政策を探っていきたい。

◆急速な米価下落に不安募らせる稲作経営者

井田磯弘 全国稲作経営者会議会長
井田磯弘
全国稲作経営者会議会長
  村田 2005年を迎えました。昨年は台風、さらに新潟県中越地震と、全国稲作経営者会議の会員の皆さんにも被害を受けた方が少なくないと存じます。心からお見舞い申し上げるとともに、一刻も早くその打撃から立ち直られるよう祈念いたします。
 まず、「全国稲作経営者会議」の取り組みから紹介いただけますか。

 井田 稲作を基本に経営の確立をめざす農業者が、昭和51年に設立した全国組織が全国稲作経営者会議です。現在の会員は、北は青森県から南は鹿児島県まで29県組織、約1500人が加入しています。平均経営規模は約20haです。近年は、これに加えて10ha程度の農作業受託や、米の産地直送販売を中心とした販売チャネルの多様化など、生産から加工・販売まで一貫した多角的経営を行っています。私たちは、一歩一歩規模拡大を進め、コスト削減など経営者としての努力を重ねてきました。
 しかし、国際化の進展や過剰基調による国内産米価格の低下が、生産調整への協力を含む私たちの努力よりも速く進行し、先行き不透明な状況となっています。私たち稲作経営者が、21世紀に生き残り勝ち残っていくためには、経営者としての創意工夫をいっそう強め、チャレンジ精神を失わず、この難局を乗り越えていかねばならないと覚悟を新たにしています。

◆食料自給率問題は農政の根幹

 村田 井田さんは、その全国稲作経営者会議の会長として、水田農業の確立に向けての提案(「井田私案」)をまとめられたと聞いています。今日は、その「井田私案」で、農水省の「新たな基本計画に向けた中間論点整理」について、どのような見解を示されたのかを、お話しいただけますか。
 最初に、「中間論点整理」の第一印象はいかがですか。

 井田 私たちは、大規模稲作経営者として自覚を持って稲作経営に取り組んでおり、地域水田農業ビジョンの実践を通して水田農業の構造改革が実現することこそが、自信と誇りをもって農業経営に専念することができる道だと考えています。したがって、「新たな食料・農業・農村計画」の「中間論点整理」で検討されている農政改革には大きな期待を寄せています。
 しかし、「中間論点整理」で何よりも残念なのは、国民の最大の関心事である食料自給率問題について検証さえなされていないことです。食料自給率は、食料安全保障と農業の多面的機能の発揮という食料・農業・農村基本法の理念を具体化した目標ですよ。わが国がWTOで国際的主張の拠り所として訴えている「多様な農業の共存」とは、「食料自給率の向上」と同義語ではないでしょうか。自給率問題をおろそかにすれば、内外から足元をみられ、農政の根底が揺らぐことになると考えています。
 平成12年3月に策定された「食料・農業・農村基本計画」の唯一の指標が、「平成22年の食料自給率目標45%」でした。私が注目するのは、総合自給率は下げ止まっていないものの、国がテコ入れした品目の自給率は上がっていることです。小麦、大麦・裸麦、大豆、砂糖です。
 つまり、土地利用型農業活性化大綱によって本格的生産とした麦、大豆など自給率向上のための、品質向上を含めた生産拡大政策のテコ入れをおこなった品目は、確実に自給率は向上しています。食料自給率目標について、先送りすることなく、新たな食料・農業・農村基本計画の検討のなかでしっかりした検証を行うと同時に、達成のための具体的な方針を示すべきだと考えます。

◆経営安定対策―対象絞り込みで需給は大混乱に

村田 武 九州大学大学院農学研究院教授
村田 武
九州大学大学院農学研究院教授
 村田 さて、「中間論点整理」は農業の構造改革の立ち遅れを一挙に打開するとして、「対象となる担い手を明確化した施策の集中化・重点化を徹底する」という「担い手政策の改革」を提案するものになっています。このことについてどう思われますか。

 井田 認定農業者を基本とした担い手に施策を重点的・集中的に実施する方針については大いに賛同します。しかし、現実問題として、経営規模は10ha以上であり、地域の担い手として自負しているにも関わらず、生産調整に参加していないとか、農協に出荷していないとかの理由で認定農業者に認定されない場合があります。早急に認定農業者の明確な基準をもうけるとともに、認定農業者のリストを公表するなど、国民の理解が得られる透明性のある制度にしていく必要があります。
 現在集落等では担い手の明確化等を盛り込んだ集落(地区)ビジョン実践運動に取り組んでいますが、これらの取り組みを無駄にしないためには早急に経営所得対策の対象となる規模要件などを明示することが求められます。
 大規模経営者や認定農業者など担い手となる者が存在する場合には、担い手の意見を尊重し、集落営農が必要でない場合は立ち上げるべきではないと考えています。
 とりわけ集落営農を立ち上げれば国の助成金が受けられるという発想は、消極的で慎むべきであると考えています。もちろん集落営農すべてを否定するものではありません。集落営農は、認定農業者等担い手がいない地域や地理的に大規模農業者が育ちにくい中山間地域などの地域では、極めて有効な営農組織でしょう。

 村田 次に、担い手に集中するという経営安定対策において、「品目横断的政策の確立」なるものが打ち出されていますね。「品目横断的政策のイメージ」として、毎年の作付面積は原則自由であることを前提として、「諸外国との生産条件格差是正対策」と「収入・所得変動緩和対策」とを、直接支払いする方式のようです。

 井田 「諸外国との生産条件格差是正対策」というのは、具体的には、麦作経営安定資金(17年産小麦・ランクAで6650円/60kg)や大豆交付金(17年産大豆で8020円/60kg、および品質加算300円)など「ゲタ」の部分を助成する仕組みを考えたらよいのでしょう。コメについては、現行の関税341円(1kg)が諸外国との生産条件格差を帳消しにしているから、当分の間はこうした措置は行わないということだと考えられます。「収入・所得変動緩和対策」(「ナラシ」)は、生産者と国とで資金造成をおこなう仕組みであって、米改革の担い手経営安定対策の延長線上にある仕組みでしょう。
 私としては、新たな経営所得対策としてこの制度を導入することについては異論がありません。
 しかし、本対策の要件を「効率的かつ安定的な経営体」に極端に絞った場合、最も恐れるのは対策の対象外となった地権者が農地の貸付けをやめて、米の生産数量配分を無視した米生産に走ることです。したがって、国が考えている面積要件を満たさないまでも、その予備軍として「準担い手経営」も施策の対象とするなどの現実的な対応が必要です。また、「諸外国との生産条件格差」にもとづく是正対策が、関税引き下げなど国境措置緩和の代償だとするならば、その影響を受ける全ての生産者を対象としなければ政策の整合性がとれません。
 さらに、このような経営所得対策は、任意・選択制を基本とした施策とすべきだとも考えます。

◆品目横断政策はセーフティ・ネットになるのか?

 井田 「諸外国との生産条件格差是正対策」は、コメについては、JA福岡中央会の高武孝充部長の計算(検証「新基本計画の問題点 施策の集中化で構造改革は進むか」参照)によれば、関税水準が現在の341円(1kg)から280円前後に下がってようやく適用されるようです。
 たとえ、関税引き下げの代償として適用されるようになったとしても、問題は、この生産条件格差是正対策と国内産米価格とが連動していないことです。「ゲタ」部分の補てんがいくらかあっても、また「ナラシ」部分の補てんも、米価が趨勢的に下落していくときには下支えにはなりません。このことは稲作経営安定対策で、すでに実証されています。つまり、両者を組み合わせても、下支えとしてのセーフティ・ネットが欠落しているのです。したがって、これ以下には米価が下がらない水準を担保する仕組みが必要です。
 たとえば、市場価格が、米改革で導入した担い手経営安定対策の面積要件としている4ha規模層の第二次生産費(2002年度)である1万4000円(60kg)を下回った場合、すなわち、米の販売収入が10aあたり収量500kgとして11万6700円を下回った場合は、その差額を補てんするような「最低粗収益保障制度」の創設をぜひとも求めたいと思います。

(2005.2.1)

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