農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一の「なぜなぜ経済教室」(7)
農政改革木委員会の農地政策


◆なぜまた農地問題なのか

 さんざいじられてきた農地制度がまたまた問題化している。そのなぜかを指し示すのが経済財政諮問会議の「EPA・農業ワーキング・グループ」の立ち上げだ。すなわちEPA(経済連携協定)にはずみをつけるには農業関税の引き下げ・撤廃が不可欠。そのためには農地制度を変えて農地集積を強行する必要がある、しかるに農水省まかせでは農地制度改変はラチがあかないと経済財政諮問会議がお出ましになった次第だ。
 ワーキング・メンバーに起用された木勇樹・本間正義氏は日本経済調査協議会の農政改革木委員会の主要メンバー。その昨年5月の最終報告「農政改革を実現する」(以下「報告」)を手みやげに諮問会議入りしたわけだ。この報告自体の内容は荒唐無稽であまり相手にされなかったが、諮問会議絡みとなれば座視できない。

◆狙いは農地法潰し

 報告はまず農地法を槍玉に挙げる。そもそも理念が気にくわない、農地法・農振法・基盤強化法と複雑で使い勝手が悪い、と言うのがその理由だ。報告は農地法の理念を自作農主義においているが、当初はともかくその今日的な核心は農作業に常時従事する者のみが農地の権利取得ができるとする農地耕作者主義にある。
 その趣旨は、自ら額に汗流して耕作する者以外の農地取得を禁じ、従って農地はあくまで農地として使うべき、よってその転用は許可がなければ禁じる、というものだ。農外者の農地取得や転用を厳しくチェックする農外への防壁としての農地法があってこそ、農振法や基盤強化法が農業内を仕切ることができる。
 このような土地所有の私権制限を含む農地法の強い防壁は、戦時体制・戦後改革期という国家権力が強かった非常時に初めて可能になったもので、規制緩和論者が「1940年体制」と口を極めて非難するものだ。彼らが主流になった今日、農地法を廃止した上でこの防壁機能を新法に再度取り込もうとしても、それは事実上不可能だ。
 使い勝手が悪いから農地法を廃して関係法を一本化しろという主張は、このような法の歴史的背景や構造を全く無視した暴論で、農地法の廃止をもたらすだけである。

◆所有と経営の分離論

 報告は所有と経営の分離を主張する。しかるに財界は、90年代なかばからの規制緩和に乗じて株式会社の農地所有権取得を一貫して要求してきた。要するに所有と経営の一体論だ。報告が本気で所有と経営の分離を言うなら、身内とも言うべき財界のこの一体論をまず厳しく諫めるべきだ。
 まっとうな資本主義企業はほんらい土地は所有しない。土地は減価償却されないから売り払わない限り資本回収できず、その分だけ生産的投資を減らしてしまう。儲けるなら土地は買わずに借りた方がよい。だからまっとうな資本主義は土地担保金融も嫌う。
 その意味でも所有と経営の分離は当たり前のことで、何を今さらという感があるが、その狙いは小さな農地所有の権利を制限し、大きな経営を利することにあるようだ。例えば報告は「規模によって税率を変え農地保有コストに差をもたせることが望ましい」としている。所得税の累進課税はありえても、金(土地)持ちほど税率を低めるような逆累進課税は聞いたことがない。農家追い出しを図る税制の恣意的な悪用である。

◆超長期賃借権の主張

 報告は利用する権利の強化を主張している。貸し手市場時代の農政は所有権に妥協することで農地流動化を図ってきた。それが短期賃借権としての利用権だ。借り手市場に転換して久しい今日、借り手の経営権を強めることに異存はない。
 問題は貸し手の納得を得つつ、それをどう強めるかであり、報告は貸借期間に下限(例えば15年)を設けたり、20年以上の長期賃貸借を認めるべきとしている。現在でも利用権の存続期間は3〜6年が約半分で、平均して6.4年。10年以上の長期は90年代以降減っているのが現状だ。農水省調査によると担い手が希望する賃借期間も最多が6〜10年で約4割、20年以上は5%弱に過ぎない。このような実態や希望からしても、下限15年などというのは論外。20年以上の希望もなくはないが、それは上物を建てるような特殊事例であり、永小作権等で対応すべきだろう。
 経営安定化のためと称して徒に期間の規制や長期化を図ることは、たんに実需がないだけでなく、貸し手、借り手双方に将来不安をもたらし、農地流動化にブレーキをかける点で有害だ。経営安定化のためには、何よりもまず安心して貸し借りできるような農産物価格を初めとする農業環境の安定が必要である。そのうえで利用権の中途解約に制限を設けるとか、農地に投下した資本の残存価値の補償(有益費償還)ルールの明確化の方が大切だ。

◆第三者機関の設置案

 報告はこれらのルール設定や農地利用の監視、利用権の中間的保有機能、さらには農地転用や農用地区域の設定を行う農地利用・監視委員会を提案している。現在の農業委員会は農家が選んだ農業委員からなる行政委員会だが、それは地権者エゴの固まりだから、住民参加の第三者委員会に代えるべきというわけだ。
 しかし農地の中間的保有という業務(経済行為)を行う機関が、同時に農地利用を監視する等を行うことは、取引当事者が監視者を兼ねることになり、組織の中立性からしても不可能だ。中間的保有や監視、転用許可等は一種の農地行政を行うことだが、民間人が行政を行う行政委員会は、事情に精通する当事者を主に構成されるものであり、第三者・一般住民が主となる委員会では行政委員会にはなれない。せいぜい諮問委員会どまりだ。
 住民が当事者になるには、農地をたんなる生産財ではなく環境財としても位置づける必要があり、それは新基本法の理念にも即しているが、そういう発想転換は報告にはない。

◆他産業・異分野の参入促進

 報告は食品・外食産業等の株式会社の参入促進を強調する。借地による株式会社の農業参入は、農業生産法人の要件緩和や特定法人制度の発足で既に可能だが、両者とも各170〜180件前後に過ぎない。少ないのは規制があるからだと一層の規制緩和を主張するのが報告の立場だろうが、参入が少ない真の理由は、ここでも実需がないか、限られているからである。
 とくに特定法人の場合、国県の押しつけで、自治体も地元も当の会社もいやいやながら取り組んでいる事例が多い。地縁社会である水田の「むら」に域外の株式会社が落下傘的に参入するのはほとんど不可能だ。
 株式会社形態の農業生産法人は畑作地帯で地場企業が原料農産物等を求めて進出する事例が多い。農家の高齢化で集荷困難になったのがその背景で、農家出自のトップが経営する地場企業が参入したものがほとんどであり、中央資本はレアケースである。このように実需に基づいて農業進出した株式会社は資金確保に懸命で、農地購入などに無駄金を投じる気はサラサラない。

◆ゾーニングは万能か

 農業ビッグバン派は、農家は転用待ち、そのような農家が委員になる農業委員会の転用許可はルーズだと口を極めて非難し、農地法の転用統制に代えて30年転用禁止の農業ゾーニングを行うべきとしている。
 しかしゾーニング単体で転用規制できると思ったら大間違いだ。ヨーロッパは全国土的な「開発不自由の原則」のうえで、自治体の土地利用計画に位置づけられた場合に初めて転用可能としているが(「計画なければ開発なし」)、日本を支配しているのは地主制以来の土地所有の土地利用に対する優越、その結果としての全国土的な「開発自由の原則」だ。その下で農業だけゾーニングして転用禁止しようとしても、周囲から開発自由の原則に基づく転用圧力が浸透してくる。
 そのなかで、日本では農地法が先行してがっちり転用統制しているから、その具体的な運用として転用を禁じた農用地区域のゾーニングが可能になるのである。大元の農地法を廃してゾーニングだけ残っても裸の王様に過ぎない。
 ゾーニングで30年転用禁止などと勇ましいことを言うが、ゾーニングを新たに仕切り直した場合に30年転用禁止の区域に入る者はいない。それは転用期待からではなく、30年先の農業の姿を描けないからである。

◆農政への期待

 積み上げられてきた制度や実需・実態を無視した空論。そこに見え隠れするのは強権的にゾーニングや農地集積を図ろうとする姿勢だ。そのために小さな農地所有の権利を規制する。このような上からの集積の強要はナチュラルな農地流動化、真の農業構造改革に逆行する。それを経済財政諮問会議を傘に国家権力で強行しようとする点が怖い。
 そこにもう一つの狙いが透けて見える。財界や官邸が直接に農政に乗り出す、言い換えれば農水省、農林行政の実質廃止だ。
 農政の方にもつけいれられる悪いクセ、スキがある。
 第一に、賃貸借での規制緩和を先行させ、最後には所有権でも妥協してしまう傾向である。株式会社の農地所有権取得の問題が依然として怖い所以だ。第二に、最近の農政は財界等から要求があると必ず何らかの形で対応しようとする。その結果は〈財界の問題提起→有識者会議でのガス抜き(オーソライズ)→制度変更〉というプロセスになる。今回は財界プラス経済財政諮問会議だからさらに手ごわい。
 農水省も農地政策に関する有識者会議を立ちあげたが、このような悪いクセをチェックし、有識に欠ける暴論に対して毅然と有識の実を発揮して欲しい。

(2007.2.23)


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