農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一のなぜなぜ経済教室(2)
農協大会の経済学


◆はじめに

 農協全国大会をひかえて今回は大会協議案をとりあげる。大会は内向きの課題にとりくみたいのだろうが、財界や農政が放っておかずにあれこれ攻撃・叱咤する時代。ならいっそ農協の考えを大いに語るべき時だ。協同組合そのものは別の回に取り上げる。

◆協同組合は遅れた企業体である

 協同組合を至上とするイデオロギーもあるが、協同組合は市場経済、資本主義経済にあっては遅れた企業形態である。営利という競争インセンティブが働かず、意思決定には時間がかかり、時機を逸する。だから営利や効率のみをめざすなら、子会社だけ株式会社化するなどとケチなことは言わず、協同組合そのものを株式会社にした方がよい。幸い財界も「株式会社になれ」と誘ってくれている。
 いや協同組合にこだわるのだというなら道は2つ。1つはグローバル化する企業とモロに競争しても勝てっこないから独自(ニッチ)分野に立てこもり棲み分けを図る。一部の生協等の行き方だ。
 もう1つは組合員というかけがえのない経営資源に着目し、「組合員の声」を聴くことに関して「市場の内部化」を図り、それを武器に株式会社に対抗することだ。
 しかるに大会協議案は「JAグループ役職員が共有する三か年の作戦書」だという。これでは組合員の声を聴く姿勢にはならない。大会とは本来「組合意識を昂揚して、全国の農業協同組合の共通の意思を決定する」場ではなかったのか。

◆減収増益路線には限りがある

 貯金を除いては事業は伸びていないが収益は回復したという。その原因は事業管理費なかんずく人件費の削減というリストラだ。最も効果があったのは貯金40億円、職員4人未満の支所支店は統廃合というJAバンク路線だ。
 しかしものには限度がある。このような減収増益路線を継続すれば、いずれ減収減益スパイラルに陥る。その岐路に立つのが本大会ではないか。
 支所支店は、農協が地域・組合員に伸ばしたかけがえのない触手であり、それをひっこめ切り捨ててしまえば共済も貯金も購買も減る。タコが自分の足を食うようなものだ。
 今や増収増益路線に反転する時である。そのために必要な要員を明らかにし、リストラに歯止めをかける。そうしないことには職場も組合員も元気が出ない。
 といっても増収のチャンスはどこにあるのか。財界は、農村は新しいビジネスチャンスの宝の山だと言うが、そのありかを財界に聞くわけにはいかない。ならば組合員に聴くしかない。幸い大会協議案は事業別にみた組合員の期待と満足度の調査結果を載せている。それによると、期待度・満足度が高いのは直売所、営農関連施設、農機、ガソリンスタンド、プロパン、葬儀、介護、Aコープ等。
 それに対して期待度は高いが満足度が低いのは営農指導、市場販売、量販店・生協直売、加工販売等だ。
 農業サービスと農協が逃げ腰の生活関連は意外と期待・満足度が高く、本命とする営農関係は組合員の期待に応えられておらず惨憺たる状況だ。ともあれ、このように地域・組合員ニーズを客観的にしっかり掴み、ビジネスチャンスを探る姿勢が大切ではないか。

◆場所別・部門別損益は諸刃の剣

 もう1つのリストラ路線は、場所別・部門別損益計算に徹して不採算部門は整理しろというもの。毎月の場所別部門別損益計算が強調されているが、筆者が飾りの理事長を務める年供給高15億のちっぽけな大学生協でも、昔から場所別部門別の損益計算は毎月の理事会に報告している。農協ともあろうものが今頃そんなことを強調するのは驚きだ。
 そのうえ不採算なら整理しろという短絡した議論にも驚く。そうなったら財界の〈部門別独立採算→内部補填禁止→事業分割〉と同じ論理になってしまう。
 場所別部門別損益計算は欠かせないが、それは総合事業を営む協同組合として内部の経営管理、企業統治に活かすべきもので、財界等の外部から内部補てんの禁止などと言われる筋のものではない。

◆どうする広域合併、1県1農協論

 合併一本槍、1県1農協の時代はもう終わった、今や本命は経済事業改革、支所支店統廃合、単協・連合会機能分担による新たな事業方式だ―これが協議案のメッセージのようだが、県域に遠慮しているのか歯切れは悪い。
 県域の方はと言えば相変わらず、経営危機を克服するのは広域合併しかない、挙げ句の果ては1県1農協だと考えているのではないか。これでは農協は一体どっちに行きたいのかが世間に見えない。大会で大いに議論して自ら進む方向を明示すべきだ。
 農協の組織・各事業の経済的な適正規模はそれぞれ異なるはずで、どの適正規模で単協規模を決めるかは悩ましいところだ。現在の基準は金融(JAバンク)の適正規模のようだが、本来の共販、共同購入組織としての農協の適正規模を決めるのは産地(ブランド)形成の範囲だろう。産地形成から見れば<RUBY CHAR="徒","いたずら">な広域合併やいわんや1県1農協はありえないはずだ。そもそも産地形成がない県域の話ではないか。
 広域合併したところも産地規模として大きすぎると判断したら、営農センター(旧農協)等に結集軸をシフトし、思い切って分権化を図るべきだ。
 農協が各事業を次々と子会社化し、そのうえで1県1農協化したら、農協本体は事業がもぬけの殻になり、たんなる持株会社になってしまう。スウェーデンの生協のオーナーズ・ソサエティー化などがたどった道である。そして持株会社に事業ごとの子会社をぶらさげれば、財界の事業分割論にも一応こたえたことになる。
 しかしそうなったら組合員の声は事業にとどかない。組合員参加もありえない。そんな農協にあいそをつかした生産者達は農業生産法人等を創り農協から離脱する。ここでも農協は総体としてどこに行きたいのか。その全体像を明確にすべきだ。

◆政策対象の担い手支援では組織基盤に反する

 農政は「担い手」育成に血まなこだが、担い手に交付するゼニの額は変わらないから決め手に欠ける。そこで農協に「担い手」支援を迫る。農政は、自らの課題を農協に丸投げし、経済事業改革を担い手支援にすり替えた。そして全農に5000人の人員削減をして240億円を「担い手」等に還元させる改善計画を出させて、そこからの後退を許さない構えである。
 もちろん農協も担い手育成に取り組むべきだし、また現に取り組んでいる。多くの農協マン・OBが集落営農のたちあげに飛び込んでいるし、地域農業支援センターの核も農協だ。問題は政策対象としての「担い手」だけを支援しろという選別論の押しつけである。そうではなく、政府の言う「担い手」も多様な組合員・担い手の一環に位置づけるべきだ。
 しかるに協議案は「担い手への支援を最重点課題」としている。そこで問題は2つ。1つは「担い手」向けの金融・共済・厚生(?)等の商品開発が本当に可能なのか、一応は可能だとしても果たして採算のとれる商売になるのかを冷静に判断することだ。
 2つは、「担い手」特化が、圧倒的多数の多様な組合員からなる農協の組織・事業基盤を掘り崩すことにならないか。協議案は「担い手」に対して、「価格等供給条件について開示しない」で個別に交渉するという。そんなことをしたら組合員の疑心暗鬼を助長するだけだ。大口取引によるコストダウン分はそれとしてきちんと還元する。そういう論理と値引き額を組合員全体に明示して理解を求めるのが協同組合としての筋だろう。農政のいいなりになって自らの組織・事業基盤を掘り崩してしまったら、泣くのは農協自らである。

◆「No1宣言」は有効か

 単協は自ら全ての事業機能を具備する必要はなく、連合会と機能分担する新しい事業方式を採り、得意分野について「No1宣言」しろという。そういえば「地域No1のお店」というのがふた昔前のSMチェーンのスローガンだった。
 前述のように適正規模は各事業によって異なるから、単協で全て自己完結というわけにはいかない。生協も小売は単協、商品の開発・仕入は事業連合という機能分担が国際標準になった。その意味で機能分担は大いにありうる話である。
 他方で、日本の農協は総合農協として組合員の全生産・生活ニーズに応えてきた。その強みが気にくわないから、財界は部門分割しろ、連合会は独禁法適用だと脅している。
 要は機能的な適正規模の追求と総合農協としてのニーズ対応のバランスの問題だ。機能分担が事業そのものの分担になってしまい、そこで「○○でNo1のJA」と下手に強調したら、多様化した組合員のトータル要求には応えられず、組合員は「その他の分野はNo1ではないのか」と逃げていくだろう。
 確かにグローバル競争激化の今日、総合農協というあり方は難しい。生協も食の専門(店)に特化した。しかし他方では共済や福祉に触手を伸ばしてもいる。要は何が地域・組合員のニーズにトータルに応える道かだ。地域ニーズに徹し、地域に開かれた、地域の公共財としての協同組合、農協という道を追求する必要がある。
 その場合には組合員資格、員外利用、准組合員制度等をトータルに見直さなければならない。生協陣営は県域規制の撤廃、員外利用規制の見直し要求に踏み込んだ。農協陣営が座視しても早晩尻に火が点く。今大会はそういう論議の頭出しをすべき時でもある。
(横浜国大大学院教授・ 田代洋一)

(2006.9.12)


社団法人 農協協会
 
〒103-0013 東京都中央区日本橋人形町3-1-15 藤野ビル Tel. 03-3639-1121 Fax. 03-3639-1120 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。