農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(13)

「長期的展望・戦略を持った」政策立案を望む

梶井 功 東京農工大学名誉教授



◆EUは強制減反ストップ

 ブリュッセル発時事によると、“欧州連合(EU)は26日、当地で開いた農相理事会で、世界的な穀物の需給逼迫に対処するために、今秋と来春の作付け期に、生産管理のため導入している強制減反を一時停止する計画を正式に承認した”という(9・27付日本農業新聞)。
 国際穀物相場の急騰は、昨年秋から始まっていた。そのことは今年度の農業白書にもかなり丁寧に記述されていた。世界の穀物在庫率が“世界的な異常気象により一部穀物の輸出制限が行われた1970年代前半と同様の低水準”にあり、“小麦では豪州の干ばつによる大幅な減産、とうもろこしでは米国におけるエタノール需要の伸びから価格が上昇している”ことを指摘した上で、“近年の経済発展により中国等で農産物輸入の増加がみられるなか、我が国との間で競合関係が発生し、価格の高騰や必要量の確保が困難な状況となるおそれもある”とまで書かれていたことに注目された方も多かっただろう(引用は農業白書、ゴシックは筆者)。
 穀物の国際需給が容易ならざる状況になりつつあることを、7月に入ってFAO・OECDという権威ある国際機関が、その年次報告書で確認していることが報じられた。“報告書は、小麦生産地での干ばつや農産物在庫の減少で、短期的に農産物の値上がりが目立っていると指摘。長期的には、発展途上国の人口増やバイオ燃料需要の拡大で「農産物市場に構造的な変化が起こり、高値が続く」と予測する。特にバイオ燃料の生産量は、主要国で今後10年間に約2倍になるとの見通しを示し「食料とエネルギーの競合」が今後大きな問題として浮上する可能性を指摘”しているという(7・6付日本農業新聞)。
 EUが“強制減反を一時停止”することにしたのは、“農産物市場の構造的変化”“食料とエネルギーの競合”時代に対処するための政策変更であること、いうまでもないだろう。フランスは130%、低いイギリスでも74%、ドイツ91%というカロリー自給率(02年)のEUでそういう政策転換が行われていることに注目すべきだろう。

◆若林農水相の指示

 ひるがえって、我が国の農政はどうか、40%のカロリー自給率を45%に引き上げる目標を立ててから7年になるが、一向に上がる気配はない。上げられなかったということでも政策として何をやっていたんだということになるが、06年は逆に39%に下がってしまった。国際的な需給逼迫が見通され、輸入農産物の“確保が困難な状況になるおそれ”があり、自給率引上げがますます重要課題になったその時に、下がってしまったのである。これは流石にショックだったのであろう。この数字が公表された時、若林農水大臣(当時は兼任農水相だった)が次のような事項を事務当局に指示している。
 自給率の向上につながるよう、成果を意識した戦略的な取組を強化
 米、飼料作物、油脂、野菜という自給率に大きく影響を与える重点品目に集中し、20年度予算も視野に、今年度中の取組も含めて、消費・生産両面から危機感を持って早急に検討。
 その際、
 ・食料消費の在り方・栄養バランス等を含めて的確に情報を発信し、消費者・実需者を巻き込んだ国民運動の展開
 情報発信に当たっては、対象を意識して様々なメディアを組み合わせる等、効果的な手法を工夫。
 ・食品産業の需要に応じた生産・流通・消費対策の確立
 ・未開拓市場へも果敢に挑戦する農林水産物の輸出促進
等の視点を反映。
 自給率の向上は、全ての関係者が一致団結し、国家としての長期展望・戦略を持って取り組むべき重要課題であることを再確認し、農林水産省として、引き続き危機感を持って、最大限努力。
 (8・20食料自給率向上協議会に提出された資料「平成18年度食料自給率をめぐる事情」より。ゴシックは原文)

◆食料自給率向上予算概算要求の中身

 この大臣指示に沿って08年度予算概算要求に盛り込まれた“自給率向上のための戦略的取組”予算は下表のようになっている。来年度からは、これまでの総合食料局食料企画課にかわる食料安全保障課を大臣官房のなかに新設し、この予算に盛られた諸事業に取り組むのだという。
 総額50億円の新規事業が自給率引き上げのための“戦略的取組”予算として掲げられているのであるが、この予算にあげられた事業項目を見て、国際的な“農産物市場の構造的変化”“食料とエネルギーの競合”時代という新しい局面、低自給率の国にとってはきびしい局面に対応した“長期的展望・戦略を持っ”た予算といえるだろうか。
 むろん、自給率引き上げに関係する予算は、この項目の予算に限られるわけではない。08年度は1747億円が計上されている水田農業の“産地づくり対策”にしても、“自給率向上に資する”麦・大豆に重点をかけて行われてきていることだし、粗飼料増産にしても、この表に掲げた6億の新規事業の外に、公共事業に入る草地畜産基盤整備事業177億円を含めて総額372億円の“国産飼料生産拡大・利用促進対策”予算が組まれている。前年度が260億円だから、自給率向上への意欲は予算概算要求には示されているとしていいかもしれない。
 しかし、“産地づくり対策”にも特に変わったところはない。政策的配慮を多分に加えたと見られる国産飼料生産拡大・利用増進対策にしても、本当に“長期的展望・戦略を持った”予算と言えるか、と問われれば否と答えざるを得ない。というのは、この予算で“生産拡大・利用増進”の対象になっている国産飼料は、そのほとんどが粗飼料だからである。

◆飼料米生産助成を問題にすべき

 自給率に大きく影響し、一番問題にしなければならないのは、今、価格急騰で畜産農家を苦しめているとうもろこし等の飼料穀物等濃厚飼料であるのに、その点についてこの予算はほとんど措置していないという致命的な難点を持っている。濃厚飼料生産に関連しては僅かにエコフィード関連で2億8千万円があげられているにすぎない。
 飼料穀物の国内生産など全く念頭には無いようなのであるが、そんなことでいいのだろうか。全農林「農林行政を考える会」が、かつて政策如何では穀物自給率を60%に引き上げることはできるという提言を、三木内閣が開催した国民食糧会議の場で提案したことがあるが、その時のポイントは飼料穀物の国内生産だった。“飼料穀物の国内での栽培普及が政策的には全く問題にされなかった状況のなかで、したがって飼料穀物栽培技術の研究が冷遇されてきたなかで、我が国の試験研究者が、とうもろこしあるいはマイロの栽培試験に取り組み、10a当たり1トンの試験成績をあげ、少なくとも10a当たり600〜700kgの普及技術をすでに確立していること”に着目しての提言だった(農林統計協会刊「食糧自給力の技術的展望」26ページ)。
 飼料米生産給与が実績をあげている実践例もすでにある。“不測の事態”への備えとしては最も重要な水田機能の将来にわたっての保全も念頭に、飼料米生産に大幅な助成措置を講じてこそ“戦略を持っ”た“国産飼料”政策になる。それくらいはこの際やるべきではないか。

(1)食料自給率向上のための戦略的取組
 ・食料自給率戦略広報推進事業  20.0(0)億円
 ・世界食料需給動向等総合調査・分析関係費  1.2(0)億円
 ・産地生産拡大プロジェクト支援事業  13.0(0)億円
 ・粗飼料増産未利用資源活用促進対策事業  6.1(0)億円
 ・エコフィード緊急増産対策事業  10.0(0)億円

(2)食事バランスガイドの普及と教育ファームの展開による食育の推進
 (・食育の推進  113.0(90.0)億円)
 (・食の安全・安心確保交付金  25.0(25.0)億円)
 ( )は07年度

 

(2007.10.25)


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