農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2008」


どうするのか日本の農業―日本農業の基本戦略を考える

インタビュー

農業の夢とロマンを実現する長期政策の確立を

JA全中常務理事 冨士重夫氏に聞く
聞き手:谷口信和 東京大学大学院教授


 「正しい危機認識こそあらゆる改革の原点だ」と谷口信和東京大学大学院教授は考えている。本当に危機的な状況になってから対策を考えても危機を克服することは困難だから、将来に起こりうる危機をいまの段階で察知して手をうち改革することが、危機に陥らない最大の保障だということでもある。そういう視点から、現在の日本農業の現状、そして初年度から見直しが迫られた品目横断的経営安定対策などについてどう考えたらよいのかを、冨士重夫JA全中常務と忌憚なく話し合ってもらった。

自給率・生産性の向上を図れる農業改革の実現を

冨士重夫氏
冨士重夫氏

◆農家の本当の気持ちは「米を作りたい」ということだ

 谷口 各地で農業・農村づくりのすばらしい実践が試みられていますが、日本農業全体としては元気がありませんね。
 冨士 園芸や畜産、酪農はそれぞれに課題がありますがそれなりにがんばっていると思います。日本農業に元気がないというのは、水田農業に元気がないということだと思います。その主たる原因は、米の生産調整の問題と高齢化・担い手不足にあると思います。
 米の生産調整では、米の消費が減少し続けていくなかで水田に何をつくるのかという問題があります。確かに飼料用米という考えもありましたが、結局、麦・大豆ということになりました。麦・大豆は乾燥地作物であり水田で作ることが難しいといった問題があります。他方では、生産調整が増えれば財政負担が大きくなるので、枠をはめてこれ以上は作るな、といってくるというようなことがあって、生産調整がうまくいかず離脱する農家が増えてくるということの繰り返しで農村が疲弊し、水田農業では儲からないので担い手が育たないということではないですか。
 谷口 農民の気持ちからすると、本当は米をつくりたかったんですね。
 冨士 米は連作障害がなく、毎年同じ田んぼに稲を植えつけられるわけです。飼料用米であっても、食用米と同じ機械を使えるし、営農体系もそろっているのだから、このままやりたいということです。しかし、麦・大豆は畑作物ですし、作業体系も営農体系も違います。麦・大豆でうまくいっている地域はどこも大規模化しているように、麦・大豆は5反とか小さな規模でやってもうまくいかないのです。だから、稲系作物で転作をという考えはありましたが、あまりにも輸入飼料穀物との価格差が大きすぎて、飼料用米に対して封印してきたわけです。ところが世界的に穀物価格が高騰していることなどから、畜産農家から代替飼料原料として飼料用米を作ってくれないかという声が出てきたので、改めて転作として飼料用米を考えていく必要があります。

◆飼料用米で水田機能を維持 それは食料安保になる

谷口信和氏
谷口信和氏

 谷口 農水省がもっと積極的にやってもいいと思いますね。
 冨士 飼料用米は財政的な負担が大きいので、輸入飼料穀物などとのコスト差を埋めるための努力が必要ですね。一つは反収1トンを超えるような品種改良です。また、品種としては多収量米があっても各地で栽培するのに必要な量の種子が農業試験場にはないといった問題があり、結局、モデル実験事業でやるしかないわけです。もう一つは、直播だとか不耕起とかもっと低コストにできる営農技術の確立ということがあります。その上であと例えば10a当たり3万円とか5万円を埋めればいいとなれば、国も枠組みがつくれるわけです。
 いまは米を1日にお茶碗一杯食べているけれど小麦とかが入ってこなくなるような事態になれば三杯食べることになる。そのとき水田が維持されていれば、飼料用米を作付けしている水田を主食用に切り替えられる。そのために例えば10a当たり5万円払っていても国民は納得できるし安心でしょう。
 谷口 稲は熱帯作物だったのですが、品種改良を重ね、長い時間をかけて北海道でも作れるようにしたわけです。同じことが飼料用米でもいえますが、そういう研究は十分には行われていませんね。
 冨士 ジャポニカでなくてもいいんです。長粒種でもいいわけですからね。それから四国などで2期作するとかを考えてコストを抑えるなど、農地を有効活用すればいいと思いますね。

◆担い手の規模要件の大幅な見直し

 谷口 平成19年は「農政改革元年」といわれましたが、初年度からそれが大幅に見直されましたが、これについてはどうお考えですか。
 冨士 われわれにとっては良かったと思います。われわれは「水田農業ビジョン」に明示された農家が担い手でいいのではないかといってきたのですが、規模要件に拘束され、それを基準にして枠をはめた結果、実際にいる認定農業者の半分も品目横断的経営安定対策に加入していないわけです。集落営農だって1万2000くらいあるのに半分しか認められていない。
 そこが今回見直しされ、われわれの主張が認められました。
 谷口 品目横断対策の重要な政策的論理は、シッカリした担い手をつくれば将来にわたって農業生産が維持できる。しかもシッカリした担い手だから米だけでなく、転作作物も含めていろいろなものを作るから自給率が上がるというものです。そこには生産を拡大するという考え方があったわけです。今回の見直しは自給率向上にはどう貢献しそうですか。
 冨士 いまの食生活を前提にしている以上、飼料を国産にすることと小麦・大豆の自給率をあげることしかないわけです。そうするといかに水田の転作でそれらを作付するかということになります。今回の品目横断対策で問題だったのは、ここ数年努力して、生産性を上げて、収穫量が増えているのにそれが反映されず、8俵とか7俵収穫しているのに平均反収として5俵換算でしかないということだったわけです。生産性を向上させている努力に報いない政策だったわけで、今回の見直しで大丈夫になったと思ってもらえれば、さらに努力していこうという気持ちを鼓舞することになると思います。

◆「緑」と「黄」の政策の比率を固定する必要はない

 谷口 WTOとの関係ではどうみたらよいのですか。
 冨士 現在のWTO交渉がどうなるかという問題もありますが、次のラウンドが今までと同じようにあるのかどうかということに疑問符が付きはじめています。世界的にモノ自体を確保することが大変だという状況になるなかで、輸出国が農産物を輸出するために輸入国が関税を限りなく下げろというような手法だけでもつとは思えませんね。
 谷口 WTO農業交渉に対して日本は、具体的な政策で向かっていくというよりは、やや抽象的な理念が先行しているように思います。GATウルグアイ・ラウンドの時の失敗は、当時、農水省の方針にすぎない「新政策」しかなくて、国会での承認といった裏付けをもった国内農業政策がなかったからです。今回のWTO農業交渉開始時には食料・農業・農村基本法が制定されていました。そして、国内は基本法のもとに基本計画を作ってやっていきますという枠組みのなかでWTO交渉にのぞみ、日本提案がされてきたわけです。EUはずっと以前から、CAP改革・合意→農業交渉という形でやっていました。したがって、日本もWTO農業合意に先行して国内政策で明確な方向を出し、その枠のなかで交渉し、もしダメなら国内政策を直していけばいいわけです。今回、確かに品目横断対策を決めましたが、初年度で見直したことに、そうした国内政策の先行性という点での不十分さが露呈したのだと私は思います。
 何が問題かというと、たとえば現行対策では「黄」と「緑」の比率を固定していることです。私は固定する必要はないと思います。当初は「黄」の比率が高く、5年後に向かって徐々に「緑」を増やしていくという政策選択があってよかったと思います。
 冨士 当初は段階的に「緑」を増やしていくという話もあったのですけれども、努力した者がむくわれるためには数量支払のようなものがないと現場の理解がえられにくい。しかし、これが定着して数量支払いも間接的に反映されるということになれば「緑」で安定していった方がいいというようになるかもしれません。作柄の変動とかもあるので、何年か経験しないと分からないということもありますね。

◆「作付面積」での実態把握は大きな転換

 谷口 今回の見直しの一つである「収入減少影響緩和対策」(ナラシ)についてはどうみていますか。
 冨士 19年産については追加負担を国が100%やりますよということですが、20年産以降については、従来の10%下落までのコースに加え、生産者も国も倍額の拠出をして20%までの収入下落に対応する2つ目のコースを設けて、仕組みの充実をはかりました。これは評価できます。
 谷口 20%以上下落したらどうするのかということも考えるべきで、そんなに酷い状況になったら国が面倒みるとか…。国が支えるという姿勢が弱いですね。痛みを和らげるだけで、痛みを解消する対策にはなっていないと思いますがいかがでしょうか。
 冨士 「岩盤対策」ですね。そういう議論もありましたが、米価も生産調整をシッカリやって下げさせない仕組みの構築が大事ではないかということになったわけです。
 谷口 米政策については「見直し」の域を超えて「転換」ではないかと思いますがどうですか。
 冨士 「転換」とはいっていませんが、行政の関与を強化することは間違いありません。需要情報をいままでのように国が出していきますが、出した情報に基づいて県・市町村の現場がちゃんと実行することで、行政の関与をいままで以上に強めていくことを打ち出したのは画期的なことです。しかも、そのための手段として「作付面積」を把握していくことにしましたが、これは実効性確保の意味でも大きい転換だといえます。

谷口氏(左)×冨士常務理事(右)

◆国内生産増大のために全生産者をどう結集するか

 谷口 いままでの路線は、大都市圏市場へ出荷できる大規模産地を育てるということだったと思います。しかしいま、ファーマーズマーケットでは担い手ではないような人が健闘し、自給率向上に貢献している可能性が極めて高いです。この方向は今後も続くと思います。また、北海道では米の地場消費を増やしていることがきらら397などの健闘に結びついていることなどを合わせて考えると、自給率向上のためには、担い手を含む全生産者をいかに国内生産の増大のために結集していくかという路線が求められているのではないかと思いますが、そういうことが今回の「見直し」では意識されているのでしょうか。
 冨士 そこまで意識してはいないと思います。今後の課題として多様なチャンネルで地場消費を取り込んでいくことは大事ですね。そのことで自給率も上がりますし、農家の所得も増えるわけですから。
 そして、地産地消のマーケットと大口需要とか加工分野とを分けてキチンと対応した生産までを考えていくことが大事だと思います。
 谷口 そういうことをJA段階で考えて欲しいですね。
 冨士 これを契機に自分たちの戦略をどう考えて取組んでいくかですね。
 谷口 私は、夢とロマンのある農業になって欲しいと思います。「ロマン」というのはフランス語やドイツ語では小説という意味です。重要な点はこの場合の小説は短編小説ではなくて長編小説のことなんです。そういう意味で長期的な政策をぜひ考えていただきたいですね。
 冨士 国の基本計画を見直す次期計画が22年からなので、今年の中ごろから検討に入ることになります。そこでは長期のロマン溢れる政策を、これまでの価値観とか概念を洗い直しながら、検討していかなければいけないと思います。いままでの既成概念の延長線上ではムリだと思いますから、新しい価値観や理念を入れ込んでいかなければいけないと思いますね。
 谷口 外圧は厳しいですが、ぜひがんばってください。

対談を終えて
 対談は昨年末に「農政改革三政策」の見直しが決定された直後に行われた。だから、話題がどうしてもそれらの評価に集中したが、三ヶ月の特別運動の成果として「見直し」を「勝ち取った」だけに冨士常務の発言には自信と余裕があふれていた。
 とはいえ、品目横断対策の用語の変更(緑ゲタ→固定払など8語)は現場に少なくない混乱を持ち込むだろう。面積要件の見直し等は今後の加入者にとっては朗報だが、既加入者にとってはどうなるのか、加入した集落営農が再び解散することはないのか、設立された集落営農育成型JA出資法人などは一体どうなるのかといった疑問も湧いてくる。
 また、過剰米対策・備蓄政策・収入減少に対する岩盤対策などの基本的な政策の検討が先送りされた状態で、やや「緊急避難的」な形で生産調整政策の変更が提起されただけに、来年度の生産調整が100%達成できず、再び過剰米問題が発生した場合、悲劇的な事態に陥る不安をぬぐい去ることは容易ではない。一方では生産調整の実効性確保を図るとともに、他方ではより抜本的な長期的な政策の検討が求められているのではないか。2008年はJAグループの指導性が問われる激動の一年になる予感がした。(谷口)

(2008.1.15)

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