農業協同組合新聞 JACOM
   

明日の日本農業をつくるIPM
天敵を核にIPMを確立

 国民に安定的に品質の良い食料を供給するために、化学的農薬は必要不可欠な農業生産資材だといえる。しかし、最近は食の安全・安心や環境問題への関心が高まっており、これに配慮した農業生産が求められている。こうしたニーズに応えつつ農産物の安定的な生産を確保するためには、農薬による環境リスクなどを低減させつつも有効な病害虫防除対策が必要となる。そのため、病害虫の発生予察情報などにもとづいて、化学的農薬と天敵やフェロモン剤を利用した生物的防除、防虫ネットや粘着板などを利用した物理的防除、輪作などの耕種的防除を適切に組み合わせ、環境負荷を低減しつつ病害虫の発生を経済的被害が生じるレベル以下に抑える「総合的病害虫管理(IPM:Integrated Pest Management)」が注目され、国も現在、IPM検討会において実践指標作成指針を作成するための検討を行なっている。
 IPMはFAO2003の定義でも分かるように「天敵を使わなければだめだ」とか「化学的農薬を減らせばIPMだ」という短絡的なものではなく、病害虫や雑草の防除にあたって、さまざまな有効な手段を適切に組み合わせて行ない、そのときに徹底的に殺滅するのではなく、農産物の収量や価格に実害がない程度に防除すれば十分だとする考え方だ。IPMは防除手段ではなく、考え方あるいはシステムなのだ。
 すでに先進的な産地では、地域性や品目の栽培条件などにあわせたさまざまな取り組みが始まっている。JA全農もIPM分野の強化をはかるために、肥料農薬部に専任担当を設置して(フェロモン剤を核としたIPM防除体系の確立と普及を中心に全国本部・県連、県本部、JA、産地、県内関係機関、関係メーカーと一体となって)取り組みを進めている。
 また、農薬会社でも、捕食性天敵や微生物天敵、フェロモン剤など生物農薬の開発、天敵生物や受粉ハチなど有用生物に影響が少ない農薬などIPMに適合した薬剤の研究開発に積極的に取り組んでいる。
 そこで本紙では、IPMに適合した薬剤などの開発に取り組んでいる農薬会社に、IPMをどう位置づけて研究開発しているのか。具体的にどのような製品とプログラムがあるのか。さらにそれらが実際に生産現場でどのように活かされ、どんな効果があるのかを取材しシリーズで掲載することにした。第1回目は、住友化学(株)と高知県のJA土佐あき。

【IPMの定義】

FAO(国連食糧農業機関)2003年

 IPMとは、全ての利用可能な病害虫防除技術を慎重に考慮のうえ、病害虫密度の増加を抑え、かつ農薬およびその他の防御措置を経済的に適正で人の健康と環境への危険を軽減あるいは最小にする水準に維持する適切な手段の統合をいう。総合的病害虫管理は農業生態系の撹乱を可能な限り少なくしつつ健康な作物の生長を重視し、自然の病害虫抑制メカニズムを助長するものである。

農家が楽をして、良いモノを作るためにIPMを導入
――JA土佐あき

◆施設栽培ナス・ピーマンの大産地

一面にハウスが広がる芸西村
一面にハウスが広がる芸西村

 高知県は施設園芸の盛んな県だが、なかでも県東部に位置するJA土佐あき管内(安芸市・室戸市・東洋町・安田町・田野町・奈半利町・馬路村・北川村・芸西村)は、ナス・ピーマン・みょうがの有数な産地として知られ、JAの販売事業の9割弱が高知ナスやピーマン・みょうがなどの野菜や果実・花きが占めている。地域別にみると安芸市・安田町・芸西村の3地域で約75%が生産されている。
 今回は同JAの中でも天敵を使った防除で先進的な役割を果たしている芸西営農センターに取材した。
 高知市方面から芸西村に入ると、整備されたほ場にハウスが林立する圧倒的な景観に驚かされる。昭和50年代に210haがほ場整備されこのハウス団地が誕生した。ここから年間約22億円の野菜類が出荷されている。代表的なものは高知ナスとピーマンで、ナスが約10億円、ピーマンはJAの9割を占める6億円だという。
 青果物は高知園芸連を通じて全国に出荷されている。高知園芸連では「病害虫の発生を抑え、作物の被害を防ぐIPMを取り入れた環境にやさしい生産方法としてエコシステム栽培」を進めており、受粉ハチや天敵、防虫ネットの使用、栽培履歴の提出などの条件をクリアしたものに「エコシステム栽培」の商標マークを付け市場出荷している。

◆コストが低減され、ハウスで観察する余裕が生まれた

 ナス・ピーマンの最大の害虫はミナミキイロアザミウマなどアザミウマ類だ。これの防除のために、平成10年に天敵・ククメリスカブリダニを導入したが十分な効果を得ることができなかった。その後「タイリクヒメカメムシ(商品名:オリスターA、トスパック、タイリク)が出てきたので導入し、ほとんど抑えることができた。いまはこれが中心だ」と小松俊英同JA営農課係長。
 天敵を使い始めたのは、「害虫をなくして、農家がいかに楽をして、良いものをつくるかだ」という。そのために天敵だけではなく同時期に受粉ハチ(当初はマルハナバチ、現在はミツバチ)も導入、有色粘着板、防虫ネット、黄色蛍光灯、シルバーマルチなどの物理的防除も推進している。こうしたIPM導入で、年間636時間も作業時間があった単花処理が、受粉ハチ導入で必要なくなったり、農薬散布回数が減るなど作業が大幅に省力化された。その分、ハウスに入り病害虫の発生がないか観察する時間が増えたという。JAでは全生産者にルーペを配布し、観察を促すこともしている。
 コスト的にも図1のように平成11園芸年度を100とすると16年度は殺虫剤は28.8%、殺菌剤は50.6%。受粉ハチを含めた合計でも74.5%とコストが低減されている(これは芸西村のハウス〈22a〉で調査された)。

◆我慢することが天敵導入のポイント

 天敵を導入しても、害虫被害は完全にはなくならない。害虫と天敵の共存関係のバランスが崩れれば被害が大きくなり経済的損失を招くこともある。そのときには、農薬を補助的に使うが、それは天敵に影響のない薬剤でなければ天敵も死滅してしまう。そういう意味で、選択性殺虫剤のプレオ(住友化学)の存在は大きいという。また、病害は天敵では防除できないので殺菌剤は使う。しかし、受粉ハチや天敵の利用で花抜けがよくなり、感染源がなくなることで灰色かび病の発生が減少したという。
 天敵導入などIPMに当初から取り組んだ芸西村園芸研究会会長(園芸品目横断のJAの組織)の谷山広明さんは、天敵導入で一番大事なことは「放飼して天敵が効いてくるまでの2週間から20日くらいを我慢すること」だという。生産者は虫をみれば薬剤を使って防除したくなるからだ。そこを我慢すれば図2のように害虫は減り被害はでない。
 JAでは改良普及センターと協力して、天敵利用法や農薬の種類と天敵類への影響を「天敵利用虎の巻〜今日からあなたも天敵名人」という冊子にまとめ全生産者に配布している。
アザミウマ類とタイリクヒメハナカメムシの発生推移(米ナス)
注:アザミウマ類が1葉2頭以下なら被害はでないという。アザミウマ類が増加して被害が出る前にプレオなど天敵に影響の少ない薬剤を散布すると害虫の密度をさげ天敵の働きを補完し効果的に防除できる。
注2:「天敵利用 虎の巻」から

IPMをコアに総合力で農業に貢献できる企業に
――住友化学(株)

◆経済性まで含めて
 農家に役立つ技術を提供

受粉バチの巣箱、黄色蛍光灯、粘着板などが見える谷山さんのハウス。天敵が卵を生みつけているのでナスの葉はそのままにしておく
受粉バチの巣箱、黄色蛍光灯、粘着板などが見える谷山さんのハウス。天敵が卵を生みつけているのでナスの葉はそのままにしておく

 「植物問題解決型企業」というのが住友化学をはじめとする住友グループのビジョンだ。住友グループには農薬だけではなく、肥料や生産資材を扱っている会社があるので、その総合力を活かして、農業場面での問題解決にはグループの農業関連部門が連携して応えていくということだ。そのなかで「IPMは非常に重要なコアになる技術だ」と岡本アグロ事業部長は位置づける。
 IPM/ICM開発チームの森田耕一担当部長は、21世紀は「人や地球にやさしく協調できるような技術の時代であり、天敵とか有用生物に影響しないプレオのような農薬とか粘着板などの防除技術はその代表だと思う」という。そして、そういうものを「いままでやってきた農薬と一体化させて提供しよう」というのが住友化学のIPMに対する基本的な考え方だとも。さらに「経済性まで含めて農家の役に立つ技術を提供することが、住友にとってのIPMの重要なことだ」と石本泰彦プロダクト担当部長。

◆個々の技術を組み合わせ
 産地にあったプランを提案

 具体的には、アザミウマ類の日本在来天敵であるタイリクヒメカメムシを使用した「オリスターA」(系統ではトスパック)をベースに、天敵には影響がなく鱗翅目や総翅目害虫に優れた防除効果をもつ選択性殺虫剤「プレオ」や粘着板などパーツごとの技術を組み合わせて、コストも考え、産地にあったプランを提案してきている。そのときに必要な資材だが住友グループにないものは、他社の製品の性質を理解したうえで使うことを提案することもあるという。
 産地がIPMを導入するときに大事なことは、労力の軽減とか農薬使用回数の削減などいろいろなアプローチの仕方があっていいが、「目標を明確にして、そのための普及体制を整える」ことではないかと、いままでの経験から指摘する。それを実践したのが、JA土佐あき、だとも。そしてメーカーとしては、もっと簡単で使いやすい技術を開発することで、産地や生産者に貢献したいというのがIPM担当者の願いだという。
(2005.3.14)

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