農業協同組合新聞 JACOM
   


《書評》 (財)協同組合経営研究所元研究員 今野 聰
  清水なるゑ 著
『赤いトランク』
  定 価:1600円(税別)
発行所:高遠書房 0265-35-1128
発行日:2003年5月26日
『赤いトランク』

 まず著者の略歴に驚く。大正9(1920)年、長野県下伊那郡売木村生まれ。昭和18年、厚生省研究所栄養学科卒業。同61年管理栄養士免許所得。つまり83歳で、著者は「二十年間に書き留めた長短合わせて四十編を纏め」、「生まれ故郷、長野県最南端の売木村を原点とした生活雑記」として公刊した。この間ペン習字とか文章教室で教えを受けているという。老いて益々盛んというべし。
 どこから作品を抜いて紹介しても良いぐらい、文章が生き生き、艶がある。例えば「昔の仲間」から。昭和12年4月、東京の商業専門学校入学。学生寮に全国から初上京の16歳が集まる。「皆それぞれに田舎の匂いと訛を体いっぱいにつけたまま」。この年日支事変が始まった。だが「小犬のようにじゃれ合って暮らしていた」。それから戦争。結婚、育児など。40年経った。そして宮城県松島での再会の日。
「白髪が増え、しわが深く刻まれても、よく見ると昔のままの顔だった。後はもうせきを切ったように続くおしゃべりの洪水…」
 見事に、戦乱、貧困、食糧難などを生き抜いた歳月を再現する、その文章力にうたれる。
生活雑記というだけに、家族のことが多い。
この中から少し長い文章で「母」を抜こう。明治27年生まれの母。22歳で同じ村で結婚、女6人ばかりの後、男1人、合計7人の子供を育てた。あの時代では普通だった。この先が興味深い。なんと、夫没後1人で暮らしていたが、長野市に3人の娘が居るのに、ついに1人息子のいる所沢市にうつる。そこで90年近い生涯を終えたが、その時の言い分が凄い。
「娘のところは気楽でいいが、みんな他家へ嫁った娘だ。せめて末期の水だけは跡取り息子に取ってもらいたい」
 著者はその意味をラストに文章にしたためる。
「残念ながら、その頃の私は、因習にこだわる母の気持ちなどほとんど理解できなかった」
 次は「的(ニーダ)」と「赤いトランクとギターと」の2作品を繋いでみるとこうなる。昭和16年戦争下、著者は愛用の赤いトランクとギターを持って東京から帰省。満鉄勤務の夫と結婚。トランクを同行して中国へ。そして敗戦後翌年、旧奉天からコロ島まで苦難の引き揚げ体験となった。最後の検査で、結婚記念写真の入ったトランクがひっかかる。軍服・短剣を吊った中年の女性検査官が、開けろと指示する。そして中に入っていた写真を見る。「ニーダ(あなた)?」。「私は大きく頷き、笑顔で[是(シイ)]と答えた」。
「それからは、荷物を見ようともせず、最後に私の肩に手を置き、一言二言口にすると、静かに立ち去って行った」
 どの文章にも、くどくどしい説明がない。さらっとしている。それがかえって、文章全体の品位を高める。自然にそうなったというべきか。戦前戦中戦後体験は重い。これらの文章は、若い世代の導きになる。 (2004.7.8)


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