農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(6)
食料安保を豪州に託すのか?
―共同研究報告に大きな問題―
梶井 功 東京農工大学名誉教授


◆現場の危惧に逆行する評価

 日豪EPA交渉入りを自民党農林水産物貿易調査会が承認したのは、“重要品目については「段階的削減」という言葉のみならず「除外」「再協議」もあり得ることを明記させて両国間の共通認識とした。関税撤廃の例外扱いを主張できる足掛かりだ”(06・12・12付日本農業新聞、座談会での大島調査会会長の発言)と判断したかららしい。“足掛かり”として有効性を発揮するのかどうかはむろんこれからのことである。だからこそ“中断”もあり得べきことを衆参両院の農林水産委員会は求めたのであろう。
 重要品目について“例外扱い”させることはむろん重要である。が、EPA交渉入りにGOサインを出したこの両政府共同研究報告書にはもっと本質的な重要問題がある。食料安全保障についての認識である。関係する文章を掲げておこう。まずは「第2章 議論の概要」のなかの“供給の安定性(食料)”と題されたパラグラフ32の叙述。
 “研究会は、食料が両国の経済的、戦略的関係において重要な部分をなすものであり、これまで良好で安定的な両国の関係が存在してきたことによって、日本にとって安全で高い品質の食料の信頼できる供給という形で、又、オーストラリアにとって輸出機会という形で、両国に利益をもたらしたことに留意した。研究会はまた、日本の食料供給確保のための政策が、国内生産の維持・増進に、安定的で信頼できる輸入、そして備蓄を組み合わせることであることに留意した。EPA/FTAは、食料貿易の関係を強化することに寄与し、世界的に食料供給不足が生じた場合も含め、日本が食料安全保障の目的を実現することに資する。オーストラリアは、最も貴重な顧客に対する輸出機会の促進と、日本の食料供給のチェーンに一層統合されることから利益を得る。
 そして「分析及び結論」と題された第3章のパラグラフ57が“研究会は、包括的かつWTO整合的なEPA/FTAは、日豪双方に以下のような重要な利益をもたらすとの結論に達した”として挙げた“重要な利益”の1つとしての次の叙述。
 “EPA/FTAは、日本のエネルギー供給に最も大きく貢献し、日本にとって3番目に大きな鉱物及び資源の供給国と、日本の関係を一層緊密なものとし、市場の役割を強化し、将来にわたって重要な鉱物及びエネルギーの信頼できる供給を確保するものとなる。EPA/FTAは、また、日本の食料安全保障の目的を実現することに資する”
 日本農業に大打撃を与えるFTAとして農業関係者はむろんのこと、地方議会も国会も危惧しているのに、ここでは日本の“食料安全保障の目的を実現する”協定という位置づけを与えているのである。こんな考え方でいいのか。

◆これで「除外」は可能なのか

 “日本の食料供給確保のための政策が、国内生産の維持・増進に、…輸入、そして備蓄を組み合わせることである”という報告書の表現は、“食料の安定供給の確保”を規定している食料・農業・農村基本法第2条第2項を前提にしての表現なのであろう。が、第2条第2項の“国内農業生産の増大を図ることを基本とし、これを輸入及び備蓄とを適切に組み合わせて”というその条文中の“の増大を図ること”という一句は、国会修正で入った重要な一句である。そのことをどれくらい認識してこういう表現になったのだろうか。“維持・増進に”というようないいかたでは、増大を図ることを基本とするという規定のもつ重要性が表現されているとはいえないと考える。
 国会修正で入れた重要な一句が無視ないし軽視されていることについて、国会の先生方はどうお考えなのか、お聞きしたい点だ。
 日豪FTAに“世界的に食料供給不足が生じた場合も含め、日本が食料安全保障の目的を実現”させること、つまりは他国に食料安全保障を委ねるようなことでいいのだろうか。
 基本法はこの点について“国民が最低限度必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても…供給の確保が図られなければならない”とし(第2条第4項)、そういう“不測時の食料安全保障”が問題になる“場合において…必要があると認めるときは、食料の増産、流通の制限その他必要な施策を講ずるものとする”(第19条)と規定している。輸入途絶を想定しての食料安全保障なのである。だからこそ食料・農業・農村基本計画では、食料自給率の目標それ自体も“その向上を図ることを旨とし”て定めるべきこととし(第15条第3項、この一句も国会修正で入った一句である)、基本計画では“向上を図る”べき目標自給率を示すと同時に、その目標自給率が達成できる条件下で“不測時”にどれだけの食料供給を国内農業で可能なのかを示すことになっている。現計画で450万haの農地確保を前提に1人1日当たり1880〜2020kcalの食料供給が可能という数字も示しているのがそれである。“世界的に食料供給不足が生じた場合も含め”食料安全保障をどこかの国とのEPAに求めることなど、現行基本法は前提にはしていないのである。日本政府としてこういう報告書をつくるということなら、現行基本法の是非を問い、その改定をしてからにしてほしいと私は思う。
 食料安全保障を豪州に委ねることを“結論”にしているのであれば、国会が求めた“重要品目が除外または再協議の対象となるよう…全力を挙げて交渉すること”などそもそもあり得ない。それでいいのか、である。

(2007.2.16)


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