農業協同組合新聞 JACOM
   

風向計

EUの実験には豊かな教訓が…

同志社大学大学院ビジネス研究科教授 浜 矩子氏に聞く
聞き手:原田 康(本紙論説委員)


 西欧と日本の関係は深く、WTO農業交渉対策1つを見てもEU(欧州連合)の農業団体とJAグループの連携は良好だ。だが日本ではEUという共同体そのものの動きが余り知られていない。メディアがほとんど報道しないのだ。農業とは異分野の識者に時代を分析してもらうこのコーナーに今回は、日本における欧州問題の第一人者である浜教授に登場を願い、EUの現状や苦悩を語ってもらった。

◆求心力の核見えず

浜 矩子氏
はま・のりこ
1952年東京都生まれ。75年一橋大学卒。三菱総合研究所入社、同社の初代ロンドン駐在員事務所長、帰国後、経済調査部長、政策経済研究センター主席研究員を経て2002年から同志社大学大学院ビジネス研究科教授。
 最近の著書には「あらすじで読む日本経済」(共著、PHP研究所)、「超・常識塾」(実業之日本社)、「日本経済再生の条件」(共著、筑摩書房)ほか。

 ――東アジア共同体の実現などもにらんで日本の今後を考えた場合、EU(欧州連合)の歩みは良いお手本になると思います。EUのリーダーたちは各国それぞれに民族も経済状態も文化も違う中で、どのようにEU全体と国内をまとめる努力をしているのでしょうか。

 EU全体と各国レベルではリーダーの役割がしばしば矛盾します。EUという共同体がよりよい方向へ進むことに責任を持つ立場と、一方では自国の利益を守っていくという2つの立場があるからです。そこを上手に調整していくとか、または自国民をよく説得してEUの方向性について納得してもらうとか、あるいはごまかしの一手もあるわけですが、そのあたりがうまい政治家と下手な人がいます。
 アジアが共同体化を目指すとすればやはりそういうことのうまい政治家がリーダーシップを取ることになるでしょう。国際的な調整が一番下手なのは日本ですが、中でも今度の自民党新総裁はその筆頭格ではないでしょうか。その意味で先行きが懸念されます。

 ――欧州で統合が拡大し、深化しているのは、欧州からは2度と戦争を起こさないという意思を貫こうとしているからだと理解してよろしいですか。

 ところが戦争の記憶が風化している中では、欧州における恒久和平という共通の理念がかつてほどの威力を持たなくなってしまっているのです。そこを補強する新たなビジョンを提示できていないにもかかわらず、リーダーたちは欧州憲法条約を新たな求心力の核にしようと構想しました。けれども戦争を知らず、同じ発想を持たない世代にはそれが押し付けとなって憲法条約への反発を招き、結局は分裂的な状況を強めてしまっています。

 ――フランスとオランダでは国民投票で憲法条約の批准を拒否しましたね。

 そうしたEUのつまづきはアジアにとっては非常に貴重な教訓となっています。

◆どう見る?ユーロ高

 ――何を目指して各国が努力すべきか、EUの中で意見が多様化してきたという状況ですか。

 いえ問題はもっと深刻かも知れません。共通の問題意識が持てなくなっているのです。
 ここでちょっと欧州統合の歩みを振り返って見ますと、当初の軍事同盟づくり構想が頓挫して第2段階では恒久和平を掲げ、これが意外と経済効果を挙げたので第3段階で経済重視となり、第4段階ではユーロ圏の形成に進み、今は第5段階にきています。
 この段階で今世紀に入り、1950年代に統合の設計図を描いた時とは全く違うグローバル時代といわれる状況に直面しました。そこで構造改革を打ち出したりしていますが、うまくいかず、悩み苦しんでいるのが現状です。

 ――次にユーロという統一通貨の位置づけをどのように見ておられますか。今世紀に入ったころは対ドル、対円でも安かったのですが、今はユーロ高です。また国際基軸通貨がドルだけでよいのかという議論もあります。

 各国が外貨準備に占めるドルの比率を下げてユーロの比率を上げており、ユーロの地位が確立してきていることは事実です。ただ、これはユーロの評価が高まったからではなくてドルへの信認が落ち込んできていることの裏返しです。
 ユーロ圏の経済実態を見ても、ひところに比べて景気循環的な意味では良くはなっているものの、構造改革や競争力の強化、技術教育の見直しなどを叫ばなくてはならないほど、実は足腰にガタがきています。ユーロ圏が活力を持ってきたというわけではないのです。

◆頭の痛い移民問題

 一方、ドルは厳密にいえば、すでに国際基軸通貨ではなくなってきており、過去の栄光によってかろうじてその地位を保っている状況です。かといってユーロも新たな基軸通貨として機能できる実力やバックグラウンドを具えているとはいえません。
 だから基軸通貨の交代という形で通貨秩序が動いているとは思えません。私はユーロを“サンドバッグ通貨”と見ています。今は、たたき上げられていますが、いずれは下へ打ち落とされたりと小突きまわされるでしょう。自己決定力の無い危なっかしさが目立ちます。

 ――ユーロの実力が試されるのはこれからですね。

 そうです。ユーロ圏は今12ヵ国ですが、現在でも例えばドイツとギリシアでは経済の発展段階そのものが違います。さらに来年再来年には東欧10か国からも逐次ユーロ圏に入ってきます。
 そうなると非常に大きな格差がありながら1つの通貨を共有する国々の経済圏となるわけでユーロという通貨の実力はほんとうにわからなくなります。
 そういう通貨が国際基軸通貨になった事例は過去にありません。内に大きな格差を抱え込んだユーロを為替市場がどう評価するか今後が見ものです。

 ――西欧とは異質な東欧諸国が一昨年EUに加盟し、低賃金労働力が流入してくるという問題が先鋭化しています。これをどう見ておられますか。

 EUとして最も頭の痛い問題の1つでしょうね。「ポーランド人の配管工にご用心」という言葉がフランスで流行しています。建設工事などの仕事をポーランド人が安い賃金で引き受け、フランス人の失業者が増えるという現象を配管工に凝縮させた言葉です。そこには東欧移民を排除する論理が働いています。
 低賃金労働者の存在は経済効率を高めるということが理屈としていえるわけですが、そうなればなるほど政治的社会的な排除の論理も強くなります。

◆アジアはどうする?

 統合で1つ屋根の下に入ったために、それ以前にはなかった摩擦が発生したわけです。理念に向かって進むことと、そこから発生する現象との間には大きな矛盾があります。それをどうやって解消していくか、なかなか答えの出にくい問題です。
 EUはパンドラの箱を開けてしまった、あるいはかけた魔法の解き方を知らない魔法使いの弟子みたいな感じになっています。格差が活力となる側面をうまく生かし、それに伴う排除の論理を封じ込めることができれば見事なものですが、そうは問屋が卸さないという現状です。
 いってみればEUはとんでもない実験をしているわけですが、日本とアジアにとっては非常に都合よく一歩ずつ先を歩んでリスクを踏み、失敗を犯してくれています。転ばぬ先の杖とはどんな杖かを身をもって示してくれているようなものです。
 アジアの中の日本を考える時、米国を見ても学べることはほとんどありませんが、EUの場合は教訓に満ちています。

 ――ASEAN(10か国)プラス3(日本、中国、韓国)という東アジア共同体への動きとEUとの違いについてはいかがですか。

 欧州の場合は政治主導で計画的に統合しましたが、アジアの場合、これまでの流れを見ると経済実態に引きづられて結合関係が深まっています。しかし東アジア共同体づくりを宣言することによって政治主導の方向に軸足が移っています。
 しかし政治主導では日中間に対立が起きたりしますから、私は政治の領域に踏み込まず、経済的な成り行きに任せて熟した果実が落ちるように、気がついたら強い結束の共同体になっていたというような方向が一番合理的な選択だと思います。

◆大人の論理が必要

 ――ASEANプラス3の中で日本のポジションはどうあるべきでしょうか。

 理想的にいえば日本はやはりアジアにおける調停役、仲裁役、まとめ役であってしかるべきだと思います。どこかの国同士がけんかしていれば出かけていってなだめるといったアジアに奉仕する日本であってほしいですね。
 そういう国になることを邪魔しているのが日本の政治の現実ですから何をかいわんやです。戦争責任をいわれて過剰反応するような次元を超えて、大人の論理を持たないとだめです。

 

インタビューを終えて

 ヨーロッパの大、中、小25か国が「統合」に向けて壮大なドラマを繰り広げている様子を浜先生が明快に解説をされた。
 ヨーロッパから再び戦争を起こさないという理念には誰も一致をするが、一方で各国が求めている経済的な利益となると一筋縄では行かないのが実情であるとのご指摘である。
 例えとして、人の移動の問題を挙げられた。安い労働力を歓迎する国と自国の失業問題が先鋭化する国が出来て折り合いを付けるのが難しい。
 EUの統一通貨のユーロもドルの一人勝ちと現在のアメリカの政治、経済への懸念からユーロが期待をされているが、EUの実力から評価をされているのではないところがまだ世界の基軸通貨としては役不足であるとのご指摘である。
 日本も、アジアの一員としてアメリカの方ばかり見ず、EUの25か国が統合に向けて加盟国の拡大と、政治、経済の仕組みの深化に向けて努力をしている姿から学ぶことが大切である。(原田)


(2006.9.27)


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