農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す(15)

わが国こそ打ち出すべき生産拡大策

梶井 功 東京農工大学名誉教授



◆どうなるのか?コメ政策

 最初に11・14付日本農業新聞の記事を紹介しておきたい。JA新潟中央会の署名運動に関連しての記事だった。
 “米需給調整対策の抜本的改善と国の責任ある対応、品目横断的経営安定対策の見直しを求めて、JA新潟中央会と県農対本部が進めていた10万人県民署名は、締め切り期日の9日までに、目標の2倍を超す22万4709人の署名が集まった。13日、若林正俊農相に届けた。(下略)
 “目標に2倍を超す”賛同者を集めた農相への「要請」の真っ先には、“米の需給調整は、国の責任のもとで確実に実施するとともに、メリット措置の拡充など参加者に不利益が発生しない仕組みを実現する等、生産調整の実効性が確保できるよう抜本的な見直しを行うこと”が書かれ、「要請の考え方」のなかには“生産調整の確実な達成には、実施者のメリットとして再生産可能な稲作収入の水準まで引き上げることが不可欠であり、米政策及び関連対策の抜本的な見直しによる検討が必要である”という文章があった。
 “米の生産調整は国の責任のもとで”、そして“再生産可能な稲作収入の水準まで引き上げること”は、22万5000人の新潟県民のみならず全国の稲作農家のほとんどが賛同するところだろう。前回の本欄でふれたように、民主党の農業者戸別所得補償法案はこの要請に応えるものとなっており、だからこそ参院選で民主党は圧勝した。
 参議院でのこの農業者戸別所得補償法案に反対した自民党も、前回本欄でふれておいたところだが、11月の初め頃は“生産調整への参加者を対象に2008年度から、米価が下落して生産費を下回った際に、差額相当を補てんする仕組みを導入する方向で検討している”ことが伝えられていた。民主党の“考え方に近い”と評価されたその案は政府は反対しており、“政府・自民党の調整は難航が必至だ”とされていた。
 しかし、農政上焦眉の問題について、有力な与野党の認識が接近することは歓迎すべきことであり、この認識の接近がいわゆる構造改革農政の軌道修正をもたらすのではないかという期待をこめて、前回は“民主党法案が衆議院で論議される過程でどういうことになるか、要注目だ”としておいたのだが、衆議院での論議開始以前に、残念ながら事態はどうもその方向で展開はしそうにないと考えざるを得ないようになりつつある。
 前回冒頭でふれた米価下落阻止の緊急対策で“米価が生産費を上回ることが期待される”ので、“生産調整に参加する農家の米が生産費を下回った場合、一定額を支援する「米ゲタ」について、自民党と農水省の調整は再び米価が下落した時点で検討することでひとまず落ち着いた”(11・24付日本農業新聞)という政府与党は軌道修正の考えはないということである。

◆世界で相次ぐ輸出規制と減反停止

 こんなことでいいのだろうか。
 わが国農政は、大騒ぎはしたものの米価下落阻止緊急対策で“ひとまず”治まっているが、国際的には穀物価格高止まりが大問題になっている。シカゴ相場によると、06年は6ドル台だった大豆は07年に入って上昇、11月14日には10.56ドルを記録し、以後も10ドル台を維持している。小麦にいたっては、05、06年と3ドル台できていたのが07年に入って急騰、10月1日に9.5ドルに跳ね上がり、以後も7〜8ドルが続いている。06年中は2ドル台だったとうもろこしも今は4ドル近くになり、飼料穀物輸入依存の日本の畜産経営を直撃している。
 この07年に入っての穀物価格高騰には、オーストラリアやウクライナの干ばつが小麦価格を高騰させたということもあるが、今日まで高止まりが持続しているのには、途上国の人口増やバイオ燃料用としての穀物需要の拡大が穀物需給構造を大きく変えていることが影響している。その点に注目して、需給構造の変化により“多くの農産物で今後10年間は、過去にないような高値が続く”とFAO・OECDの報告書が予測していることを、前々回の本欄で紹介しておいたが、その時のFAO・OECDの予測は10年後、たとえば小麦で1トン183ドルになるということだった。が、現在の小麦価格ブッシェル当たり7〜8ドルは、トン当たりにすれば257〜294ドルになる。現実の価格がすでにFAO・OECDの10年後の予測を超えてしまっているのである。
 問題は価格高騰ばかりではない。今年に入ってインド(米、小麦)、ベトナム(米)、ロシア(小麦)、ウクライナ(小麦)、セルビア(小麦)、アルゼンチン(小麦)が( )のなかの穀物輸出規制を始めている。
 EUが、こうした事態に対処すべく、“強制減反を一時停止”することにしたことも前々回紹介しておいたが、EUは更に進んだ措置をとろうとしている。“休耕政策の廃止”である。11・24付日本農業新聞の報ずるところによれば
 “欧州農業委員会は23日までに、欧州連合(EU)の共通農業政策(CAP)の中間見直し案を発表した。穀物需給の逼迫(ひっぱく)を受けて休耕政策の廃止を打ち出した、大規模農家に対する補助金の減額も提案している。同委員会は、加盟各国での協議を基に2008年春に正式の改正案を提示し、同年中の合意を目指す”。(下略)

◆飼料米の本格検討を望む

 カロリー自給率39%、穀物自給率28%のわが国こそ、こうした事態に対処すべく、国内生産の拡大政策を打ち出さなければならないところだろう。が、これも前々回ふれたように、カロリー自給率39%に低下を発表した際の若林農水相の、自給率引き上げに“危機感を持って、最大限努力”の指示にもかかわらず、08年度概算要求には特段の自給率引き上げ策はなかった。農村からの要望の強い「米ゲタ」についてすら“再び米価が下落した時点で検討することでひとまず落ち着いた”自民党にも生産拡大政策はない。農水省当局概算要求にくらべて多少目立つのは、“飼料米・エタノール米等については、低コストの生産技術の確立・定着等のための支援措置を講ずること”(11・21党農業基本対策小委員会決定「米政策及び品目横断的経営安定対策の見直しに関する申し入れ(党四役・政府申し入れ案)」を要求していることである。
 飼料米を含む飼料穀物の国内生産振興は、私も大賛成である。かつて農林行政を考える会が三木内閣の国民食糧会議に穀物自給率60%提言をしたときのポイントも飼料穀物国内生産にあったことも前々回紹介しておいたが、自民党も取り上げ始めたことでもあり、この問題に本格的に取り組むことを農政に期待したい。
 が、エタノール米についてはなお吟味すべき問題があるのではないか。バイオ燃料を取り上げるとすれば、2030年を展望しての「バイオマス・ニッポン総合戦略」が、食糧との競合を避け、稲わらや間伐材などのセルローズ系原料、エタノール用に開発した非食用の資源作物に力点を置いていこうとしている方向が、わが国の取るべき方向なのではないか。薄く広くあるセルローズ系原料を資源化するには、“むら”の組織力こそが有効になるといった面も含めて、この問題は検討すべきだろう。

(2007.12.12)


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