農業協同組合新聞 JACOM
   

明日の日本農業をつくるIPM
品目・組織を超えて地域全体でIPMに取り組む

 農作物が生産される環境は、その作物によって大きく異なっている。IPM(総合的病害虫管理)もその作物とそれが生産される環境に合わせて考えられなければ効果はない。モモやリンゴ、ナシのような果樹の場合、そのほ場は完全にオープンな屋外だ。ハウス栽培のようにある意味で閉鎖された空間で生産される場合には、個人でIPMに取り組むこともできるが、屋外で栽培される果樹の場合には一定の地域全体で取り組まなければ効果は期待できない。そうした果樹でIPMに取り組むJAみなみ信州(長野県)と、フェロモン剤を核に果樹のIPMを進めている協友アグリ(株)に取材した。

消費地のニーズに応える 産地づくりをめざして
JAみなみ信州

さまざまな果樹がモザイク模様に混植された地域

 ゴールデンウィーク明けの5月9日、長野県下伊那郡高森町新田原の公民館前に14〜15人の生産者が集まり、真剣な表情で若林秀忠長野県農業技術課専門技術員の説明を聞いていた。果樹用フェロモン剤(コンフューザー)を広域的に設置した場合の効果を実証する試験を行うためだ。
 若林専技の説明が終わると、近くのリンゴとナシのほ場で、JAみなみ信州の営農指導員や協友アグリの社員から手ほどきを受け、実際の設置作業を行ってみる。その後、各自のほ場に帰り、設置作業が行われる。それは、リンゴ・ナシ・モモ3品目で約13ha、収穫までの間、害虫の発生や被害果数などが定期的にチェックされる。
 JAみなみ信州(松下數之組合長)は、長野県南部の飯田・下伊那地区の1市3町14村を管内とする広域JAだ。この地区のほぼ中央を天竜川が流れ、河岸段丘による地勢が形成され、400〜800mという異なる標高ごとにさまざまな農産物が生産されている。とくにリンゴ・ナシ・モモ・ウメ・カキ・ブドウなど品目が豊富な果樹類は、JA販売高の4割弱(15年度)を占める基幹品目だ。
 そしてこの地域の果樹生産の大きな特徴は、品目の異なる果樹がモザイク模様のように地域全体で混植されていることだ。実際に歩いてみると、一つのほ場の中に、ナシとリンゴがやや広めの作業用通路を隔てて植栽されていたりする光景に出会う。

◆全ほ場にフェロモン剤を設置する

熱心に説明を聞く生産者
熱心に説明を聞く生産者
 JAみなみ信州は、消費地の「安全・安心で環境にやさしい果物づくり」というニーズに応える果樹生産をするために、16年からフェロモン剤の導入に積極的に取り組んでいると北沢章同JA生産部果実課考査役はいう。それは、取引先である生協はもちろん、最近は量販店からも栽培暦やどういう農薬を使用しているのかという情報の提示が求められることが多くなり、それに応えられる生産方法をとらなければ「販売上、信頼されない」からだ。
  JAでは、フェロモン剤の機能をより有効に利用するためには、▽設置面積が広いほど効果があるので「広域的設置」をする、▽品目ではなく地域ごとの設置で効果が上がるので「地域集団的設置」をする、▽適期の防除で発生密度を低下させるための「病害虫発生予察による防除適期の把握」、▽これらを組み合わせることで、より効果のある防除対策が実現できる、という基本的な考え方で取り組みを始める。
  具体的には、16年度からモモは全ほ場でフェロモン剤を設置する。ナシについては16年は無袋栽培農園で、17年から全ほ場で設置する。リンゴについては16年から段階的に広げ、18年には全ほ場で設置することにした。
 今年は、モモ・ナシについてはJAが面積配分して全生産者に配布した。そして、これを推進するために導入価格の一部をJAが助成している。
 防除体系については、初年度は慣行のまま実施したが、2年目からは体系を見直し、化学農薬を減らす検討を進めている。
ほ場に出てフェロモン剤を設置してみる ナシの枝に設置されたフェロモン剤
ほ場に出てフェロモン剤を設置してみる
ナシの枝に設置されたフェロモン剤

◆組織を超えて地域全体で実証試験を

 野菜類のハウス栽培とは異なり、果樹は屋外のオープンスペースで栽培される。そのため、特定のほ場や特定の品目だけでフェロモン剤を使っても、その効果が十分に発揮されることは少ない。そのためにJAは広域的設置や品目の違いを超えた地域集団的設置を基本方針にすえたわけだが、この地区にはJA以外の生産者組織である下伊那園協に加入する生産者も多く存在する。その人たちも含めて果樹のモザイク模様(混植)ができているので、「自分たちだけがやっても効果が薄れるのでは」という組合員の声が出てきた。
 そこでJAは、組織を超えて地域全体で取り組むために下伊那園協と協議を重ね、その効果を実証するための試験を今年実施することで合意した。具体的には、リンゴ・ナシを主体にしたバラ科果樹が混植された10ha以上の団地(集団処理区)と、これとは独立した小面積処理区、慣行防除のみの慣行防除区の3つでの比較試験を行なうというものだ。
 試験の結果は収穫後でなければ出ないが、品目の違い、組織の壁を超え、地域全体でのIPMへの取り組みが、この日にスタートしたことは間違いない。それは、新たな産地形成への第一歩を踏み出したことでもある。


フェロモン剤を核にしてトータル防除回数の低減めざす
協友アグリ(株)

地域ぐるみの組織運動を仕掛ける

 昨年11月に新生系統農薬会社として誕生した協友アグリ(株)は、園芸分野を強化するために園芸対策室を設置した。さらにそこにIPM推進部を設けIPMを積極的に推進してきている。
 同社のIPMに対する基本的な考え方は、フェロモン(交信撹乱)剤であるコンフューザーを核に、BT剤、生物農薬、天然物由来剤、天敵に影響の少ない選択性薬剤などを、作物ごとに、生産現場の状況に合わせて組み合わせ、「慣行防除よりも防除回数を低減して、環境にやさしく、トータルでみれば防除コストが低減できる」防除体系を「生産現場と一緒につくりあげていく」ことだと、近藤俊夫執行役員・園芸対策室長。
 コンフューザーは現在、モモ用のP、リンゴ用のR、ナシ用のNがあるが、今年はさらにキャベツやレタスなど幅広い野菜類に使用できる「V」が加わり、品揃えがさらに充実した。
 果樹やキャベツなどの野菜類は屋外ほ場が主体であるため、ハウスのように個人で使用するよりも、集団で使用しなければ効果がない。そのため果樹や野菜で集団化あるいは団地化された産地に拠点をつくり、推進することになる。集団化するためには、多くの場合、農協が積極的に動かないと難しい。そこで「系統運動として取り組む」という観点から、同社の前身である八洲化学がフェロモン剤に取り組んだのが始まりだという。
 「地域ぐるみで取り組めるような組織運動を仕掛ける」ところから仕事は始まるとIPM推進部の仲田茂明部長。そのために、地図をつくりどのほ場で何が栽培されているかをマッピングすることをしているとも。

人手と時間がかかるIPMの推進

 そして個人ではなく集団で取り組むのだから、集団の参加者全員がキチンと理解して取り組まなければ効果が薄れることになる。だから、導入のための検討から設置時の説明会、その後のフォローまで何回となく現場に足を運ぶことが担当者の仕事になる。5月9日のJAみなみ信州の現場には、仲田部長や長野支店の小池信良支店長はじめ5名の社員が説明・設置などをフォローしていた。
 「IPMが進めば進むほど、人手と時間がかかるから、メーカーとしては厳しい」と近藤室長は苦笑する。
 また、モモ・ナシ・リンゴなど同じバラ科の果樹が混植されている地域では、一つの作物だけにフェロモン剤を使っても効果が薄れるので、作物の違いを超えて地域全体で取り組む必要もある。そういう意味で「IPMは組織だ」と仲田部長はいう。

◆長い目で育てていくことが大事

 同社では今後もIPMに対応した剤の開発を進めると同時に、他社製品でも産地にとって必要なものは導入し、「安全安心な産地づくりのお手伝いを積極的に進めていく」考えだ。そして、IPMを導入しても、屋外の場合には、天候の影響を受けやすかったりするので、防除回数を減らすためには一定の経験が必要なためすぐにコストを低減することは難しいといえる。だから、あせらず「長い目で育てていって欲しい」ともいう。

(2005.5.24)

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