農業協同組合新聞 JACOM
   

風向計

米国の保守主義と安倍政権

ジャーナリスト 中岡望氏に聞く
聞き手:原田康本紙論説委員


 米国の保守主義は共和党を代弁者として、「小さな政府」「財政均衡」「市場主義」「福祉政策の縮小」「規制緩和」などを主張する。だが今回の中間選挙で共和党は民主党に大敗した。しかし、それは保守主義の敗北を意味しないと中岡氏は分析した。共和党の敗因は、ブッシュ政権が財政赤字を拡大させたことなどで保守派が離反したこと、またイラク政策の失敗でブッシュ大統領の人気が低迷していること、さらに共和党議員のスキャンダルが相次いだことにあるとも指摘した。続けて米国と日本の保守主義の比較や安倍総理が唱える“美しい国”づくりの空疎な実体の批判などを展開した。聞き手は原田康本紙論説委員。

◆保守主義運動の進展

なかおか のぞむ
なかおか・のぞむ
1947年広島県生まれ。国際基督教大学卒。東京銀行を経て73年東洋経済新報社に入社、編集委員などを務め02年退社。81〜82年フルブライト・ジャーナリスト、ハーバード大学ケネディ政治大学院のフェロー。現在はフリージャーナリスト。また国際基督教大学、日本女子大学、武蔵大学の非常勤講師も務める。

 ――米国の中間選挙で共和党が大敗したことによって小さな政府とか市場主義や規制緩和などを理念とする保守主義の流れにもストップがかかるのかどうか。いかがでしょうか。

 「いえ、選挙で共和党が見捨てられたのであって保守主義の考え方が見捨てられたわけではありません。その理由はニューディール政策にさかのぼって見てみないとわかりにくいですね」

 ――ニューディールというのは1933年に民主党のルーズベルト政権がとった恐慌対策の諸政策ですね。ケインズが提案した改良政策の先駆になりました。

 「はい。保守主義者たちはニューディール政策の行く手には大きな政府や計画経済、さらには全体主義があるとして反対しました。大きな政府はやがて市民生活にも介入してくる恐れがあるなどと主張して、戦後、思想としての保守主義運動を始めました。またキリスト教倫理に基づく価値観の再構築も主張しました。
 思想運動から政治運動へと発展し、64年に共和党のゴールドウォーター上院議員を大統領候補として擁立しましたが、民主党のジョンソン大統領に惨敗しました。
 保守主義は米国社会に根付いていないと痛感した彼らは以後、草の根運動を展開し、もともと民主党の支持基盤だった南部の中産階級を取り込み、さらにマーケティングの手法など企業経営的な形態を党運営に持ち込んだり、政治献金のメカニズムを構築するなどして共和党を現代的政党につくり変えたのです」

 ――民主党以上にですか。

◆所得税は財産の侵害

 「そうです。民主党は党の近代化で遅れをとりました。それから60・70年代にはポルノ解禁とか、民主党のカーター大統領による公立学校での礼拝禁止の問題などが出てきて、行き過ぎたリベラルに対する危機感を抱く宗教的な道徳運動が起こり、これと共和党が合体したのです。
 こうした運動が実って80年には共和党のレーガン大統領が当選し、保守主義が政治の主流となりました。レーガンは大幅減税をしましたが、保守派にとって所得税は単なる景気対策ではなく、私有財産に対する侵害であると考えていました。ですから、政府は減税によって税金を国民に返すべきだと考えたのです。同時に財政均衡も主張したのですが、結果は大幅な財政赤字を生み出すことになりました」

 ――保守主義の考え方は福祉の切り捨てなどともパッケージになっていますね。

 「はい。今のブッシュ大統領は、福祉は国家が担うのではなく、地域の教会や慈善団体やNPOなどが助け合うボランティアが基本であるといっています。こうした保守派の考え方が、ここ30年間ずっと米国の政治と社会を支配してきました。
 父ブッシュ政権の後に民主党のクリントン候補が財政均衡とか効率的な政府など共和党顔負けの政策を唱えて大統領に当選し、行政をスリム化しています。民主党は保守主義に対抗する思想や政策を打ち出せないだけでなく、保守的な政策を取り込んだのです。今回の選挙も保守的な民主党の新人候補がたくさん当選しています。ですから、今回の選挙で保守主義が否定されたわけではないのです」

 ――ネオコンと呼ばれる新保守主義者についてはどう見ておられますか。

◆民主党から共和党へ

 「ネオコンは、民主党系のユダヤ人がカーター政権の中東政策に不満を抱いて民主党と袂を分かち、共和党に鞍替えした人々です。彼らの多くはレーガン政権に参画し、主に外交政策の分野で活躍しました。
 彼らはクリントン時代には野に下り、民間研究機関でイラクのフセイン政権を倒せば中東全体を民主化できてイスラエルの安全につながるなどといった中東戦略を練りました。9・11事件後、その政策はブッシュ政権で採用されたのです。
 しかし、ブッシュ政権2期目ではネオコンの人たちが次々に閣外に去り、強硬派のネオコンで知られるボルトン国連大使も更迭され、現在、ブッシュ政権にはもうネオコンは残っていません」

 ――超党派の「イラク研究グループの報告」が出ましたが、実現は難しそうですね。

 「ええ、まずイランとシリアを抱き込んでイラクの和平を達成し、08年に米軍を撤退させるという案は非現実的ですね。イランとは核開発問題で、シリアとはレバノン問題で妥協する必要がありますから、そんなことはブッシュ大統領にはできないだろうと思います。
 それから治安維持活動をイラク政府に丸投げする提案も現実性がありません。イラク政府には治安維持の能力がなく、ここで米軍が手を引けば完全に内乱状態になるでしょうね。現実には米国では増派論が出てきています。」

◆国粋主義の安倍総理

 ――さて日本の保守主義ですが、安倍総理のいう「美しい国」づくりは、米国の保守主義と違って、どうも具体的政策がはっきりしません。自主憲法や教育基本法の改正を前面に打ち出したところを見ますと危険な保守主義という感じもしますが、いかがですか。

 「美しい国という言葉自体が感覚的で情緒的です。私なんかは総理の主張をナショナリズムだと考えます。保守主義とナショナリズムは同じものではありません。
 保守主義には対外的には厳しいナショナリスティックな対応をとります。しかし国内的には必ずしもそうではありません。ところが安倍政権は国内的には過剰ともいえるほどナショナリスティックになっていますが、外交政策ではあまり主体性のない日米同盟の強化を主張しています」

 ――アジア外交についてはどうですか。

 「日米中の関係で最大の誤算をしているような気がします。12月に米中戦略会合が開かれましたが、今後も米中関係は密度を増してくるでしょう。長期的に見れば、両国は接近してくるでしょうね。そうなると日本は米中の狭間で疎外されるかもしれません。これからは日本独自のアジア外交が必要となってくるでしょうね」

◆古色蒼然の総懺悔論

 「安倍総理は戦争責任論について、戦争を決断した為政者は責任があるが、国民もマスコミも戦争を支持したではないか、だから為政者だけに責任を問うことはできないというものです。これは昔聞いた一億総懺悔論と同じ論法です。安倍総理の歴史認識の浅薄さを反映しているといえます。
 教育でも憲法でもしかりで、50年たったから、時代が変わったから変えるという論法です。米国の保守主義者が己の拠って立つ基盤は憲法と独立宣言にあるとし、問題があれば憲法に戻って、より厳密に解釈しようとします。憲法とはそういうもので、簡単に変えるべきものではないのです。
 教育は現場で自発的に行なわれるべきものですが、安倍政権は国家意思を個人に植え付ける教育をしたいようです。総理にとって、国家は個人の上に存在する概念なようです。
 最後に、小泉改革の意味を問い直す必要があると思います。小泉改革は、レーガン改革を20年遅れで日本に持ち込んだにすぎません。ただレーガン改革には確固たる保守主義の思想性がありましたが、小泉改革は思想とか社会性がすっぽり抜け落ちていました。ですから、小泉総理が辞めたら、それでおしまいなのです」

インタビューを終えて

 保守主義という言葉を使う場合、アメリカと日本では中味に大きな違いがあり、イメージ的に同一視することの間違いを指摘されている。
 アメリカの保守主義は伝統主義、理想主義にキリスト教原理主義による倫理観が入った考え方を言い、これを政策に反映しようとするのが保守主義者となり、先鋭化した人達がネオコンと呼ばれる。
 安倍首相も自分は保守主義者とおっしゃっている。これも信念であろうが残念ながら思想にまで昇華していないので、政策として出てきているのは憲法改正、教育基本法改正である。
 戦後の政治は自由民主党が牛耳ってきた。伝統と理想と倫理を大切にするのであれば、見直さなければない状態にした政権政党の責任と反省の上に立って、何処を改訂するかをハッキリさせなければならない。美しい国、愛国心といった情緒的な言葉で政策を行うのは保守主義ではなく国粋主義であるとのご指摘である。(原田)

(2006.12.25)


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