農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くために(2)

提言
どう向き合うべきか?「農政大転換]

担い手問題解決のもう一つの道
―JA(農協)出資農業生産法人―

谷口 信和 東京大学大学院農学生命科学研究科教授


 農政が大きく転換するなか、地域農業を維持、発展させるためJAにもっとも求められている役割は担い手の育成、確保策である。しかも、これはこの冬に現場で取り組むべき目前の課題となっている。JAグループでは地域の実態に即した集落営農の組織化などを実現させることをめざしている。
 こうしたなか、JAの役割として注目されているのがJAの出資による生産法人の育成だ。今回は東京大学大学院の谷口信和教授にJA出資法人の動向と可能性などについて提言していただいた。


谷口信和氏
たにぐち・のぶかず 昭和23年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。名古屋大学経済学部助手、愛知学院大学商学部助教授を経て、平成6年から東京大学大学院農学生命科学研究科教授。主著に『20世紀社会主義農業の教訓』農山漁村文化協会、『日本農業年報50 米政策の大転換』農林統計協会(共著)、『農業経済学』東大出版会(共著)など。

◆急がれる担い手育成方針の策定

 今、農村の生産現場では平成19年産から実施されることになった経営所得安定対策の担い手要件を満たす担い手をいかに育成するかをめぐって、てんやわんやの大騒ぎとなっていることであろう。それはこの政策の発信元である農水省でも同様だといってよい。
 「担い手育成・品目横断的経営安定対策推進メールマガジン」の創刊号(昨年11月18日)で井出道雄経営局長が次のように述べて、メールマガジン創刊の意義を語っているのがそのことを端的に示している。いわく、「この対策は19年産からスタートしますので、加入に向けた取組みは、この冬にかけての農閑期が勝負となります。従来のように、国、都道府県、市町村、集落といった段階を経た情報の伝達ではとても間に合いません。」
 もちろん、担い手の育成といった農業政策の根本に関わる問題を一朝一夕に解決することなど、簡単にできる相談ではないという批判が最も正当だということができよう。しかし、他面では、もしかすると今が日本農業の構造改革を実現する最後の機会かもしれないという不安が多くの関係者の共通認識だということも紛れもない事実であろう。その背景には2009年までに日本農業の屋台骨を支えてきた昭和一桁世代が完全に引退するという冷厳な現実が控えているからである。
 だとすれば、今後10年の日本農業の行方を展望して策定された新食料・農業・農村基本計画に立ち戻って、担い手政策の今日的特徴を明確にし、地域実態に即した担い手育成方針を早急に打ち立てることが求められているといわざるをえないであろう。

◆新基本計画の構造改革方針の特徴

 新基本計画に基づく農政改革は1999年の新基本法、2000年の旧基本計画との関連で論じられるのがほとんどなのだが、正確には1992年に開始された新政策の完成という位置づけが重要であろう。この観点からすれば、新政策で提起された「組織経営体」とその法人化を重視する路線が完全に開花したものとして新基本計画における構造改革方針を理解すべきであろう。その特徴は以下の3点に集約できる。
 第1に、集落営農が担い手として認知され、2015年における独自の育成目標2〜4万が初めて提示されたこと、第2に、これとは分離される形で提示された法人経営1万の育成目標に向かう源泉として「農外からの参入」(一般株式会社が特定法人として耕作放棄地が多い地区で農地借入ができる)が指摘されたこと、そして、第3に、農業法人のもう一つの有力な源泉として「農業団体等からの出資」が明示されたことがそれである。
 この「農業団体等からの出資」に基づく法人経営こそ、JA(農協)出資農業生産法人であり、農業構造改革の育成目標として政府文書で初めて公式的に採り上げられることになったものである。
 JA出資法人は新政策における組織経営体重視路線の中で、1993年の農地法改正で生まれた新しい農業生産法人形態である。農地法による認知以前から、「実態的にはJAが出資した農業生産法人」であったが、「形式上は農協の組合長や理事が個人の資格で出資した農業生産法人」が存在しており、これを追認したのが93年の農地法改正であった。JA出資法人は、家族経営や法人経営、集落営農などでは対応できないような担い手不足地域を念頭において、いわば「最後の担い手」としての役割を期待されて設立された。しかし、法認されたものの、JA出資法人が農政当局によってただちに積極的に位置づけられ、育成が奨励されたわけではなかった。法認後のJA出資法人の設立はもっぱら単協レベルでの取り組みに止まっていた。こうした消極的な姿勢に大きな変化がみられたのは実に00年以降である。2000年のJA全国大会で初めてJA出資法人の設立が、全国レベルでの方針として取り上げられた。また、農水省も02年度「食料・農業・農村白書」で初めて、市町村農業公社とは区別される形で「農協等が出資する農業生産法人」を取り上げ、これらが「地域農業や農地の維持に貢献している例が各地にみられる」との表現で、JA出資法人の動向に光をあてたからである。

◆JA出資法人の形成過程

多様な担い手の形成過程

 表1に示されるように、JA出資法人は90年代の市町村農業公社に代わって、00年以降、急速に地域農業の守り手としての存在感を示しはじめたことが明らかであろう。この時期にJA出資法人が改めて農業団体・農水省の両者によって注目されるようになった背景としては農業への株式会社参入問題があった。農業団体は一般株式会社の農業参入に対抗する上からも耕作放棄地解消の具体策を講じる必要性を迫られていたが、こうした課題の急迫化とJA合併が一段落したことから、00年前後からJA出資法人の設立が盛んになってきたわけである。
 他方、00年の旧基本計画が2010年の「農業構造の展望」の実現も絶望視される中で、00年以降、地域農業の現場で急速に存在意義を持ちはじめてきたJA出資法人に、農政当局が担い手問題の深刻化という事態を打開する上で一定の期待を寄せるようになったのは決して不自然なことではないであろう。
 JA出資法人自体の発展過程からみても新基本計画は特別の意義をもつことになった。それは第1に、2001年5月から山形県のJAおきたまがそれまでの1JA1出資法人という方針を転換して、広域合併農協管内の各地域に多様な類型のJA出資法人を立ち上げる方針を採択し、次々に法人を設立しはじめたのと前後して、JA伊賀北部(三重県)、JA甲賀郡(滋賀県)、JA三次(広島県)、JA香川県、J都城(宮崎県)、JA児湯(宮崎県)などが1JA複数JA出資法人設立に踏み出したからである。
 JA出資法人は各地の単協のイニシアチブで設立されてきたが、地域農業における「最後の担い手」という位置づけから1JA1法人という形で設立されるものがほとんどであった。そうでなければ既存の担い手との競合という問題が発生する可能性が常に存在していたからである。1JA複数JA出資法人化は重大な方針転換ということができるのである。
 第2に、宮崎県のJA都城が04年4月に集落経営体型のJA出資法人設立に踏み出したのを出発点として、広島県のJA三次が05年度中に10の集落営農に出資する方針を決定し(05年9月)、12月までに2集落営農に出資したり、長野県のJA上伊那も複数集落から旧市町村単位を原則として全員参加型の地区営農組合を「担い手」として育成し、これにJAが積極的に出資する方針を決定して(05年9月理事会決定)、実施に移すなど(10月には1集落営農に出資)、集落営農とJA出資法人がシンクロナイズする状況が各地に続々と生まれてきたからである。つまり、担い手問題における危機の深化は現場において、一方では集落経営体型JA出資法人とでも呼ぶべき新たな企業類型を生み出すとともに、他方ではこのことを一つの契機として、1JAに複数のJA出資法人が誕生する広範な可能性を創出し、JA出資法人の歴史に新たな1ページを開きつつあることが注目されるところであろう。

◆家族経営の危機を突破するJA出資法人

JA出資農業生産法人の諸類型(2003年実績)

 表2はこうした状況の一端を示すべく、筆者らが参加して実施したJA全中のJA出資法人全国調査結果に基づいて、今日の段階で設立されているJA出資法人の類型化を試みたものである。詳細な紹介ができないのが残念であるが、すでに多様な経営類型の法人が設立されていること(近年の新しい類型として集落経営体的法人とともにJA現業部門会社的法人が指摘される)、先発事例においては経営的にも安定した局面に入りつつあること、こうした類型化をも突破するような新たな事例が登場していること(山形県JA鶴岡のけさらんファームなど)など、実に興味深い実態が明らかになりつつある。
 JA出資法人は決して自然発生的な企業形態ではないから、JA指導部の取組姿勢といった「意識的な要素」に大きく規定されながら、各地で展開していることが特徴である。それはまた、JA指導部が地域農業の現実に対してもつ「危機意識」に大きく依存しているということでもある。日本農業の今日の危機的状況とはとりもなおさず、家族経営の危機だということを直視すれば、JA出資法人はそうした危機的状況を突破する一つの有力な道だということができるのではないだろうか。


(2006.1.10)


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