農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために

特集2 農協批判の本質を考え改革のあり方を探る

鼎談・協同組合の使命を自覚し新たな社会の設計図を描く(下)
現場の人々が声を上げれば流れは変わる
出席者
内橋克人氏(経済評論家)
神野直彦氏(東京大学大学院経済学研究科教授)
梶井 功氏(東京農工大学名誉教授)

◆協同組合が担わなければ日本の農業は成りたたない

内橋克人氏
内橋克人氏

 梶井 協同組合としての効率性というのはいったい何かということを考えるべきなんですね。

 神野 先ほどから話題になっているように今は政府を小さくしようということですね。そして農業でももっと市場化を進めようということです。
 しかし、振り返ればもともともっと市場化をという考え方だったのが、市場が失敗したから戦後は大きな政府へということになったわけですね。だから、その大きな政府・国家が失敗したからもう一度市場へ、という論理にはならないはずで、今度はもっと社会へという視点が出てこなければならないということだと思います。モア・マーケットではなくモア・ソサアティですね。そのモア・ソサアティ政策として出てきたのが協同組合です。
 そして北欧ではこの協同組合が機能を拡大していくわけです。それまで政府がやっていた領域に出てくる。たとえば1990年代にスウェーデンで起きたことは、それまでモノとしての生産物しか扱わなかった協同組合がサービスを扱うようになった。保育や養老サービスです。政府がやっていたことを協同組合に任せようということですが、今、日本で強調されているのはそれらはマーケットに任せようということですよね。
 しかし、北欧では農協のような生産者協同組合もメンバー間のことだけを考えていたのが、メンバーシップ以外の人にサービスを提供する他助組織として拡大してきているわけです。
 日本でも農政、あるいはマーケットが担っていたことを農協や生協という協同組合が担っていくように拡大していかなければ農業は成り立たないという発想が必要で、その意味では農業協同組合の使命を見つめ直すということが重要です。

◆土づくりから農業を考える 自給権主張し自給圏をめざす

 梶井 協同組合が農政が担っていた領域を、というご指摘ですが、しかし、日本の農政ではお上の選んだ人材に政策を集中するという選別主義になり、協同の体制をこわしにかかっている。非常に大きな問題です。

 内橋 このところ一般紙に掲載される農業、農協についての改革論に私たちは納得できません。農業のことを本当に知っているのかと思います。
 私は産直が多いのですが、北海道からは長期契約でしぼり立てそのままの牛乳を取り寄せています。昔、朝になるとがちゃがちゃと音を立てて一軒一軒瓶入りの牛乳が配達されていましたが、それと同じ味がするんですよ。ヨーグルトも産直で購入していますがこれもまたすばらしいヨーグルトです。どうしてかと思って聞いてみると、土づくりから始めていらっしゃる。乳牛のエサのために草を育てていますが、そのために土づくりからはじめた。ものすごい時間がかかったそうです。
 米も産直ですが生産者の方から通信が送られてくるものですから、この方と話をすることができました。昨年は米の作柄が悪かったわけですが、彼のところは凶作になってないんですね。どうしてですかと聞くと、実はモグラ、野ネズミがどんな巣を作るかがいつも私の指標になっているという。それで今年はどうもおかしいということで畦を高くしたから大丈夫でしたということでした。
 やはり土づくりから始めるという生産者の方は凶作にもめげない競争力を培っている。
 今、農政改革をいろいろ論じている方に言いたいのは、こういう土づくりをやったことがありますか、ということです。
 地方に行きますと限界集落()がものすごく増えています。65歳以上の高齢者が半数以上を占めている。村落共同体が崩壊し廃村が目にみえているところもある。そういうところに対しても、農業の競争力とか担い手の選別ということをいいますが、それを言う前に社会がどうなっているのか、またどうしてこうなってしまったのか、知っていますか、と言いたいですね。

 梶井 限界集落のようなところにはもう農業者に農業をやる力はないから株式会社にやらせればいいというのが財界の主張ですが、今の農政はその考えを受け入れている。

 内橋 なぜ限界集落になったのかを問わない。今、そんなところにお金を投資してもしょうがないじゃないか、という考え方だけでいきますから、それではますます限界集落が増えて、もう地方に住むなということになりますよね。こういうことでいいのか。
 農政改革の方向について、農業ビッグバンが必要だという論文がある新聞で発表されていますが、筆者の某氏は、そもそも農業への参入と退出、そして競争の自由が確保されていれば政策で担い手など指定する必要はない、市場競争で生き残ったものがすなわち担い手である、と主張しています。こういうことになりますと市場競争で勝てないものは農業を担ってはいけないということになる。
 土づくりから取り組んでご夫婦で生産をしてその成果として牛乳があったりヨーグルトがあったりする。これは本当に得難い宝物なんですよ。
 某氏の論にはこういう話は一言もでてこない。やはりこれも「権論」なんですね。「権論」が支配して「民論」が育たない。ですから、現場の人びとは、たとえ論理的に体系立っていなくともなんとか声を上げるということをしないといけないと思います。

◆地域に果たす総合農協の役割 事業分割論の狙いはどこか?

神野直彦氏
神野直彦氏

 梶井 神野先生が先ほどいわれた協同組合の領域の拡大ですが、日本のJAでも地域の組織体として事業、運動に本気で取り組んでいるところは、地域の要望にこたえていろいろなところに手を広げざるを得なくなるわけです。介護だとか農村女性や子どもの教育の場の提供とかですね。そういう活動のつながりのなかから共済や信用事業の利用につながっていく。地域の人びとを対象にしているわけですね。
 そこが総合農協としての役割でもある。しかし、それは本来の経済組織としての農協からすればおかしいとしてその総合性をやめろと言われています。政府の規制改革・民間開放推進会議は信用、共済事業を分離するべきだという議論をしています。

 内橋 この議論が出てきたときに思い出したのは1997年の新聞再販制度の撤廃問題でした。私は公正取引委員会の政府規制研のメンバーになりました。当時、政府は新聞再販制度の即時撤廃という中間報告をすでに出していたのですが、これは大変だということで出版分野からは江藤淳さんもメンバーになった。それで机をたたきあって議論して、ようやく年末になって一定期間は維持するという結論をとりつけ、即時撤廃論を押しとどめたんです。
 即時撤廃論者の主張はこうです。大都市で新聞を宅配するときのコストは安くつくはずだ、だからたとえば一部140円でいい、一方、過疎地への配達コストは一部1000円かかるはずだ、なのに同じ価格ということは、大都市で上げた利益を過疎地のコストをカバーするために振り向ける、つまり、利益シフトしていることになる、これはけしからん、です。私はどうしてそれがいけないのか最初は理解できませんでした。
 新聞にもいろいろ問題はありますが、基本的には全国で同じ価格を維持することは民主主義を育てていくためのコストなんですね。だから住む地域によって価格が違っていいのですか、ということを主張した。そして当時、規制改革のモデルだとしきりにもてはやされていたニュージーランドで実際には弊害が出ているという事例、さらに世界の現実などをいくつかあげてなんとか押しとどめたのです。
 同じ理くつで今のJAから信用、共済事業を分離しろという主張になっていると思いますね。信用、共済事業の利益を販売事業などへとシフトする、それはけしからん、と。利益シフトを認めることは市場競争原理に反するという主張です。これにどう立ち向かうか。

◆小規模農家も農業の担い手 みんなが幸福を感じられる社会に

梶井功氏
梶井功氏

 内橋 ご指摘のように地域社会というものを考えていけば、そこに住む人々のニーズがある。そして一人の人間の持つニーズは非常に多様ですから、そのすべてに応えるということを志してなぜいけないのかということだと思います。
 もちろんJAグループにも正さなければならないことはたくさんあると思いますが、今日話題にした今の日本の潮流のなかでどう日本農業を守っていくのか。とくに家族経営の農業、小規模零細な農家にもやはり生き残ってもらうと。そういう考え方を表明するということが使命だと思いますね。
 私は「使命共同体」という言葉を使っています。利益共同体ではなくて使命を同じくする人びとが使命共同体を形成し、それが基本になって共生セクターをつくっていく。参加、連帯、共生を原理とするセクターの足腰が強くなってもらわないと、結局は、非農業の人たちも含めてみんなが不幸になると思うんですよ。

 梶井 どうもありがとうございました。(了)


【限界集落】社会学の大野晋教授が提唱した概念。一人暮らしの老人世帯がほとんどになったような社会単位としての存在と言えなくなりつつある集落のこと。


鼎談を終えて

 “新自由主義路線”とは“強きを助け弱きを挫く路線だ”と喝破したのは今は亡き三輪昌男教授だが、とすればそれに対峙する路線は当然ながら“弱きを助け強きを挫く路線”になるが、協同組合をコンセプトにするヨーロッパ社会経済モデルはその路線の現実的展開だと神野教授は説く。そしてその路線を選択した“北欧諸国全部が国際競争力が非常に強いと評価され”るようになっていると指摘する。
 北欧諸国ばかりでなく、“「失われた10年」を2度、3度と経験したアルゼンチンでも、協同組合づくりに見られる”ように“共生経済が始まる”新しいうごきが起きていることを内橋氏は指摘され、“日本でがんばって協同組合運動をやっておられる方々も、いろいろ弊害はあるとしても…きちんと行動すれば希望につながっていくということ”に自信をもてといわれる。両先生のこの発言、協同組合運動に携わっている者への大きな励ましとなろう。(梶井)

(2005.10.24)



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