農業協同組合新聞 JACOM
   


《書評》  (財)協同組合経営研究所元研究員 今野 聰
工藤司 『崩壊する日本農業』

定価:1500円+税
発行所:同成社
tel:03-3239-1467
発行日:2006年7月20日

工藤司 『崩壊する日本農業』

 すさまじい副題だ、「一農業者の告発」である。では誰を告発するのか。ここがこの本の読みどころといって良い。
 特徴の第1は、著者の半生記。青森県弘前市近隣の水田地帯で、昭和6年生まれ。戦前末期の昭和19年。高等小学校で、教師から石原莞爾の「東亜連盟」思想を教えられたこと。東亜連盟は戦後国民党を組織、著者はその本部で雑用さえした。多感だった。その後、庄内地方の石原の実験農場見学にまで至るのだから興味深い。昭和39年、池田内閣の政策ブレインとして、(財)新農政研究所が設立される。著者は、その影響も受けながら、岩手県でのりんご栽培経営。古里に帰っての農業機械営業担当などをした。水田面積の所有的拡大、借地的拡大、工区的拡大に多くの実地経験をした様子が見える。拡大幻想という批判は、ここでは控えよう。
 第2は、自作地1.3ha強にも拘わらず、農業経営の拡大改革実践である。平成6年2人の同志をまとめて、借用経営面積20ha、1.7億円ほどの設備投資を含む「農業改善計画認定申請書」提出である。法人経営形態が良いという指導も受けて、その組織図もつくった。平成6年末、3人、300万円で、(有)田舎館生産者協会を設立したという。詳述はしない。
 第3は、秋田県大潟村の米直販に学ぶ部分である。長く農協米直販事業に関わった体験から、このような販売戦略の形成は実に興味深い。映画「いながのまんま」も企画された。3haで田植えもしないで、米が収穫できる。だから低コスト稲作、そして除草剤も年1回。実現すれば大いに宣伝価値があったろうが。
 ここには大潟村と同様、「ヤミ米」にならない工夫があるからである。それまでは特別栽培米制度の利用だったが、大潟村の消費者直売通信システムが堂々と宣伝されると、大方の新聞もこれを許容した。本書にはその関連資料も多い。これらが作品全体の位置付けが小さいのは、優れて生産者組織論だったからであろう。
 第4は組織崩壊問題つまり倒産部分である。借入金総額2.5億円は本書に詳しい。平成9年実質破産状態。翌10年に入って、他の2人社員との溝。政府系資金の償還期間に入り遂に自己破産した。
 以上は主要な特徴である。私の経験でも幾度か倒産経験現場にいた。だから経営投資は恐ろしい。農業投資は、何かに頼る危うさを感じる。著者は、官僚の農業知らずの机上空論。農水制度資金のタイムリーな導入の困難。民間金融への落ち込み。コンサル関係者のまやかしなどを挙げる。どれが説得的か難しい。
 ともあれ本書では、あらゆるマイナスの経営データが披瀝される。その決意に敬服したい。加えて、多くの農業評論家も、新進経営として世に広めるだけでなく、こうした農業経営失敗者から学ぶ論及を誠実にすべきと思う。そういう文献に出合わないからである。

(2006.10.20)

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