農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一の「なぜなぜ経済教室」(9)

食料消費支出の経済学



◆家計の食料消費

 日本に住む人びとがどんな食べ物に、どれだけカネを出してくれるか。それが過剰・飽食時代の農業問題の出発点である。
 食料消費には企業サイドのそれもあるが、まずは家計消費支出だろう。それを示すデータは総務省の家計調査報告しかない。同報告からは世帯単位の食料消費支出は分かるが、個人のデータは得られない。また単身世帯は別調査になっている。若い層をはじめ外食依存が強まるなかで、被調査者が外食等を食費にカウントするか、交際費、娯楽費にしてしまうかも微妙だ。
 読者諸賢は夕べの会食代の費目を何とするだろうか。かくして最近の特徴的な傾向がアンダーに出る可能性はあるが、当面使えるデータはこれしかない。

◆「お客が減る」日本農業

 まず世帯員一人当たり平均の傾向を1980年あたりから見ると、93年まではなんとか横ばいだが、以降は減少しだし、90年=100として2004年は93〜94になっている。
 平成不況の中で国民は食料消費支出を落としてきたわけで、日本農業にとってそれだけお客さんが減ることになる。しかも食料自給率は40%だから、食料消費支出の大半は輸入品に向けられることになり、国内農産物への需要の落ち込みはさらに大きくなる。問題はそれが傾向的なものなのかどうかだ。景気回復が伝えられるなかで2005年に入り食料消費支出もやや持ち直している。しかし年齢階層別の動きをみると将来は全く楽観できない。

◆若い層ほど大きい減り方

 家計調査は世帯主年齢階層別のデータをのせている。そこで世帯主年齢が例えば29歳以下の世帯は20代の若夫婦と幼児から構成され、世帯主60歳以上の世帯は老夫婦のみから構成されると想定し、近似的に世帯主年齢階層が世帯員個人の年齢階層の消費を反映していると仮定してみる。中年層についてはこの仮定はあまり当てはまらないかも知れないが、結果は驚くほどクリアである。すなわち50代、40代…20代と世帯主年齢が若い世帯ほど一人当たり食料消費支出の絶対額が少なくなり、かつ経年的に減少の度合いが大きい。要するに若い世代ほど食費にカネを使わなくなってきている。彼らがそのまま加齢したらそら恐ろしいことになる(それを推測するのがコーホート効果分析だが、その結果は品目によって異なるようだ)。

◆高齢者世帯に支えられる食料消費

 60歳以上は食料消費支出金額が最も多く、かつなんとか横ばい傾向にある。平成17年度農業白書が強調するように、食料消費支出の総額に占める65歳以上層のシェアは高まっている。1984年に12%だったのが、2004年には28%を占めるに至っている。これは高齢者世帯が消費支出を減らさず維持している効果と高齢者世帯数の増大との複合の結果だ。日本の食はますます高齢者世帯に支えられるようになっている。「年寄りは食う以外に何の楽しみもないからナア」などと嗤ってはいられない。

◆若い層ほど低い購入単価

 平成16年度農業白書は、世帯主の年齢階層別にみた食料品の購入単価を図示した。それによる多くの品目で70代、60代、50代…20代と若い世帯主層に行くほど購入単価が低くなっている。つまり若い層ほど安い物を食っている。「多くの食品において60歳以上の世代の購入単価が40歳未満の世代の購入単価を上回っており、例えば、生鮮肉では70歳以上の購入単価が29歳以下の購入単価を48ポイント上回っている」(白書)。これはもう高い安いではなく、若い層は輸入肉、年寄りは国産牛といった質的な差がある。

◆年齢階層別消費の経年変化

 実は食料消費の研究は一部の精緻な計量分析を除きほとんどなく、盲点になっている。そのなかで石橋喜美子『家計における食料消費構造の解明』(農林統計協会、2006年)は、家計調査の個票再集計により、ずばり個人の年齢階層別消費にまでたちいった研究として注目される。
 本書から興味深い点をピックアップすると、牛肉については自由化による購入単価の低下と購入数量の増加が「10歳代の子供のいる世帯」で顕著に表れていること、従来牛肉消費の少なかった関東でその傾向が強いこと、米については「高所得層ほど高単価の米を量としては少なく、逆に低所得層ほど低価格の米を量としては多く購入する傾向がある」。そして「40歳代夫婦・10歳代2人」の低所得層で米の購入数量が大きく減少した。
 本書の一人当たり消費量の経年変化の図をみると、減少率という点では40歳代前半のそれが多くの品目で顕著であり、次いで米では50歳代前半、生鮮魚介と生鮮果物では30歳代前半の減りが大きく、逆に調理食品(金額)の増加は40歳代前半、ついで50歳代前半が大きい(40代後半、50代後半といった年齢階層は略されている)。
 先の私の年齢階層が低いほど食料消費支出の減りが大きいという指摘とややずれるが、石橋の図は数量、私の指摘は金額=数量×単価の違いがある。両者をあわせれば数量では中年子育て層、単価を加味した金額では若年層ほど減り方が激しいといえようか。

◆若い層から日本型食生活が崩壊

 問題はなぜ減るのか、どうしたら減少を食い止められるのかだが、肝心のその研究がない。それをいいことにここからは私の独断と偏見に拠ると、そこには二つの要因がある。一つは日本型食生活の崩壊、もう一つは格差社会化だ。
 まず前者の根拠は、若い層ほど食料消費支出の減少率が高い点、とくに購入単価が低い点である。若い層ほど食料消費を減らしているということは、若い層から、それなりに日本の食材を使った日本型食生活から「安かろう、悪かろう」の輸入食品依存のコンビニ型食生活へのシフトが強まっていることを示唆する。

◆格差社会における食の二極化

 精緻を身上とする計量分析は、年齢階層別の傾向をみる時は所得階層の影響を取り除こうとし、所得階層による違いを析出するためには年齢階層の差を除去しようとする。手続きとしては正しいのだろうが、現実には年齢と所得の相関がある。すなわち子供を抱えた若い層が派遣等の低賃金を強いられ、夫婦二人だけの高齢層は「優雅な」な年金生活というわけだ。
 そういう眼で以上のデータをみると、格差社会化、金持ちとビンボー人への分裂は、食の二極化をもたらしているのではないか。すなわち一方には輸入食品に象徴される低価格訴求があり、他方には「多少高くても新鮮・安全」志向がある。先の生鮮牛肉や米の消費にはそのことが端的に反映している。

◆子供から育む食嗜好

 この二つの問題の根源にどう迫るか。第一の食生活の変化にについては年齢が鍵だった。人間の一生の食嗜好は5〜13歳の頃に形成されてしまうという鈴木正成氏の食歴論がある。それと併せると、コンビニ型食生活から日本型食生活への回帰を図るには、児童の食から変えていくことが戦略になる。
 そのためには家族・家庭はもちろんのこと、学校給食ひいては地域の食環境が大事である。学校給食に地場産農産物を届けることや、地産地消や直売所で地域内消費を図ることの戦略的意義がここにある。

◆食の二極化への対抗

 食の二極化の問題の根底にあるのは日本の格差社会化だ。それは先の若者の食料消費の減退にも言えるが、若者だけでなく、前述した10歳代の子供をかかえる40歳代子育て世帯の食料消費の落ち込みにも大きく関わる。企業の景気が回復しても賃金は元にもどらないどころか、非正規労働力の低賃金利用が日本経済の体質になろうとしている。このような格差社会化を食い止めることなくして食の二極化をとめるのは難しい。派遣やパートといった非正規雇用を正規化し、最低賃金の引き上げを図る。最近、非正規労働者の組織化や労働運動が勃興しているのは勇気づけられる。

◆きめ細かな国内供給体制

 現実に食の二極化がみられるなかで、「ビンボー人は輸入品を食え」では事はすまない。本誌2006年11月10日号の対談でコープこうべの浅田理事長は、一食単価がウイークデーは390円だが、週末は450円になるという同生協の調査結果を紹介している。つまり同じ一軒の家がハレの日とケの日の食を使い分けているのである。
 こういうなかで国内農業自体が、「新鮮・安全・おいしい・栄養価がある・健康」な食料を、「より安く」供給する姿勢、あるいは様々な要求層に対応しうるきめ細かな複線的供給が求められている。競争、競争でコストダウンをいうだけでなく、そういう使命感をもったコストダウンへのチャレンジが必要である。

(2007.4.25)


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