農業協同組合新聞 JACOM
   

日本生協連の農業「提言」を考える

求められる日本農業への共通認識づくり

日本生協連「日本農業に関するシンポジウム」を開催
―パネルディスカッションから



  日本生協連は4月に発表した日本農業に関する提言をめぐって、今月から各地区での議論をスタートさせる。その皮切りとして7月9日に東京都内でシンポジウムを開催した。出席したのは日本生協連の提言検討委員会のメンバーと農業者側からはJA甘楽富岡の吉田正一営農事業本部長とJA全中の冨士重夫農政部長。「協同組合の仲間として議論を深めたい」(冨士部長)とディスカッションが行われたが、自給率向上や担い手対策などで意見の違いもあった。今後とも協同組合の役割をふまえて双方で議論することが求められる。今回は、シンポジウムの模様を紹介する。


◆地球レベルの視点が必要

 講演と報告を受けて行われたパネルディスカッションでは「自給率」、「担い手」、「WTO交渉と国境措置」がおもなテーマとなった。
 日本生協連の提言では、自給率は結果として向上するものであり、大事なのは自給力だと主張しているが、この点については参加した生協関係者からも「基本計画でも目標を掲げている。国内で作られた安全、安心な農産物が食べたいという思いは多く、国内で作れるものは作るという考え方が必要ではないか」との意見もあった。
 この問題について、日本生協連の山下副会長は「EUでは農業政策と自給率をリンクさせた議論は卒業している。あるのはEU内での分業論だ。日本では自由化が迫られるなかで米を守れという政策的なバロメーターとして使われてきたのではないか。自給率を支える仕組みとして自給力をどうつくっていくかが大事。それは消費者が繰り返し利用したくなる品質、価格のものが提供されること。生協では輸入品も扱っているが情報提示をすることで組合員の国産利用率が高まっている」と語った。
伊藤潤子氏
伊藤潤子氏
 コープこうべの伊藤潤子理事は「農業振興を願わない人はいない。ただ国産のものを食べようというだけでは上滑りの議論ではないか。店舗で組合員が買うものの8割が加工品。生産者もこの加工品への提供を価格面で努力すべきではないか」と指摘した。
 また、畜産物の飼料などを輸入に頼っていることが自給率低下の原因となっていることをふまえ、パルシステム(旧首都圏コープ事業連合)の山本伸司常務は「飼料の輸入をやめるということを考えるより、廃棄される食品をエサにするなどの取り組みで貢献すべき。できることからやるといううことではないか。消費者も学習し世界的な食料不足のなかで何ができるかを考えるべき」と指摘した。
山本伸司氏
山本伸司氏
 こうした指摘に対しJA全中の冨士重夫農政部長は自給率の意味について次のように指摘した。
 「すべての飼料生産のために新たに1200万ヘクタールの農地が必要だというのはその通りで、だからこそ農業生産も有限な世界で行われていると考えるべきではないか。農地や水を考えれば地球レベルでは拡大再生産はできない。
 中国も人口増大と畜産物の消費で今、穀物の輸入大国になりつつある。そのなかで自給率をどう考えるか、ではないか。そのうえで自給力をどう高めるかという問題も、この日本のなかで農地の維持管理をする担い手をどうつくるかの観点で考えるべきだ。
冨士重夫氏
冨士重夫氏
 食料安保の点では、270万ヘクタールの水田を確保することが重要。減反で今は170万ヘクタールしか米をつくっていないが、いざというときにすべてで米をつくれば1300万トンはできる。この水田と、それを担う人を確保するための国の支えが必要だと考えている」。
 また、提言が「食へのスキルを高めるべき」と提起していることに触れて、
 「それはまさに豚肉1キロには穀物が5キロ、牛肉なら7キロ必要としているということを知ることではないか。食はその国の文化でその国の風土にあったものを食べてきた。実態にあったものを食べてきたという観点からも自給率は大事な指標。自給率が50%だった昭和60年ごろの食生活はけっして貧しくはなかった。日本型の食生活をしていたことが自給率を維持していた」とも指摘した。
 
◆多様な担い手への配慮

 担い手問題については小峰耕二京都生協常務が「やる気のある人がやりにくい制度の問題もあるのではないか。多様な農業者は認めるが大胆な提言も必要。もっとリーズナブルな価格で提供する可能性はあるはず」と指摘、一定規模の農業者育成に力をいれるべきとの観点から主張した。
 一方、山本氏は「元気な生産者は消費者側と戦略的な交流のなかで生まれている。一人だけではなく地域全体として、行政、生協と農業をどうするか議論しビジョンをつくりだすことが大切」と自らの実践から担い手育成について指摘した。
 一方、JA甘楽富岡の吉田正一営農事業本部長は「地域の担い手は18歳から80歳までいる。少量多品目生産と重点野菜などの生産の二極化は避けられない。競争力をつける必要もあるが、近隣の消費者を味方にして農業を続けることにも対応しているのが実態だ」と話した。
 
◆国境措置で意見対立

小峰耕二氏
小峰耕二氏

 議論の焦点となったのは「高関税の引き下げ」などを求めている「提言」の国際化対応と政策転換について。
 山下副会長ら提言検討委員会は高関税によって消費者が農業保護コストを負担させられているとの見解で、直接支払いを導入するには高関税の引き下げが前提との立場。「税金による負担のほうが透明性が確保できる」という。
 これについて冨士部長はつぎのように反論した。
 「高関税というが平均すれば12%。野菜や果樹などは5%に過ぎず極めて低いのが実態。米などの10品目程度が高いだけ。
吉田正一氏
吉田正一氏
 また、国内生産で不足するものを輸入する場合の関税と、米のように自給できるものに課す関税とは違う。
 高関税というが、たとえば、米の490%は、国際的な平均価格と比較した数字。安いインディカ米などすべてが含まれている。日本人が食べるジャポニカ米との比較では内外価格差は2〜3倍程度だ。
 交渉のための数字と実際に国民が負担しているかどうかは違う。WTO交渉は関税引き下げの方向で進んでおり、各国がそのなかでどう自国の農業を守るかを考えている。直接支払いの導入もそのバランスで考えるべきこと」と事実を正確につかむ必要性を強調した。
 また、「内外価格差は為替変動の影響もある。米価水準は30年前と大きく変わってはおらず、60kg2万円から1万8000円程度。一方、為替はかつての1ドル360円時代から現在は110円の時代。内外価格差を考えるときにはこうした数字の置き換えがあることも忘れてはならない」。
 冨士部長の指摘について会場では熱心にメモをとる姿も見られたが、「交渉担当者は消費者が高い農産物を買わされているという気持ちを理解しているのか。厳しい生活を強いられているというなかでもっと広い視野で議論すべきではないか」(伊藤理事)などの指摘も出たほか、「農業団体としても関税が下がった場合の対策を少しでも早く考えるべきではないか」(山下副会長)などの意見もあり、認識に違いがみられた。
 ただ、WTO農業交渉ではアジアを含めて多様な農業の共存を日本は主張している。その実現のために一定の関税水準が必要だとし、それは日本のような小規模な家族農業経営を守る手段でもある。農業の多面的機能の面からも国際的な考え方として多くの国が訴えている。正確な事実をもとに日本農業の共通認識を築き、議論を深めることこそが求められている。

国際化への対応が不可欠

加倉井弘氏
加倉井弘氏
  シンポジウムでは農政ジャーナリストで元NHK解説委員の加倉井弘氏が「日本農業の現状と課題」と題して最初に問題提起を行った。
 農業は工業と生産性が違うため国家による支えが必要だ。しかし、そのやり方が問題。たとえば、ウルグアイラウンド合意で6兆円の予算をつけたが、農家のために使われたのは5000億円程度ではないか。また、米生産についても生産奨励と減反の両方に補助を出すような矛盾もある。
 農業構造も変わった。サラリーマンで農業をやっているいる人が多く第2種兼業農家が7割。農業として国民負担で支えるとき、誰をどの程度支えるかという問題は考えなければならない。大規模農家がいても小規模な農地で分散している。農地をまとめようという動きがなければおかしいが、転用価値が高いため売買が進まないのが実態だろう。高齢化も進み国にもっと農業予算をというのではなく、もっと基本的なところから改革しなければならないのではないか。
 自給率を高めることに誰も反対はしない。しかし、どこまで引き上げるかの議論がなければならない。今の食生活を変えないですべて自分の国で作るというなら、さらに1200万ヘクタールの農地がいる。どこにその土地があるのか。
 数字だけみれば自給率100%の時代は太平洋戦争前後がそうだった。今でも貧しい国は100%だ。自給率が下がったといっても、家畜の飼養頭数は大幅に増え生産が増加している。その飼料を輸入に頼っているから自給率は下がったが、豊かな生活になれば自給率は下がるということ。自給率ではなく自給力が大事だ。
 国際化が迫られることはたしかに厳しいが、日本経済全体のなかで農業がある。周辺諸国との協力も重要。国際分業を認めるか認めないかの議論があるが、国内でもリンゴやミカンのように適地で生産するように分業している。要は日本の国全体にとって分業することが得かどうかを考えるべき。安全保障のために備蓄も含めて自分の国で生産することは必要だが、程度の問題。国際的な相互依存関係にあったほうが日本にとってはいいのではないか。
 自給率向上のためには、生産者にはコスト面と品質面で努力が求められるし、消費者も過剰な消費をやめることや地域の食文化を大事にすること、価格だけではなく鮮度など質で選ぶなどの努力も求められていることも重要な点だ。

合理的な価格こそ農業を支えることになる

山下俊史氏
山下俊史氏
 パネルディスカッションに先立ち、今回の提言検討委員会委員長の山下俊史日本生協連副会長が提言とりまとめの背景と狙いなどについて報告した。
 提言は産直事業での偽装表示問題などをきっかけに生協自身の問題として改めて農業への信頼回復をする必要があることから検討した。また、WTO、FTA交渉などグローバリゼーションが進展しているにも関わらず、国益擁護の名のもとに農業力量を低下させてきてしまい産業として再生できるようきちんと提起したいということだった。
 国益も大事だが、生産者も戦略的な視野、産業として再生するためにどういう農業を守り育てていくのかを考えるべきではないか。
 高関税による保護をしているが、300%を超えるような品目が国際規律に合うのか。いい品質のものを安い価格でという消費者の視点からも、保護コストを負担させられてそれでいいのかと考えている。
 高関税を維持したままではなく、引き下げの見合いで経営支援をしていくべき。合理的な価格で日本農業を支え、それでも足りない部分については国民負担をしていくという考え方に切り替えるべきではないか。そのため内外価格差の是正は必要だ。
 支援すべき担い手については一定規模の生産者、法人、きちんとマネジメントされた集落営農組織とすべき。今後は、費用対効果を考えて効果のある対象に支援を集中させるべきではないか。
 もちろん、これは産直の切捨てだと思っていない。多様な生産現場があることは認めるし、それに見合った施策は必要だと考えている。


(2005.7.13)


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