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《書評》
東京農業大学国際食料情報学部教授
白石 正彦

これからの農協産直
     その「一国二制度」的展開


    今野聡・野見山敏雄編著

    家の光協会、2000年3月1日発行、定価1600円+税)
 
これからの農協産直


1、本書の構成と概要
 本書は、今野聡研究員(全農のOBで現在は協同組合経営研究所)と野見山敏雄助教授(東京農工大学)が編著者となりまとめられたものである。共同研究者を代表して中島紀一教授(鯉渕学園)が「はしがき」の中で、農協事業をめぐる時代環境の激変への認識、先進的な事業ポリシー確立の重要性、農協の経済共同事業における多元主義的な運営論理の導入(=発展的棲み分け論)の必要性を本書の問題意識としていると指摘している。

  さらに、具体的には、

@21世紀の魅力的な農協事業として「産直」(農協による農産物の直接販売)の可能性やあり方を事業方式論の視点から解明、
A農協の広域合併の進行下で通常の共販事業と産直提携事業が農協事業として共存できる体制を維持、発展させるところに主題を置いている点


を強調している。 サブタイトルとなっている系統農協の農産物販売事業における「一国二制度」的システムの形成というキーワードは、97年の全国産直リーダー協議会の設立総会の場での参加者からの問題提起を契機として育まれ、「一国二制度」論研究会で深められ、事業政策論、組合員組織論、事業実務論の3方向から系統共販と産直提携事業との複線的事業方式の運営として概念化していると指摘している。

  本書の第1部は、「一国二制度」論的な事業方式論の理論的検討をねらいとし、その第1章(宇佐美繁)では、農政論の視点から世紀末の日本農業の構造変化、農政改革の進展の中で、産直提携事業が内包してきた環境保全、安全性、消費者とのコミニケーション重視の取り組みに注目している。第2章(楠本雅弘)では、農産物販売の運動論、事業論から産直運動の到達点と課題を検討している。第3章(原耕造)では、農協実務家の立場から、産直提携事業を共販事業の現代的発展形として位置づけ、全農の新しい事業政策の構想が明らかにされている。

  第2部は、系統農協における産直提携事業の地域性と作目を考慮した代表的な8事例が取り上げられ、取り組み内容と課題が多面的に検討されている。具体的には、第1章(楠本雅弘)ではJA庄内みどり、第2章(杉浦八十二)ではJA長生とJA海上町、第3章(中島紀一)ではJAやさと、第4章(野見山敏雄)ではJA糸島、第5章(今野聡)ではJA伊南とJA上伊那、第6章(増田佳昭)ではJA甲賀郡、第7章(野崎泰弘)ではJAみどりの、第8章(岡本譲)ではJAみやぎ仙南などの実態である。

 第3部は、系統農協の産直提携事業についての考察であり、第1章(今野聡)では戦後の共販事業の枠組みと産直事業の歴史的展開過程を事業運動の思想論の視点からの考察、第2章(杉浦八十二)では、系統農協の産直提携の事業としての意義、課題、可能性、現実的方策の考察、第3章(野見山敏雄)では本書全体のまとめとして、系統農協の産直提携事業の推進のための5項目の具体的提言をしている。

2、本書の評価できる点

  本書の評価できる点は、第1に、全農や県中央会などの系統JAのOB・現役職員と研究者が自発的にプロジェクト・チームを作り、文部省の科研費(研究代表は宇都宮大学の宇佐美繁教授)も活用しながら、研究者が陥りがちな理論仮説偏重の傾向と実務家が陥りやすい狭い経験主義的傾向を相互に克服しようと取り組んだプロセスである。

  第2に、@循環型地域社会の建設を新しい農協活動として位置づけ、「持続性のある農業生産方式」を広げる中で地域地場産直や協同組合間産直提携の拡大、A共販生産部会のうちに新たに食の安全性と環境負荷軽減と情報開示を包含した品目横断の部会の創造、B生産地と取引先との協議、生産工程記帳などによる認証と生産工程検査、品質・残留検査、情報開示の組み合わせによる独自の検査・認証システムづくりの提示は大変注目される。

 第3に、@旧遊佐町農協が94年にJA庄内みどりに広域合併する前とその後の生活クラブ生協事業連の産直提携運動が30年の歴史を持ちながら変容・転換の岐路にある点、A産直部会主導のJA長生と農協主導のJA海上町の比較検討から産直事業活動主体としての協同会社の設立の提言、BJAやさとの実態からJA産直事業のための10ヶ条(JAとしての産直事業組織体系の構築など)の提言、CJA糸島の環境保全型農業の取り組みを土台としたゆるやかな産直(農産物直売所)の新しい動向、DJA伊南における名古屋勤労市民生協や生活クラブ生協との産直提携事業の歴史的検討と合併JA上伊那の「多面的マーケティング」の方針と県域共販との整合性、系統農協主導の型産直事業の発展方向、EJA甲賀郡の低農薬有機米産直を取り入れ販売先の多様化と生産者の多様化を包含した米事業方式の多元化(施設利用の大口奨励と兼業農業者対象の「あぜみちモーニングスクール」)、FJAみどりの田尻町産直委員会(集落別産直グループ・品目別部会)とみやぎ生協との産直事業への合併直後のJA側の支援のあり方(産直グループの個性ある自発性を尊重)、G旧角田市農協などの仙南営農団地、仙南加工連づくりとみやぎ生協の産消提携を経て今日の合併JAみやぎ仙南、角田市農業振興公社を中心としたネットワーク型組織による展開方向などの地域個性みなぎる実態分析と提言等を盛り込み興味深い。

  第4に、系統農協の産直提携事業につて、準備・萌芽期(70年以前)、初期形成期(70〜80年代前半)、発展期(80年前半〜90年代前半)、変動期(90年代前半〜現在)に区分した戦後のリアルな展開過程の整理から、現段階が既存流通システムの価格破壊が産直価格も直撃し「産直疲労」(「賛直」から「散直」を経て「惨直」へ)や国際産直の側面にも言及し、戦後の規範的農協共販の枠組みと農協産直事業の両方の再構築が求められている点を強調し、さらに、系統農協の産直事業における組織力、事業戦略、農協の総合力の活用、産直事業導入農協のネットワーク化の提案、農協産直事業を取り組むための5ヶ条(信頼性の確保と産直の透明性など)を提案し、大変興味深い。  

3、本書の問題点と残された課題

  以上のように本書は、8事例を中心にしながら実証的・理論的にJAの産直提携事業を解明したところに大きなメリットがあるが、以下のような問題点と課題が残されているように考える。
  第1に、全中・全農・全漁連・日生協等が組織的に取り組んできた協同組合間提携による産直提携事業の支援活動、神奈川県下の農協中央会、経済連、生協連、県漁連等が取り組んできた産直提携事業による地場流通システムづくり等の総括がされていない点。
  第2に、JA全中が平成11年4月に実施した『「JAの活動に関する全国一斉調査」(回答農協数1531)によると、「直接販売に取組んでいるJA」は77.6%、「JAの独自店舗での直販に取組んだJA」が54%、「JAの指導のもとで環境保全型農業・有機農業に取り組んでいる生産者・グループがある」と回答したJAの割合は48・9%を占めており、このような地域密着型の多様なJA直販(直売)事業に焦点を当てた解明が不十分な点。
  第3に、一国二制度という制度に支えられた卸売市場流通等を経由するJA共販事業と他方のJA産直提携事業という枠組みを越えて、海外からの多国籍企業が主導する不公正な輸出補助金付きの農産品の日本への輸出攻勢の動向に焦点を当て、それと代替し自給率を高めてゆく日本政府の役割の明確化、並びにJAの国内農産物の需要創造戦略として国内外の多様なNPO組織や自治体とも連携した協同組合らしいJA産直提携事業の再構築を検討してゆくことが今後の残された課題だと考える。
  最後になったが、多様化した組合員の目線とその活力を重視して、21世紀のJA運動のあり方に斬新で多くの示唆を提示している本書が、JA関係者だけでなくこの問題
に関心のある多くの方々に読まれることを期待している。
 


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