農業協同組合新聞 JACOM
   

シリーズ 田代洋一の「なぜなぜ経済教室」(11)

地域農業支援システムの再構築



◆はじめに

 個別経営や集落営農など地域農業の担い手の育成が地域農政の最大の焦点になっている。しかるにその課題を担うべき担当機関の方は、普及センターも自治体も農業委員会も農協も、広域合併・組織再編・人的スリム化等で厳しい状況にある。今や地域農業支援システムの再構築が地域農政最大の課題である。
 しかるに農水省はこのたび全市町村に新たな面的集積推進機関をたちあげる構想をぶちあげた。それに対し経済財政諮問会議の「基本対策2007」は「農林水産省は、経済財政諮問会議でも議論を行い」としている。これをもって農業紙は農水省が主役の座を守ったとしているが、主役であるのは当たり前であって、むしろこう書き込まれたことで詰めは参院選後に諮問会議の場で、ということになった。農水省は有識者会議もそっちのけで省内検討を急いでいるようだが、いずれにせよ新たな面的集積推進機関なるものが真に地域農業支援システムたりうるのかが問題の焦点である。

◆新たな面的集積組織

 新組織は、貸し手、借り手の双方にメリットを付与して白紙委任を取り付けて面的集積を行う。農地保有合理化事業のような農地の権利取得・中間保有・転貸借は行わず、斡旋で行くという。有識者会議の座長は「不動産業のイメージ」としているが、手数料をとる代わりにメリットを与える不動産屋というわけだ。
 転貸借には地主合意が必要で、それが合理化事業の一つのネックになっていたが、新方式はそれを避けて斡旋方式でいく。
 しかし面的集積を中間保有・転貸借ではなく、たんなる斡旋でやれるだろうか。貸し手にとっても借り手にとっても白紙委任には危険がつきまとう。その危惧を払拭できるほど高いメリット措置を用意できるだろうか。全市町村に新機関を設置というが、その財源と人を確保できるのか。疑問はつきない。
 にもかかわらず新方式・新組織で行くというその理由ははっきりいって新方式、新組織でないと新規予算が取れないという農水省の省益確保にあろう。

◆既存の組織ではなぜだめか

 実も蓋もない話だが、問題は農水省が新方式をもちあげるために既存組織の存在意義を否定している点である。有識者会議への提出資料にいわく、(1)農地保有合理化事業については、県公社は「範囲が広すぎ、地域との密着度も足りない」(だから農業委員会と連携しているのに)、市町村段階のそれは数も「少なく、活動も低調」(人件費補助がないからだ)、(2)農業委員会は「利用権のプール機能は有してない」(新方式も利用権プールしない)、「合併で広域化し、目がとどかない」(新組織なら目がとどくのか)、(3)農用地利用改善団体については「集落の話し合いのみでは農家の意識を変えられない」(まずは話し合いだ、新組織なら農家の意識を変えられるのか)、「直接権利取得の当事者になれない」(権利取得しないのは新組織も同じ)。
 要するに既存組織はだめ、どうしても新組織という理由は一つもない。あるのは既存組織では新規予算にならないという先の省益確保のみだ。それどころか、生みの親たる農水省が既存組織の存在意義を否定することの波紋は大きい。財界や財政当局は「役に立たない組織はやめてしまえ」というだろう。そして既存組織の関係者はやる気をなくす。

◆農地流動化システムの活性化

 多様な担い手を育成するには分散錯綜する耕圃をより合理的にまとめていく必要がある。そのことは誰も否定しない。問題はやり方である。日本の耕圃は、個々の保有は分散しているが「むら」レベルではまとまっているという特徴をもつ。「人の仲人よりも難しい」のが農地だが、そこでの取引費用を最小限にするのが「むら」での話し合いであり、それを制度化したのが農用地利用改善団体である。しかるに利用改善団体は十分な予算措置が講じられていないので特定農業法人をたちあげる時以外は眠り込んでいるケースが多いが、ここにきて半年で一千も増えており活性化の余地は大いにある。農業委員もこのような「むら」レベルの活動のなかでコーディネート機能を発揮できる。
 農地保有合理化法人の役割もますます重要になる。これからは相続による農地分割や不在者への相続、土地持ち非農家化など農地の権利を長期にわたりきちんと管理する必要が強まる。それに応えるのが農地保有合理化法人である。
 しかるに県段階の合理化事業は新規の利用権には国の補助があっても既存の利用権のメンテナンスには補助がつかない。市町村レベルでは人件費補助がない。利用権合理化事業を活性化するにはその全コストを公的にカバーする仕組みが不可欠である。
 要するに既存のシステムは大いに存在価値がある。問題は裏付けである。新組織を作るよりも、これら既存組織を財政的に支援しつつ活性化を図る方がはるかに安上がりである。

◆市町村公社や地域農業振興協議会

 合理化事業の担い手の一つとして市町村公社がある。市町村公社は合理化事業のほか、作業受託、地域振興等を目的として、自治体と農協等が出資し、職員を出向させる第三セクター方式として設立された。最近は財政難で下火かと思ったら2000年以降も30数公社が設立されている。その目的は従来からの合理化事業等もさることながら、担い手の育成、地域農業戦略の構築など新たなものが多い。
 しかし既存公社の悩みもまた深い。公益性と採算性の両立はますます厳しくなっている。農家は作業委託から経営委託への傾斜を強めているが、公益法人としては本格的な農業経営はできない。あれやこれやで作業受託公社は農業生産法人、担い手として独立する方向にある。
 農地流動化や合理化事業という点では県公社や農協合理化法人、行政や農業委員会との機能重複がある。地域振興も本来は自治体や農協の仕事だろう。
 このように機能重複する部分を取り除いていくと、市町村公社のみが担う固有の機能を特定するのは、一般論としては難しい。市町村公社の存在意義はそれぞれの地域の特殊事情に根ざすとみるべきだろう。
 市町村公社が財政措置を伴う新組織というハード方式だとすれば、もう一つ、地域農業振興協議会の設立も試みられた。これは特別の財政措置を伴わないソフト方式で、より安上がりだが、はじめから協議体としての限界を負っていた。

◆新たな地域農業支援システム

 このようななかで最近にわかに注目されるようになったのが、「ワンフロア化」の動きである。その背景には、(1)広域合併に伴う地域トータルの農業関係スタッフの減、(2)担い手や集落営農の育成といった地域農業振興の課題、(3)品目横断的政策や農地・水・環境保全対策、新生産調整といった農政課題への対応、がある。
 しかしそれだけではない。グローバリゼーションの時代、重いピラミッド型の組織は、小回りが利かない、変化にすばやく対応できないで敬遠され、代わって組織自体はスリムにしてそのネットワーク組織化や組織間コラボレーションが重んじられる方向にある。
 そのために行政と農協等がベテランの職員を出し合ってワンフロア化し、実働部隊としての協業のメリットを発揮しようというわけである。職員は出向等はせず、人件費等は派遣元持ち、事務費も折半、建物は農協や役所の空き部屋を使う。ワンフロアからさらに踏み込むと「地域農業支援センター」(例えば出雲市)等を名乗ることになるが、「担い手育成総合支援協議会」(例えば上越市) と従来型の名前のところもある。
 これらの組織は、集落営農法人化が主たる任務なのが多いが、品目横断的政策にのせるという時流を追うより、国の政策にかかわらず地域農業の担い手を育成するという問題意識が強い。
 この方式の特徴は、公社のようなハードな組織でも、たんなる協議体というソフトな組織でもなく、その中間としての協働組織の点にある。このような組織化にあたっては首長や農協トップ等の戦略意思の統一が不可欠である。公社の場合は作る時は協力しても、後は公社次第だが、協働組織はそうもいかない。絶えざる緊張が求められる。同時に任務を達成すれば簡単に解散できる。たとえ解散しても協働したという記憶は残り、必要に応じてよみがえろう。
 しかしワンフロア化は法人組織ではないからそれ自体として合理化事業等はできない。あくまで担い手育成というソフト事業の協働である。それに対して一昨年に江別・恵庭・千歳市と二農協で設立した道央農業振興公社は、自治体エリアを越える協同組織として、また担い手育成と合理化事業の両事業を目的のトップに掲げる点で、新たな試みだ。
 もちろん農水省が言うように既存組織の取組みは一部の地域にみられるものであって全国をカバーするものではない。しかしだからといってこの地方分権の時代に、国が予算措置で全国一律に新組織を立ちあげるというのもいかがなものか。それぞれの地域が地域内組織の連携により、あるいは地域を越えた広域連携により効率的に自らの課題にチャレンジする。やる気のある地域は立ち上がるし、やる気のない地域は沈む。国はそれらの動きを支援するのが本来の役割だろう。

(2007.7.11)


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