農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために

特集2 農協批判の本質を考え改革のあり方を探る

鼎談・協同組合の使命を自覚し新たな社会の設計図を描く(上)
新自由主義への対抗軸を共生セクターの力で
出席者
内橋克人氏(経済評論家)
神野直彦氏(東京大学大学院経済学研究科教授)
梶井 功氏(東京農工大学名誉教授)

 「官から民へ」をスローガンに小泉政権が進める構造改革がよって立つ新自由主義は、市場競争を至上とし弱肉強食の世界を人びとに強いるものだとその危険性が指摘されてきた。しかし、総選挙の与党大勝によってその路線は強化され、農政、農協改革もこの路線で進められようとしている。とくに農協改革については新自由主義政策のもとでは協同組合の存在そのものを敵視、否定する視点で進められかねない。JAグループに課題は多いにせよ、皮相な競争礼賛論ではなく人間らしい社会を築くための協同組合の役割を忘れた改革であってはならないだろう。ヨーロッパ、南米では協同組合型社会への動きが始まっているという。日本の潮流は何か、そして世界の動きに学ぶべきことはどこか、話し合ってもらった。(3回に分けて掲載します)


◆民とは民間大資本 バッシングされる現場公務員

内橋克人氏
うちはし・かつと
昭和7年兵庫県生まれ。新聞記者を経て評論家。現在、NHKラジオ「ビジネス展望」などのレギュラーをはじめ、テレビ、新聞、雑誌などのメディアを舞台に発言・執筆活動を続けている。主な著書に「匠の時代」(講談社文庫)、「内橋克人・同時代への発言」(岩波書店)、「経済学は誰のためにあるのか」(岩波書店)、「共生の大地」(岩波新書)「共生経済がはじまる」(NHK人間講座=NHKブックス)など。
 梶井 今日は、小泉構造改革路線、新自由主義の本質はどこか、それにわれわれはどう対峙すればいいのかという点についてお二人からお聞かせいただきたいと思っています。まず衆院選で与党は大勝しましたがこの意味について内橋先生からお願いできますか。

 内橋 郵政民営化問題で現場の郵便配達を担っている人びとにとっては大変に屈辱的で苦しい時代が始まっていると思うんですね。
 小泉政権が言っている「官から民へ」の特徴をよく見ますと、上層官僚は太らせ、現場の公務員はバッシングの対象にするという巧みなやり方です。
 それを国民がなぜ喜ぶか。これまで長らく官僚絶対優越社会が続いてきたと思いますが、人びとは日常生活のなかで官優越というものに対しある種の憎しみを持っている。そこで官僚征伐を掲げれば人びとが拍手喝采するだろうと。これは計算ではなく本能的にそこにもっていってるんだと思いますが、現場で公務を担う人びとも上層のエリート官僚もバッシングして、いかに官が人びとの決定権、主体性を奪っているかをプロパガンダする。これに日本人は乗ってしまう。官から民へと言われれば官僚絶対優越社会、これを克服できるんだ、その克服を掲げた政治をやってもらえるんだ、と思ってしまうわけですね。
 ところが実際には上層官僚は太り、現場を担う公務員がバッシングの対象にされているというのが現状だと思います。
 官から民へといいますが、民には真の国民が入っていないと私は言ってきました。民とは民間巨大資本です。官から民へとは、民間資本に利益追求チャンスを与えるということです。
 民のなかに官が化けているという問題もあります。地方でしばしば講演を依頼されるのですが、私のほかに地元の大学の先生など論客という方もおられる。そういう方がおっしゃることを聞いていると小泉政権万歳なんですね。たとえば、私などが申し上げることを、時代の流れ、という言葉で頭ごなしに否定するということが増えてきている。
 そこでいったいどんな方か聞いてみると、実は文部科学省にいた方です、と。このように官が民を占拠し、政治の分野においてもまさに官が政に化けている。官が普遍化し拡散している。それを全部偽り、隠している状況だと思います。


◆すり替えられた選挙結果――国民投票なら郵政民営化はノー

 内橋 こういう状況のなかで総選挙結果について言いたいのは自民圧勝といわれるが本当に圧勝でしょうか、ということです。そうではないでしょう。現に小選挙区の獲得票数でみれば政権与党の得票率は49%で非与党が51%ではありませんか。与党は比例区でようやく51%ですから、圧勝ではなく辛勝ですよね。
 そして大事なことは小泉さんは今度の選挙を郵政民営化を問う国民投票だなどと偽りの言葉を使ったことです。国民投票は現在、2つしかありません。憲法改正と地方自治特別法制定のための住民投票です。だから国民投票であるはずがないんですが、もし国民投票だとすれば今回のテーマに国民はイエスだったのかノーだったのかをみる必要がある。
 それには獲得議席数ではなくて獲得票数で考えなければならないわけですが、政権与党の獲得票数は3350万票、それ以外は3450万票ですから、100万票の差をつけてノーではないですか。
 しかし、小泉政権というのは実に巧みで、国民投票だといいながら、3分の2を占める327の議席数を得たことをもって圧勝、圧勝とすりかえている。
 小選挙区比例代表並立制は第8次選挙制度調査会が推進したものですが、当時、朝日新聞編集委員の石川真澄さんは、小選挙区比例代表並立制は大きな過ちを生む、といっていました。彼の記事のタイトルを挙げると「政権交代容易説は迷信である」「民意をもっとも反映するのは比例代表制」「穏健な多党制は並立制では実現しにくい」「並立制推進論は統治優先だ」などです。
 この選挙制度を推進したのは高名な某政治学者です。私はその先生が悪いと言っているわけではなく、当時は一生懸命におやりになったのだと思います。
 けれども今、許せないのは、私たち国民が当然抱く、獲得票数でみたらどうなんだ、という問いかけに対して、「そういう疑問もあるだろうが、今さらとでも言うべき反応である」と最近の新聞に書いていることです。さらにその論文では「与党にブレーキがかからなくなることへの心配があるようだ」と自ら文中で設問しておきながら、しかし、次の行を読むと「その心配の当否はともかく」と言って棚上げしてしまって答えない。それこそ私たちがいちばん心配していることですよ。
 私は「権論」と「民論」とをずっと区別してきて、時の権力の側に立つ言説を権論、草の根からの声を民論といっているんですが、今、民論が衰弱してしまって権論が支配している。この先生の論文も権論です。
 そこで、今後どう対峙していく路線を考えるかということでいえば、もう選挙は終わったことだ、長く暑い日本の夏は過ぎた、というのではなくて、病葉(わくらば)、病気になって落ちてしまった民意という葉っぱが道の両側に積み重なっているではありませんかと問うことが、協同組合を敵視する人々に対してどういうスタンスで路線を考えていくかの出発点のひとつになるのではないでしょうか。


おかしな設計図示す小泉改革 不安の蓄積が生んだ政治的熱狂

神野直彦氏
じんの・なおひこ 
昭和21年生まれ。昭和44年東京大学経済学部卒業。日産自動車を経て、東京大学大学院経済学部研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授、東京大学助教授を経て、現在、同大経済学部・大学院経済研究科教授。主な著書に『「希望の島」への改革―分権型社会を作る―』(NHKブックス)、『二兎を得る経済学―景気回復と財政再建』(講談社)など。

 梶井 神野先生はいかがお考えですか。

 神野 本紙の以前の対談で私は、小泉改革というのは次の社会の設計図を持たずに破壊することだ、と申し上げました。古い家にいて不満がたまってきたときに、壊そうと言えばだれでも賛成しますよ、と。しかし、次の家の設計図を持たずに壊すというのは愚かなことです。
 今度の選挙でその設計図が示されたのだとしても、それはどうもお城にたとえると本丸に郵政事業があるらしいですね。しかし、社会の中心に郵政事業がある社会とはいったいどういう社会なのか、と冷静に判断すれば、これはおかしな設計図だということがわかるはずです。
 にもかかわらずなぜ受けるのかといえば、小泉政権が担ってきたこの4年の間に経済的な危機が社会的な危機に飛び火し始めたからではないか。内閣府が行った日本は安全、安心な社会かどうかという緊急の調査結果では、半数以上の国民が日本は安全、安心の社会ではないと考えています。しかもその理由の第1位が子どもたちの非行、引きこもり、それから自殺です。つまり、国民は社会的な病理現象を指摘しているんですね。第2位が犯罪が多発して秩序が悪化しているという社会秩序の破綻、そして第3位が社会保障などが信頼できず経済的な見通しが立たない、ということです。
 ですから、経済的な危機というよりも社会的な危機で、それは人間の絆みたいなものが破壊されつつあるような状況になっていることだと思いますが、不安と不満がたまったときには、壊そうというスローガンは非常に人気があって受ける。ファシズムでもそうですが、今回は不安と不満の蓄積のもとで起きた異様な政治的熱狂現象だったと思います。


福祉国家捨てたニッポンと新しい福祉国家を追求するヨーロッパ社会経済モデル
――協同組合型社会、北欧の成果――

 神野 大事なのは改革の対象、あるいは破壊の対象とされているシステムは何なのかを知ることです。
 長期的に考えると第2次大戦後、先進国はすべて福祉国家をめざした。大きな政府といってもいいわけですが、それまでの夜警国家()、つまり小さな政府ではなくて大きな政府、福祉国家をめざそうと言ってきた。しかし、1980年代から行き詰まりはじめた。経済がボーダレス化したり金融が自由化されて所得再分配がうまく行かなくなりはじめたというのが大きな原因だと思います。
 そのとき大きく2つの路線が提起されてきたと私は思います。
 ひとつは新自由主義的な、市場を大きくすればいいという発想方法です。簡単に言ってしまえば、これはもとの小さな政府、つまり夜警国家に戻せばいいということでもありますね。
 ただ、ここで重要な点は、小さな政府イコール重税国家ではない、ということになっていますがそんなことはまったくないということです。暴力機構だけで社会を統治しようすれば軍事力などを強大化するためにかえって重税国家になる危険性はいくらでもある。それはともかくこの路線は福祉国家をかなぐり捨ててしまおうということですね。行き詰まった福祉国家を克服する道として福祉国家をかなぐり捨てて元に戻るんだという選択です。
 もうひとつの路線はヨーロッパ社会経済モデルと言われているものです。確かに福祉国家は行き詰まっているけれど福祉国家の良いところ、社会福祉や雇用を重視するという良いところを生かしながら、しかし、確かに状況は変わっているのでなんとかその状況に合わせようとしたというモデルだと思います。 そのヨーロッパ社会経済モデルのコンセプトはまさに協同組合です。公的な領域でもなく私的な領域でもないグレーゾーンが増えてきたので、そこをうまく協同組合を利用しながらやっていこうと。民主主義もこれまでの政治的な民主主義だけではなく労働者が参加していくような経済的な民主主義、さらに協同組合を中心とするような連帯民主主義(associative democracy)を実現しようということです。
 日本はどちらを選択したかいえば明らかに福祉国家をかなぐり捨て小さな政府をめざす道です。しかもかなぐり捨てるほど福祉国家化していないのにかなぐり捨てているんですね。


くつがえされる成長の常識 セーフティネットこそ重要な役割

梶井 功氏
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。
 神野 では現在、このふたつの路線がどういう結果を生んでいるかを見てみましょう。
 ダボス会議()を主催している世界経済フォーラムが、各国がどのくらい競争力を持っているかを示した世界経済競争統計を出しました。それによると日本は前年の9位から12位に落ちた。 1位はフィンランドで2位は米国、3位スウェーデン、そしてデンマーク、台湾、シンガポール、アイスランド、スイス、ノルウェー、オーストラリアと続きます。こうしてみると北欧5か国はすべて10位以内に入っている。
 つまり、ヨーロッパ社会経済モデルを追求し、その典型だといわれた北欧諸国全部が国際競争力が非常に強いと評価されているわけです。
 この統計の評価要素は、技術指標が50%のウエートで、残りの25%づつを公共部門の機能がどの程度機能しているかをみる公的制度指標と、マクロ経済がうまく運営されているかどうかのマクロ経済指標としています。
 米国は技術指標では第1位ですが、公的制度指標は18位でマクロ経済指標は23位です。日本はといえば技術指標は8位ですが公的制度指標が14位、マクロ経済指標にいたっては34位です。
 つまり、政府が公共的な社会維持政策や経済的なコントロール政策にすべて失敗したが、民間の技術的な能力だけは高いという状況です。ただし、日本は技術的な指標でも5位から8位に落ち台湾と韓国に抜かれてしまった。もちろん台湾も韓国もまったくの米国型ですから技術指標は高いけれども、公的制度指標とマクロ経済指標は悪い。
 世界経済フォーラムはこの結果から、高度な教育と社会的なセーフティネットがきちんと張ってあるかどうかが決定的に重要な役割を果たすと指摘しています。そして租税が高く社会的なセーフティネットが充実していると経済成長に悪影響を及ぼすという伝統的な考え方はもはや成り立たないということが明らかになったとも言っています。
 明らかに米国に対抗したヨーロッパの社会経済モデルのほうが成功している。福祉国家をかなぐり捨ててしまおうという米国型の路線は国際競争力の面でも劣っているわけですね。(以下、次回)

【夜警国家】国家の活動を国防・治安、若干の公共事業など必要最小限の役割にとどめる国家。
【ダボス会議】世界の政、官、財のトップ層が集まって毎年年次総会をスイスのダボスで開くことからこう呼ばれる。会議の主催団体が世界経済フォーラム。

(2005.10.20)



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