農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2007


提言

格差社会における農村の現実と農協の役割

滋賀県立大学名誉教授 小池恒男


◆「構造改革」がもたらした現実とは

小池恒男

 7月の参院選での与党の歴史的大敗北の後も、そして安倍内閣総辞職(9月25日)、福田内閣発足(9月26日)とあわただしい政局転換の後も、不思議なことに、財界、政権与党、ジャーナリズムの「構造改革」継続の大合唱だけは変わらない。しかし不幸なことに、国民の大多数は「すでに」というべきか「いまだなお」というべきか「ますます」というべきか「構造改革」の何たるかがわからなくなっている。正体不明の「構造改革」がわが国の巷間を妖怪のように徘徊している、というべきか。
 私たちがもっとも身近に目にふれたものとしてある「構造改革」は、小泉元首相の就任時の所信表明で示された(1)不良債権の最終処理、(2)競争的な経済システム、(3)財政構造の「改革」の3つである。
 (1)に関しては、「不良債権」扱いされた中小企業の倒産の多発、完全失業率の上昇という結果があった(現時点での全国銀行の不良債権比率は2.7%)。(2)の主たる内容は、規制緩和ということになるが、格差社会とのかかわりで大きいのはなんと言っても99年の人材派遣の対象を原則自由にした改正労働者派遣法・改正職業安定法の成立(製造業を除く)、03年の製造業者の派遣を解禁した労働者派遣法の改正、企業のリストラ・人減らしに比例した減税を措置した産業再生法の拡充・延長の影響が大きい。これらのものこそが「偽装請負」の横行、不正規労働者の急増を許した元凶といえるであろう。(3)の財政構造の「改革」の内容は多岐に渡るが、「改革」の背景にあるものが「国・地方を合わせた長期債務が700兆円に達する未曾有の財政危機」であってみれば、多岐にわたる「改革」の中身もまたこれによって規定されざるを得ない。
 地方分権の推進も、国・地方の税財政を見直す、国庫補助負担金、地方交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討する「三位一体」改革ではあったが、結果としては、むしろ地方行政改革を推し進めるための手段、国の財政再建策としての性格を強めざるを得なかった。そして財政力強化をうたった市町村合併もまた、必ずしも財政力の強化をもたらさなかった。「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(経済財政諮問会議、2001年6月)がかかげた「地域の多様な個性と創造性の発揮」を支える分権的財政改革どころか、逆に、自治体の行財政危機に拍車をかけ、地方財政と住民生活の破綻を招きつつあるというのが実態ではないか。

◆農業再生に確信を持てるか

 こうして「構造改革」によってつくり出された格差社会はもちろん都市にも農村にも共通してつくり出されている。ただ、農業・農村には、そうした社会全体を対象とする「構造改革」とは別建てのこの産業分野限定の、「多数の零細経営を政策の対象からはずして農業の担い手を一部の大規模経営に置き換えること、創出された少数の経営体に政策的支援を集中し、こうして形成された企業的経営体に産業としての農業をゆだねることを目的とした構造政策」が実施されつつある。「担い手を絞り込んで直接支払い」の品目横断的経営安定対策がそれである。しかし、社会全体を対象とする「構造改革」との比較で言えば、この産業分野限定の「構造改革」はいかにも「木を見て森を見ていない」と言わざるを得ないであろう。なぜならここでは、先に上げた(2)競争的な経済システムではなく、「絞り込んで直接支払い」という計画経済システムを採用している。竹中平蔵元経済財政担当相でさえ「農業の活性化なくして地方の活性化はあり得ない」と言っているこのときに、この分野のこの閉鎖システムの採用、規制強化の指向は異様でさえある。農協の事業展開の中で新しい担い手を見い出し、育成していくという手法の方が市場経済原理を活かした担い手育成のよりまっとうな手法と言えるであろう。このことに農協陣営はもっと強い確信をもっていただきたい。ここで胸を張れるかどうかが決め手である。

◆地域を農と食で結ぶ農協

 もう一つ提案しておきたい。食料安全保障をめぐっての国民の合意形成の重要性、そしてその立ち遅れについては多くの識者が指摘しているところである。そういう意味でもっとそうした観点での食料政策の立案があるべきではないか。客観的な数値に基づいて確認される、誰もが認めざるを得ないわが国の格差社会について思うとき、そういう関係が固定化することを決して望むものではないが、しかしそういう現実があるならば、現実をふまえた政策立案があってしかるべきである。
 たとえば、北九州市で起こった生活保護を打ち切られて、「おにぎり腹いっぱい食いたい」と書き残して餓死した52歳の男性の話。全国で生活保護を受けている147万人の周辺にさらにいる辞退届けを強要された人々。わが国の全労働者5150万人、そのうち不正規雇用労働者でかつ年収150万円以下の労働者が1318万人(26%)。世界第2位のわが国の貧困率は生産年齢人口の13・5%等々。こうした看過し得ない格差社会の実態を目の当たりにすると、いよいよわが国も格差社会を前提にした政策立案が必要ではないかの思いを強くする。
 たとえば、アメリカ農務省のフードスタンプ・プログラムである。これは、毎月、2600万人の人々のためにある「所得が低い個人や家族が栄養のある食品を購入・消費できるように支援する栄養補助プログラム」である。「福祉援助プログラムではありません。アメリカを強くするプログラムです」と強くうたっているところにとくに注目しておきたい。貧困率世界第1位のアメリカが現に実行しているプログラムである。
 もう一つの提案は、EUが実施している食料品に対する消費税の減免措置である。もちろんこれらの立案にはナショナルセンターであるJA全中が先頭を切って取り組んでいただきたいし、ロビー活動も大いに展開していただきたい。しかし、全国の農協は、全中待ちになるのではなく、とくに第1の立案については各地でどんどん取り組んでいただきたい。まさに、「農協にとって地域とは何か」、「地域にとって農協とは何か」である。
関連記事:特集 図表で見る・格差社会における農村の現実とJAの役割を考える」へ

(2007.10.18)

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