農業協同組合新聞 JACOM
   

特集  食と農を結ぶ活力あるJAづくりと女性達の役割


今村奈良臣
東京大学名誉教授
JA総合研究所研究所長
JA―IT研究会代表

 JA女性組織は「食と農の再生」を結集軸にした活動をめざしているが、その活動を支えるためにも経済的自立と合わせた多面的活動とともに、それを推進する上での、確固とした思想と理念の確立が必要であると考えられる。今年の女性大会特集では、今村奈良臣東京大学名誉教授に、農村女性の皆さんが立脚すべき思想について、判りやすく説いてもらうことにした。


 女性の皆さんなら、どなたでもメーキャップ(make-up)ということはご存じだと思います。いうまでもなくお化粧するということです。素顔のうえに、人工的に作られたいろいろな化粧品で、きれいな、魅力あふれる顔、かたちに作り(make)あげる(up)ということです。

◆makingの時代 ―あふれ出る廃棄物―

今村奈良臣氏
今村奈良臣氏

 さて、話は一転しますが、人間はその生存のために、数千年いや数万年にわたって、営々と、食べものはもちろん、着るもの、そして住む家、つまり衣食住の生産(Production)を行ってきました。そして、産業革命を転機に工業生産のめざましい発展がみられたことは説明するまでもないことと思います。さらに20世紀に入ると工業文明は急速に発展し、重化学工業全盛の時代となりました。鉄鋼、機械、合成化学、さらに自動車、電機、IT産業というように、次々と時代を画する産業が展開してきました。そのなかで、私たちの生活は大変便利になり生活水準も著しく向上してきたことは疑う余地もありません。
 しかし、一歩下がって考えてみると、鉄鉱石や石炭、石油といろいろな資源を地球の地底から取り出し、高度に開発された科学技術を活用、駆使しながら、人工的に生産している姿であることが判ります。つまり、20世紀のProduction(生産)は、Making、要するに「人工的にものを作る」時代であった、ということができると思います。しかし、工業生産がめざましい発展をみせた裏面では、その廃棄物がとめどもなくあふれ出てきました。産業廃棄物はもちろん、排出ガスや家庭のゴミに至るまで、廃棄物が山をなす時代となったことも間違いありません。Makingという一本槍の方向だけでは21世紀の将来は展望のない時代になっていくと思います。
 人類社会が21世紀はもちろん、さらなる将来にわたって安定的に存続していくためには、現状を改め、自然生態系と調和したシステムに改革していかなくてはなりません。大量生産・大量廃棄(Making)のシステムを改め、省エネルギー、省資源の方向を明示し、廃棄物の再資源化や適正処理に努め、環境負荷を低減する循環型社会の構築が必要であることは、これまでもつとに指摘されてきたことです。現在問われていることは、自然生態系の循環容量の中に収めるために、これからの科学技術、産業構造、経済体制、社会組織、社会倫理などはいかなる方向と内容のものでなければならないのか、そのマスター・プランとその実現のための具体策が緊急の課題とされています。

◆Growingの思想への転換を

 こうした課題を包括的にとらえるためには、21世紀のこれからの時代はGrowingの考え方、思想に変えていかなければならないのではないかと私は考えています。
 Growingという言葉を辞書で引くと、「成長する」「育つ」「栽培する」などと出ていますが、私は「新しい生命(いのち)を育て創造する」ということだと考えています。

◆内から輝く美しい顔を

 ところで、初めに述べたお化粧の話にもどると、外からべたべたとお化粧品を塗って美しくなろうということを私は決して否定しませんが、大事なことは身体の中から磨き上げ、その結果として健康な内から光る美しい顔、かたちになって欲しいということです。そのためには栄養のバランスのとれた食事をきちんととること、適切な運動をして健康的な身体を維持すること、知的好奇心を常にかきたてつつ勉強を怠らないこと、生きるための仕事はもちろん常に意欲的に社会的活動を行うといった日常生活の中から人間の、そして女性の美しさがかもし出されるのではないかと考えています。
 たしかにMakingも大事です。しかし、それだけではきわめて不充分で、これからの時代は、循環、共生、参加型の社会の創造をめざすGrowingの思想を、特に女性が先頭に立って伸ばしていかなければならないと私は固く胸に誓っています。

◆農業は生命総合産業である

 私は、若い時から、食料、農業、農村問題あるいは環境問題について研究を行い、また大学で長年にわたって教えてきたし、さらに政府の食料・農業・農村政策審議会の会長など多くの役職もさせられてきました。
 その中で、私の基本スタンスとして、「農業は生命総合産業であり、農村はその創造の場である」という考え方を一貫して提示してきました。
 生命総合産業というとらえ方の中には非常に多くの内容が含まれています。まずなによりも人間の生存にとって不可欠な食料、それも安全で安心して食べられる食料の生産と供給を行うという役割です。さらに農業や農村は水や緑をはぐくみ、健全な国土を保全する役割を持っています。また、農業のもつ教育力や先人の智恵の結晶である伝統技術や伝統文化の継承も農業や農村が健全でなければ実現できません。一言で表現すれば、農業、農村のもつ多面的機能ということです。しかし、現実には生命総合産業としての農業、農村のあるべき方向は厳しい困難な問題に直面しています。それを象徴するような由々しき問題の1つとしてBSE(牛海綿状脳症)が発生しました。これを典型事例としてMakingからGrowingの思想への転換の必要性と重要性について考えてみたいと思います。

◆乳牛のもつ7つの優れた機能を生かす

 乳牛は7つの優れた機能を持っていると私は考えています。(1)口は一生研ぐ必要のない自動草苅機、(2)あの長い首は食物を運ぶ自動式ベルトコンベア、(3)4つある巨大な胃は人の食べられない草を貯め栄養素に変える食物倉庫、(4)内臓は栄養に富む牛乳を製造する精密化学工場、(5)尻は貴重な有機質肥料製造工場、(6)脚は30度もある急傾斜地でも登り降りできる超高性能ブルドーザー、(7)ほぼ1年1産で子孫を殖やす。
 今日の日本の酪農はこれら7つの優れた機能をすべて生かしているでしょうか。否です。これまでの40年間に酪農は急速に発展してきて、いまやEUをもしのぐ1戸当たりの飼養規模になりましたが、その圧倒的多数は集約型の舎飼い方式です。膨大な飼料穀物を海外から輸入し、それをベースにした配合飼料に全面的に依存した酪農です。7つの優れた機能のうち活用しているのは、極言すれば僅かに2つ、第4の牛乳製造工場と第7の子孫を殖やす機能の2つのみです。本来の酪農のあり方は7つの機能すべてを生かした草地(そうち)酪農、山地(やまち)酪農だと思います。つまり、急速に発展した日本の酪農はMakingの発想に立脚したものであり、Growingの思想に基盤をおいたものではありません。これがBSE発生の根源でもあり基本問題でもあります。

◆地域資源と環境を生かそう

 日本は世界に冠たる草資源大国です。これを真に生かす酪農でなければなりません。ここ10年来、耕作放棄地が増え、雑草が茂るにまかされている所が各地で出ています。さらに里地、里山は荒れるにまかされています。酪農が無理なら、こうした荒廃地を和牛の繁殖、育成に活用したいものです。人の手による「下刈り」ではなく、牛の「舌刈り」で草資源を活用し、地域資源を生かしたらどうでしょうか。そうすれば猪などの野生動物も出て来なくなり、景観を彩る景観動物にもなります。
 世界に向かって農業、農村のもつ多面的機能を主張する以上、環境と資源の保全のため具体的行動を起こすように努めなければなりません。
 皆さん、Makingの発想からGrowingへの思想の転換の重要性について、どうか一度じっくり考えていただき、JA女性部らしい新たな活動に取り組んでいただきたいと念願しております。活力あふれる地域は、JA女性部の皆さんがリーダーシップをとっているところが多いと痛感しています。ますますのご健闘を祈ります。

(2007.1.18)


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