農業協同組合新聞 JACOM
 
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シリーズ 世界の穀物戦略

今、世界の穀物生産に何が起きているのか ―WTO農業交渉の影で
バイオ燃料生産が脅かす世界の農民の食料生産


北林寿信氏 農業情報研究所所長
鈴木宣弘氏 東京大学教授



北林寿信氏・鈴木宣弘氏 対談

 地球温暖化防止対策としてバイオ燃料の生産が世界的に拡大している。しかしそれは途上国の農村の食料生産を奪う事態も招いているという。今回は世界的にブームになっているバイオ燃料生産の陰を考えてみた。

◆大プランテーションが小規模農家追い出す

北林寿信氏 農業情報研究所所長
きたばやし としのぶ
1939年生まれ。東京大学博士課程(農業経済学)中退。国会図書館調査局で農業・国際貿易等に関する調査活動に従事。退職後、自営の農業情報研究所で同様の活動を継続中。

 鈴木 このところ世界の食料需給にバイオ燃料生産が大きな影響を与えていることが指摘されています。今日はこの問題をめぐって何が起きているのか北林さんからいろいろとご紹介をいただきながら考えみたいと思います。まずはあまり知られていない諸外国のバイオ燃料生産の実態についてお話いただけますか。

 北林 世界でいちばんバイオ燃料を生産しているのはブラジルですが原料は基本的にサトウキビですね。どの国でもバイオ燃料のための作物を作るということになると、どのみち今の耕地では足りなくなり食料生産が落ちてくることになるでしょうが、ブラジルの場合だけはそうじゃないと言われています。
 ブラジルはまだまだサトウキビ畑の拡大の余地はあって、ほとんど無限にエタノール生産が拡大できると言われている。世界の自動車燃料の10%をまかなうことが十分できるほどの生産拡大ができるといって、今その路線で進んでいるわけです。たしかにブラジルがサトウキビ畑を拡大してエタノール生産を拡大してもそれが直接世界の食料価格に影響を及ぼすようなことはなさそうだと私は見ています。エタノール生産がどんどん増大してもそれと同じペースで砂糖生産も伸びている。実際にエタノール増産のかけ声で昨年の始めから半年あまり砂糖価格が一挙に跳ね上がったのですが、ブラジルがたちまち増産に入ったらあっという間に価格は元に戻ったんですね。
 しかし、ブラジルのなかに入ってみると非常に問題が起きています。
 サトウキビのプランテーション拡大のために何が起きているかというと、ひとつは自給的な小規模の農民が土地を取り上げられているということです。場合によっては脅かされて追い払われているといいます。ブラジルというのは昔から世界でもっとも不公平な土地所有制度だと言われて、要するに大土地所有者が支配しているわけですが、その土地所有がますます進んでいるということです。
 さらにそうした小規模の農民の土地だけではなくて、もうひとつターゲットになっているのは牧場です。これをどんどん奪っている。このようにエタノール生産のために土地が大土地所有者に集中していくということは、とりもなおさずブラジルの食料安全保障という点では非常に問題だということです。小農民が追い払われて食料生産が落ち込んでしまうということになっていて、たとえば、小麦などは恒常的に輸入しなければ国民を養えないという状況になっています。
 農民は小さな土地でもいろいろな作物をたくさん植えてやってきたわけですが、それを追い払ってしまった。つまり、ブラジルのエタノール生産拡大は世界の食料事情に影響を与えることは少ないかもしれませんが、ブラジルの国内をみると食料安全保障がだんだん脅かされていっているのではないかということです。

 鈴木 地球温暖化の進行は食料生産に大きな問題になってくると言われてきましたが、それに対して出てきた地球温暖化防止対策としてのバイオ燃料生産が、逆に食料危機を増幅するような形になっていて、非常に皮肉な結果を招いているということですね。
 まさにバイオ燃料狂騒曲といいますか、過熱気味の状況のなかでとくに陰の部分を見据えないと大変なことになるのではないかということです。食料とエネルギーの奪い合い、すなわち食料安全保障に関わる問題が出てきているということですが、もうひとつは環境に優しいと言われること自体が本当にそうなのかという点もあると思います。バイオ燃料はカーボンニュートラルだと言われるわけですね。ブラジルの場合はエタノール生産に化石燃料ではなくバガスを使いますから、そういう意味では問題ないのかも知れませんが、米国のエタノール生産は石炭や天然ガスを使います。ほかにも本当に環境に優しいと言えないのではないかという点はありますか。

◆温暖化対策で森林破壊?

鈴木宣弘氏 東京大学教授
すずき のぶひろ
1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒後、農林水産省、九州大学教授を経て現職。日本学術会議連携会員。

 北林 原料作物の生産過程にまでさかのぼって考えると、カーボンニュートラルとは言えないのではないかという研究成果は出てきています。少し考えてみても、たとえばトウモロコシを生産拡大すれば、肥料も大量に使うわけですから、その化学肥料の生産は環境に対してどうなのかという問題もあります。また、米国の中西部のトウモロコシ生産は大豆との輪作が主体だったわけですが、最近はもう大豆は作らない、毎年毎年トウモロコシを連作するということになってきていますね。
 そうなれば当然地力はもちませんから、肥料を大量に投入することなりますが、肥料を大量に使ってもトウモロコシ価格が上がっていれば採算が取れる、ということです。病気も出やすくなりますが、それも農薬を使っても採算はとれる、ということになっている。そうなると土壌や水への影響という一種の環境破壊も心配されるわけです。
 ブラジルではこういう問題は比較的少ないと言われていますが、サトウキビ畑の拡大のために追い出された牧畜農家がアマゾンの森林に進出していますから、間接的な森林破壊という面も生んでいるわけです。これは現地の研究者やNGOが指摘していることですが、アマゾンの森林を破壊するということは即、地球温暖化を加速するということですからね。
 とくに問題なのは森林を開拓するときに木を切り倒すとコストがかかるものだから、焼き払うんですね。そうすると大量のCO2を吐き出すことになる。
 オックスフォード大学の熱帯林研究チームは、ブラジルのアマゾン、インドネシア、それからアフリカの熱帯雨林でバイオ燃料生産のための森林開拓がどんどん進み、今や人間が大気中に排出するCO2の25%がその森林破壊から吐き出されていると警告しています。工業と自動車から吐き出されるのは15%程度だということですから、それよりもずっと多くのCO2が熱帯雨林の焼き払いによって排出されているということです。
 インドネシアの熱帯雨林で行われているのはバイオ燃料用の油ヤシプランテーションの拡大です。作付け地を拡大するために森を焼き払っているわけですから、まさにバイオ燃料生産が地球温暖化を加速するという典型ですね。

 鈴木 森林が焼き払われたときに排出されるCO2も問題ですが、焼き払った後、その土地にはCO2の吸収力もないということですね。

 北林 そのとおりですが、オックスフォードの研究チームはもはやそんな問題ではないと強調しています。現に大量のCO2が排出されているのだから、今の森林破壊を止めれば地球温暖化を抑制できると言っているぐらいです。

◆モノカルチャーの拡大

 鈴木 環境への影響という点では、遺伝子組み換え作物の拡大という問題も懸念されると指摘されていますが、バイオ燃料ブームでそこはどうなると見ていますか。

 北林 心配されるのは環境への影響だと思います。分からないことも多いんですが、ただ、農地の生態系への影響という点については明確な報告が出ています。アルゼンチンやブラジルではかつては雑草退治のために輪作や耕起をしなければならなかったわけですが、耕起というのは土壌の流亡の原因になっていた。その問題を除草剤耐性の遺伝子組み換え作物の導入が解決してくれたわけです。除草剤をいくら使っても農産物は枯れないという非常に便利なもので、そのために除草のための耕起が必要なくなった、つまり、不耕起栽培ができるようになった。それが一気に拡大する最大の要因です。
 しかし、今になって問題になっているのは、全然土地を耕さないから土壌がどんどん硬くなって雨が降っても水を吸収しないし、有機物も土壌に保存されず要するに地力が落ちてきた。つまりモノカルチャーの拡大で、天変地異に対して弱くなったり土壌自体がおかしなことになりはじめているということですよね。
 もうひとつは経済的な問題です。インドに典型的に表れていることですが、インドは害虫に対する殺虫性をもった遺伝子組み換えワタを導入しましたが、その種子の価格が高いわけです。
 問題なのはそれまでは農家が自家採取してきた種を、高くても毎年買わなければワタの生産ができなくなったということです。その種代のために彼らは高利貸しや種子業者にお金を借りる。ものすごい高利で。そのうえに最近はモンスーンがきちんと来ないといった天候異変が続いていますから、種代を工面して買って栽培したけれども収穫がほとんどないという年もある。そういうことから今インドの農民の自殺率は世界一と言われています。
 遺伝子組み換え作物は農薬の削減になるとか、土壌の流亡を防ぐ不耕起栽培が可能になるなど一定のベネフィットはあるのかもしれませんが、全体としてみるとやはり経済面も含めてモノカルチャーの拡大による影響があるということではないか。

 鈴木 バイオ燃料ブームで遺伝子組み換え作物が増えるということになれば指摘されたような問題をさらに引き起こすということですね。

 北林 バイオ燃料原料の生産拡大ということ自体がすでにモノカルチャーの拡大ということですからね。

◆途上国の開発を考えて

 鈴木 途上国の農村の貧困の緩和という点で考えてみた場合、バイオ燃料に対する需要が高まれば、たとえばタイ東北部の貧しいサトウキビやタピオカの生産地帯に新たな雇用と収入がもたらされ農村部の開発、活性化に役立つのではないかという見方もあるわけです。しかし、今日のお話を伺っていると貧困の緩和という問題に役立つというのもかなり疑問ではないかということですね。

 北林 FAO(国連食糧農業機関)が報告していることですが、バイオ燃料というのは農村の貧困の削減に役立つ潜在力は持っているということです。ただ、今みたいなかたちで、一気に大規模に開発を進める企業が中心なってやると、農家のためにはならないということです。
 実はブラジルでも小規模農家が集まってエタノール生産をしているグループはあるんです。彼らは食料生産しながらもサトウキビも作りそれをエタノール生産に回している。彼らは協同組合的な工場をつくってエタノールを生産しています。そういうやり方でやっているところはまさに貧困の削減につながっているわけです。
 フィリピンでもかなり多くの農家が少しづつスイートソルガムを作りそういう農家が組合をつくって工場を建ててそこでエタノールを生産するということを援助しはじめています。こういう形でのエタノール生産であれば農村の開発に有効だと思います。しかし、一方では多国籍大企業が乗り出し大量のプランテーション農場を買い取ったり、拡張したりしている。中国の企業や日本の石油会社でも東南アジアでバイオ燃料のプランテーション開発を計画しているようですが食料生産を奪うことにならないか思います。

 鈴木 メキシコは北米自由貿易協定でトウモロコシを生産していた小規模農家が全部潰れてしまい、今度はバイオ燃料生産のためにトウモロコシの価格が上昇したものですから、自国の小規模農家が潰されてしかも高くなったトウモロコシを買わされるという非常に皮肉なことが起きているということです。
そういう点では現在のWTO交渉にもつながっていてまさに途上国の貧困を緩和できるかというテーマにもなってきますね。

 北林 昨年、国連開発計画(UNDP)は貿易の自由化で農村開発はできない、輸出拡大が小農民の救済にはなっていないということを報告していますね。
 やはり原則的には世界の食料需給は不安定だと考えれば、燃料の問題ではなくて各国での食料生産の問題が優先されるべきだろうと思います。

(2007.6.25)


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