農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 五味久壽の農協教室
「新産業革命」は理解されているか?


◆不動産バブルと人民元の過小評価

 「新産業革命」が、中国・アメリカではどういう形で理解されているかを、あらためて考察しよう。
 中国の不動産バブルは、いぜん拡張している。道路や建物の建設や物流システムの建設は、世界最大の鉄鋼業拡張と相互促進的に進んでいる。
 中国不動産バブルの根本原因は、人民元の過小評価による輸出拡大(2006年に前年比7割増)にある。人民元相場上昇(2006年約3%上昇)を抑えるために外貨が人民銀行によって買い取られて、金余り状態が作り出されている。
 人民銀行が金利引き上げを実施し引き締めれば、中国経済は健全化し競争力が強化され、金融市場改革が進展する。中国産業構造の再編拡張はもう一段階促進され、中国新産業革命の威力がいっそう明らかになる。中国は繊維産業(直接間接に繊維産業と関わる人数は多いが)にこだわる段階にはすでにない。
 だが、中国政府(つまり実質的には官僚集団である中国共産党)は、日本と同様、不人気を恐れて引き締めが実行できない。

◆不動産バブルと農地転用

 中国産業の中心地上海では、中央環状線が完成し、外郭環状線、郊外に直通する地下鉄の建設が進み、中心部人民広場駅では尻押し部隊も出現した。浦東地域に行く黄浦江のトンネルや橋は無料で、建設資金回収は、市および各区の行政当局による不動産の売却を通して主になされる。上海市の行政は、不動産バブルを作り出しつつ、それの利益を受けている。
 不動産バブルの中で上海市周辺部は、市区に組み込まれ、農地転用も急速に進む。農業県のため貧しいが、フェリーで約1時間かかる長江の中洲・崇明島(文化大革命時代上海市の知識青年が大量に国営農場に下放された農業基地)である。上海市のタクシー運転手の7割は、他に働き口のないこの島の農民とされ、島の農業自体は、内陸部出稼ぎ農民の請負に多く依存する。
 この島に2009年江蘇省北部まで直通する橋がかけられ、上海市の既存造船所も集中される予定で、島内の道路建設や不動産開発が進み、不動産バブルが押し寄せている。筆者はフェリーで渡ることの不便さ(風波で5時間待たされた上にエンジン故障で乗り換えてくれといわれ、乗客が怒り出した)を経験し、定時に物流を行う条件がなければ工業は発展できないことをあらためて実感した。

◆中国の「新産業革命」理解

 では、中国の人々は、IT産業の世界的生産集積拠点となっている自分の足元で「新情報革命と新産業革命」の激動が起こっていること、またその意味に気付いているか。
 本年1月初頭上海市華東師範大学の金融専攻の大学院学生に、「中国における新産業革命」論を話す機会があった。このテーマで話した理由は、産業革命時のイギリス同様に金融システムの再編が産業再編と並行して起こるからである。また金融の専門家にとっても、どの産業部門でどの企業の業績を評価するかは、重要問題である。だが、金融論の学者は、一国的閉鎖モデルを考えその中での数量関係だけを論じるだけで、実体過程の変化とのエンジンとなる産業や企業を固有名詞を付けて具体的に論じようとする問題意識に乏しいので、あえて問題提起をしたい。
 反応は、中国では新情報革命の研究がまだ少ないとか、IT産業よりも鉄鋼業の産業規模が大きいと、やはり否定的であった。したがって、中国産業の拡張と再編の威力を世界的視野に立って客観的全体的に認識し、その歴史的意味を「新産業革命」とする理解は、中国ではまだ出現していない。

◆アメリカの「新情報革命」理解

 では、情報革命を言い出したアメリカの人々は、その意味を理解しているか? 本紙2006年11月20日号で取り上げたトーマス・フリードマンの『フラット化する世界』を再度見よう。
 フリードマンの「フラット化する世界」のイメージの根拠は、インドのIT受託企業、すなわちメインフレームコンピュータの代表・IBMが得意とした事務処理作業のアウトソーシング対象にある。これは、コールセンターやデータ入力作業さらには企業の経理やコンピュータの保守点検など、旧産業分野に関連するサーヴィス業務にすぎない。したがって、彼は、サーヴィス産業やウォルマートのような流通産業だけに注目し、中国・アジアの新産業分野が作り出したディジタル家電や、自動車部品の電子化など、新たな製品とその製造方法の登場という産業の実体面の大きな変化に、着目できていない。
 したがって、フリードマンは、アメリカのITバブル破綻以降もう一段階展開した新情報革命とIBMが代表していた旧情報革命とを明確に区別できない。ここから新しいタイプの多国籍企業の登場、それによる公正で思いやりのあるグローバリゼーションの進展という情報革命に対する実にアメリカ人的なフラットな理解がでてくる。この本がアメリカで2005年4月の発売後1年間に125万部も売れた理由は、そこにあろう。

◆アメリカ製造業の空洞化と日本

 シリコンヴァレー資本主義は、生産過程のリアルタイム処理と結びついて発展し、分散・並列・ネットワークシステムの製品構造と産業構造を作り出した。この新産業は、アメリカの外部で中国・台湾の新産業とグローバルな分業関係を組んで発展し、中米相互依存体制の産業的根拠を形成している。
 デトロイト資本主義に代表される旧産業分野は、日本や韓国自動車企業に米国内市場の本拠に攻め込まれ、中国事業に安易に依存する。
 ここから生ずる結論は、アメリカ製造業の空洞化という事実にほかならない。
 本紙1月10日号の座談会「米国農業の光と陰」は、移民労働に依存する大規模経営が政府補助金の赤字補填を受け、小規模農家が農外収入依存か廃業し、米国農業大国が空洞化していることをも明らかにした。
 したがって、アメリカ製造業の空洞化は、日本産業に中国産業の拡張再編に対していかに特化するかという課題を提起する。日本企業は、すでにそうした行動を現実には展開している。

(2007.2.5)


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