農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2008」


急がれる現場の視点に立った制度の検証

国民に納得され支持される農業政策を

東京大学教授 鈴木宣弘


◆現場の悲鳴

 昨年は、米価下落による稲作経営の所得減、飼料穀物価格高騰による酪農・畜産経営の所得減、新たな支払い方法への転換による畑作経営の所得減、と3つの悲鳴が農村現場を覆った。年末の種々の代金支払いが困難になり、「年が越せない」との声が続出、未曾有の農業・農村危機の到来という声も聞かれるほどである。
 兼業農家は豊かだという見方も多いが、近年は、地方の労働市場が縮小、不安定化しており、兼業農家の農外収入も不安定化している。このため、今回の農業収入の急激な減少は、農業収入への依存度が高い専業的農家だけでなく、兼業農家も含めた地域の農家全体の疲弊を加速している。農家の疲弊は、農村地域の購買力を失わせ、地方都市の商店街のシャッター街化を加速し、地方経済全体に暗雲を広げている。

種田先生・新年号
イラスト:種田英幸

◆即応した緊急支援策

 こうした中で、政府備蓄米の積み増しによる34万トンの買い上げ、品目横断的経営安定対策の加入要件の弾力化に続いて、年末に、生産調整の実施者へのメリットの拡充、米価下落への緊急対策、小麦やてん菜の収入減への緊急支援等が予算化された。現場の窮状に即座に対応する形で、スピーディに施策が講じられたことは評価されよう。
 ただし、これらの多くは、あくまで緊急的な支援策であり、一時的な措置であることも、よく認識しておく必要がある。
 我が国は、WTO(世界貿易機関)で定められた黄の政策(削減すべき政策)を非常に厳しく解釈し、世界に先駆けて、コメの政府価格や酪農の保証価格等を廃止した。これは、「価格は市場が決めるものであり、経営に対する支援は収入変動リスクの緩和を基本とする」という精神に基づいていた。この考え方における一つの懸念は、価格が趨勢的に下落基調になった場合の歯止めがない点であった。

◆我が国の政策の特質

 この特質が変わらない中で、価格の趨勢的な下落が続いている。いま、価格の下支えをどこに求めるかとなると、生産調整への依存が大きくならざるを得ない。しかしながら、強制感の伴う生産調整には限界感が強くなっていることも事実である。
 生産調整のメリットを拡充して、参加、不参加は個人の選択に任されるのであればよいが、実際には、これまでも、様々な集団的な強制力によって何とか実施されてきたのが実態である。そのために、特に、現場の市町村職員の負担が大きくなっていた。このため、これ以上の負担は限界との判断から、生産調整から行政が一歩退くという流れができたともいえる。したがって、その流れを、再度、市町村等の役割の強化という方向に戻すことは、けっして容易ではない至難の業にみえる。
 つまり、米価下落の歯止めを生産調整の強化に大きく依存しようとすることは現実的ではないように思われる。この点については、様々な見解があると思われるが、これまでの生産調整の歴史的経緯も踏まえて、現実的な判断が必要であろう。

◆下支え機能の検証

 したがって、生産調整が緩むことは前提にしつつ、それでも米価下落を下支えできる、あるいは、農家の再生産が可能になる補填ができるような仕組みを考えておく必要がある。現在の制度体系で、それが可能かどうかを十分検証する必要があろう。
 今回は、緊急的に、備蓄積み増しという形で買い上げが行われたが、このあたりをもう少しシステム化して、過剰時の隔離機能を拡充することも一つの可能性かもしれない。つまり、生産段階での調整に大きく依存せずに、販売段階での調整機能を強化するのである。
 例えば、1俵1万円であれば、政府が買い入れ、飼料米、バイオ燃料米、援助米として、食用市場から完全に切り離すという仕組みもありうる。1万円は、大規模層にとっての再生産可能なぎりぎりの水準であるから、農家は市場で可能なかぎり高く売る努力をしたあと、やむを得ない部分を1万円で処理するということになるだろう。したがって、すべてのコメが1万円で政府に流れて財源がパンクするということはない。生産者は、1万円を最低限の目安として経営計画を立てることが可能になる。
 現在、生産調整を含むコメ政策に約4000億円を投入しているが、この4000億円を飼料米、バイオ燃料米、援助米としての処理費に活用すれば、かなりのことができる。援助米については、日本の国際貢献の観点から外務省予算で、バイオ燃料への支援については、エネルギー自給率向上政策の観点から経済産業省予算で手当てするような仕分けも検討されてもよい。
 これは1つの例にすぎないが、いずれにしても、今回のような緊急支援を、その都度考えるという場当たり的な措置に頼るのではなく、生産者が、価格がどこまで下がるかわからず、経営計画が立てられない状況にならないような制度体系になっているかどうかが十分検証される必要があろう。

 農業・農村への一定の支援を行うにあたっては、国民にも納得できる理由が必要である。そのためには、なぜ、その政策が必要なのか、という理由を明確にする必要がある。
 農家が困るから、というだけでは国民に説明したことにならない。農業・農村には多面的機能があるからといっても、十分具体的な指標になっていなければ、国民には、むしろ保護の言い訳のように受け取られてしまう。

◆政策の理由の明確化

 例えば、北イタリアの水田地帯では、稲作農家に対して、水田の持つ水質浄化機能、生物多様性の維持、洪水防止機能のそれぞれを評価して、それを根拠にした支払いを行っているという。こうした具体的な指標化を通じて、そうした価値を国民に理解してもらい、補助金の根拠を明確にする努力が必要である。
 このような多面的機能は、農家の経営規模の大小を問わず発揮される、あるいは、棚田の景観や洪水防止機能でわかるように、むしろ条件不利な地域の小規模農家のほうが評価が大きい場合もあるから、小規模農家や中山間地域の支援の大きな根拠になる。
 つまり、中山間地域直接支払い制度や農地・水・環境保全向上対策のように、規模を問わない、あるいは条件不利地域に重点を置いた社会政策的な支援には十分な根拠がある。規模要件を導入した産業政策的支援としての品目横断的経営安定対策と「車の両輪」といわれるゆえんである。
 したがって、品目横断的経営安定対策の規模要件の緩和がなし崩し的に行われることで、バラマキとの批判を国民から受けるのを回避するにも、本来は、産業政策としての品目横断的経営安定対策は規模要件を勘案するが、小規模層には別の理由による支援の拡充を行うという施策根拠の仕分けを明確にしたほうが、国民にも理解されやすいと思われる。結果的に、多様な農家全体に支援が行われることは同じであっても、その根拠が国民に納得されるためには、こうした観点からの検証も必要であろう。
 しかし、農地・水・環境保全向上対策もそうだが、品目横断的経営安定対策も含めて、全体に、現場の実態に合わない、活用しづらい、手続きが複雑すぎるとの声があまりにも大きいことは否定できない。なぜ、このような現象が生じているのか、活用する者の立場に立った政策形成が行われているかどうかを今一度検証してみることが急務である。

(2008.1.8)

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