農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために

特集2 農協批判の本質を考え改革のあり方を探る

JAの自立に向け新たな
ビジネス・モデルの創造を

高木勇樹 農林漁業金融公庫総裁に聞く
聞き手 小松泰信 岡山大学大学院教授



 元農水省事務次官で農林漁業金融公庫の高木勇樹総裁は、JAグループはあくまで民間組織であるとして最近の「農協解体論には与しない」という。しかし、経済社会の変化のなかで総合農協として今後どうあるべきかを、早急に総合的に分析、検証しなければ「自己崩壊」しかねない危機感を持つべきだと提言する。そのためのキーワードはJAグループとしての新たなビジネス・モデルをつくりあげることだという。聞き手は小松泰信岡山大学大学院教授。

◆分裂、分解 そして自己崩壊の懸念も −問われるJAグループの危機感

木勇樹 農林漁業金融公庫総裁

たかぎ・ゆうき

昭和18年生まれ。東京大学法学部卒。昭和41年農林省入省、平成2年林野庁林政部林政課長、3年大臣官房企画室長、4年食糧庁管理部長、6年畜産局長、7年農林水産大臣官房長、9年食糧庁長官、10年農林水産事務次官、13年退職、14年(株)農林中金総合研究所理事長。15年10月農林漁業金融公庫総裁就任。

 小松 全農秋田県本部の米不正取引問題などが発覚してから、待ってましたとばかりに農協解体論が叫ばれています。全国紙にも農協解体を唱える論文が発表されました。こうした農協解体論をどうお考えですか。

 高木 解体論というよりも、私はこのままいくと農協は分裂、分解せざるを得なくなるのではないかと思っているんです。
 農協の機能、役割、それを経済社会が変化してきたなかで、将来を見据えて総合的に対応していこうとしているとは見られない。もちろん経済事業、信用事業という部門、部門での部分的な対応はある。
 しかし、トータルとして総合農協というものがどういう役割、機能を果たしていくのか、果たすべき分野は何か、これを今の実態と将来を見据えて、全体的に分析、検証し総合的に示すべきではないか。それがないことがJAグループの危機ではないかと思っています。
 たとえば信用事業は、金融の論理が先行せざるを得なくなっている。JAバンクには70兆円もの資金が集まっていても、貸すところがない。本当は農業への投資があるわけですが、リスクが大きいところには貸し出すわけにはいかない。これはいいか悪いかということではなく金融の論理です。
 ただ、これはやむを得ないことだとしたら、では、どうするのかということをしっかり押さえておかないと。解体論というよりもまさに分裂、分解が必然になってしまうと思います。

 小松 これまでもJAグループに対して今言われたような提言はされてきたと思いますが、にもかかわらずなぜ変革ができなかったのでしょうか。

◆米の共同計算方式で新たなJA像が生み出せるのか

小松泰信 岡山大学大学院教授

こまつ・やすのぶ

昭和28年長崎県生まれ。鳥取大学農学部卒、京都大学大学院博士課程修了。昭和58年長野県農協地域開発機構研究員、平成元年石川県農業短期大学助手、4年石川県農業短期大学講師、7年同助教授、10年岡山大学農学部教授、17年同大学院教授。

 高木 原因は米でしょうね。
 私はJAの問題の本質は端的にいえば米の共同計算にあると思っています。あの仕組みを変えないかぎり米ビジネスで再生はあり得ない。結局、共同計算では透明性と情報開示が徹底しないということです。
 これからの農政の方向は、要するに効率的で安定的な経営体、つまり農業で所得の大部分を稼ぐような経営体に施策を集中していくということですね。農業経営体も経営感覚を養えということです。ところが、共同計算方式はそれに絶対矛盾する。もし矛盾しない共同計算方式があるとすれば相当なコストがかかるはずです。たとえば、米が売れた時点ですぐに生産者に価格を知らせるという仕組みを取り入れるとしても、膨大なコストになるのではないか。
 考えてみると米改革政策の議論では、まず生産者にきちんと情報が伝わることが大事だということだったはずです。その情報をもとに自分で作るほうがいいのか、他人に農地を貸すほうがいいのか、米づくりをやめたほうがいいのか、判断の材料を徹底して生産者に与えるべきだということでした。情報を開示して透明性を高めること、それが結局ビジネスにとってはプラスになるということです。

 小松 そうはいってもJAグループの存在意義はあったという意見も根強いです。

 高木 これまでの歴史のなかでやはり非常に大切な役割を果たしてきたと思いますね。ただ、注意しなければならないのは、国の制度、政策に相当おんぶしていたところもあるという点ではないでしょうか。
 たとえば、おそらく食管制度というものがなければ農協はもっと早く変わった。食管制度は生産者に全量売り渡し義務を課し、そのかわり国が全量を買い入れるという制度で、それが生産費所得補償方式の理論的背景にある。そのことが米に相当傾斜した制度、政策になり、農協は集荷団体として機能した。
 その面では大切な役割を果たしたわけですが、一方でこういう分析からJAは自分の力だけではなく制度、政策によってカバーされていた部分があることを冷徹に見極めて、これが今後はなくなっていく流れなのですから、では、JAグループはどうするのかということを考えるべきだということなんです。
 たとえば、先ほども指摘した米の共同計算方式にはもう見切りをつけて新しいビジネス・モデルを打ち出していくべきではないか。それと提供するサービスを工夫すれば大きな農業経営体もJAに参加するということになる。

◆農政の転換とJAのビジネス・モデルの見直し

 小松 確かにビジネス・モデルを作り上げることが非常に遅れていると思いますが、農水省にとってはJAグループは農政の別働隊という面もあったという気もします。今後は農水省としてもけじめをつけるべきだというお考えでしょうか。

 高木 けじめといいますか、この間の農政は、いわばJAのまさにビジネス・モデルを見直していくプロセスだったのではないでしょうか。
 その代表が米で、最初に流通規制の緩和から始まって次に価格形成の場をつくった。そして米関税化への切り替えを行って国際交渉で米についてのフリーハンドを確保しながら次のWTO交渉に臨むということでした。農業経営を捉えた経営安定政策への切り替えも示した。
 方向を明確に出しているわけで、それは制度、政策の見直しなわけですが、JAグループに対してはそれまでのビジネス・モデルの見直しを求めてきたことにもなるわけです。
 そして今、地域政策は別としてもいよいよ経営政策では、効率的安定的な経営体に政策を集中するという方向になってくると、まさに農政のツールも基本転換をしなければならない。たとえば直接支払い制度を導入するならそのお金がそこに行くようなシステムが必要ですが、政策対象である経営体が、JAの組合員でなければ対象にはならない、ということにはなりませんね。
 その意味でもJAがどうその経営体と調和していくのか、経営体はサービスがよければ利用するということでしょうから、そういう観点からビジネス・モデルを打ち出していかなくてはならないと思います。

◆行政からの自立で政策提案能力を高める

 小松 ところで日本経済調査会の農政改革・高木委員会の中間報告ではJA改革についてはまったく触れられていませんがこれにはどういう背景があったのですか。

 高木 JAは確かに農協法にもとづいて設立されてはいるけれども、生協と同じように民間ですよね。基本的には、自分たちは民間であって改革について人に言われる筋合いはない、とJA関係者が言うのはそのとおりだと思いますよ。
 だから私は解体論という言い方には与しないです。むしろ今日申し上げたように、このままでは自己崩壊が現実になるという危機感を持つべきということです。

 小松 一言でいえばJAの自立ということですね。しかし、皮肉なことに農水省としては下請け機関とも言われてきた組織が離れていってしまうことにもなる。それはお役人にとっていいことなんですか。

 高木 いいことですよ。自立したJAグループとお互い政策提案をしあえばいい。農水省も政策を磨かざるを得なくなる。私はそこには日本農業法人協会も加えるべきだと思っています。法人協会ももっと組織として政策提案能力を高めていくべきです。そうなれば現場ではJAと法人がビジネスでむすびつく。

◆改革に向けて組織力の結集を

木勇樹 農林漁業金融公庫総裁

 小松 ただ、まだ多くの関係者には施策を特定の担い手に集中させるのは、いわゆる強者の論理、勝ち組と負け組を作り出すということではないかという思いもある。総裁のご意見も勝ち組の意見ではないか、新たなビジネス・モデルといっても、中山間地域農業の問題などをそのモデルでどう位置づけられるのか、という声もあると思いますが。

 高木 政策の対象、それから政策が対象とすべき実態を見極めれば政策の切り口はおのずと変わってくるということです。そこを考えると、勝ち組と言われましたがその方たちは別の意味で大変な壁にぶつかっているわけですね。それを取り払うことで彼らの創意工夫と努力を生かせるという道を開こうというわけであって、別に勝ち組に何か優遇するということではないと思います。
 一方、中山間地のような地域はどうがんばっても生産性は上げられません。もちろんいろいろな工夫をしている人もいますし工夫は必要です。しかし、中山間地農業には環境や国土の保全、文化の伝承といった別の政策からの要請もあるわけですね。政策で守るべき対象、目的がまったく違うわけですから、まさに中山間直接支払いのような手法でその地域を政策対象にしていくということだと思います。
 条件のいい地帯の小規模な農家の方というのはどうなるのかということでしょうが、確かに規模は小さいかも知れませんが、所得が低いかといえばそうではないですね。だから、そこは判断です。自分で農業を続けるか、他人に任せるか。もちろんそういう方々も当然のことながら農村地域に住み、地域資源や環境、文化の守り手なわけですから、地域政策の対象ではあります。
 大事なことは、判断する情報です。これは決して小規模な農家を切り捨てるというようなことではなくて、機械を買いこれだけのコストをかけてペイできるのかなど、自分の判断をきちんとしてもらうことが必要ではないかということです。農村も変わってきており、今後は介護の問題にも自分たちで対応していかなければならないとすれば、やはり無駄はだんだん切り詰め、いかに自分の持っている農地を自分の所得につなげる活用をするかということになると思いますね。
 経済社会の変化というのはまぎれもない事実として起こっているわけですから、そこから来し方行く末を冷徹に早く見つけることでしょう。これだけの組織ですからえい智を結集すればできるのではないかと思います。

 小松 ありがとうございました。


インタビューを終えて

 高木氏の足跡をたどることは、平成の農政改革をたどることを意味している。その氏が、「解体」ではなく、自滅すら含意する「分解」の危機を指摘された。その読みは、競争力のある強い農業づくりを目指した農政改革の中で、JAグループが米の共計システムから脱却できず、今なお新しいビジネス・モデルの構築に着手できていない点に基づいている。大変興味深い。穏やかな語り口ではあったが、農政改革のスピードが思いのほか上がっていないことへの不満も伝わってきた。役人農政の限界を打破すべく、JAや法人協会の政策提案能力の向上に期待されている。まったく同感である。われわれ研究者に対しても、冷徹な分析・検証に基づいた、制度モデルやビジネス・モデルの責任感ある提案を求められた。重く受け止めたい。今なお農政に対して、少なからぬ影響力を持ち、健筆を振るっておられる氏への、今回のインタビューは、高木農政論のプロローグと言えるのかも知れない。(小松)

(2005.10.12)



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