農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2007


JAグループとのパートナーシップを強め日本農業に貢献

シンジェンタジャパン(株)代表取締役社長 アンドリュー・ガスリー(Andrew Guthrie)氏に聞く
聞き手:北出 俊昭 明治大学元教授


 シンジェンタは世界90か国で、農薬や種子を中心にアグリ・ビジネスを展開するグローバルな企業だ。そうしたグローバルなビジネスの視点からみて日本の農業、農協はどう見えるのか、またビジネスのパートナーとして何を望んでいるのかをシンジェンタジャパンのガスリー社長に聞いた。聞き手は北出俊昭元明治大学教授。

世界での経験を活かした情報や技術を提供する

◆人口増加を支えてきた農業のテクノロジー

アンドリュー・ガスリー(Andrew Guthrie)氏
アンドリュー・ガスリー氏

 ――グローバルなビジネスの視点からみて、現在の世界の農業、食糧についてどのようにみていますか。
 「農業でも世界中で変化が起こってきていますが、最近の変化はここ何十年かに起こった変化に比べると大きいものだと思います。これまでの農業の発展のストーリーを見ると成功してきているといえますが、その一つの要因は種子や病害虫防除など作物保護のテクノロジーだと思います。世界の食糧の40%は、作物保護のテクノロジーがなければ達成できなかったといえます。
 人口の増加は、21世紀初頭60億人であったものが、2050年には90億人になるといわれており、作物保護のテクノロジーの重要性はいうまでもありません。特に人口の増加は開発途上国で起きています。これらの国々での食糧確保は非常に大事であり、彼らの食習慣が変わり、配合飼料で肥育された肉を食べることが多くなっていることも重要な要素だといえます。
 私たちが調べた結果によると、この先25年間に生産しなければいけない食糧の量は、過去4000年にわたって生産されてきた食糧の量と等しいといえます。食糧問題は世界規模で考えないといけない問題ですし、私たちシンジェンタとしても十分に寄与できるものと確信しています。
 もう1つ大切な視点があります。それはバイオ燃料に関することです。世界で取引されている化石燃料は1兆ドル規模だと認識しています。将来的にはバイオ燃料でこの25%の需要を代替することは可能ではないかと思います。しかし、この影響でトウモロコシやコムギの価格が上昇していますし、他の作物の作付面積にも影響を与えています。」

◆世界的な規模ではまだ食糧は増産できる

 ――将来は、簡単にいえば需要量は伸びるが、生産量も増えるということですか。
 「いろいろなタイムスケールでみることができますが、私自身が生きている間は食糧生産を高めることは可能だと思います。なぜかといえば、世界には生産効率の悪い地域もあります。例えば東欧は世界の農地の17%程度を占めていますが生産量は西欧の半分程度です。そこの効率をよくすれば生産量は増えます。10年20年の範囲で考えると、GMO(遺伝子組み換え作物)などが広く一般に許容される時代がくれば、さらに生産性を高めることも可能だと思います。
 私は、自分の子どもたちの時代については、食糧が足りないという時代は来ないと確信しています。」

◆品質が高い日本の農業

 ――日本に来られて1年ということですが、日本農業の現状と特徴についてどうみていますか。
 「まず、生産場面においては、狭い国土の中で、市街地や工業地帯に近接し、約470万haの耕地が存在するということが、他の国とはかなり違います。
 次に、生産物においては、市場やスーパーで実際に見て、日本の農産物は大変に品質が高いということにすぐ気がつきました。品質の高い農産物は日本の農業が組織だって良いものを作ろうとしてきた証拠だといえます。私もいろいろな国の農業を見てきましたが日本の農業関連ビジネスは成熟していますし、農産物の品質が非常に高いだけでなく、農産物を作る過程の質も高いと思います。」
 ――日本は農家一戸当りの農地が狭いために生産の効率が低く国際競争力がないといわれています。国際競争力を高めるためにはどうしたらいいと思いますか。
 「確かに小さい規模で農業を行ってきたことで、他国より効率化の面で不利な状況にあると思います。規模が大きくなれば効率化がはかれるからです。例えば、日本の農家が作物を作るためのコストのなかで、水稲の場合には17%が農業機械の費用で農薬は5%程度という点に着目すれば、規模を拡大することによって機械のコストはもっと割安にすることが可能かと思います。」
 ――日本は斜面が多く一戸当りの規模を大きくするには限界があり、欧米のように平原で何百ヘクタールもの規模での生産にはなり得ませんが、その点はいかがでしょうか。
 「もちろん地理的な条件があるので厳しいことは理解しています。そこで政府は集落営農を促進したり、農業生産法人をつくってなるべく農家が集団となってある程度の規模で農業をしていくという施策をとっていると理解していますが、その政策は効率化という点で正しいと考えています。」

◆相手国に合わせたマーケティングで輸出を増やす

 ――国際競争力という点では、日本の農家が自信を失っている側面もありますが、この点で何かアドバイスはありますか。
 「まずいえることは、日本の農家が自信をなくす必要はまったくないということです。日本の農産物は安全・安心を優先して作られており、品質面では他の国に劣るものではないので、自信をなくす必要はないと明確にいえます。
 もう一ついえることは関税に関してです。日本で作られている作物の50%は高い関税がかけられていますけれども、残りの50%についてはそれほど関税が高くなく、果樹・野菜などでは他の国々とも戦える状況にあると思います。
 そして、日本の農業は日本文化として育ってきていますから、今後、国際競争が激しくなったとしても、生き残れるものを見出してくると思います。」
 ――政府は輸出を積極的に進めていますが、品質は良いが価格が高いとよくいわれます。それでも輸出は伸びると思いますか。
 「農林水産省が、2013年には1兆円規模の農林水産物の輸出を計画していることは理解しています。ただし、世界中のすべての国で高品質な日本の作物が正しく理解されているわけではありません。日本としては上手なマーケティングをするなどをして、輸出先であるマーケット、例えばヨーロッパの国々にも受け入れられる、何らかの方法はあると思います。先日、JAつがる弘前を訪問しましたが、ここではリンゴのふじの輸出を行っており、そういう事例をみてもこれは可能だと感じました。」

◆各国での経験を活かし役立つ製品・サービスを提供

 ――農薬事業がビジネスのコアになっていると思いますが、環境問題がいわれるなかで何を意識してビジネスをされていますか。
 「まず最初にいいたいことは、環境は農業を支える重要な要素だということです。シンジェンタはグローバルな企業ですからいろいろな国の経験を活かして、他の国に役立てることができます。環境に対してもそうですし、農薬登録についても同じようなことがいえると思います。
 日本に関していえば、シンジェンタは新しい技術開発についての投資を行っていくつもりです。製品に関しては、環境にも優しく、農家のニーズにあったものを提供していきます。そこには例えば病害虫や雑草の抵抗性の問題も含まれます。私たちは今後5年間に上市する6つの新しい化合物をもって日本の農業にさらにお役にたてるようにと考えています。
 グローバルな企業であるという立場を活かして、水質や土壌への影響を最小にしたり、作物内への残留を減らすような場面での経験を多く持っています。それらの経験、知識をいろいろな国々で共有して使えるという強みもあります。
 重要なことはいかに優れたテクノロジーを開発しても、私たちのパートナーであるJAを通じることで初めて、農家へそのテクノロジーを届けることができるということです。そういう観点からも、JAグループのネットワークは私たちにとって大変重要と考えています。」

◆環境への負荷を減らす技術の研究開発も

 ――農薬の散布は、自然や環境にとって負のイメージがありますが、この点についてはどうお考えですか。
 「最近の農薬は、対象とした病害虫にのみ効く選択性のタイプに移行しており、環境などへの負荷が少なくなっていることを理解していただきたいですね。」
 ――日本はアジアモンスーン気候地帯でもあり、病害虫や雑草も多いので農薬に頼らざるをえない面がありますが、開発された最高の科学技術を使いしかも環境にあまり負荷をかけないようにしていくことが大事ですね。
 「私たちも化学物質と環境との関連について研究をしています。例えば、プリブロックスを水田畦畔に使うことで、根が残り畦畔などの水田環境も維持できるといった具合です。
 もう1つは、新しい防除方法として、種子処理の農薬技術を提供することでも、環境への負荷を減らすことができます。」

◆これからますます重要になるJAの役割

 ――先ほどパートナーとしてJAグループのネットワークが重要だというお話がありましたが、日本のJAについてどのようにお考えですか。
 「いろいろなJAを訪れましたが、それぞれに個性があると思いました。例えばあるJAでは、営農指導がしっかりしていて作物もブランド化され、スーパーなどでもそのことが認識されていました。他のJAでは販売力はありますが、ブランド化という面では力を入れていないところもありました。
 JAみやぎ登米にも行きましたが、ここは水稲の生産システムがしっかりしていました。環境に対する配慮もできていて、しかも米のブランド化についてもしっかりした考えを持っているという印象を持ちました。」
 ――JAみやぎ登米は「環境保全米」としてブランド化したわけですね。
 「そうだと思います。これからのJAは、自分たちの作物にいかに付加価値をつけてブランド化できるかも大切なことだと思います。そのことで国内での差別化をはかると同時に、海外からの輸入に対しても差別化がはかれるからです。」
 ――これからのJAのあり方についてはどうですか。
 「個々の農家はもっとJAに依存する形で農業を行い効率化を求めていくと思います。農家がJAに依存しなければならない理由があります。その一つはポジティブリスト制度の導入です。
 農家には防除暦がありいろいろな剤を選ぶことができますが、正しい農薬を選んで正しい時期に使うことがポジティブリスト制度の下では、さらに重要なことになると思います。
 そのとき使用する農薬についての登録内容など正しい指導が必須であり、それゆえに、今まで以上に農家が農薬を選択するときにJAへの依存度が高まっていくと考えられるからです。」

◆個々のJAが必要とするものを提供することで

 ――JAとのパートナーシップが必要ということでしたが、具体的にはどのような考えをお持ちでしょうか。
 「私たちはJAに関心がありますし、農家のニーズを知りたいと考えています。そのことでより良い製品やサービスを提供できると考えているからです。JAにはいろいろなタイプがありますから、それぞれのJAに対して彼らが必要としているものを提供できるのではないかと考えています。また、そのことでJAをサポートすることができるのではないかと期待しています。」
 ――最後にJAあるいは日本に要望があればお聞かせください。
 「考えなければいけないことは、これはシンジェンタだけではなく業界全体としてですが、新剤を開発してから農家が使えるまでの時間をどうしたらもう少し短くできるかということです。登録を取得するための手続きがあることは十分理解していますが、それが短くなれば開発コストも下がりますので。」
 ――お忙しいなか貴重なお話をありがとうございました。

インタビューを終えて
 社長のアンドリュー・ガスリー氏は90カ国以上で事業展開している世界企業のトップとは思えない温厚な方である。話し方も人柄と同じく丁寧であった。しかし、話される内容はグローバルな視点に立ち緻密で、論理的であった。
 その中でとくに印象的だったことの第1は、農業生産におけるテクノロジーの果たす役割を強調されたことである。これは自社の製品についての確信の現れでもあると思われた。第2は日本農業は小規模だが生産技術は高い。農産物は高品質で競争力もある。ただ、輸出拡大にはマーケティングの強化が課題である、と主張された。これは重要な指摘である。第3はポジティブリストの導入など農産物の安全性や環境保全が重視されると、個々の農家では対応困難になるので、農協組織の役割が一層重要になると強調された。そして、この課題に取り組むためにも、農協組織とのパートナーシップを重視したい、との意見が表明された。
 こうした意見に応えていくことが今後の課題であろう。(北出)

 

 

(2007.10.15)

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