農業協同組合新聞 JACOM
   

アジアの農業最新事情(3)
中国の穀物需給の動向と展望
池上彰英(明治大学農学部助教授)

 中国では1993年の秋から約2年間穀物市場価格の高騰が続き、95年と96年の穀物貿易は輸入超過となった。とくに95年の輸入超過量は2000万トン近く、この影響で国際的な穀物相場も暴騰した。こうした状況を背景に、レスター・ブラウンが中国の食糧危機を喧伝し、日本のマスコミはこれに飛びついて大騒ぎした。しかしながら、中国ではその直後の96〜99年に穀物の大増産が起こり、穀物貿易もずっと輸出超過の状態が続いたため、90年代半ばの大騒ぎも、いつの間にか忘れ去られてしまった。
 ところが、前回の穀物価格高騰の開始からちょうど10年たった2003年の秋、突如再び穀物市場価格の上昇が始まった。04年の穀物貿易も96年以来8年ぶりに輸入超過となった。このような中国の穀物需給の現状をどのように理解したらよいのであろうか。本稿では、最近の中国の穀物需給動向を紹介するとともに、近い将来の展望についても考えてみたい。


◆中国の「糧食」とは?

池上彰英(明治大学農学部助教授)
いけがみ・あきひで 1957年生まれ。83年東北大学大学院農学研究科博士前期課程修了。同年農林水産省入省、農業総合研究所、国際農林水産業研究センターを経て、2001年より明治大学農学部農業経済学科助教授。主な共著に『中国農村経済と社会の変動』(御茶の水書房、2002年)、『構造調整下の中国農村経済』(東京大学出版会、2005年)など。
 中国国内で農業生産について議論するときに、最も重視されるのは「糧食」に関する数字である(日本では通常これを食糧と翻訳している)。「糧食」は穀物に近いが、通常の穀物(米、小麦、トウモロコシおよびその他雑穀)のほかに豆類(主に大豆、ほかにソラマメ、リョクトウ、アズキなどの雑豆を含むが、落花生は含まない)およびイモ類(サツマイモとジャガイモのみ、かつ「糧食」生産量に直すときに元の重量の5分の1に換算する)を含む。
 「糧食」に含まれる作物は、米や小麦だけでなく、トウモロコシにしても豆類、イモ類にしても、もともと主食的な利用がなされており、80年代まではそれらを一括して「糧食」として論じるのに、それなりの合理性があったと考えられる。
 しかし、トウモロコシやイモ類が主として飼料原料や工業原料(アルコールやでん粉)として使われ、大豆も搾油原料と飼料原料(大豆かす)として使われる現在、米や小麦とこれらの作物を一括して論じることに積極的な意義があるとは考えられない。

◆米麦は減産、トウモロコシは増産

 図1は、中国が国外の概念に合わせて穀物の生産統計を公表するようになった91年以降の、穀物生産量および穀物作付面積の数字を示したものである。これによれば、96〜99年の4億5000万トン前後という高い生産量と、その前後の時期の4億トン前後という低い生産量の数字がいかにも対照的である。また、00年以降穀物作付面積が急減していることも目につく。00〜03年のわずか4年間に、穀物作付面積が1481万ヘクタール(16.2%)も減ってしまったのだから驚きである。
 なお、04年の穀物生産の数字はまだ公表されていないが、穀物生産とほぼ平行的な動きを示す「糧食」の生産量は前年比3878万トン(9.0%)増、作付面積は220万ヘクタール(2.2%)増と大幅な回復を示している。
 図2は、同じ時期の主要穀物の生産動向を示したものである。97年のトウモロコシの減産は主に天候要因によるものであるから、その点を除いて考えると、94〜00年の3穀物の生産は増加〜減少という同じような動きをしていることがわかる。しかしながら、01年以降の動きは、引き続き減産傾向にある米麦と、再び増産傾向に転じたトウモロコシとで全く対照的である。この点については、需要との関係で再び取り上げたい。

図2 穀物生産動向
 
図2 主要穀物の生産量

◆需要の伸びが見込まれる作物を生産振興

 中国では最近まで政府の穀物買付制度が存在した(穀物流通は04年に完全自由化された)が、93〜95年に穀物の市場価格が高騰すると、これに追随する形で94〜97年にかけて政府の穀物買付価格が大幅に引き上げられ、市場価格が下落に転じてもしばらくこの高い買付価格が維持された(97年には政府の買付価格と市場価格の水準が逆転している)。
 この結果、90年代に入り減少傾向にあった穀物作付面積は94年を底に回復し、96〜99年には9200万ヘクタール前後の高い水準を維持した。作付面積の高位安定と、農業技術進歩(高収量品種の開発・普及のほか、寒冷地稲作技術の定着やトウモロコシのマルチ栽培技術の普及など)ならびに好天による単位収量の上昇が、96〜99年の穀物大豊作の主要な要因である。
 ところが、この結果中国の穀物需給バランスは96年頃から過剰に転じた。穀物貿易は、表1に示したように、翌97年から米とトウモロコシが純輸出国の地位を回復し、小麦の輸入量も激減している(小麦は02〜03年には純輸出国となった)。この時期の穀物過剰問題はきわめて深刻であり、国有穀物買付企業には市場価格より高い価格で農家から購入したために、売るに売れない穀物の在庫が山積みにされた。政府管理穀物の逆ざやにともなう財政支出は、じきに耐えがたい規模に拡大した。
 また、中国の穀物価格はもともと国際価格より低かったが、94年頃その関係が逆転し、98〜99年頃の小麦とトウモロコシの国内価格は、シカゴ相場より50%程度高かったと考えられる(米は国際相場より安かった)。中国がWTO加盟を正式に認められるのは01年12月のことであるが、米中合意が成立した99年には、すでに加盟は時間の問題と考えられていた。中国政府はWTO加盟交渉に当たって、国内農産物市場の大幅な開放を約束していたから、国際価格より高い国内穀物価格の維持は、必然的にWTO加盟後の穀物輸入の増大を意味した。
 中国政府は、以上のような理由により、99年から穀物政府買付価格の引き下げに転じた。穀物増産政策から農業生産構造調整政策(穀物の生産を減らし、需要の伸びが期待される農産物の生産を増やす政策)への転換である。

◆直接支払い制度を実施

 中国農民の価格反応はきわめて強く、00年から穀物作付面積が劇的な減少に転じたのは上述したとおりである。その結果、00〜02年の穀物生産は直前の4年間より約5000万トン減り、03年にはさらに約2500万トン減ったが、穀物輸出はこの間かえって増大している。穀物の市場価格も03年の秋までは全く安定していた。00年以降中国の穀物需給バランスは単年度での供給不足が続いたと考えられるが、96〜99年に積み上げられた穀物在庫はそれを補って余りあるほど膨大だったのである。
 03年になると、ようやくこうした穀物過剰在庫の処理が終わり、穀物市場価格は秋から上昇に転じた。これをみた中国政府は、ただちに穀物生産農家に対する直接支払いなどの増産措置を講じた。価格上昇と政府の増産措置に加えて好天に恵まれたことから、04年の「糧食」生産が4000万トン近く増えたのは上述したとおりである。この結果、早くも04年秋には穀物市場価格が安定を取り戻している。05年の小麦輸入は激減すると予想されており、トウモロコシ輸出は早くも増大の兆しを見せている。

◆畜産物消費の増加に対応し輸入依存も

 こうした価格動向や貿易動向から判断するに、03年の中国の穀物不足は大して深刻なものではなかったのであろう。あるいは見方を変えるならば、飼料穀物需要の伸びが大きいトウモロコシは別にして、主食である米麦は、よほどの不作が続かない限り不足に陥ることはないが、逆に豊作となれば簡単に過剰が生じるような、需給構造にあるのではないか。
 表2によれば、中国の1人当たり米麦消費は90年代以降ずっと減少局面にある。最近では米麦の1人当たり消費の減少速度は、人口の増加速度よりはるかに早く、したがってトータルとしての米麦消費は確実に減りつつある。これに対して、1人当たり畜産物消費は現在もなお増大傾向にあり、飼料穀物であるトウモロコシの需要も増加しつつある。00年以降の米麦とトウモロコシの対照的な生産動向は、基本的にこうした需要動向を反映したものと考えられる。
 今後の展望としては、米麦は少しずつ生産を減らしていかないと、すぐに過剰問題を生じる可能性がある。ただし、放っておいても工業化や都市化にともなう農地転用や、米麦から成長作物への転作が進む中国では、これは大して難しい課題ではない。むしろ、今後も安定的にトウモロコシの生産を増やすことの方が、中国にとって難しい課題だと考えられる。国内のトウモロコシ生産の伸びがトウモロコシ需要の伸びに追いつかなくなれば、必然的に国外からの輸入に頼らざるをえなくなるが、そうした日が来るのはそれほど遠くないように思われる。

◆大豆は純輸入国に世界への影響大きく

 なお、伝統的な大豆輸出国であった中国は96年に大豆の純輸入国に転落し、瞬く間に2000万トンを輸入する世界最大の大豆輸入国となった。これは、食生活の高度化にともなう油脂需要の増大と、大豆かすの飼料需要の増大によるものである。
 近年では食用植物油の輸入も増大する傾向にあるが、これは第1に大豆油やナタネ油より価格的に安いパーム油の輸入が増えていることによる。第2に、大豆油の輸入も増大しているが、これには輸入した大豆を国内で搾るよりも直接大豆油を輸入する方が安いという事情と、国内の大豆油需要の伸びが飼料用の大豆かす需要の伸びを上まわっているという事情が関係している。
 いずれにしろ、中国の食料需給構造の変化が国際的な農産物市場に与える影響は、はかりしれないほど大きいのである。

表1 主要農産物の貿易動向
 
表2 食料消費動向

(2005.5.26)


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