農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 生産者と消費者の架け橋を築くJA青年部の役割

座談会
「共生」をキーワードに進めるJAの担い手づくり
集落での徹底した話し合いで地域の未来の担い手を「発掘」する

出席者
行武 美徳氏  (JA筑前あさくら担い手課アドバイザー)
冨士 重夫氏  (JA全中基本農政対策部長)
谷口 信和氏  (東京大学大学院教授)


 今、各地で19年からの政策転換向けて経営安定対策の対象となる担い手育成をめざした話し合いと集落組織づくりが進められている。その際、現場でしばしば聞かれるのが集落営農か、個別経営か、の選択だ。なかには地域で対立的に捉えられてしまっている例も聞く。  しかし、地域農業の未来を考えるならば実態に合わせて「共生」の観点での担い手育成が大切だ。そのときJAの役割が重要になる。座談会では、集落の合意形成を促すと同時に農地全体の利用調整機能の発揮もJAに求められることなどが強調された。

求められるのは水田農業全体を見据えた集落営農づくり
知恵を出し合って生産、加工、販売までのプランを描こう

◆売れる米づくりへの意識転換を急げ

行武 美徳氏
ゆくたけ・よしのり 昭和23年生まれ。福岡県立朝倉東高卒。昭和42年株式会社福岡玉屋、53年夜須農業協同組合入組、平成14年「生産調整に関する専門委員会」委員、17年地域振興対策事務局、同年担い手課アドバイザー。
  谷口 今日は「共生をキーワードに進めるJAの担い手づくり」をテーマに話し合っていきたいと思います。最初に行武さんから現場での実践状況についてお話いただけますか。

 行武 平成8年から営農関係の部署で仕事をしていますが、ライス事業課ができたときに初代の課長になりました。
 当時、米の売り方というのは、売るというよりも連合会からのオーダーを処理するというのが普通でした。それではいけないと、当時の副組合長が私を連れてトップセールスに米販売担当者として同行をはじめたわけです。そのときに初めて、大阪の卸からサイロ単位の販売契約をしてもらいました。それを契機にJAとしての販売が一気に進んでいったわけです。もちろんJA単独でなく、県連合会との二人三脚のとりくみで、現在はサイロ単位ではなく、カントリー・エレベーターなど施設単位で丸ごと販売できるまでになっています。
 実は私は農協に入る前はデパートに勤めていて売り場に立っていたんですね。ですから当時のJA米販売は連合会任せがほとんどでしたので、よくそんな生ぬるいことができるなとびっくりしました。生産者が大事に育てた米を、自分は汗をかかずに、人任せですからね。そういうこともあって、きちんと売り先を見つけようということに取り組んだわけです。
 とくに今の米政策改革は、売れ残してもいけない、作りすぎてもいけない、というとんでもない政策なんですね(笑)。ですから、やはりきっちりお客様を見つけて要望にあった米を売る、これが営業のスタイルだと思いました。
 そして今は、できたものをどう売るかではなく、来年の米はどういう米を作ればいいか、網目はどうするのかなどをお客様と話し合い、来年、どれだけ買っていただけるのかを生産目標数量配分後、JAへの集荷予測を見通し交渉しています。実際に、今はすでに18年産の営業をしているところです。

◆政策の理解促進が現場の課題

冨士 重夫氏
ふじ・しげお 昭和28年生まれ。中央大学法学部法律学科卒。52年全国農業協同組合中央会入会、平成5年農政部畜産園芸課長、10年農業基本対策部次長、13年食料農業対策部長、15年農政部長、現在に至る。
 谷口 担い手づくりについてはどうですか。

 行武 経営安定対策については、私自身、これまでに30回ほどの集落説明をしてきました。しかし、ほとんどの人がまったく分かっていません。認定農業者などごく一部の人だけですね。分かっているのは。多くの人の口から出てくる言葉は、今までどおりすればいいんだろう、というものです。17年7月前後の第1回目説明から今年になって2回目の説明でようやく理解されてきたかなという感じです。
 今は、集落営農の組織づくりのために集落を回っているところですが、お願いしているのは認定農業者と集落の人たちときちんとした話し合いをしてくださいということです。それと、大事なことは認定農業者がその地域を担っていくんですから、あちこちに散らばっている農地が集約されるように話し合ってくださいということです。これをやらないと集落営農組織も認定農業者もお互いに農業がしづらくなりますよ、と。
 ポジティブリスト制の実施で農薬のドリフト問題も出てくるわけですから、いろいろな作物が入り交じるような農地利用は整理していかなくてはならないということですね。

◆経営ができなければ集落営農ありえない

谷口 信和氏
たにぐち・のぶかず 昭和23年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。名古屋大学経済学部助手、愛知学院大学商学部助教授を経て、平成6年から東京大学大学院農学生命科学研究科教授。
 行武 それからもう一つ強調しているのが、集落営農といえどもこれは経営だ、ということです。経営ができなければ集落営農ではあり得ません、と。そして集落営農をしながら、そのなかから次の担い手を発掘するということですよ、ということも言っています。つまり、集落営農が未来永劫残るのではなくて、次の担い手、経営者をきちんと見つけだすということをJAとしても方針にしているということです。
 また、機械利用組合は約100ありますが、そのオペレーター集団が今度の経営安定対策で言う本当の担い手になるのではないかと感じています。実際に機械利用組合があるところは本当に話が早いんですね。既存の組織を使えばいい、とすぐにまとまる。昨日もある機械利用組合で説明したのですが、1時間半の話し合いで、設立準備の役員を決めるところまで話が進み、要件を満たすよう動きはじめました。すごい地域もあるものだなと思いました。
 それから朝倉町という万能ネギの産地があるんですが、そこは全体の面積も小さく、ネギで転作してきましたから麦の生産は少ないんですね。こういう地域では経営安定対策の話をしても、麦、大豆のことだと思われてしまいますから、私としては米の面積も含めて担い手要件を満たす集落営農づくりを働きかけています。
 JAとしては、昨年の12月に担い手課を設置して、9人の職員が配置され5人は専従で担当地区を決めて張りつけています。地区のとりまとめは、旧行政単位に地区長がいますのでそこが統括し、その下に支店長がいて自分のエリアを統括するという体制ですし、地区の理事にも関わってもらい集落座談会には都合がつく限りは出席してもらっています。
 こういう体制で全集落訪問し3月末までに方向を決めてもらい、その後の2か月間で組織をきちんと立ち上げることを目標にしています。なぜ、そこまでするのかという声もありますが、麦の播種前契約がありますから、少なくとも6月末までには組織の立ち上げが必要だと考えているわけです。

◆JA事業の意識改革も焦点

 谷口 それでは次に冨士部長から全国的な取り組み状況についてお話しいただけますか。

 冨士 今回の政策は農政の大転換といわれますが、まずどこが大転換なのかをしっかり抑えておく必要があると思います。
 ひとつは、同じ麦、大豆を作っても助成金がもらえる人と、もらえない人が出るという格差が生じるということです。集落のなかでも格差が出ることになりかねない。
 今度の直接支払い制度は経営体、組織体に着目して支払われるということです。それは農業構造改革の問題も絡んでいて、第二種兼業農家が転作で麦、大豆を少し作っても助成金がもらえるということではなく、結局、兼業農家も巻き込んだ新しい組織体を地域でつくらなければ前に進めなくなるということです。そういう意味では今まで遅々として進まなかった構造問題の大きな転機になる政策転換だということです。
 ふたつめはJAの事業に対して大変な大転換を迫るということだと思います。
 とくに麦、大豆は手取り価格のうちの3分の2が助成金ですね。今、麦は1俵9000円の手取りのうち、品代としては2000円程度です。そうなると麦の乾燥調製代と流通コストをあわせれば2000円を超えてしまいますから、品代がゼロではないか、という衝撃的な事態なわけです。一方、直接支払いのお金は農家の口座に直接入りますから、JAはそこにはすぐには手をつけられない。
 ですから、生産資材などの購買品に対する供給代金をどうするのか、決済サイトが変更できなければ運転資金を融資する仕組みをつくるのか、といったJAの購買販売事業、信用事業まで含めて事業方式を改革していかないとJAは運営していけないということになる。
 JAの事業運営に意識転換が迫られますし、それが結局、組合員組織のあり方、組織運営のあり方という問題にも当然つながってくるのだと思います。

◆水田農業ビジョンとセットで推進を

 冨士 こういうなかで担い手づくりへの取り組みを進めていますが、この時期は「冬の陣」と位置づけて、推進体制をつくり、地域で合意形成づくりを進めていこうということです。行武さんがうまく表現されましたが、まさに集落の将来の絵姿を描きながら、誰が、どういう組織が担っていくのか、発掘する、ということだと思いますね。
 しかも米の生産数量をどうするのか、麦、大豆はどう作るのかという集落水田農業ビジョンとセットで話し合い、合意形成をしてほしいということです。
 全中では2月に調査をしていますが、県中央会や農業会議などと連携して担い手育成の推進体制のワンフロアー化をめざしているのが、12県あります。そのほか、何らかの形で連携していこうとしているのが33県です。それから県段階なりJAグループ独自で担い手に対する支援事業を立ち上げようとしているのが33県ということです。
 ですからそれなりに取り組みは進んでいると思いますが、まだ大多数は農政転換に向けて生産者、組合員の意識改革に一生懸命取り組んでいる段階だと思いますね。
 また、JA筑前あさくらのように以前からの取り組みがベースにあったところと、まったく取り組みがなかった地域では格差が出ているのではないかという点も少し心配ですね。

◆「担い手」育成は転作組織づくりではない

 谷口 ところで、米については生産条件格差是正対策の直接支払いの対象品目ではありませんね。ですから、今回の経営安定対策は麦、大豆の話だという受け止め方もされています。しかし、WTO農業交渉のモダリティ合意の内容によっては米も対象になる可能性もなくはない。現場では麦、大豆の助成金を受け取るための対策という誤解もあるようですが、実は米も含めた水田農業全体のビジョンを作るなかで担い手をどう育成するかを考えていかなければならないわけですね。その点、全中はどうお考えですか。

 冨士 今回の経営安定対策は全体としては米も対象品目になっています。ただし、当面は、国際的に格差が顕在化している麦、大豆などに対して品目横断的に直接支払いをします、ということですね。つまり、米については価格変動による収入影響緩和対策だけということですが、しかし、米も国際的な格差が顕在化してくれば当然、直接支払いの枠組みに入りますよ、ということです。
 それから、集落営農を担い手として認めるときに、転作の受託組織も認めてくれという議論になり、当面、麦、大豆で地域の転作面積の過半を受託していることが担い手要件の特例として認められました。
 しかし、私もよく強調しているんですが、これは当面なんですよ、ということです。ですから、将来的には米も取り込んだ集落営農組織、協業組織をめざすということにしないとやはり米も含めたコストを下げるということにはならないので、そこを念頭に置いた話し合いの推進が必要だと思います。

 谷口 ところで先ほど行武さんから6月末までに集落組織づくりを終えるという話がありましたが、スケジュールとして全国レベルではどう考えていますか。

 冨士 いちばん急ぐのは麦生産のための組織づくりですね。麦はこれまで5〜6月に出荷契約をして播種前から実需者との結びつきをするわけですから。今、それをぎりぎり8月ぐらいまでに遅らせることが可能がどうかを検討していますが、ずれ込んだにしてもやはり7月から8月までには組織づくりを固めておかなくてはなりません。

◆直接支払いの基準づくりに課題山積

 谷口 生産者のみなさんの理解はどうですか。

 行武 麦の問題でいえば、ビール麦は今も交付金の対象外なんですね。そこで問題になるのが、九州は収穫期に雨が非常に多く品質が劣化して、二条大麦がビール麦に合格しなくまったく引き取ってもらえない年もあるんですね。そうなると1俵1500円になってしまう。交付金の対象になっていませんし、しかも、農業共済では品質低下は補償対象になっていませんから保険的な仕組みもない。
 そこでこのことを理解した生産者はもうビール麦の作付けはやめると言い出した。ところが、今回の対策に向けてそれ以外の作物を作るといっても、過去の作付け実績はないわけですから、直接支払いは受けられないわけですよ。
 そうなるとビール麦の生産をするためには政策的な仕組みが必要ですし、あるいは生産者が拠出する「とも補償」でもなければ国産のビール麦はなくなってしまうのではないかと心配しています。

 冨士 その問題は、今、交渉しているところです。ビール麦は今まで政府買い入れ麦価を念頭に置きながら民間で価格形成してきたわけですが、それは麦芽の輸入枠割当とセットでビール会社に価格担保してもらってきたということです。今度は麦の政府買い入れがなくなってしまうわけですが、これまでと同じように価格が担保できるように交渉しているところです。
 行武 もうひとつ集落の話し合いの中で問題となっているのが、今後はきちんと麦を作りたいと思っても過去の生産実績がないと助成されないわけですし、過去の実績といってもそれが固定されてしまえば、麦作はじり貧になるだけではないかということです。
 大豆についても、米が売れる産地は大豆の実績の面積が確保されますが、売れない産地はどうなるのか。また、いずれ米の生産は減少していきますから、米に代わる作物として大豆を拡大していくほかないですが、過去の生産実績がなければ生産拡大しても助成されないわけですね。じゃあ、野菜を作ろう、と県内の産地がみな野菜をつくり始めたら今度は野菜価格が暴落すると思います。つまり、米をきちんと作っているから野菜の価格も維持されているわけです。
 ですから、米が減って代わりに大豆を作る場合、生産実績の面積カウントは、単に固定した過去の実績でみるのではなく生産拡大とスライドさせるような形でなければ厳しいと思いますね。

◆現場の矛盾をどう解決するか

 冨士 まさに指摘された問題は各産地から出ていまして、この7月に品目横断的対策の具体的な単価を決めるときの最大の論点になりますね。
 ひとつは、10アールあたり麦では4万円、大豆3万円という支援水準の試算値が出ていますが、これを面積支払いと数量支払いとにどのくらいの割合で分けるかです。農水省は7対3ではないかと言っています。つまり、「緑」の政策である面積支払い割合を7割とするということですが、その具体的な割合は7月に決めます。
 そこで問題になるのが面積支払いの実績基準をどうするかです。数量支払い部分については、19年であれ20年であれその年、その年の担い手が出荷した数量に支払われるわけですね。

 谷口 生産量とリンクした支払いになるということですね。

 冨士 そうです。問題は面積支払いの基準となる過去の実績の出し方です。
 いくつか問題がありますが、たとえば過去3年の実績を平均するという考え方があります。その場合、15年から17年の3年か、16年から18年か、という問題がある。地域によってこれまでの取り組みに差がありますから意見もいろいろです。しかし、地域ごとにばらばらの基準にするわけにはいかないので、どの3年にするかということがひとつの問題です。
 また、3年にしたとしても単純に平均してしまうのか、ということも問題です。生産量が徐々に減っている人と増えている人がありますが、増えている人からすれば単純平均では、当該年の生産実績に見合う助成金額には不足するわけですね。一方、減っていっている人にとっては逆に実際の生産量より多くの助成額になってしまう。そこで地域での調整ルールも必要ではないかと考えているところです。

◆規模拡大を支援する施策となるか

 冨士 次の問題は規模拡大です。
 これにはふたつの問題があります。ひとつは他の人の過去の実績のうち、麦、大豆面積を引き受けるというかたちでの規模拡大であれば、その分、直接支払いは増えるということになるわけですね。
 しかし、野菜で転作していた人の転作面積を、自分は麦、大豆で引き受けたいといっても、それには過去の麦、大豆の実績がないということになってしまうという問題があります。われわれはここが大問題だといっているわけです。
 野菜やソバ、飼料作物などを作っていた面積が担い手に集積しても、麦、大豆の実績ではないから直接支払いの助成はない。「緑の政策」にする以上は、現在の生産にリンクしないということですから、これは政策の根幹に関わることです。しかし、ここに何か手だてを打たないと生産者はやっていけません。先ほどから議論になっているように米の生産量は落ちていくわけで、それに代わるものは麦、大豆が大宗を占めるわけですからね。何も対策がないとなると、もう転作はやらない、米を作る、となりかねませんから、そうなれば米の需給均衡は崩れます。
 同じような問題に生産調整の拡大もあります。
 10ヘクタールのうち今まで4ヘクタールを転作していたのに、今度は5ヘクタールになったとします。しかし、この1ヘクタール分は対象にはならない。全体の規模は変わらないのに受け取れる額は減る。経営規模は拡大しなくても、転作によって麦、大豆の拡大を迫られた、こういうケースを自己拡大分といってますが、それは「緑の政策」の対象にならないという問題があるわけですね。これらの点をどうしていくのか、この夏の争点になっていくと考えています。

 谷口 こうした問題が起きるのは、麦、大豆という極めて限定した品目で対策を仕組んでいるからで、水田農業全体に対してどうするのかという戦略がないことが問題ですね。

 冨士 ただ、ソバやホールクロップサイレイージはこの経営安定対策では対象ではありませんが、産地づくり交付金のなかでは助成金が出ています。この交付金がなくなるわけではありませんから、そこは産地づくり交付金から引き続き出せるという仕組みはあります。

 谷口 その産地づくり交付金は、21年度まではありますが、その先ははっきりしないという不安があると思います。

 冨士 そうです。どこがどう変わるのか、転作面積は確実に増えていくわけですから金額が担保できるのかといった不安です。
 それから先ほどの転作の自己拡大分が支払い対象にならない問題ですが、それは何年間、固定されるものなのかという問題とも関係します。3年なら何とかなっても5年間も固定されたらどうなるのか。普通、直接支払いの固定期間は長ければ長いほうが安定すると考えられますが、そう単純ではないわけです。それらをうまく整理できないと大変なことになると思います。

◆農地利用調整への取り組みに期待高まる

 谷口 さて、話題を担い手問題に移したいと思います。今日のテーマは共生ということですが、集落営農と個別経営との間でぶつかりあいがないわけでもないと聞いています。この問題についてJAではどう努力されていますか。

 行武 やはり集落営農があまり固まってしまうと、大規模農家に貸していた農地を期限が来たら返してくれということが起きないかという不安があります。だから、よく集落のなかで話し合いをしてくださいと盛んに言っているわけです。
 せっかく規模拡大して担い手農家になったのに、ただの農家に戻ってしまうのではないかという懸念から、大規模農家からは、これが本当の政策ですか、農協は農地はがしをするんですか、と言われたことがあります。
 私たちとしては、担い手の方々が営農しやすくなるように支援をしていくということですから、そのためには農協や行政が一体となって、やはり農地銀行などをつくって一度全部農地を預け、手上げ方式で農地を再分配するという仕組みをつくらなければならないと考えています。なかなか地主の方には理解してもらえないのですが、一部の地区では農地銀行を立ちあげて実行するようにしています。
 それからJA出資法人の設立も検討しています。ただそのときに、条件の悪い農地ばかり集まってくるのではないかという心配もありますね。

 冨士 やはり地域の共生のため、JAがどういう役割を果たすのか、なかでも農地の利用調整に果たす役割は大きいと思いますね。よくあるのが農家どうしで農地の貸し借りをするのは手続きも複雑だから、その代わりにJAが調整をするということですが、地域全体の、認定農業者と集落営農の農地の利用調整を考えるということが大事だと思います。
 ときどき集落営農組織づくりに批判的な人が、あれは小さな農協をつくるようなものでいずれ購買も販売も自分たちでやって農協から離れていくのではないか、といいます。しかし、そうではなくてJAの事業との接点をどう仕組んでおくかが大事で、たとえば農機のリースもそうでしょうが、個別経営との間の農地の利用調整というのはまさに非常に重要な接点だということになる。ですから、集落営農も個別経営も敵対するものではなく、JAがどうそれらを共生できるようにするかを考えることが大事です。

◆地域全体の共生の視点で計画つくる

 谷口 先ほどJA出資法人を立ち上げる場合、どうしても条件の悪い農地ばかりが集まるという話でしたが、ただ、逆に言えば条件の悪い農地だからこそJA出資法人が引き受けなければならないという面もあると思います。
 そのときに何が大事かというと、引き受けるか引き受けないかということではなく、条件をつけて引き受ける、ということだと思います。賃借料を下げるとか、あまりに条件が悪ければきちん土地改良しましょうといった問題提起をしながら、どうするかを検討すべきでしょう。もちろんまったく赤字になるような農地ばかりを引き受けるのでは法人として長続きしません。だからこそ問題提起すべきだということです。条件が悪いから引き受けないというのは正しい選択ではないのではないか。引き受けるとすればどういう条件があり得るかという議論をするほうが生産的だと思いますね。

 行武 そうですね。たとえば中山間地域の農地を引き受けるときにも、ここの売りは何か、つまり、特産品は何かということをJAとしてもきちんとプランニングして引き受けることが大事で、単純に農地を預かるだけでは逆に産地をつぶすだけだと思います。

 谷口 中山間地域の話が出ましたが、今回の担い手づくりでは平場地域と違って問題も多いと思いますがどうでしょうか。

 冨士 条件的には不利な地域でいろいろな問題を抱えていると思いますが、中山間地域直接支払い制度があったことが集落での合意形成の地ならしになった面もあって、組織づくりがかえって進んでいる地域もあります。
 問題は中身ですね。マイナスをプラスにする発想が大事だと思います。越冬キャベツのようにほ場で越冬させることで甘みが出て小粒だけど高く売れるとか、中山間地域でもさまざまな条件、北限だとか南限だとか、寒暖の差といった自分たちに与えられた条件をマイナスと思わないでプラスに捉えて作る作物を考えていくことも大切だと思います。

 行武 JAがそれを発掘してあげることが大事かと思います。それと中山間地域では、おいしい米はできますが、転作などはできっこない地域もありますね。そういう地域には、農家に対してどれだけ米を生産するか自己申告してもらって、数量が増えた分はJA管内で調整しています。平場で転作面積を引き受けるということですね。こういう工夫も必要でしょう。

 冨士 自分たちの置かれた状況のなかでの知恵の出し合いですね。

 行武 営農指導も発想を変えなければなりません。良いものをたくさんつくれば売れるという時代はとうに終わっていますから。ただ、JAにはまだまだマーケットリーサーチしなくても済むという考えもある。

◆多様な流通ヒントに産地のセールスポイント見つける

 冨士 マーケティングというのも卸や仲卸とむすびつくということだけではなく、流通チャネルは非常に多様ですから、ファーマーズ・マーケットで直接エンドユーザーにつながることもできるわけですし、漬け物、豆腐など加工品を販売していくことでアイテムを増やすこともできます。いろいろな流通チャネルを使った商品開発もできると思いますから、売り方も含めて知恵の出し合いだということです。

 谷口 日本ではいいレストランがあると、必ずチェーン展開しますね。チェーン展開すると必ずレベルが下がります(笑)。そうするとまた新しい店が評判になりますが、そこは一軒しかないということもあります。
 それは逆に言うとそれほど大規模ではない流通形態、消費形態であっても消費者に納得してもらえるということです。農業の分野で今その時代がきたのかなと思いますね。地産地消というのはそのことを表しているわけで、一時的なものではなくて長期的なものとして捉え直さなくてはならないと思いますし、そういう意味では可能性が広がっている。そこに気づくかどうかです。

◆米政策全体の検証も担い手育成に不可欠

 谷口 さて、担い手づくりについて気になるのは組織の立ち上げは実は今年だけではなくて、来年でもいいということです。というのも実体がないのに無理して組織を作り上げて壊してしまうよりも、じっくりと時間をかけて作り上げたほうがいい。そこをどうも現場では混同しているようにも思いますがどうですか。

 冨士 確かに麦は播種前契約がありますから、急がなければなりませんが、それも経営安定対策に加入します、と手を上げるための組織体をつくってくださいということです。そこから先はどう組織を運営するかなどはまだじっくり考える時間はあります。

 行武 とりあえず麦、大豆のための組織づくりということだと思いますが、米まで含んだ組織づくりになると、今の稲作所得基盤確保対策が今後、どうなるのかが見えてこないと進まない面もあると思います。

 冨士 稲得の扱いをどうするかという問題もありますが、米政策全体の検証の問題もあります。
 国は19年から新しい需給調整システムに移ることだけが検討課題だとしていますが、産地づくり交付金、稲得、豊作時の集荷円滑化対策、これらがどう機能していて、今の枠組みで大丈夫なのか、そうではなくてもっと補正したり強化しなければ稲作がもたないのか、それをきちんと点検したうえでないと稲作自身がガタガタになってしまう。さらにWTOもあるわけですから。ここは米政策がどう補正、強化されるのか見ておく必要があるし、われわれとしてもきちんと要求していかなければならないと思っています。

 行武 これまではきちんと法律になった政策、制度があって、現場はそれに基づいて取り組みを進めてきたわけですが、今は国から示された情報をもとに現場での取り組みをしているわけです。われわれは霧のなかをむやみに走っているような状態で、霧が晴れたら赤信号だったというのでは困りますよ、と私は言っているんですよ。いろいろな形で集落営農を組み立ててきたのに、それは認められないということでは、何だったのかということになる。

 谷口 今日の議論でもそうですが、今度の経営安定対策に向けた担い手づくりか、産地づくり交付金の検証か、ということが現場では一緒になって行われていますね。これらは分けられるものではなく、同時にやらなければならないという構図になっているわけです。国の政策に望むことは何でしょうか。

 行武 早くきちんと要件を明確にしてほしいということですね。われわれも農家に質問されても答えられないわけです。しかし、現場ではそれでは済みませんし、混乱することになる。この先、自分たちはどうなるのかという不安が今の農家の偽らざる心境だと思います。

 冨士 まさにその通りだと思いますね。ただ、これには国会の審議の問題もあります。
 JAにとっての問題としては、今回の政策の直接支払いは農家が指定した口座に支払われるわですから、農家がJAを指定してくれなければJAには入ってこないということです。そういう意味で、まさに農家に選択されるJAになるように役割を果たしていかなければ選ばれないわけです。組合員と緊張感のある関係になるわけですから、そこをお互い認識したうえでお互いにいい関係をつくりあげていくチャンスです。

 谷口 現場では困難もあり、いろいろ解かなければならない問題もあると思いますが、たぶんこれを解くことが日本の農業と農村に求められている最後のチャンスに近い重要な時期に差しかかっていることだけは間違いないと思います。英知を結集して難局を乗り切っていただきたいと思います。今日はありがとうございました。

ゆっくり急がねばならない担い手育成対策
東京大学大学院教授 谷口信和

◆目標のおきかた次第で人生の評価は変わる

 先日、「観光農園による地域づくり・観光振興のカリスマ」(国土交通省「観光カリスマ百選」)に選ばれている福田興次氏(熊本県水俣市湯の児スペイン村)の素晴らしい話を聞く機会があった。その中のひとつ。もとはイソップ寓話が題材だが、これを四話に発展させたものである(一部は筆者の脚色)。
 第一話:ウサギとカメが競走をする。ウサギがゴール途中にあった木の切り株で昼寝したため、休まずに歩き続けたカメに負けた(実力がなくとも努力すれば報われる)。
 第二話:今度はゴールが遠くなった。昼寝から覚めたウサギは歩みの遅いカメを楽々と追い抜いて勝利を手にした(やっぱり努力ではなく実力がものをいう)。
 第三話:しかし、次にゴールが川の向こう岸となった。ウサギは川岸までは早くたどり着いたのだが、向こう岸には渡れない。遅れて着いたカメは難なく川を泳いで渡り、勝利した(ゴール=目標が変わると、走る能力ではなく泳ぐ能力が意味をもつ)。
 第四話:今度はゴールが向こう岸から遙かに遠い彼方になった。カメも単独では容易にゴールにたどり着けない。そこで、こちら岸の陸路ではウサギがカメを背中に乗せて川岸までたどり着いた。川はカメがウサギを背中に乗せて泳ぎ切った。向こう岸に着くと再びウサギがカメを背中に乗せて、一緒にゴールインした(最後は競走ではなく、共走=協力こそが最も遠くの目標に到達できる)。
 この話のすごいところは様々なバリエーションと様々な解釈が可能だということである。ここでは目標をどこに置くかによって「勝利の基準」が大きく変わる点に注目したい。

◆担い手づくりに求められる短期・長期の視点

 今、全国の水田農業の現場では六月末を目指して担い手づくりをめぐる議論が徐々に熱を帯びてきた。とくに、今秋に播種する麦については実需者との播種前契約が七月に締結されることから、これまでの認定農業者や集落型経営体は問題がないとしても、転作の重要な部分を担っている集落の転作受託組織が新たな品目横断的対策の対象者になれるか否かが成約のカギを握ることになるからである。
 したがって、冨士部長の発言の通り、当面最も急がれる担い手の組織化は転作麦の受託組織であり、その担い手要件の達成ということになろう(短期の視点)。その際、転作受託組織の作付は麦だけでなく大豆との二作だったりするわけだから、中期的には転作全体を展望した受託組織の育成・担い手要件達成が課題となってくるといってよい。
 ところで、米政策改革で認知された集落型経営体の規模要件は水田経営面積20haだった(中山間地域は特例で10ha)。昨年三月の基本計画では集落営農も品目横断的対策の対象者だと認知されたが、規模要件の提示は十月の「経営所得安定対策等大綱」に先送りされた。大綱では、(1)規模要件となる面積の基準が水田だけでなく、畑も含まれることになった、(2)集落営農のうち、地域の生産調整面積の過半を担う転作受託組織が初めて担い手として認知されるとともに、農地利用の集積要件が1/2に引き下げられ、10ha(中山間は5ha)とされた、(3)また、面積には経営面積だけでなく、作業受託面積がカウントされることになった、(4)さらに、転作受託組織では生産調整率を考慮して、下限面積が7ha(中山間は4ha)にまで引き下げられた、という具合に実施に向けた具体化が図られた。
 注意を要する点は三つある。第一は、転作受託組織の緩和された要件はより実態に即したものとなり、実行可能な水準に近づいたと積極的に評価できるが、やはりこれは「経過措置として、当分の間」認められたものにすぎないという点である(短期的視点)。規模要件や特例基準が永久に続くと考えてはならないであろう。
 第二は、転作だけに対応した作業受託組織では本来の水田農業の担い手たりえないという点である。つまり、転作の作業受託組織から、転作の経営組織へ、さらには米をも含んだ水田農業全体の経営体へと脱皮することが求められているのである(中期的視点)。
 そして第三は、一方では昭和一桁世代の全面的な引退が数年後に迫っていることを見据え、他方ではWTO農業交渉の行方いかんによっては遠くない将来に、米もまた生産条件格差是正対策の枠内に入ってくることが予想される状況を考慮すれば、単に数年後の対策として担い手問題を考えてはならないという点である。20年後に地域農業の主体として残りうるような規模や内容を備えた経営体を育成するという展望をもたなければ、結局は賽の河原の石積みに終わってしまうかもしれないのである(長期的視点)。
 偉大な人間とは間近の危機ではなく、遙か先の危機を察知して手をうつことができる人間であろう。愚かな人は危機が来れば、誰でも立ち上がると錯覚するのだが、本当に危機が訪れると、もはや打つ手がないのである。今、農村では偉大な人間の知恵が求められている。

(2006.3.1)



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