農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一の「なぜなぜ経済教室」(6)
農村女性の経済学


 JA全国女性協のJA女性「かわろう かえよう宣言」では「自立した生き方の追求」も柱のひとつで、JA運営における男女共同参画の促進運動やライフプランの学習、実践運動などを進めることにしている。また、「共生で豊かさを分かち合う活動」では高齢者福祉をはじめとしたさまざまな助け合い活動に取り組もうと呼びかけている。いずれも今後の農業、農村にとって大切なテーマであり、「自ら恐れることなく変革し、さらに自分の周囲も変えていく実践活動」に取り組む、と宣言している。
 しかしながら、こうした課題を実現するには、社会的・制度的な問題も多い。それはこれからの家族のあり方にまで及ぶ。そこで「田代洋一のなぜなぜ経済教室」第6回は、女性大会特集に合わせて「農村女性の経済学」を論じてもらった。

JA全国女性大会のインパクトに期待
遅れているのは、女性の地位ではなく農村社会・男社会の意識

◆農家女性の地位向上の評価 意外に複雑で難しい

田代洋一(たしろ・よういち) 
田代洋一(たしろ・よういち) 横浜国立大学大学院教授
昭和18年千葉県生まれ。東京教育大学文学部卒。博士(経済学)。昭和41年農林水産省入省、50年横浜国立大学助教授。現在は同大学大学院国際社会科学研究科教授。主な著書に『新版 農業問題入門』(大月書店)、『「戦後農政の総決算」の構図』(筑波書房)、『集落営農と農業生産法人』(同)など。

 かつての農家女性は、「家の女」(嫁)→「箒をもった女」(主婦)→「古い女」(姑)というコースをたどった。家の付属物の地位はだいぶ変わったが、残すべき不動産(農地)ひとつなく死んでいくのは今も変わらない。
 最近では農政も農家女性の地位向上に力を入れており、それはそれで良いことだが、その理由として「女性が農業就業人口の多数を占めている」点が必ず挙げられる。なら農業従事しない女性の働きは評価されないのか。「農家女性の経済学」は意外に複雑で難しい。

◆家族のかたち 直系家族と単婚家族

 農業経営は世界どこでも家族経営と相場が決まっているが、問題は家族の形だ。日本のそれは三世代直系家族(祖父母世代、世帯主世代、あとつぎ世代からなる「いえ」)の形をとる。結婚したカップルが二世代以上同居しているのが直系家族、結婚した子供は家を出て行き一組のカップルしか残らないのが単婚家族。資本主義が早期に成立したヨーロッパ中核部の農家は単婚家族であり、単婚家族こそが近代家族だとされた。
 しかしヨーロッパ周辺部は直系家族が多い。日本では非農家は単婚家族だが、農家は直系家族が過半を占めてきた。2000年センサスでは30数%で、単婚家族の方が多くなったが、実態を反映したものか疑問が残るし、今日も規範としては直系家族だろう。

◆世代継承システム 直系家族(いえ)農業の強さと弱み

 直系家族では父から子への血の繋がりで家業や家産が継承されていく。その下で後継者が予約・確保され、農地の分散は防がれ、世帯員数の多さは複合化や兼業化を可能にする。一口で言えば単婚家族よりも安定的かつ強靱だ。
 しかし決定的な弱みもある。それは父から子への世代継承システムから女性が排除される点である。戦後民法の下では女性配偶者にも相続権はあるが、めったに行使されない。いわんや血のつながりのない嫁の立場においておや、である。後継者は家の農業のため無償で働く代わりに、無償で農地を一括死後相続する。無償のバランスがとれている。しかし嫁は無償で働くが、相続ではナッシング。
 遺言を除き相続が血の繋がりでなされるのは世界共通だが、直系家族の「嫁」は、「いえ」の農業と生活の維持に尽くさなければならないのが単婚家族と違う。とくに舅姑の介護負担は重い。にもかかわらず相続から排除される。そのような「ただ働き」を防ぐには、せめて「その都度払い」が必要だ。女性労働の経済的評価の問題である。

◆何を変えるべきか 制度的・社会的位置づけの明確化

 愛はさておいて冷静に計算すれば農家の嫁にはならない方がよい。しかし若い女性から見離されたら日本の農業もいよいよおしまいだ。ならば何を変えればよいのか。一部のジェンダー論者は、直系家族が諸悪の根源だから、それを解体して単婚家族にすればよいという。しかし家族形態のような人間の根源的なあり方は一朝一夕に変えられるものではない。直系家族の解体は単婚家族を生まず、家族そのものを崩壊させるだろう。そこで現実に農家にとって必要なのは、直系家族制を前提として、その内部変革を図ること、女性の制度的・社会的な位置づけを意識的に明確にすることである。

◆女性労働の経済的評価 生産も販売も自分でする女性

 政府調査では経済的報酬を得ている女性の割合は結構高い。独自の収入源をもつという意味では兼業化が大きかった。女性が兼業に出る狙いは厚生年金にあるともいう。個人としての老後が確かでないことの反射でもある。
 専業農家の場合は家族経営として収入が「いえ」にプールされてしまうので、独自の収入源というより分配関係が問題になる。家のサイフをヨーロッパでは亭主がもつが、日本は主婦に渡す。主婦はそこから小遣いを「へそくる」。どっちが利口で実質的かは「功名が辻」を見ても分からない。
 しかし「へそくり」からは労働の評価・対価という権利意識は生まれない。そこで給与の支払いが課題になる。その点では青色申告の専従者控除の影響が大きく、家族経営協定の効果も一部ある。それをもって良しとするのが大方の見解だ。
 しかしそこで終わったのでは調査は失格。問題は使い方だ。実は支払う方も受け取る方も、労働報酬というより「家計費の一括振り込み」と受けとめているのが大半である。女性はその「家計費」から自分の小遣いをひねりだす。これでは昔の「へそくり」が銀行振り込みに「近代化」されただけだ。制度化は絶えず建前と本音、形式と実態の違いを生む。
 ポイントは家計費と切り離し、女性労働への対価として女性が独自に使用できる金額を明確にすべきだ。額的にはへそくりの方が多いかも知れないが、そういう問題ではない。
 その点でおもしろいのは直売所の販売代金の扱い。女性が自分で生産した物を自分で売る。さすがにそれもよこせという亭主はおらず、きちんと女性のポケットに入る。女性も兼業に出るのとどちらが得か計算する。そもそも水稲単作は男の世界だったが、生産調整に伴う野菜転作等の複合化で女性の農業進出と労働評価が高まったと言える。園芸収入の一部を愛妻貯金として振り込む農協もあった。いずれも収入プールという家族経営の盲点をついている。自分で生産する、自分で販売するというのがポイントだ。

◆家族とは何か すまい・めし・ふろを共にすること

 家族とは「すまい・めし・ふろを共にすること」と私は定義している。この三位一体のうち初めに崩れるのが「すまい」だ。西日本、都市近郊から敷地内に世代間で分かれて住む「敷地内同居=別居」ともいうべき形態が拡がっている。主婦層にアンケートすると、圧倒的にそれを肯定する声が返ってくる。自分の体験からせめて子供達にはそうしたいという思いが強い。
 東日本はまだだが、別階同居は普遍的であり、同じ屋根の下でも玄関や居間を別にするケースもある。付き合いが違うことを配慮した知恵だろう。
 「めし」を別にするのは、世代による油っこいものの好き嫌いや生活パターンの違いに起因するもので、本質的とは思わない。
 いちばん分化していないのは「ふろ」かも知れない。「一緒の風呂に入ってますか」という質問に「えぇ主人と毎日一緒に入ってますョ」と切り返す若妻もいた。「そういう問題じゃない」と思うほどに女性は強くなっている。
 直系家族の生活内実はかく微妙に変容している。それをもって直系家族の崩壊の兆しと見るか、柔軟対応と見るのかは意見が分かれる。ある若妻は「同居にもプライバシーがある」と訴えた。20年も前の話だが、ポイントはその辺にあるのではないか。

◆悩ましい相続問題 「嫁」にも認めるべき「農業・家事・介護」の寄与分

 均分相続の法規範の導入は戦後の日本農業にとって悩ましい問題だった。しかし結論的にいって農地の分割相続は思ったほど増えていない。我々の2006年の調査でも現世帯主一括が75%、同居世帯員へ分割が13%、別居世帯員へ分割が11%である。分割は都市化、高地価化が原因だが、面積的にはせいぜい宅地相当にとどまり影響は小さい。
 むしろ問題は世帯主一括のうち女性世帯主のそれが6%を占める点だ。要するに相続すべき子供がいないから配偶者がやむを得ず相続する。中山間地域に行くとこの割合がぐっと高まる。そして相続地も貸付地や耕作放棄地が多くなる。女性世帯主も高齢で、次の相続が早晩問題になる。しかるべき公的団体が農地信託を受けるなど制度対応が必要だ。
 女性の相続問題については、血の繋がりのない配偶者等に相続したら、他出した実の子達が(配偶者も加勢して)「自分たちが先だ」と騒ぎ出しかねない悩ましさがある。最良の相続対策は日頃の親しいつきあいだとも言うが、農業経営への理解を醸成する必要がある。
 問題は嫁の立場である。後継者には相続の寄与分制度が認められたが、そもそも相続権のない嫁には関係ない(養子縁組という手はあるが姑息だ)。そこで農地を分与するかは別として「嫁」にも農業・家事・介護の寄与分をきちんと認めるべきだ。少なくとも不払い賃金(あるいは標準的賃金と支払賃金の差額分)を相続時にキチンと精算すべきである。

◆女性の社会参画 女性に対等の共同経営者としての地位を

 法制度上も解決すべき問題が多々あるが、その実態は農山漁村女性・生活活動支援協会『女性農業者のためのQ&A』に譲りたい。
 農業経営における本人のポジションを女性に聞くと、圧倒的に「夫と対等のパートナーだ」という回答である。しかし税制上は1事業1事業主だし、ひと頃までの認定農業者制度も「認定農家」が実態なのに敢えて「者」として男性に限定し、修正を余儀なくされた。女性に対等の共同経営者としての地位を認める方向に全ての制度を改善する。これが制度問題のポイントだ。
 高度成長期前に較べれば農家女性の地位は著しく改善された。そのなかで一番遅れているのが社会的な地位である。今もって女性理事のいない農協・農業委員会、あるいは参与等ですましているケースがみられる。選任枠で女性を農業委員に登用したものの広域合併で元に戻ってしまったケースも多い。
 女性を理事や委員に迎えられない農業団体はいずれ退場を余儀なくされる。そして迎える以上は一人ではダメである。やくざでも刑事でも動くときは二人一緒。脅し役とすかし役が必要だからだろう。女性をやくざや刑事に例える気はサラサラないが、一人で発言するには勇気が要る。やはり最低二人は必要だ。
 遅れているのは、女性の地位ではなく、農村社会、男社会の意識の方である。そして意識は変えようと思えば変えられる。今年の女性大会のインパクトを大いに期待したい。

(2007.1.19)


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