農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために(2)

揺れ動く農村 流れに抗する地域

座談会
暮らしを基盤にした新しく確かな協同組織に期待

出席者
矢野学氏
(新潟県上越市議会議員 旧安塚町町長)
北川太一氏
(福井県立大学大学院経済・経営学研究科助教授)
小田切徳美氏
(東京大学大学院農学生命科学研究科助教授)


 食料と農業を支える農村はこの国にとって欠かすことのできない存在だが、高齢化の進行や人口流出、そして最近の構造改革の影響でそこに暮らす人々が揺れ動いている。さらに平成の市町村大合併の進展で見かけ上、村と名のつく地域は減りその実態が見えにくくなっている状況もある。ここでは、農村の実態を改めて捉えるとともに、厳しい状況のなかでも新たな暮らしのかたちを集落から求めて、実現しようとしている取り組みについて現地レポートとともに取り上げた。座談会ではこうした新しい動きの特徴や農協組織の課題についても話し合ってもらった。


動き出した多様な個が活躍する舞台づくり

矢野学氏
やの・まなぶ 昭和15年生まれ。36年新潟県安塚町役場勤務、54年同総務課長、平成元年同総務課長退職、安塚町長に就任、平成17年上越市議会議員。内閣府・国土交通省観光カリスマ百選に選任、(財)雪だるま財団顧問、NPО雪のふるさと安塚顧問。主著に「鄙人の発想」(かんき出版)、「観光カリスマ(地域活性化の知恵)」(日本観光協会、編・共書)など。

◆見えにくくなりつつある農村

 小田切 今日のテーマは「揺れ動く農村」です。しかし、実はその揺れ方やその速度がなかなか外からは分からなくなっているという現象が出始めていると思います。
 端的に言って市町村合併によって、農村で起こっている問題が市町村の担当者さえもその実態が分からないということもあります。
 合併市町村のなかの農村の実態を考えるときに分かりやすいのが人口や面積よりも集落数です。たとえば、広域合併した浜松市の集落数は800以上もありますね。これほどの集落数があれば、たとえばどこかで災害があっても集落名ではなかなか市役所に情報が伝わらないということも考えられるのではないかと思います。ひとことで言えば、農村の現実が外から見えにくくなり始めています。
 そこで、まず今の農村の実態を上越市の合併経験をもとに矢野さんからお話いただけますか。
 矢野 上越市の合併は、日本でも一番多い13町村を巻き込むものでした。13万人の上越市と13町村、8万人の大合併です。
 大きくなることはいいことだというのが合併の前提でした。ただし、そのなかで地域自治、地域分権をどうつくるかを議論し、地域自治を守るために地域協議会という行政のいわば諮問機関を設置することになりました。委員は旧町村の議会の議員と大体同じ数でそれは選挙で選び無報酬。これは日本で初めてのことです。
 この地域協議会を通じてある程度予算割当てもされるものですから、地域のことは地域で考えるという仕組みになったわけです。ですから、行政はスリム化しましたが、地域の広域化には至らないということがいえるんじゃないかと思いますね。
 しかし、実態として考えると安塚区、旧安塚町は人口約3600人ですが、上越市内の中山間地域の代表です。そこに起きている現象は、どこでもあるように担い手不足と農地の荒廃です。どんどん進む高齢化と少子化は日本を先取りしていると思います。これに対して国も県も合併前の町村も、合併後も決め手がない議論をしてきたのが実態だと思います。
 その流れをどう止めるかということですが、私自身もなかなか見い出せません。ただ、私がこれまで安塚区で実践し、これからも続けていきたいと考えているのが、新しい農村の自治制度です。
 今まではどちらかというと集落オンリーでしたね。集落はお互いに助け合うわけですね。これはいいことですから、これを守りながらいわゆる経営体として成り立たつ仕組み作りができないかということです。
 そのため28集落に地縁団体という法人化組織をつくり、さらにその自治組織が加入するもので全世帯加入をめざした「雪のふるさと安塚」というNPO法人も設立しています。

北川太一氏
きたがわ・たいち 昭和34年兵庫県生まれ。平成2年鳥取大学農学部に勤務(助手)、8年京都府立大学農学部に勤務(講師)、17年より現職。農業経済学、協同組合論が専門。主な著書に、『新版 農業協同組合論』(JA全中・共著)『中山間地域農業の支援と政策』『あなたが主役、みんなが主役―JA女性読本―』など。

◆農協の経済事業改革と農村

 小田切 その具体的な取り組みは後ほどお話いただくとして、北川さん、各地域を歩いている研究者の立場から現状についてはどうごらんになっていますか。
 北川 やはりひとつは農林地の維持管理機能が低下していることを感じます。たとえば、先日、大雪で北陸線が止まったのですが、それは沿線の民有林の木が倒れてきたからでした。実は普段からの手入れが十分にできていなかったともいわれています。
 最近、JA京都中央会が京都府内全集落を対象にした調査結果が出ていますが、全体の6割以上の集落が「集落機能が衰退、崩壊してきている」、「新たな活動の取り組みが困難である」と答えています。その内容を見てみると、中山間地や都市部といった条件を問わずに、農山村が追いつめられている状況が示されています。
 それから、JAについてですが、事業の縦割りが非常に強くなってきていますが、これは経済事業改革をはじめとする一連のJA改革のなかで、事業ごとの採算性を重視しなさいということになっているからですね。しかし、組合員の身体というのは、信用、共済、経済と輪切りにできるわけではありませんから、そこはやはり総合的に対応しなくてはならない。ところが実態は職員の専門化が進められ、支所から人が撤退し、あるいは最近のマニフェスト・ブームの弊害ではないかと思いますが、とにかく数値目標を掲げて“数字を見て人を見ず”というような姿勢も強まって、そのしわ寄せが農村現場に来ているんじゃないかと思います。

小田切徳美氏
おだぎり・とくみ 昭和34年神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。農学博士。高崎経済大学経済学部助教授を経て、平成8年より現職(農政学研究室)。農業・農村地域政策論が専門。主な著書に、「新基本計画の総点検」(編著、農林統計協会)等、多数。

◆戸から個へ、農外から農へ

 小田切 先にも言いましたように市町村合併によって行政が現場から遠いところにいってしまい、なかなか共通の認識が持てないということがありますが、それに加えて、農協組織も経済事業改革のなかで現場から遠くなっている面もある。
 ただし、こうしたなかでも、その流れに抗する地域というのも出てきています。この新年号では新潟、山口、熊本の3つの地域の事例をレポートしていますが(10・11面)、次にこのレポートの感想を通じて議論をさらに深めていきたいと思います。まず北川さん、いかがでしょうか。
 北川 感じたことのひとつは、戸から個へ、ということです。これは個人で好き勝手にしなさいということではなくて、多様な個人が小地域という舞台でいろいろな能力が発揮できるような仕組みをつくっていることです。
 ややもすればこれまでの村の仕組みは世帯主義、要するに男中心だったのが、多様な個人が表に現われるような仕組みをつくり、追いつめられるなかでもなんとか踏んばっているということだと思います。
 もう一点は、リーダー像です。最近のリーダー像というのは、これまでのようにオレについてこい式でぐいぐい引っ張るタイプというよりも、調整型といいますか、いろいろなところに目配りをしながら人材の発掘がすごく上手だとか、農業だけはなく商工関係にもネットワークを持っているなど、コーディネート型ではないかということです。
 矢野 3つの事例を通じていえることは、リーダーは実際には農業従事者ではない方もいるということです。それがポイントなんですね。やはり、今まで中山間地域の農業を論じる場合には米主体でしたから、組織に従っていればみんな動かしてくれたという甘えがありました。しかし、これからは既存の組織がだめになりましたから、甘えではいけない、自分たちで自分たちの資源を生かしたり、弱いのであればまとまって強くなるという集落営農的なものも含めて考えていかなければなりません。
 そうすると集落を引っ張る人というのは既存の概念、「今まで集落に住んでいたから」という人の考えではだめかもしれないわけです。新潟県の山北町の女性リーダーは商工会の事務局長でした。
 そういう意味では新しいリーダー、新しい血というものの活用ですね。農業が好き、その集落が好き、農村に住んでいるかあちゃんたちが好きだ、といった既存の概念からちょっとはみ出したような人が出てきているなと感じますね。

◆情報を活かすコーディネート型のリーダー

 北川 行政の人から最近聞くのは、農村部で地域活性化の話を農家組合に持っていくとどうも閉塞感があってうまくいかない、むしろ非農家の方が参加している自治会などで話をしたほうが、いろいろなアイデアや知恵が出てくるというんですね。
 矢野 やはり情報を持っているということだと思います。情報を幅広く深く持っている人が飛び込めば、みんな素直に引っ張られて助け合って成果をどんと上げていくということではないかと思いますね。
 小田切 女性、若者、あるいはよそ者などの新しい血が活躍できるような仕組みをどう作っていくかがポイントになりそうですね。
 そこでそうした実践のひとつとして、先ほど少し話していただいた上越市の取り組みについてもう少し詳しくご紹介いただけますでしょうか。
 矢野 新しいリーダーが登場して活躍できる仕組みをつくるという観点からいっても、行政の力が必要だと思います。
 私は町長として合併の責任者でしたから、合併前にその仕組みをしっかりつくってやらないと新しい時代の農村像が生まれてこないということから、集落は経営体である、経営体をめざすべきだ、ということを訴えてきました。そのために今までのしがらみから脱してみんなが協力し合う仕組み、公平な仕組み、そして利益を生み出す集落をつくるということです。
 そのために法律上何があるかといえば地縁団体です。これは法人格も持てる、利益も出せる、財産も持てます。
 そこで私は今まで自治会といっていたものをすべて法人格とする地縁団体の届出をしてもらいました。強制ではありませんが、今後、合併したときにはいちばん大事だということで説得し28集落すべて法人格を取得しました。
 そこに合併前に作った集落センターや除雪機、それから土地などを全部払い下げるということにしたんです。合併後はもうだれも助けてくれないから、法人となった地縁団体でそれらを活用して自由にやってくださいということにした。
 また、自治会が元気を出すために自治会をまとめたりなど、大きな力を発揮する組織づくりも課題でした。自治会といっても、農村部もあれば商業地域もあり、大小もありますからね。もちろん小さな自治会も同じ自治会ですから、そうなると安塚区という3600人の方々の個々の自治会をまとめる新しい自治組織をつくる必要もある。また、行政はスリム化で小さくなりますが、行政が今までやってきたことは今後はわれわれがやりますよ、というための自治組織も必要です。そこでNPO法人「雪のふるさと安塚」をつくったわけです。
 この組織は行政と二人三脚だと思っています。いわゆるムカデ競争のように行政が前にいて引っ張るのではなくて、お互いに肩を組んで足を結んで一緒に進んでいこうということです。
 このNPO法人に住民のみなさんも会費制で加入することに合意して約80%が加入しました。ただ、新しい自治組織として赤字になることは目に見えていますから、合併前に安塚町からNPO法人に当面の資金として8000万円を寄付することによって、一人立ちするための支援をして合併したということです。
 このNPO法人の理事長は女性で、各自治会活動のほか部会組織もあって、それぞれ花いっぱい運動や地産地消運動などをする部会などいろいろと活動しています。また、住民が90人そこそこのある集落では地縁団体をつくって、さらにNPO法人をつくり旧町から払い下げられた宿泊施設の運営や笹だんごの販売で利益を上げています。

◆新たな集落に向けた法人化の可能性

 小田切 矢野さんは地域自治組織の必要性を指摘されましたが、北川さんは研究者の立場で地域協同経営体という考え方を提唱されていますね。事例なども含めてお話いただけますか。
 北川 集落営農の法人化が現在のように政策課題になる以前から、京都府内では十数集落で行政や関係機関の力も借りながら、住民が主体になって集落で法人を立ち上げるという動きがありました。
 その取り組みには大きく3つほどのパターンがあって、1つはほ場整備にともなってその農地の維持管理をどうするか、農作業受託組織をどうつくっていこうかということから出発した例です。
 2つめは、集落や地域の特産物をどう生かそうかということです。たとえば、小豆などの特産加工で少し利益を上げてみようということが出発点になっている例です。
 3つめは、今日のテーマでもある揺れ動く農村、追いつめられる農村にも関わることですが、暮らしがかなり追いつめられてきて、場合によっては農協の支店も撤退するなかで、その店舗などを自分たちで運営しながらがんばろうというところから出発した例です。
 ただ、これらの経過をずっと追っていくと3つのパターンがかなり融合されてきていますね。つまり、農地の維持管理というところから出発したところも運営していくなかで、特産加工をやってみようとか、そば屋をやってみよう、さらには地域の暮らしに関わることとして福祉関係や都市住民との交流事業にまで広がっている。入り口は一つであっても、展開のなかで事業が多角化し、目的が融合化されてくる、まさに総合化されているということです。
 要するに、多角的な農に関わる事業を実施し、構成員個々の利益増進のために補完的な役割を果たす、そして地域住民のくらしや資源環境の保全、場合によっては地域の自治機能を遂行するなど公益性も発揮する、こうした仕組みを地域協同経営体と呼ぶことができるのではないかと私は考えています。
 昨今、クローズアップされている集落営農について、国の重要な政策課題とされたことからJAグループをはじめとする関係機関・団体も躍起になって集落営農づくりや担い手づくり、そして法人化するということに努力していますが、どうもそれは狭い意味での担い手づくりという感じがします。
 実は、そもそも現場は経営安定対策があるから集落営農をつくるというようには動いていなくて、むしろ暮らしを基盤に置いた農業の仕組みづくりとしていろいろと工夫しているという動きがあるのではないかと思います。その昔、転作の受け皿として作られた集落営農が、“金の切れ目が…”ではありませんが、補助金がなくなると潰れていったという教訓を思い起こすべきですね。
 小田切 集落の法人化などの例で先ほどから議論となっている個人が活躍できる仕組みを作るためにはどうすればよいのでしょうか。
 北川 集落をまるごとNPO法人化する例もありますが、NPO法人化することによって集落の話し合いに参加するのがやはり個人単位になっていますね。性差、世代を超えて話し合いに参加するという動きにもなっていますし、しかも話し合いに参加するだけではなくちょっとお金を稼いでみようかということも出てくる。そういうところが元気ですね。

◆女性、若者、よそ者が活躍できる組織への転換

 矢野 そこを変えなければこれからは農村を議論できないのだと思いますね。
 そのうえで日本は日本らしさのある農村自治というものを新しく構築していかなければならないと思っています。私はそれを作ることが豊かな日本をつくることだと思います。豊かな日本をめざすために、農村に都会が目を向け、都会の人たちが農村を大事に思う、経済界もそういう視点で農村を考えていくということが、当たり前のことにならなければならないというのが持論です。
 では、新しい農村の自治とは何かといえば、たとえば今日お話したように集落で法人格を取得してみることです。法人格を取得してみると、たとえばその集落では長、つまりリーダーがいて決めごとを決定していたのが、女性、若い人も決めごとに参加するようになる。選挙でリーダーを選ぶといった仕組みもできることになります。いわゆる民主的な経営体になっています。そういうことに挑戦して初めて農村自治ということをみんなで考えるきっかけになる。これが新しい自治をつくる序曲になると思います。
 北川 集落が法人をつくるということは、これまで村のことに関心がなかった人が目を向ける、さらには村のなかから多様な個人が出てこられる仕組みができていく、そうした器づくりだと思うんですよ。もちろん法人化ありきではありませんが。
 それからリーダーといっても今まではいわば集落内の持ち回り的な役目だったのが、法人になればまさに経営体ですからリーダーの意識も変わるということも聞きました。
 矢野 それから、大事なことはNPOでも、法人でもあるいは協同組合でも農村だからできる特徴ある団体を、ということです。NPO法人といってもさまざまですから、農村自治、これからの農村のあり方として組織を考えるべきだと思いますね。

農地、森、川のある農村だからこそ描ける夢を持とう

◆集落でのミニ農協づくりで総合性を取り戻す

 小田切 ただ、地縁団体にしてもNPOにしても、今後の本格的に経営ということを考えると課題があるわけで、そこを制度的に検討していくと、実はその先はミニ農協を組織することがいちばんいいのではないかと考えられます。
 北川 先ほど紹介した集落法人がだんだん総合化してくるというのは、まさにそういう動きだと思います。そういう意味では集落から旧村・小学校区くらいの小地域で協同の仕組みを再構築することが重要ですね。
 矢野 たしかに本来、農協がしっかりして支援していればミニ農協になるわけです。ところが農協はそういう指導をしない。本来は現農協を解体してもいいからミニ農協組織をつくってくださいという指導と覚悟があるといい。
 小田切 ところで、そのような新しい協同組織や自治組織が各地でできて全国的にもさまざま活動を展開しているところも増えていますが、基本的にこうした新しい組織が経済事業に乗り出すべきことは望むべきことかどうかという点についてはいかがでしょうか。
 北川 やはりそこに取り組んでこそ元気が出るということだと思います。経済事業といってしまうと少し重いですが、プチ事業、あるいは起業に取り組むということはまさに元気の源になるんではないでしょうか。
 地域の協同づくりのためには、まず合意形成を行うことが必要でそのための適正な規模があるし、農地の維持管理や利用調整をしたり農作業受託をするための適正規模もありますね。さらには、加工、販売といった小さなビジネスをするための適正規模というものもあります。しかし、これらの3つの適正規模はだんだんと大きくなると思います。
 たとえば、集落でこじんまりとビジネスに取り組んでも苦しいところがあるでしょうから、少し規模を広げていかなければなりませんね。そのときに先ほども話題になったいろいろなネットワークを持つリーダーの活躍の舞台があると思います。そして農協が地域と地域のネットワークを結ぶなどの支援をしていくべきではないかと思います。

◆農村、農家のための真の改革を

 矢野 私は農協が好きで大切だし、さらに今こそ農協の役割が大事だと考えているから言うのですが、これまで農協は自治組織やNPO法人などに無頓着ではなかったかと思います。とくに農山村の地縁団体、農業法人など集団で取り組んでいる元気のある人たちを阻害しているのではないか。これが問題だと思います。農家のためではなくて自分たちの組織のことを考える組織に変貌してしまったのではないか。
 そうではなくて、たとえば農業法人であれ、地縁団体であれ元気のある人たちに率先して支援する役割を発揮する仕組みをつくらなければならないと思います。
 そのためには役員の選出方法の見直しと職員への研修が必要だと思います。元気を出せ農協という立場で言えば、役員、職員、そして女性がきちんと参画すれば内向きではなく、農村にある集団組織とともに農地、担い手をどう守り育てていくかという議論ができる農協に変わっていくのではないかと強く思っています。
 北川 農協には組織論、事業論、経営論はそれなりにあると思いますが、活動論がないと思いますね。要するに組織と事業をつなぐ活動の部分の議論、仕掛けがないと思います。
 職員研修もかなりやっていると思いますが、その中身が一般の企業に負けないような経営をどうすべきかというサクセス・ストーリーを聞くなどの研修が多く、組合員活動論、つまり、地域の人たちが行動を起こすようどう仕掛けるのかといった点がかなり弱くなっていると思います。それは農協の言葉でいえば指導事業の役割ですが、残念ながら営農指導、生活指導という役割が一連の農協改革で、とくに生活指導事業は切り捨てられてきていると思います。
 しかし、発想を転換して、組合員、住民の自律的な活動をしっかり仕組めば、人件費も削減されると思うんですよね。あるいはそういう活動がいろいろな事業への波及効果を及ぼすのではないか、そこから地域の協同の仕組みを立て直すべきではないかと思います。

◆「手作り自治」で豊かな農村の未来を獲得する

 小田切 今のお二人のご指摘はぜひ農協サイドに真摯に受けとめていただきたい論点だと思います。お話を伺ってきて流れに抗する地域のイメージが浮かび上がってきました。農村の新しい自治組織、あるいは地域協同経営体というもののなかで、若者、女性、そしてそよ者などが活躍するような仕組みをつくっていくことが重要だということです。私はこうした取り組みを「手作り自治区」と呼んでいます。手作りの自治の力で手作りの未来を獲得するということです。
 矢野 夢のある豊かな農村とは何だろうと考えると、生態系もきちんとしている。手のついてない山林や自然そのままの山、川、水がまずあっていいと思います。もうひとつは管理された美しさです。荒れている農地を見て美しいとは思わないわけですから、農地である以上、耕されていなくてはならない。そのためには耕す人が必要になる。その条件として、人間らしさと夢を追う、環境を創れる、出会い、付き合い、助け合いというコミュニティが大切となるのではないでしょうか。これは日本の稲作文化そのもの、日本人そのものですよ。これをみんな忘れてしまっていますので、その稲作文化の結いの精神をもういちど取り戻すこと。
 そういうものがないのが都会ということになる。都会にないものが農村にあるということが財産です。そこから日本が世界に自慢できる国づくりが生まれてくる。
 つまり、都市の人の力を借りなければ農村も成り立たないですし、都市も農村の力がなければ崩壊する。
 今、私の区では都会の子どもたちの田舎体験事業を100くらいのメニューを揃えて実践し、メニューの中には農家に民泊してもらう事業をしています。さらに民泊には外国人も来ます。都会をみるよりも日本の農村を見たいというんですね。ツアーも組みたいという話もありますが、それは日本の農村の人たちの心のよさを吸収したいということです。
 日本の子どもたちには自然を体験して、農村で憩うと同時に自然の生態系や環境問題を考え、たとえば命の大切さを知ってもらうということです。すでに他の町村とも一緒になって1万を超える交流人口になっています。こういうことがどんどん発展することによって、かなり農村に経済的な効果をもたらすと思っています。それが結果として農村に目を向ける子どもたちもいっぱい出てくるのではないかということです。そうすれば夢のある農村ができていくと思います。
 北川 やはり楽しくないといけないということだと思います。楽しくするには自分たちで多少失敗しても知恵を出し合いながら取り組んでみるということでしょう。
 地域でがんばっている方で多いのが、JA職員や普及員のOB、OGですね。そういう人材をもっと活用する必要があると思いますし、地域の子ども会の活動を支えているのが公務員だったりしますね。そういう意味ではもっと地域で活動するために、われわれの働き方も変えて、ボランティア休暇なども積極的に活用するような手も考えてみる余地があると思います。
 小田切 今日は、3点ほど課題が議論されたと思います。ひとつは市町村合併のなかで見えづらくなりつつある農村で、地域の空洞化に加えて、それを支えるべき行政の空洞化、農協の空洞化ともいえる状況が生まれているということでした。
 2つめには、しかし、そのなかでも農山村では新しい自治、新しい協同を求める確かな動きがあるということでした。名称はさまざまですが、暮らしを基盤とした組織、活動という点が共通しているということです。
 そして3つめは、こうした組織、活動を推進するためには行政も従来の仕組みを変えなくてはならない、そして農協もまた変わってほしいということです。また、こうした活動を支援する外部のボランティアなども活躍できるような新しい仕組みが必要だということでした。
 とくに農協については地域内の小さな協同を農協は支援してこなかったのではないかという指摘もありました。小さな協同の積み重ねで農協単位の大きな協同があるとすると、農協は農山村に生まれ始めている小さな自治組織や協同組織を支える機能を持つ新しい協同組合組織として生まれ変わることに期待が寄せられていると思います。どうもありがとうございました。

流れに抗して、いま何をするべきか
―農山村の現状と方途―
小田切徳美(東京大学大学院助教授)

◆農山村の現状

 農山村地域をめぐる問題は、「人・土地・ムラの三つの空洞化」と表現できる。
 1960年代から70年代前半の高度成長期に激化した若者の都市への流出(人の空洞化)は、地域に残された親世代の世代交替期に相当する80年代には農林地の荒廃化へと転化した(土地の空洞化)。そして、90年代以降には、「ムラの空洞化」がそれに折り重なる。高度成長の波にさらされても強靱であった農山村集落(ムラ)の「危機バネ」が、いよいよ翳りを見せ始め、自然災害、鳥獣害、経済基調や政策変化等の様々なインパクトが、地域存続に決定的な影響を与え始めている。
 いま農山村は、このように困難な状況にある。しかし、この空洞化も、あくまでも現象面のそれに過ぎず、その深層にはより本質的な空洞化が進んでいる。それは、地域住民がそこに住み続ける意味や誇りを喪失しつつあるいわば「誇りの空洞化」である。おそらく、高度成長期から現在まで続く農山村地域からの人口流出は、所得格差のみならず、このような要因も加わった根深いものであると思われる。
 流れに抗してこの「誇りの空洞化」に抗するプロセスを、「地域づくり」と考えたい。したがって、農山村地域の再生は、地域の誇りの再生過程を含むより奥深いものでなくてはならない。そして、そのためには、少なくとも以下の3つの要素への対応が求められている。
 第一に、「参加の場づくり」である。いうまでもなく、地域づくりは地域住民の参加によって成り立っている。しかし、地域の中で住民参加は自然に実現するものではなく、仕組みを意識的にセットする必要がある。特に農山村地域では、従来の地域の意思決定の場から女性や若者が排除される傾向が強い。集落の寄合などでも「一戸一票」制を原則とするからである。そこで、地域内に暮らす個人が、個人単位で、地域と関わりを持つような仕組みや、地域を支援しようとする都市住民やNPO等も参加できる仕組みへの再編が求められている。
 第二の要素は、「暮らしのものさしづくり」である。地域に住み続けることを支える価値観は、なにもせずに人々の身に付くものではない。特に、現代の情報化社会では、グローバル・レベルの情報が氾濫している。そうした中で、自らの暮らしをめぐる「ものさし」の確立のためには、強力な取り組みが必要である。近年各地で実践されている「地元学」の試みは、そうしたことを十分に意識したものであろう。
 そして第三に、「カネとその循環づくり」である。これは地域資源の利活用を通じて、「カネ(金)」をつくり、さらに地域社会の中にその経済循環をつくることを意味している。農林業と建設業の後退と工業の空洞化が顕著に進む農山村では益々重要な課題となっている。
 このような地域づくりの挑戦は、現場で先行している。ここで論じた3つの要素は、全国各地の取り組みから学び、まとめたものにすぎない。本特集では、筆者とつきあいがある新潟県山北町の山熊田集落、山口県錦町の三分一集落、そして熊本県三加和町の十町地区のレポートを掲載した。詳細は、レポートに譲りたいが、「参加の場づくり」の事例としては三加和町十町地区、「カネとその循環づくり」の先発事例として山北町山熊田集落の報告をごらん頂きたい。また、「暮らしのものさしづくり」については、誇りの空洞化に抗する動きとして、いずれの事例でも意識されているが、とりわけ錦町三分一集落の事例では、小さな集落であるにもかかわらず、都市部に他出した子供世代を含めた地域の「ものさしづくり」を構築しつつある試みが紹介されており、その挑戦は感動的ですらある。

◆見えにくくなる農村 ―新たなる課題―

 このように、つぶさに農村の実態を見ると、流れに抗する「現場力」をはっきりと確認できる。しかし、実はこの「農村の実態を見る」という当たり前ことが、最近の行政では困難となりつつある現実があり、筆者はそのことに強い危惧をいだいている。最後にこの点について、問題提起をしておきたい。
 それは、急速に進む市町村合併を直接の要因としている。周知のように「平成の大合併」は、多くの農山村を合併に巻き込んだ。そして、農山村は、少なくない割合で、都市を中心として形成された広域自治体に実質的に吸収合併され、その縁辺部に位置することになった。
 そうしたところでは、しばしば地域で発生している現実が、行政(市役所)に集まらないという現象が生まれ始めている。近いはずの基礎自治体が農業・農村から遠くなり、今後は地域実態に応じた政策課題が設定できない可能性さえも生まれてくるだろう。それに加えて、地方分権改革の実質化の中で、従来の補助金(カネ)の流れと反対方向に流れていた情報の流れが先細り、市町村→県→中央省庁という情報収集ルートが機能不全に陥っている。国に、現場の情報が集まりづらくなっているのである。
 農政改革はこのような中で進行していることを農業・農村関係者は認識すべきである。
 農協を含めた農山村地域サイドにとっては、自らが直面する問題とそれへの挑戦を発信する力、また行政にとっては従来からのルートに頼ることなく、農業・農村の現実を的確に把握する力を強化することが欠かせない。
 そうした新たな努力と仕組みづくりがあって、先に論じた農山村で発生する空洞化現象、そしてそれに抗する「現場力」、さらにそれを支援すべきポイントが、はじめて関係者に共有化されることとなろう。


(2006.1.10)


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