農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 農林中央金庫創立80周年記念・森林再生基金特集

特別インタビュー

国民全体で美しい森づくりを

―農林中金が今年度から社会貢献事業を展開―


上野博史 農林中央金庫理事長
インタビュアー 太田猛彦 東京農業大学教授

◆農林漁業の支援と農林中金

 太田 今日は農林中央金庫の設立80周年記念の社会貢献事業、森林再生基金について上野理事長からお話を伺いたいと思います。まず最初に農林中央金庫のこれまでの歴史をお聞かせいただけますか。

 上野 農林中央金庫は大正12年(2003)に設立されましたから、一昨年で創立80周年を迎えました。
 80年の歴史がありますが、設立されたときは産業組合中央金庫でした。当時は農協の前身の産業組合が全国で事業をしていた時代ですから、産業組合中央金庫に全国から資金をプールして小規模な農民への融資ができる道を拓こうという狙いがありました。
 その後、漁協、森林組合が加入し、戦時法制のもと農林中央金庫法が根拠法になって農林中央金庫となったのは昭和18年です。そして戦後の協同組合の改変を経て農林水産業者の協同組織を基盤とする中央金融機関として現在の農林中金の姿になったわけです。

 太田 私は学生によく話をしていますが、日本は明治時代から工業化したといっても、戦後もまだ人口の65%程度が農業をやっていましたから実は結構農業国だったんですね。ですから、当然、産業、イコール農業だった時代が続いていた。ところが今の若い世代は明治時代からもうすでに工業化してしまっていると思っているんです。

 上野 日本の経済の体質が変わりはじめたのは高度経済成長が始まった昭和30年代の半ばからですね。そして農業の占める位置が顕著に下がり始めたのは米の国内自給ができるようになってからです。それが昭和40年代の初めぐらいですか。それ以前、日本はずっと米の輸入国でした。外米をタイはもちろんのこと、エジプトあたりからも買っていたんですから。

 太田 思い起こせばそうでしたね。

◆森林再生は重要な社会的課題

上野博史 農林中央金庫理事長
うえの・ひろふみ 1938年生まれ。東京大学法学部卒業。1988年経済局国際部長、1990年大臣官房総務審議官、1991年農蚕園芸局長、1992年農林水産大臣官房長、1994年食糧庁長官、1995年農林水産事務次官、1997年農林水産省退省、1998年農林漁業信用基金理事長、2000年農林中央金庫理事長、2002年農林中央金庫代表理事理事長

 上野 こういう歴史のなかで農林中金は80周年を迎えたわけですが、一つの区切りの時期として何か記念事業をしようと検討をしてきました。
 ただ、検討するうちに農林中金は信用事業、金融事業についてこそ専門家でありますが、本業以外の部分で事業を新たに展開するというのも難しい、やはり資金を拠出してそれを社会のための活動に活用してもらおうという考えになりました。
 その過程で私たちが注目したのがCSR(企業の社会的責任)という最近の考え方です。CSRというのは、まだ定義が定まっていないようですが、単に社会貢献事業というのとは少し違うようです。企業が経営を持続していくためには、自らの仕事、つまり本業で社会貢献するということがまず第一で、そのうえで社会、環境、様々な関係者にも配慮していかなくてはいけないという考え方ですね。ということから、金融という本業を一生懸命やることに加えて、金融によらない方法で農林中金に相応しい社会貢献事業として、今回、森林再生基金を創設することにしたわけです。

 太田 私は農林中金が季刊で発行している『ぐりーん&らいふ』において毎号コメントをさせていただいていますが、その発行がすでに農林中金の社会貢献活動になっていると思っています。配布先が森林組合だけではなく一般の人にまで及んでいますし、内容も森林についての幅広い情報を掲載していますね。今、言われているCSRに近いことを果たしていると思います。今、森林の多面的機能が言われていますが、林業だけではなく広く森林の機能を伝えることは重要なことです。

 上野 今回、森林に着目したのは、やはり林業に加え、農業生産、漁業生産も含めた農林水産業全般において森林が非常に大事な意味を持っている。さらに、森林には地球温暖化防止等の環境面で寄与する公益性があるからです。

◆林業も含む森林の多面的機能

太田猛彦 東京農業大学教授
おおた・たけひこ 1941年東京都生まれ。東京大学農学部林学科卒業、同大学院農学系研究科修了(農学博士)。東京農工大学農学部講師、同大助教授を経て、1990年〜2003年東京大学農学部教授。現在東京農業大学地域環境科学部教授。水文・水資源学会副会長、砂防学会会長、日本林学会会長等を歴任。現在日本学術会議会員、林政審議会委員。主著に「杜と水と土の本」「農業・農学の展望」(共著)、「宮川環境読本」(編著)、「水と土をはぐくむ森」など

 太田 ご指摘のとおりだと思います。平成12年に農水省から日本学術会議に農業と森林の多面的機能の評価について諮問されましたが、これは農業と林業の多面的機能ではなく、農業と森林の多面的機能、なんですね。そこに森林の特徴があるわけで、林業も含めて森林があるということです。
 森林は多面的機能を発揮しているわけですが、その森林を支えているのは林業だということです。農業の多面的機能と違うのはそこで、林業が支えて発揮している森林の多面的機能は非常に広がりのある大きなものだということです。
 実は農業の多面的機能には農業生産そのものは入らない、一方、森林の多面的機能には、林業の木材生産が入るんですね。
 なぜかといえば、林業の場合は森林全体を受け持っているということが最初から分かっていましたから、林業が厳しい状況になる以前から公益的機能という言葉がありました。一方、農業の場合は農業生産だけで十分問題はなかったからそういう言葉がなかったんです。

 上野 林業が成り立たないから森林の荒廃が起きているわけですね。少なくとも戦後何年もかかって人工林を育成してきたわけですから、それをうまく育て上げて森林としての機能が発揮できるようにしていくべきだと思います。現在のレベルの森林に育つのにも何十年とかかっているわけですから。
 ただ、国の財政事情等から森林の整備にはなかなか資金が十分に行き届かない面があるように思います。一方、資金面で一定の助成により適切な手入れが行われればその多面的機能を発揮できる。そこで何らかのお役に立てればと考えたわけです。

◆国産材の使用が森を守る

 太田 それは大変意義のあることだと思います。森林・林業基本法では森林の多面的機能を持続的に発揮させるための森林整備を進めることを打ち出しましたから、それを後押しするような事業になることが期待されます。
 その際、強調しておきたいのは、ここへきて地球温暖化対策から二酸化炭素の吸収源としての森林という問題が出てきたことです。大事なのは林業を維持することであり、改めてそのことを考えなくてはならない。国産の木材を使うことが、必要だということです。
 多面的機能というと自然環境を守ることと考えられがちですが、実は環境を守るためには木材を使わなければならないんですね。これがまだ世の中に知られていない。木材生産というのは経済的な行為だと思っていますが、環境のためにも木材を使わなければいけないと変わってきたことが非常に重要です。
 そういう意味でも民有林に対する支援というのは非常に有効だと、私は思っています。

◆森林組合の取組みもバックアップ

上野博史 農林中央金庫理事長

 太田 ところで、森林組合の現状と森林再生に向けた取り組みはどう行われているのでしょうか。

 上野 森林組合も林業の衰退から状況が厳しいところも出てきており、農林中金もメインバンクとして金融や経営指導を通じて財務体質の強化等のお手伝いをしています。
 森林組合の仕事としては、国や地方公共団体、公団、公社等の公共の仕事が少なくなってきたということがありまして、組合員等、個人の持っている森林の整備に自らが力を入れなければいけないという状況があります。この場合、個人の所有林は小規模で分散しており、作業を効率的にやろうとするなら森林をまとめる必要が出てきます。
 ところが区域をまとめるといっても、今や境界が明確でないところも多く、所有者の同意を得る必要があります。しかし、所有者は地元にはすでにいなくて都会に出ているといったように、実際に作業に取りかかる前の仕事で非常に手間がかかるわけです。このように個人の森林を整備していくうえで困っていることがあると思うんですね。そうしたことも今回の森林再生基金で助成できればと思っています。

 太田 なるほどそうですね。また、同時に森林整備の担い手の中心は森林組合ですが、最近は森林整備に関わるNPO法人も出てきました。まだまだ少ないですが、こうした一般の人たちにも森林整備を手伝ってもらわなければいけないということがあります。今後は、その両方が必要になってくると思います。基金はその助成にも関わっていくものだと思いますが、森林再生基金からの助成対象となる再生活動とはどんなものかここで概要をお話しいただけますか。

◆NPOなど都市住民の活動も支援

 上野 事業内容としては、経済的・環境的に見て森林の荒廃の原因となっている小規模・分散所有という構造から発生する問題を克服する観点、また、森林所有者の高齢化・不在村化が進む中でこれに代わる担い手が必要という観点等を盛り込み「複数の森林所有者との長期安定的な契約に基づく、ひとまとまりとなった荒廃林の再生活動」に対する助成としています。具体的には応募者の創意工夫を期待しているところですが、以下のイメージがあります。(1)荒廃の度合いが大きく、対象面積も広い森林の再生事業、(2)森林組合のほかボランティアなど住民参加型の事業、(3)事業が終わったあともそこで培われたノウハウ、技術、生産性の向上等によって森林の公益的機能が発揮されるような事業、(4)先行的な取り組みとして今後の参考になるようなユニークな事業です。
 それから先ほども言いましたが、事業林地の境界確定や林地、不在地主の調査といったいわばハードではなくソフトの分野も対象にしていることも特徴です。こういう取組みもこの先の森林整備のためのデータとして必要性が高いということですね。

 太田 確かに親から譲り受けた森林を持っている都会の住民がいて、もう境界もはっきりしないという人は多いですね。所有者の調査や理解と合意を得る仕事はこれまであまり注目されませんでしたが、森林整備のうえではやらなければならない仕事ですね。
 具体的な事業の実施計画はどのようなものですか。

 上野 本年3月に10億円の基金を農中信託銀行に拠出・委託しています。そこに専門家で構成された「運営委員会」が設置され、その助言、勧告を経ることになっていて公益性が担保されています。その運営委員会に応募のあった助成対象事業の詳細を諮り、助成対象事業を決めることになりますが、本年は7月から公募し、来年の2月に助成対象事業が決定されるということになっています。以後、毎年、助成対象事業を募集して選定していくことにしています。規模としては上限30百万円で、期間は最長で5年ということにしています。

 太田 他の企業等へ広がりが出てくることも期待されますね。

農林中金80周年森林再生基金 スキーム図

◆広がりが期待される森林再生事業

 上野 その点では、公益法人制度が今後変わることにも注目しています。NPO法人ではなくても公益的事業を行う非営利法人の設立が簡単になって企業の寄付金に対する課税も変わってくるようです。つまり、これから「小さな政府」になってくるときに何から何まで税金で行うのではなく、官によらない事業を育てていこうということになりつつあります。
 将来的にこのような傾向に賛同する人が増えれば、会員団体や広く一般企業からの参加も得て、私たちの基金を拡大したり、そのほかにいくつもの基金ができて、大きなマザーファンドになるということがあってもいいと思いますね。

 太田 事業が生み出す効果としてはとくにどういうことを期待していますか。

 上野 直接的には間伐等の手入れができるようになって健全な森に育ち、森林の保水機能が高まってくる。その過程で間伐材の生産も行われる。森林の権利関係もいったん整理されれば、後のトレースもしやすくなるだろうと思っています。また、助成で得たノウハウ等を通じ、助成先のその後の事業・活動に役立てばありがたいと思っています。
 公益信託は先ほど言いました運営委員会により審査・選定が行われることから、応募者の創意工夫が発揮されるものと思っています。既往の制度の枠組みを超えて、地域の実情に応じ創意工夫と夢のある事業活動が選定されることを期待しています。

 太田 天然林も人工林も人手が入らないということが最大のネックになっているわけで、人工林と里山のような林地の双方が整備されていかないと本当の多面的機能は発揮されないだろうと思います。経済活動だけで森林管理ができるという時代ではなくなっているわけですが、だからこそこういう基金などにより、様々な活動への支援が求められているのだと思います。
 この基金が火付け役となって森林組合はもちろんのこと、NPOなどいろいろな団体がぜひ工夫して応募してくれることを期待したいですね。
 工夫ということでは、農水省もバイオマス利用を促進していくことにしていますが、やはり地域での工夫が必要です。例えば、バイオマスということであれば、農業分野と林業分野の利用をドッキングさせるとかですね。また、間伐材を運び出すにも林道が必要になりますが、昔のようなスーパー林道のようなものではなく、森になじむような作業道をたくさん入れていくという考え方に変わってきていますから、そういうことも含めて考える必要があると思います。今までの考え方で発想するのではなくてやはり新しい時代にあった森林管理、林業振興にうまく使われていくことが大事だと思いますね。今日はありがとうございました。

 

『公益信託農林中金80周年森林再生基金』

 目的
 国内の荒廃した民有林を再生し、森林の公益性が発揮されることを目的にした活動に助成し、森林の多面的機能が持続されることをめざす。

 事業内容
 国内の荒廃した民有林の公益性を発揮させることを目的とした活動で、創造性が高いと認められる以下の活動に助成金を支給する。
・複数の森林所有者との長期安定的な契約に基づく、ひとまとまりとなった荒廃林の再生
・上記に附帯する林地境界確定、林地調査、不在村地主調査等
・その他、目的を達成するために必要な事業

 助成対象者
 営利を目的としない法人で、過去の活動歴等から本活動を運営する十分な能力、知見を有する団体(ただし、地方公共団体は除く)。

 選考方法等  
 運営委員会が、当信託の趣旨、目的を考慮して、活動内容・効果の影響を総合的に判断して選定する。

 信託財産等
・当初信託財産 10億円
・信託財産取崩しにより年間1億円(1団体あたり3000万円が上限)を助成
・予定信託期間は10年程度(1団体あたりの複数年助成は最長5年)

 今後のスケジュール
・17年7月1日…募集開始
・同9月5日…募集終了
・同10月…一次審査(助成先候補決定)
・18年2月…二次審査(助成先決定)
・同4月…助成先への助成金一部交付


インタビューを終えて

 皇居前広場が見渡せる農林中金理事長応接室で、理事長の上野さんにお会いした。金融機関や金融制度に詳しくない私は、今回はインタビュアーとしては適任とは思わなかったが、農林中金の歴史や創立80周年記念事業にCSRの考えを取り入れたいきさつ、さらには「森林再生基金」の内容、意義やねらいについて、実に丁寧に説明してくださって、最低限の役目は果たせたものと思っている。今回の事業は民有林の再生・整備に対する助成が中心であり、助成対象者も従来の森林関係者ばかりでなく、NPOまでと幅広い。日頃日本の森林の先行きに多少の不安を抱いている私には、まことに時宜を得た企画だと感心もし、感謝もしている。上野さんは森林についても博識で、専門の私が感心するほどであった。森林・林業に関する、あるいは関心を持つ読者諸氏の中からも、新しいアイデアでどしどし応募されることを願っている。

(2005.7.7)



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