農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築く女性たちの役割

 生産者の女性たちへのメッセージ

もっと広い視野から女性農業者の要求を

評論家・作家 吉武輝子さん
装丁家・デザイナー 林 佳恵さん



 女性たちは元気だ。一方、命の糧を作る農業はおろそかにされている。女性農業者の場合、このことに「怒りを持った元気であってほしい」と吉武さん。「怒りが原点にない元気を利用されると次の世代が大変なことになる」と警鐘を鳴らす。そこには女性の力を利用した戦時中の翼賛体制を振り返る歴史観があった。そして林さんは、元気な女性たちによる直売所経営について、気持ちの通いあう“おしゃべりの場”ともなる店づくりなどを提案した。JA女性部への二人のメッセージは憲法9条や24条にも及んだ。

◆開花の機会つかんで

評論家・作家 吉武輝子 氏
よしたけ・てるこ 昭和6年兵庫県生まれ。29年慶応義塾大学文学部卒。東映宣伝部入社。41年退社、文筆活動に入る。43年婦人公論読者賞受賞。現在、中央大学講師も務める。著書には淡谷のり子など女性を主人公とした伝記ものが多い。最近作は「置き去りーサハリン残留日本女性たちの六十年」。
 林 JAの講演会で吉武さんの本の装丁をしてますとお話しすると、ここにも来ていただいたと必ずのように言われます。嬉しいですね。私の前に吉武さんがいらっしゃるって。宮城県角田市の篤農家・岸浪芳夫さんの『20世紀豊室100年の歩み』の表紙デザインをするためお宅にうかがった時も、お連れあいのミツ子さんが講演会場で求めたという吉武さんのサインとメッセージ入りの本を見せて下さいました。『老いては子に逆う』(海竜社)です。平和と人権の吉武さんは農村部でどんなお話をされるのでしょうか。

 吉武 とりたてて農村部向けのお話をしているわけではなく、どこにでも通用するような人権などの話をしています。
 人間には誰にでも持って生まれた個別的な能力才能がありますが、昔は男女の役割分担がとくに農村なんかでははっきりしていたために「男らしくない」とか「女のくせに」とかいわれて能力才能の“在庫品”を死蔵したまま人生五十年を終える人が多かったのです。
 しかし今は人生九十年。寿命が伸びたのですから、自分の気づかなかった才能を見つけ出して開花させるべきです。そういう時代にめぐり合わせたすばらしさを認識し直さないといけないんじゃないかと思う――そんな話をしています。
 私は63歳で俳句を始め、64歳で大学で教え始め、69歳で歌手デビュー、そして73歳でハンドベル奏者を志しました。むしろ60歳以降がほんとの人間の時代なんだよね――といったようなこともしゃべっています。
 夫の母は12人の男子を産み、3人は死産でしたが、9人を育て上げ「私には子育てしか能がないのよ」といっていましたが、私は能力がないのではなく、能力にめぐり合う機会を奪われていただけだと思います。
 つけ加えると、義母は息子の嫁たちに優しい人で「私は姑にいやな思いをさせられ続けた、自分がいやだと思ったことは後輩にしない」といっていました。
 とにかく能力才能を開花させる機会を恐れないでどんどん自分のものにしていくべきです。

◆女にやさしい女こそ

装丁家・デザイナー 林 佳恵 氏
はやし・よしえ 昭和25年富山県生まれ。夫とともに出版社設立。離婚後、子育てをしながら装丁、デザインを。日本テレビ「笑点暦」の企画、デザインは23年目に。庄内、横手市で街おこしプロデュースも。著書「こどもにできる地球にやさしい24時間」はロングセラー。4月にきものの本としては2冊目を文化出版局より出版。
  今のお話で、先ほどのご本のサインにそえられている「ミツ子さんへ 女にやさしい女こそ」の言葉も納得です。姓ではなく名前で呼びかけられている点もさすが。○○家ではなくその人個人が立ってきます。私もこれからはそのように。地域と地域を結ぶツアーを企画したことがあります。庄内へ茨城県稲敷郡の方々を。好評だったのは直売所巡り。私の出張先でのお土産の調達も直売所です。友人たちに大好評。吉武さんは食べ物にどんなこだわり方をされてますか。

 吉武  例えばサトイモは福井から、露地トマトは高知からの直送です。しかし高知の場合、付き合い始めた20年前、その産地集落には13軒のトマト生産者がいましたが、今はわずか4軒に減りました。後継者がいないため60代が中心だとのことです。
 それにつけても私は、食べ物づくりは女性が継承していくものものじゃないかとの思いを年々強くしています。もともと女性には命を継承しうる能力があります。農作物もまた命のもとです。ただ食べればよいなどというものではない。農作物は自然に恵まれて生きているんだということを感じさせます。そうしたやさしさやエネルギーを与えてくれます。命の継承が農業の基本ではないかと思っています。

  農業は単に食料を供給するだけのものじゃないというわけですね。

◆男性指向の日本農政

 吉武 男性たちが基本を忘れてきた年月が長過ぎたともいえます。機械や化学肥料や農薬を多用し、大きいことはいいことだという考え方に走りました。
 命をないがしろにする食べ物づくりに最初に気づいたのは、命を産む生理を内蔵させた女性、妊婦です。農薬による流産もありましたし…。

  食の安全性を軽んじる農業は、食べる人の顔が見えていないのですね。

 吉武 太古には男は狩猟、女は農耕の分業だったなどと昔々に教わりましたが、現代では、日本の農政のあり方は男性指向に偏っていますね。

  表面的な数字を上げることのみに執着すると一番大切なものを見失いますね。家族に安心で美味しいものを、の延長線に直売所があります。庄内ツアーへも参加し、後、直売所を立ちあげた「清涼風の会」の根本千枝さんは、直売所へ行くと元気が出るとおっしゃいます。でも、皆さん多忙で気になるのは女性の健康です。腰を痛めている方が多い。家事、育児、介護の負担はほとんど妻…。

 吉武 兼業農家が多いから、男は外へ働きに出かけ、農業は妻任せの部分が多いですね。
 安全安心な農産物づくりの話をしますと、長野県に自然農法の研究にとても熱心な60歳くらいの農業女性がいて、試作の米や野菜をよく送ってくれます。
 私はすぐに味見をして電話で感想を伝えますが、生産者と消費者がこのように命というものを固い糸にしてつながっていくネットワークづくりをしていけば農業のあり方も根本的に変わっていくのかなと思います。

  消費者の顔が見える農業というわけですね。

 吉武 顔が見えると算盤だけでやる農業のおぞましさにだんだん気づいてくるのだと思います。彼女もそういっています。

◆じかに消費者の声を

   私は仲良くしている農家からお米をいただいておりますが、届いた荷に思いがけない野菜のプレゼントが添えられていたりします。うれしいですね。さっそくパーティを開き、参加者全員に受話機を回して農家にお礼や味の感想を伝えたりします。
 直売所を売り手と買い手が野菜や加工品の作り方や安全安心について気軽におしゃべりできる場にすればよいと考えます。スーパーでは黙々と選んでレジに並ぶだけですものね。農業グループに招かれた場合など、私は売買の場だけではない楽しくなる直売所づくりの提案をしています。
 また加工品の場合、各農家それぞれに好みの作り方がありますから、その違いを袋に明示。買い手にわかりやすくして、出荷者同士の競合を避けるなどのアドバイスをしています。

 吉武 話は変わりますが、命を継承する農業にしていくことは、フルマラソンではできない、駅伝だと思います。それぞれの走り方の違いを認め合ってタスキを渡せば後は、次の走者に任せます。一人では完結できません。
 そこには度量が必要ですが、JA女性部のみなさんと話をしていると、その懐が深くなっている感じがします。それはつらいことや苦しいことを乗り越えて、継承はフルマラソンではないんだということに気づいた人間のやさしさや英知だと思います。

◆男たちを変える集団

 吉武 私は田畑を耕す女性の集まりであるJA女性部は、人間の潜在的能力をお互いに耕す組織でもあると思います。また日本の女性特有の謙譲の美徳から解き放たれて“やればやれる”という自信を持った人が増えれば男たちも変わっていきます。そんな力を持った集団でもあるといえるのではないかと思います。
 もう一つは国に対して、しっかりと要求は出していってよいと思うのです。例えば年金です。
 それから例えば自分の夫が死んだ後、そのご両親の介護まで引き受けさせられている方がたくさんいます。しかし嫁には遺産相続権がありません。だから自分の耕した農地に愛着を持って婚家にずっといたいと思うのなら「養女になりましょう」「養子縁組をしましょう」と私は提唱しています。
 これは算盤づくの話ではなく人間は豊かな老いを設計できない限り人にやさしい懐の深い人間になれないからです。だからしっかりと権利意識を持って国と契約していくことを真剣に考えてほしいと思います。

  憲法24条の両性の平等、男女同権を実生活で具体的に実現するということですね。

◆開いてくる貧富の差

 吉武 私は戦中に女にやさしくない女をたくさん見て育ったため戦後の新憲法で24条に一番感動しました。男女平等がいわれますが、本当に大切なのは個人の尊厳の保障です。それまでは個人の尊厳を主張する者は非国民とされ、家の制度がそれを抑圧していましたからね。だから24条があってこそ9条があるとも考えています。
 軍事大国になると貧富の差が激しく出ます。戦前の貧の旗頭は農村で、そのため満蒙開拓団をはじめブラジルやサハリンへと移民が大量に出て行き、そして日本は大戦に突入しました。
 今も一握りの勝ち組と、それを支える大量の負け組がいて、貧富の差が開いています。しかし今の経済体制では農村の人たちは勝ち組にはなれません。
 そして第二の棄民が問題化しています。だから女性たちが食料を作り、ほんとうに命を継承していくためには、その底辺にある平和というものを断固として譲らないことが必要です。
 そういうことをいい続けられるのはやはりJA女性部です。サラリーマンがそれをいえばクビになる場合もあるからです。

  今、実績を積み上げて元気なのは女性たち。横に手をつないで、見過ごしてきた問題に光をあて、根を掘り起こす時期なのですね。こぶしを下へ向けるのではなく上に。目指すは命を尊ぶやさしい社会です。

・「置き去り―サハリン残留日本女性たちの六十年」吉武輝子(海竜社、装丁・林佳恵)
・「風の中のアリア―戦後農村女性史」大金義昭(ドメス出版、装丁・林佳恵)
 『置き去り』のサブタイトルは「サハリン残留日本女性たちの六十年」。歴史に翻弄され、辛酸を嘗めつくし、歴史の闇に埋もれさせられた女性たちに、はじめて光をあてられました。「歴史」という言葉には、責任を問う先を不鮮明にする危険な落とし穴があります。「戦争の後始末はいつまでたっても絶対できない。戦争のツケは立場の弱い人間により大きく重く回される」著者渾身のドキュメント。『風の中のアリア―戦後農村女性史』は女性たちが日々の思いを綴った手記や作品に激動の戦後史を重ねた力作。何を喜びとし、何に泣いてきたか、力強い活動の芽吹きまで。両著とも涙のそばに寄り添いながら、明日を拓く。

「置き去り―サハリン残留日本女性たちの六十年
風の中のアリア―戦後農村女性史

(2006.1.26)



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