農業協同組合新聞 JACOM
   

アジアの農業最新事情
韓国の農業・農村発展の第三の道「一社一村運動」
閔 勝奎(ミン スンギュ)
サムスン経済研究所 首席研究員

 1998年11月から始まった韓国とチリのFTA締結に向けた協議は、2002年10月にようやく政府レベルでの合意が妥結された。だが農民の強い反発を引き起こしたのはもちろん、農村を地盤とする国会議員も猛烈に反発した。
協議が妥結されて7ヵ月が過ぎた2003年7月に国会に批准案が提出されたが、結局承認を得たのは2004年2月にずれ込んだ。

 

◇農村を経済界が後押し

閔 勝奎(ミン スンギュ) サムスン経済研究所 首席研究員

 韓国とチリのFTA締結の協議の過程で表れた農業界と非農業界、特に財界との間のもつれは深刻であった。農業側では「企業を発展させるため農業を犠牲にする」という認識が強かった。
 他方、企業側・経済界では、韓国の1人当たりのGDPは現在1万ドルで、2万ドルが当面の目標であると標榜し、そのためには農業問題がネックになっているという主張を展開した。
 こうして、両者の農業問題を巡る意見の食い違いはますます広がっていった。
このような社会的な危機感の高まるなか、先に動きを見せたのは経済界、特に韓国の全経連(全国経済人連合会=大手企業380社が参加、1961年設立)であった。
 第一歩として2003年11月に全経連は農業専門研究機関と共にシンポジウムを開いた。タイトルは「韓国農業・農村の発展のための企業の役割」。そこで注目すべき意見は、今の農業・農村問題は農民だけの問題ではなく、みんなで解決に取り組まないと進展が見込めない問題であって、企業も農業・農村問題の解決に向けて一定の役割を果たすべきだということであった。

◇村と会社の縁組みは2300組

 その後、2003年12月には大統領と農協中央会、全経連が参加して「一社一村運動」の可能性を探り始めた。また、2004年10月には、この「一社一村運動」をさらに広げるため農協、全経連が共催シンポジウムを開いた。タイトルは「農村愛シンポジウム」。そこでは、農業・農村発展に向けて企業の強みをどう活かせるかについて話し合われ、具体的な方法や事例が紹介された。
 全経連の副会長であったヒュン・ミョンクァン氏(現サムスン物産の会長)は新聞社のインタビューで「21世紀の韓国の経済の新しい発展のためには農業・農村の発展が絶対に必要である。企業が持っている先端技術とマーケティング戦略を農村の持っている資源と結び付けられるよう尽力したい」と語った。
 今韓国では企業が農村を新しい形で支援する動きが広まっている。企業と農業が共生・共栄しようとするキャンペーンでもある「一社一村運動」が本格化しているのである。
 最近は農協としても、企業と村とを引き合わせ、農民教育も実施し、また企業に出向いて説明会を開くなど、この「一社一村運動」のブーム作りに躍起になっている。
 農協の中にはこれを担当する部署もある。また全経連も傘下の企業に働きかけ、この運動に加わるよう呼びかけている。
 2004年12月末現在約2,300件にものぼる「一社一村運動」が実施されている。実施主体をみると、企業が58%、消費者団体が16%、社会・宗教団体が9%、各種政府機関が9%となっている。目標は一万件である。
 昨年末に農協が「一社一村運動」について一般市民にアンケートをしたところ、85.9%がこの運動がうまく行けば農村の力になると答えており、社会の期待も大きい。

◇村と都市の共生・共栄

 都市の産業部門の反応がこれほどに大きくなるとは予想外であった。今も都市の企業・機関などの社員が農村を訪ねている。農村は農村なりに、国民の食生活を支える農産物だけでなく、美しい景観、文化と伝統、そして金額に換算できない自然生態の環境を都市住民に与えようとしている。
 この運動は企業が一方的に助ける運動ではなく、お互いがお互いを必要とする相互依存の関係を築くことが理念である。単純なノスタルジア(郷愁)ではない。また過去によく見られた一回性の姉妹縁組運動とも全然違う。しっかりした理念をもって都市と農村が共生・共栄の道を切り拓こうしているのである。
 すなわち「一社一村運動」は都市住民が追求する「快適なくらし(well-being)」と農村が持っているアメニティとの結び合わせである。これを生きている市民運動として成功させるためには企業側の一方的な支援だけを要求してはならない。農村側も企業にどのような利益を与えられるかを工夫すべきである。そうでなければ一社一村の長期的な関係は望めないであろう。

◇社員食堂は姉妹村の食材で

 実は「一社一村運動」には先行事例があった。2001年から大手企業サムスン電機が韓国の東北部、江原道にあるトゴミという名の村で始めた運動がそれだ。社員が月に何度か遊びに行ったり、ワークショップを村でやったりというのがその活動。それもホテルではなく、村の民宿に泊まるのがルールである。
 会社のお墨付きをもらって行くわけだから、民宿も週末だけでなく通年利用してもらうことが可能になる。この村はへんぴな田舎で、何もない。見せるものはないし、店もあまりない。しかし村長さんが商売上手な人で、コメをはじめ地元の農作物を上手く包装して企業の社員に売ったりしていた。
 企業も企業で、この村の食材を使ったメニューを年に4〜5回、社員食堂で出し、その時は村長さんも呼んでくるなど村との交流に力を入れている。

◇社員は静かな農村で新しい企画を考える

 この「一社一村運動」を通じて、都会の人間がそれまでネガティブなイメージしか持っていなかった農村や農業に対して理解を示すような効果がみられている。また、企業にとっても「一社一村運動」は新しい環境をもたらす可能性を秘めている。
 農村に赴いた社員が農村を散歩しながら新しいアイデアが浮かぶこともある。「農業・農村と共に生きる」という企業のイメージアップにもつながる。新しいマーケットとしての農村も期待できるかもしれない。
 韓国では、都市と農村の格差は深刻である。これは韓国において、農業だけでなく国全体として取り組まなければならぬ問題である。「後進国が工業の発展を通じて中進国までは発展できるが、農業・農村の発展なしには先進国にはなれない」というノーベル経済学賞の受賞者であるアメリカのサイモン・クズネッツ教授の言葉が浮かんでくる。

(2005.6.6)


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