農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 家の光文化賞農協懇話会特集

インタビュー
経済評論家 内橋克人さんに聞く

社会の再生に向けた情報発信を
JAのリーダーに期待します


◆協同組合を取り巻く危機を自覚する

経済評論家 内橋克人氏

 協同組合を取り巻く状況を正確に認識することが強く求められていると思いますね。
 グローバリズムは世界化、国際化と訳すのは間違いで、これは世界市場化です。ITと結合したITマネーが300兆ドルもあるといわれますが、利が利を生む巨大なマネーが世界を被い、自由自在に利殖できるように障壁なきお狩り場をつくる、邪魔になるものをすべて取り払おうというのがグローバリゼーションです。これに適応する体制が小泉政権のもとで完成の域に達した。
 今何が起きているか。構造改革といいながら、新たな「次の構造問題」が生み出されているということです。
 ひとつは労働の解体によって生まれているワーキングプア。働く貧困層ですね。働いても働いても、生活保護の給付水準すら下回るという勤労者が出てきた。生活保護水準とは近代国家として平和的生存権に基づくものであり、いかなる事態においても、保証されなければならない。小泉政権のもとで労働派遣法の改正で、これが製造業にも適用領域がひろげられるなど、労働の解体が完成の域に達したといえるでしょう。
 今、日本では4種類の労働者が働いています。ひとつは正規雇用です。それから派遣労働、パートとかアルバイトですね。さらに請負会社から送られて来るフリーター。1日に3か所ぐらい働く場所を変える。マイクロバスに乗せて、朝はここ、午後はこっちというように。そしてもうひとつが疑似独立自営業者です。この3種類の非正規雇用と正規雇用の4種類があって、給料の差別は同一労働同一賃金どころの話ではなく、正規雇用の4割ぐらい。そのうえ社会保険の各種制度も受けられない。徹底的に安い労働力。今、日本の企業が日本人を使い捨てにしている。
 ふたつめが、農業の崩壊です。今や国土の53%が限界過疎地です。国土の荒廃がものすごい勢いで進んでいる。かつては均衡ある国土の発展と言ってきましたが、いまは公共投資はすべて都市に集中し地方は見捨てられる。
 3つめが家計から金融、その先の企業への所得移転の構造です。痩せる家計、太る企業部門ですね。03年に東証上場企業の平均利益率は79%も前年より増えた。では、売り上げ高はどうかといえば、03年は1.3%しか増えていない。売り上げ高は1%台しか増えないのに、なぜケタ違いに利益が増えるかといえば、ひとつはリストラであり、もうひとつは家計からの所得移転です。たとえば、金融機関の不良債権処理は終わったと小泉政権は言いますが、その原資はどこから出たのかといえば、家計から出た。私は90年代初めから公定歩合の引き下げ、金利の引き下げは所得移転である、と言ってきました。最近はそれが常識になってきて、先般、日銀総裁が国会で154兆円も家計から企業へ所得移転があったと答弁しましたね。経営努力で不良債権を処理したんじゃない。
 この3つが小泉政権が生み出した新たな「構造問題」です。

◆社会的統合を回復するための文化の発信

 かつてロッチデール公正開拓者組合が呱々の声を上げた時代のイギリスの社会状況が、今の日本と非常に似ています。失業が蔓延し、労働の規制がなく児童労働も野放しだった。
 産業革命の後、農地を囲い込み自作農を追い出した。エンクロージャー・ムーブメントです。資本が家族経営農家を追い出し、一家が離散していく。そして孤児が増え、その子どもたちが繊維工場で働かされた。
 当時の文献を読むと、たとえば、子どもたちのベッド数は収容されている子どもたちの3分の1しかない。つまり、3交代で働かせていたわけです。仕事が終わった子は寝ている子をたたき起こして自分の寝る場をつくる。そういう児童労働でイギリスの繊維産業が成長していく。
 そこで児童労働を禁止すべきだと、いわゆる工場法を作れという運動が起こるわけです。ロッチデール公正開拓者組合が立ち上がったのはちょうどその時代です。ロッチデール宣言は、職がなければ職をつくりましょう、食料がなければ食料をつくりましょう、と。社会統合が失われた国で、社会としての統合を誰が取り戻すかといえば、それは協同組合しかないんだと。そこでロッチデール公正開拓者組合が生まれた。
 小泉政権や経済界が協同組合を敵視する理由も、この歴史からうかがい知ることができる。
 協同組合の役割は自ずから明らかでしょう。今、進んでいることに歯止めをかける、待ったをかけることです。構造改革が新たな構造問題を生んでいるではないか、と指摘していくのが協同組合の役割です。
 全農解体論もそうですが、障壁なきお狩り場をつくるために、バリアは全部取り払おうと相手は理論武装しているわけです。協同組合との共存、共生を考えない敵視政策。その核心を知らなくてはいけません。全農にも問題はあるでしょうが、こうした時代性をきちんと押さえたうえで、糾すべきを糾していく。それができないところに真の危機がある。まずは現状認識を正確に持たなければならない。
 今、愚民化政策が進んでいて問題意識を持てない人々を育て、そして人々を分断して対立させ、その間に市場を置き競争、競争と煽っている。これが競争セクターの原理で日本をこの原理一色に染め上げようとしている。
 これに対して対抗思潮を持たないといけないわけですね。それが参加、連帯、協同を原理とする共生セクターなのであり、協同組合は自分たちを強くすることを考えなければなりません。

◆新たな農的価値を生み出すために

 こういうなかで農業協同組合は非農業の領域に対するコミュニケーションを強めることだと思います。第二次、第三次産業、市民、消費者を含め、そちらに向けたメッセージを発信しなければならないと思います。
 もともと、文化とは大地から発したものです。カルチャー(耕す)ですね。私は新たな農的価値ということを強調していますが、文化の担い手というのは大地、自然とのコミュニケーションを密接に交わしている人たちであり、その意味では農業に携わっている人がもっとも近くにいる。
 たとえば、今は食と農が課題となっていますが、さらに環境問題とも結びつけて発信していく。農産物輸入問題は、単に輸入量だけでなく、輸送距離、それにかかるエネルギーの無駄も問題になるわけですね。ですから、農業は環境問題と密接につながっている。自給の大切さが分かる。
 そこをきちんと認識した「社会的農業」をいかに深めていくか。課題は、人々の社会的統合をもう一度どう回復するか、です。社会的統合の回復という視点を失ってはならないと思います。
 求められているのは、社会の再生を共通の言葉としてどう人々に訴えていくか、だと思います。現在の危機のありかをしっかりと見抜く力、気づく力、農業者はこの能力を持って欲しい。とりわけ協同組合のリーダーに期待したいですね。

(2006.3.23)



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