農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(12)

農地法の理念に立ち戻れ

梶井 功 東京農工大学名誉教授



◆(1)“政府が企業の農業参入を後押しすることに農業団体”は“反発”せよ

 8・23付読売新聞1面トップの“企業の農地借用自由化 来年度にも 規模拡大を推進”の大見出しをつけた記事には、驚かされた農業関係者も多かったのではないか。私もその一人である。
 一般株式会社が農業参入を許されているのは、遊休農地等が“相当程度”ある区域においてであり、その区域を市町村が指定することになっているが、その指定制度をやめ、自由にするというのである。今回農水省が農地政策に関する有識者会議に示した制度見直しのポイントの一つだが、それは株式会社の農業参入自由化拡大をしつこく要求している財界の農政要求に応えるものに当然なる。
 いわゆる一般紙が、農業・農政問題を1面トップで扱うということなど、滅多にないことだが、この改正方向は財界の要求に応える支持すべき政策と判断して1面トップの扱いとなったのであろう。“政府が企業の農業参入を後押しすることに農業団体の反発も予想される。だが、改革を避けても農地の荒廃は進む。10〜20年後の農業の姿を見据え、しっかりと議論すべきだ”という同紙の解説のしかたにも、農業団体の反発など意に介さず、改正を進めるべきだという主張がこめられていると私は読んだ。
 前々回の本欄でも指摘したように、“農地政策の再構築”などは農地の“貸し手も借り手も…何も問題にしていない”のが現実だし、一般株式会社の農業参入の歴史が浅いことから、まだその成果を云々できる状況ではない。より以上に意欲的に営農に取り組んでいる農業者で、“政府が企業の農業参入を後押しすること”に賛成するものはいないだろう。私も、もちろん反対であり、“農業団体の反発”を支持する。

◆(2)拙速に過ぎた株式会社容認

 農業生産法人の一形態として、株式譲渡制限等一定の要件をそなえた株式会社が容認されたのが2000年、その3年後に特区で農業生産法人ではない一般株式会社によるリース制営農が開始、そしてその2年後にはその一般化として特定法人リース営農が始まる。何ともバタバタと株式会社の農業参入は制度化されてきているが、この株式会社による営農でどういう成果があり、どういう問題があったのか、実態に即して吟味されてきたとは到底いえない。
 第1に、一定要件を充たした株式会社を農業生産法人として認めた際、かねてから転用目的農地取得等が懸念されたことから、懸念払拭措置の制度化が図られ、農業生産法人の報告の義務化、農業委員会による点検、是正勧告、買収等の措置が農地法上に規定された(農地法第15条の2、第15条の3)。が、実際にこの懸念払拭措置がどのように実施されているか、農水省が公表したということを私たちは聞いていない。特区方式の一般化に至っては、実際に特区参入企業が営農を開始して僅か1年、経営成果などを議論できるデータなどほとんどない状況下で決められた。

◆(3)農地法否定を意味する“企業の農地借用自由化”

 拙速も極まるというべきだが、今回の案は、その特定法人制度もやめ、一般企業についても“貸借については、機械・労働力等からみて農地を適切に利用する見込みである場合には原則許可”しようという案になっている。
 特定法人制度をやめるということは、株式会社農業参入を容認してきたこれまでの論理の全面的否定―それは農地法理念の否定でもある―になることをここで注意しておくべきだろう。
 農業生産法人としての株式会社は、株式譲渡制限を始め農地法第2条第7項が規定する事業要件、構成員要件、役員要件等を充足しなければならないが、それは“制度の枠内でのギリギリの改正”(02・11「経営の法人化で拓く構造改革に関わる有識者懇談会」報告書、「農地制度に関する論点整理」での表現)といわれてきた。農業生産法人としての株式会社は、農地法の枠内“ギリギリ”の法人だった。
 特区で営農に参入した株式会社、及びそれが一般化して以降の特定法人としての株式会社は、むろん農地法の枠内の法人ではない。そうした農地法の枠外の法人は、“農業内部での対応では…問題が解決できないような地域”(特区のときの表現)、或いは“地域の農業者だけでは遊休農地の解消…が困難となっているような区域”(特定法人貸付事業の表現)という限定された特定の区域でのみ農業参入が認められたのであって、あくまでも農地法の例外的措置としてであった。例外的措置としてだから、特定法人容認では農地法の理念との関連いかんを問う必要はなかった。
 が、どういう株式会社であるかを問うことなしに、“農業者だけ”で立派に耕作している農地をも“企業の賃借「自由」に”するということになると話は違ってくる。それは、株式会社の農業参入についての従来の容認論理の放棄である。そしてその放棄は農地法の耕作者主義の放棄、農地法の否定を意味する。
 貸借は自由にしても、所有については“農地を適切に利用する見込みであることに加えて、農業生産法人制度・農作業従事要件を堅持”するということに案ではなっている。が、それは耕作者主義を“堅持”するからこそたててこられた農業者“では”“だけでは”の論理を捨てたことと矛盾する。貸借自由化容認が所有権取得自由化に転化するのに、多くの時間を要しないだろう。

◆(4)有益費償還ルールの明定こそ重要

担い手が希望する借地期間

 前回の本欄で、07・3・9農水省提案のなかに“明らかに私有財産権を侵害するもの、憲法違反の行為といわなければならない”と私は判断した“「所有と利用の切り離し」強制措置”があることを問題にしておいた。今回の8・24提案では、問題の“面的集積組織”は農地所有者全員を強制的に参加させるものではない書きぶり―“参加しない場合”を入れている―になっている。それは是としておこう。
 今回の提案でもう1つ問題にしておかなければならないのは、“20年を超える長期貸借制度を創設”が言われていることである。
 前回提案にはなかった問題である。この点は日経調木委員会を始めとして、このところ財界農政提案が企業参入自由化をいうとき、一緒によく取り上げている問題であり、それに迎合したのかもしれないが、まずは右の表を見られたい。167法人に対して行ったアンケート結果だが、20年以上の賃貸を望んでいる法人は僅かに4.8%、11年以上をとっても11.5%でしかなく、6年未満を望む者がその倍以上の27.2%にもなっていることに注目すべきだろう。小作料が農業不況のなかで年々低下している―都府県平均水田小作料は98年2万2037円が04年1万7641円になっている(農業会議所調査)―なかでは、法人も長期の賃貸借を望んでいないのである。短期賃貸借を繰り返すことで事実上長期化することの方が現実的であり、それを望んでいるといいだろう。
 20年以上の長期賃貸借制度化のためには、“賃貸借ノ存続期間ハ20年ヲ超ユルコトヲ得ス”とする民法原則(民法第604条)をクリアする特別の理由を必要とするが、それとしてどういう事態を想定しているのか、まず明らかにすべきだろう。土地改良や果樹植栽といった農地に固着した投資回収のためということなら、現時点で必要なのは、有益費償還のルールを明定することではないか。農地法制のなかで有益費に言及しているのは土地改良法の第59条だけである。良耕作の継続による地力増進が農地の価値を高めても、何の補償もない事態を、早急に是正する必要がある。農政はもっと足もとをよく見てもらいたい。

(2007.9.13)


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