農業協同組合新聞 JACOM
   

特集  食と農を結ぶ活力あるJAづくり −「農」と「共生」の世紀を実現するために−


新春 異色対談
日本農業は孫子の兵法で

(財)小野田自然塾理事長 小野田寛郎氏
JA全農代表理事専務 加藤一郎氏


 JA全農の加藤専務が、ルバング島で30年間生き抜いた小野田さんからサバイバルの話を聞く新春異色対談は、改めて人々に勇気と力を与える内容となった。それは、日本農業のサバイバルをめぐる議論とも重なった。小野田さんはブラジルで1200haの牧場を開発し、現在1800頭の肉牛を飼育している。その経験から「日本で大農式の農業をやるのは不利」とし、米国などではできない付加価値の高いものを作ったほうがよいと提言した。また加藤専務は日本農業が攻められても「負けない戦い」をする戦略が必要ではないかと強調した。

小野田寛郎氏・加藤一郎氏
小野田寛郎氏・加藤一郎氏

ルバング島30年を通して

◆五感を研ぎ澄ます

おのだ・ひろお
おのだ・ひろお
大正11年3月和歌山県生まれ。昭和14年旧制海南中学校卒。商社に入社。17年現役兵として和歌山歩兵第61聯隊に入隊、18年甲種幹部候補生に合格、19年陸軍予備士官学校を経て陸軍中野学校卒。同年12月遊撃指揮と残置諜者の命を受けルバング島に派遣、20年少尉任官。49年帰還。50年ブラジルに移住。59年自然塾を開く。北陸大学と拓殖大学の講師。平成17年藍綬褒章を受賞。

 加藤 小野田さんはルバング島で30年間、孤独な戦いを続けられました。その中で「生きるために五感が研ぎ澄まされ、10メートル先の木の葉の葉脈まで見えた」と著書に書いておられます。ひるがえって日本の現状を見ますと、自らの五感に頼ることなく、例えば鏡餅にカビが生えていれば捨てる主婦もいます。五感を失っていく日本人の将来についてどうお感じになりますか。

 小野田 今は核家族化していますから、臭いや味で食品の痛み具合を確かめてみるといった年寄りからの申し送りがなく、賞味期限を見て、過ぎていればすぐ捨てる人がいます。また子どもたちが実体験をするチャンスもなくなっています。
 テレビとか書物などの情報で自分では知っているつもりでいても、例えば手でさわってみたことがないため実は知らないのですよ。1回でもよい、物事を実体験する機会をできるだけ多くつくるべきだと思います。

 加藤 小野田自然塾では子どもたちにキャンプを通じた自然との共生を指導し、夜中に山中を歩かせると聞きました。私も高校生時代に剣道部の合宿で、夜中に墓地を歩かされた思い出がありますが、神経を集中させて真っ暗闇の中を歩くとやはり五感が磨かれますね。

 小野田 暗闇では直進しているつもりでも道から外れて木にぶつかったり、転んだりしがちですから自然塾では事前にそれらを計算に入れ、転ばないための歩き方とか眼鏡は外しておくことなどの要領を教えて、けもの道に近い所を歩かせています。
 子どもたちはできないと思うことをやらされるわけですが、いざやり終えると自分でもここまで五感が働くんだと、すっかり自信をつけます。それからゴールで突然ライターをつけてやると想像と現実の風景の違いに驚いたり、また照明の有難さも痛感します。実体験で子どもたちに自信をつけさせるのは良いことだと評価されています。

 加藤 ルバング島では夜間、森の中を歩きましたか。

◆自然を味方につけて

JA全農代表理事専務 加藤一郎氏
JA全農代表理事専務
加藤一郎氏

 小野田 状況によっては歩きました。そういう時は、はだしになりました。細くても道ならば固く、外れるとやわらかいため、その感覚を頼りにしました。

 加藤 JA全農は「田んぼの生き物調査」を支援し、環境保全型農業への取組みを強化しています。
 今は農家の人も乗用田植機などを使い、自分の足で田んぼに入る機会が少なくなってきました。大人も子どもも地域の田んぼの生き物を調査する意味は深いものがあると思います。
 自然との共生という点でジャングルの中はいかがでしたか。

 小野田 自然は公平で敵にも我々にも味方してくれないけど、我々としては自然を利用することによって味方にすれば戦力になると部下に教えました。
 戦闘となれば樹木を楯にできるし、敵兵力が多くて、こちらが身を隠す時は、水が確保できる所を何か所か普段から知っておけば、その中のどこへ行けば助かるかを判断できます。何から何まで自然を利用しました。
 例えば麻のような木の皮でわらじを作りましたが、はき終わった時は弊履の如く捨て去ることができず、手を合わせて埋めました。それくらい役に立ったのです。埋めたのは敵に発見されるといけないからです。
 怖かったのは雨です。濡れると風邪を引くなど病気になるから敵よりも怖かった。しかし水がなくては生きられないから雨を恨んだりはしませんでした。

 加藤 それから、食べ物のほうはどうだったのですか。

 小野田 ただ生きるというのでなく、健康を維持しながら何年でも生きて、敵の背後牽制するのが任務でしたから、体力を維持できるものを食べました。
 主食は牛肉で、現地の金持ちが放牧している牛をねらい、保存用に燻製にもしました。次いで住民が山麓に植えているバナナ、それからヤシ油の原料になるものをミルクに絞って飲みました。食べ慣れないものをいきなり食べてはいけません。南方戦線ではトカゲを食べて失明した例もあると聞きます。

勝つ戦いと負けない戦い

◆殺すな、負傷させろ

 加藤 牛の解体や燻製を作る技術はお持ちだったのですか。

 小野田 いや、ありません。けれど子どもの時からニワトリやウサギをさばいたりしていますから、その延長です。内臓だって義務教育か中学校の生物程度の学力でわかりますよ。
 それは別として、体調を整えるために食事のバランスをとることを心がけました。歩行距離などの運動量に合わせて、カロリーやビタミンなども考えました。要するに、体の変化について何らかの兆候に早く気付いて対処することが大切だと思いました。

 加藤 すべて自分で判断せざるを得なかったのですね。それで病気はしなかったのですか。

 小野田 はい。銃と弾丸と体力が戦力ですから。

 加藤 話は変わりますが、私は元ベトコンの士官から「ベトナム戦争時に、米兵を殺すな、傷つけろと命令した。そうすると2人の兵士が負傷兵を担ぎ、さらに1人が武器などを担いで計4人の兵が前線から消えて後方へ帰ってしまう。ところが殺した場合は残った戦友たちのアドレナリンが倍加して激しく戦う」と聞きました。どうもベトナムは米国に「勝つ戦い」ではなく「負けない」戦略で臨んだようです。
 小野田さんも「負けない戦い」を続けたのではありませんか。

 小野田 戦力が敵に劣るからゲリラ戦をやるわけです。我々の弾丸は2600発しかなく補充が利かないから、もし一発必中の戦果を挙げても、それまでのことです。何年でも戦うのが任務ですから、ここへ来たら命がないぞと脅して相手が逃げたら、追い討ちをしませんでした。これは、こちらが“弱い”という基本をよく知っているからです。

◆したたかな戦略で

 小野田 日本農業も同じで、国土が狭いから大農方式でやれば不利なのは決まっています。孫子の兵法にあるように、己をよく知ることです。大農式ではできない付加価値の高いものを作ることです。外国がどうだからというよりも、自分がこうだからという考え方が必要です。

 加藤
 日本農業は、効率性や生産性でいけば米国や中国の農業に勝てません。市場原理の土俵の上で正規軍決戦を挑むことには疑問を感じます。先ほどからの話のように、したたかな「負けない戦略」を持って攻め返すことが必要ではないかと思います。
 その中で特に、中山間地からは生産性や数値だけではない自然と共生するという、新たな農業の価値観が生まれるのではないかと思います。小野田さんはブラジルの経験などからしてどう思われますか。

 小野田 米国のカリフォルニアでは、地下水から塩分が出て使えなくなった農地がありますね。外国の大農式は循環型ではなく、もともとは焼畑農業だから永続性を考えていないのです。
 日本は2000年以上も田んぼを使ってきたのだから、その方法でいけば農地が使えなくなる心配はありません。長いノウハウの蓄積があるのですから何とか持ちこたえていけます。科学だけでやってきた外国の農業は、どこかで破たんしますよ。私は化学肥料だけでは土がだめになるから、たい肥を作れということを60年も前に教えられています。

◆中野学校の教訓

 加藤 最後に、今の企業経営は情報を集め、ぼう大な資料やマニュアルを作ることに努力します。ところが情報員を育てる陸軍中野学校では、メモをとらせなかったと聞いています。
 また同校出身の小野田さんは同窓生や、お兄さんがルバンク島へ行って「戦争は終わった、帰ってこい」と呼びかけても最後まで、それを疑っていました。
 そこで今の企業経営や「振り込め詐欺」について同校の教訓で活かせることがあるかどうかなど思い出をお話下さい。

 小野田 中野学校は情報員養成のために常軌を逸したことまで教えますが、おカネにも名誉にもならない仕事なので、精神要素を教育の最重点にします。
 謀略に成功しても発表しないから名誉の勲章もいただけません。間違えば敵に消されてしまいます。だから命をかけて国を守るという信念がなければ、できない仕事です
 メモをつけると敵に捕まった時に自分の身分を証明してしまいます。メモがなければ知らぬ存ぜぬで通すことができ、その間に脱出や仲間による救出の方法を考えることができます。
 いよいよとなれば白状しますが、その時は相手の判断を誤らせる偽の情報を流すのです。
 「振り込め詐欺」については、なぜ偽情報かどうかを確認しないのでしょうか。高齢者は、孫の言葉のクセをよく知らないのだと思います。だれにでもクセはありますから日ごろから話し合っていればわかるはずです。結局、核家族化しているから被害が出るのでしょう。自分たちは狙われているということを念頭に置く必要があると思います。

《注》
ルバング島はフィリピンのルソン島南西の小さな島。
対談中の「敵」とは戦争直後までは米比連合軍、その後はフィリピン軍。
小野田自然塾は福島県塙町にある。キャンプを通してたくましい青少年を育成するのが目的。
残置諜者は敵の占領地内に残り、味方の反撃に備えて情報を収集しておく諜報員。

対談を終えて
 今回の対談で感じたことは、「五感」を失いつつある日本人は、単なる感覚の退潮にとどまらず、自らの五感に信頼をおき、自己責任に基づく自立自省の日本文化そのものを失いつつあるのではないかとの不安感を覚えたことです。どうも、日本全体が第三者の決めた数値で優劣を決める、米国型の他律他省文化へ移行しつつあるのではないか。この風潮は日本の姿を変えていくように感じます。
 特に、自然と人間の共生型の日本農業は美しい田園を形成し情緒、五感を磨く格好の場であります。この日本農業を守る戦いは、負けない戦略を構築することにあることを痛感しました。
 また、中野学校の叡智を活かすことの必要性。それは、冷徹な情報収集、自己判断と強い意志、忍耐と行動力であり、全農として、日本農業を維持・発展するために、その叡智のもとに、したたかな長期戦略を構築することが求められていると考えます。
 小野田さんは今年で、85歳になられますが、いつもその正しい姿勢と俊敏な動作、明晰な頭脳には驚嘆します。
 小生、小野田さんと親戚にあたり、その生き様に、忸怩たる思いです。(加藤)

(2007.1.9)


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