農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一の「なぜなぜ経済教室」(8)
日豪EPAと国の進路


◆日豪EPAの壊滅的な打撃

 WTOのドーハ・ラウンドがここにきて打開への動きをみせているが、これまではもたつくWTOに代わってFTA(自由貿易協定)による自由化の追求が主流をなしてきた。日本は日豪EPA(経済連携協定)交渉に入る。財界や経済財政諮問会議が強烈にプロモートしている。
 それに対し農水省はその影響試算で日本農業に壊滅的な打撃を与えるとしている。日豪FTAで自給率は30%に下がり、関税等の国境措置を全廃したら自給率は12%に落ちるという。これは、WTO日本提案で「多様な農業の共存」を主張し、食料自給率の向上を基本法で定めた日本が採りうる道ではない。

◆農業例外論でいいのか

 そこで農業団体等は「農業の例外扱い」をもとめている。ガットは、FTAについて「実質的に全ての貿易」について原則10年以内に関税撤廃することとしているが、現存するFTAは全て品目や期間について例外を設けており、例外なきFTAなど存在しない。その限りでは「例外」の要求は経験則に則したものといえる。
 しかし問題は2つある。1つは、農業さえ例外扱いされれば日豪EPAはゴーでいいのか。2つは、個々の品目についての例外は普遍的に存在しているが、農業という1つの分野を丸ごと例外扱いにする例はないという点である。そもそも交渉開始に当たり、オーストラリアは全分野を対象にするという主張で押し切っている。
 この2つの問題を併せれば、そもそも日豪EPAは日本の進むべき道なのかという、国の進路、真の国益の問題に行き着く。

◆農業とFTA

 前首相・前経団連会長をはじめ、農業をFTAの阻害要因とみる見解が財官学界の主流をなしている。実は対メキシコFTAでも交渉難航の真因は工業サイドにあったのだが、農業を阻害要因とする主張は一向に後を絶たない。
 その理由2つ。第1はFTAにより日本の工業の比較優位が一層強まるので、その見返りに農業で相手に利益を与えるしかないこと、要するに農業を犠牲にして工業利益を追求すること。第2に、FTAを国内の農業構造「改革」の「外圧」として利用することである。
 前回も触れたが、この点をあからさまに示したのが、経済財政諮問会議における「FPA・農業ワーキンググループ」の設置である。それはEPAと農業構造「改革」を一体で捉える国家戦略の表明である。WGの主要メンバーが執筆した「農政改革木委員会報告」は「より少ない担い手でより大きな生産を担うことが日本の農業構造改革の姿」であり、「途上国からの低賃金労働力が利用可能となれば、日本農業の生産構造も変わる」、「日本の農業者がアジア各国に渡り農場経営に乗り出すことも考えられる」という。そこには食料安全保障も自給率も多様な農業の共存もない。
 また浦田秀次郎・日本経済研究センター『日本のFTA戦略』(日本経済新聞社)は、食料安保に「風穴をあけない限り…FTAは挫折する」、多様な農業の共存や多面的機能論は「初めから農業の存在を前提にしており」WTO農業交渉と相容れないとする。この最後のフレーズを書いたのも先のWGメンバーだ。

◆FTA(EPA)と東アジア共同体

 もしもFTAが食料安保や多様な農業の共存と相容れないなら、日本が係わる余地はない。しかし果たしてそうか。そもそも全ての締約国を平等に扱うべきガットが特定国間だけの関税同盟や自由貿易地域を認めたのは、それが「当事国間の経済の一層密接な統合を発展させて貿易の自由化を増大することが望ましい」(ガット24条)とされたからである。すなわち地域経済統合へのプロセスとしてのFTAは認めるというスタンスである。
 地域経済統合という点では日本は東アジア共同体の形成を必要としている。日本が当面する諸問題の多くは日本一国では解決不能であり、少なくとも東アジアレベルでのリージョナルな取組みを必要としている。環境、新型感染症、自然災害、通貨安定(金融)、エネルギー等の問題に加えて民族主義の台頭がそれだが、農業との関係では食料問題が重要だ。
 平成17年度農業白書は、世界の農産物純輸入国のベスト4として日本、中国、ロシア、韓国をあげている。世界的食料不足になった時、北東アジア諸国同士でなけなしの食料を奪い合う構図をさけるには東アジア規模で食料安全保障に取り組む必要がある。
 東アジア共同体への一歩としてのFTAは、このような日本の課題にも地域経済統合を認めるWTOにも整合する。その場合の東アジアとは当面具体的にはASEAN+3(日中韓)だろう。そこでは実態としての経済統合は高度に進んでいるが、共通するアイデンティティーがないとされている。しかし共通項はある。それはアジアモンスーン地帯の灌漑湛水農業という農業形態を共にしている点だ。
 もちろんアジア・モンスーン地帯にも畑作農業はあるが、メインは水田農業だ。しかるにオーストラリアはどうか。そこには水田もあるが、出自的にも草と畑の農業の国だ。日豪に共通するアイデンティティーは民主主義等の価値観だと言うが、民主主義的な価値観はグローバル化の方向にあり、特定国のみが共有するものではない。

◆EPA(経済連携協定)の意義

 日本が提唱したEPAがFTAと違うのは、貿易自由化だけでなく、協力の促進や経済活動の一体化等の幅広い連携を含めている点である。前述のように東アジアで食料を奪い合う将来図を避けるには、多様な農業の共存をめざして特に域内穀物自給率を高める必要がある。そのために日本は農業技術、食品安全性、貧困の解消等の面でアジアに大いに協力する。そういう関税引き下げ一本槍ではなく多角的な提携を追求するのがEPAの真骨頂だ。
 このような日本の戦略が功を奏するのは対途上国であり、対タイEPAではコメの関税引き下げを回避することができた。次は技術協力や貧困解消にほんとうの成果を挙げられるかが試される。

◆日豪EPAは何を狙うのか

 日豪はEPAというよりFTAが主要側面だろう。なぜ、いま、日豪FTAなのか。中国との鉱物資源確保の争いというのが通説だ。確かに日本は多くの資源・エネルギーをオーストラリアに依存している。しかしそれらの多くは既に無税化している。にもかかわらずFTAで資源確保というのは、要するに資源以外の面、端的に言って農業面の関税引き下げでオーストラリアにメリットを与えることで将来の資源確保をより有利にしようとする思惑だろう。しかし、カネでなんぼの世界でそういう思惑が通じるかは疑問であり、そのために農業を生け贄に差し出すのは国益に沿わない。

◆東アジアFTAをめぐる対立

 背景はそれだけか。先の「ASEAN+3」のFTAを主張しているのは中国である。それに対して日本は、「ASEAN+6」すなわちオーストラリア・ニュージーランド・インドを含めたEPAを主張し、アメリカは「APEC21カ国FTA」すなわちアメリカ・ロシア等を含む環太平洋地域FTA構想をぶちあげた。アーミテージ元米国務長官は日米FTAがその牽引車になるべきとしている。
 アメリカはアジアを自分の前庭と位置づけ、アジアがアジアだけでまとまらないよう、アメリカとの二国間関係でアジアを分断してきた。日米安保もその1つである。アジアがFTAの後進地域になった1つの背景にはそういうアメリカの思惑が功を奏している。
 このような構図のなかに先のアジアFTAをめぐる三つ巴の構想を置いてみると事態ははっきりする。すなわち東アジアだけのFTAを阻止するために、ASEAN・FTAに未だ現実性がないなかでアメリカの代理としてオーストラリアをたてるという戦略だ。これは、戦後の第二次農地改革において、米英ソ中の対立のなかでオーストラリア(英連邦)に立案させた構図とよく似ている。今日のターゲットはソ連ならぬ中国である点が異なるが。
 折しも安倍首相は今月、日豪安保共同宣言に署名した。そこには日豪米の三角安保で中国を牽制しようとする意図が感じられる。そして豪は、農業より「安保協力を先に固めればEPA進展の雰囲気も出てくる」としている(朝日、3月14日付け)。先の経済財政諮問会議のWGとリンクさせれば、〈安保―FTA―農業〉という構図が浮かび上がる。

◆問われているのは国の進路

 アジアに背を向けてアメリカと組む。これが二代の首相の選択だ。しかし「アメリカをとるのかアジア(中国)をとるのか」といった不毛の二者択一に自らを追い込むのは最悪の外交だ。もちろんオーストラリアともアメリカとも仲良くしていくべきである。しかし共通の課題やアイデンティティに即した地域経済統合体を模索する相手はまず東アジアだろう。
 最近の日本は脱亜従米の態度を強めつつ、歴史認識や靖国問題ではアメリカを逆なでしており、アメリカはアメリカで日本の頭越しに対中・対朝戦略を展開し、日本をアジアの周辺国家の位置に落とそうとしている。問われているのは国の進路なのだ。

(2007.4.2)


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