農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりのために2008」


どうするのか日本の農業―日本農業の基本戦略を考える

座談会 その3

日本の将来を見据え危機感の共有を

深刻な生産現場の声、どう受け止めるか


◆鍵は自給率向上に向けた真剣な国民議論

座談会の様子B

 ――今までの議論の流れを整理すると国際環境は極めて厳しく日本が勝手にあちこちから食料を調達できる時代ではなくなったきた、したがって国内農業をどうするかということが注目されるけれども、今の政策で農業の現場で起こっていることは生産の継続が難しいほどみな展望を失ってきている状態である、ということですね。
 この障害を除去しようとするときに何が必要かといえば、とにかく土台づくりがいるということでした。価格の下支え策などの土台があれば少し見通しを立てて農業ができるのではないか。
 では、こうした土台づくりを促進するためには何が必要かというのが次のテーマになると思います。そこで食料自給率論議が出てくるのだろうと思いますが、それには国民合意がいると思います。政府はカロリーベースで食料自給率45%という向上、増産目標を立てていながら、しかし、それは政策の裏付けなき食料自給率向上目標であるということだろうと思います。政府は食生活が変わらない限り自給率は上がらないと言ってるだけです。国民合意をしっかり形成し政策的にも裏付けをつけて進めることが、基本的には今まで口でだけ唱えて実行なしというものを実行あるものにするために必要なことだと思います。
 その点の促進策、自給率目標をきちんと実行させる、そのための政策、そのための取り組みということについて話を移していっていただきたいと思います。

 村田 食料品価格が上昇し始めて、これは少し食料事情が変わってきているぞと感じる人がいるかもしれませんが、基本的には至るところに豊富に食料があっていくらでも買えるという状況のなかで、食料自給率を上げないと危ないという声を多数派にしていくには、農村は農村で都市は都市で、農協も生産者も地産地消を含めて、生産者と消費者と顔の見える関係をどうつくっていくか、だと思います。食の流通のなかに地域流通をもう一回復活させる。店舗内のインショップでもいいし直売所でもいい。国内農業はいい、国産はいいということを至るところで作り出すことが食料自給率を上げることや、上げなければならないという意識につながるのではないかと思いますね。食料危機が来るぞ、ということだけ叫んでも絶対だめで、何とか日々の生活のなかで、とくに若い世代に自分たちが住んでいるこの地域でこんなものが穫れているんだ、これはおいしいねというような意識が育っていかなくてはならないと思います。
 幸渕 まさにみかんの販売でも今までは全部中央に出荷して、それも全部委託販売でやってきたわけです。ところが、消費者に直接販売すると、あのおいしいみかんを何とか送ってくれませんか、という要望が非常に多い。ただ、それは農家が自分でやるのでは忙しくてなかなかできず高齢者が選果もしないで手詰めで送るなどということをやっています。しかしこれはただ高く売るということではなく、理解を広げるためのひとつの運動論として取り組む販売も考えていくべきだろうと思います。
 阿部 インショップや直売所に出荷するメンバーをみると、高齢者であるとか兼業農家であるとか、そういう方々なんですよ。つまり、国が言う担い手層とは違う。国が言う担い手層は市場対応型の生産になってしまっていて、実際の自給率向上にかかわるような積み上げ層というのは担い手層ではないということです。
 幸渕 一方では卸売市場法の改正で取引形態が変わってくることを見越して、卸売市場側もどこかの産地と結託するといってもいいほどの体制でやっていこうということです。だから農協もそういう結びつきを強めるような販売も考えるべきでしょう。結局、自給率問題が示しているのは消費者との絆をどう深めるかであって、その方法を考えるということだと思います。
 鈴木 自給率を高める必要性を理解してもらうには、自給率が下がると、それに伴っていろいろなものが失われるということを説明することも必要だと思います。農業が衰退すれば農村が失われていき、農業の多面的機能も失われていくという、セットで失われることの怖さを具体的に分かってもらう。ただ多面的機能といっても言葉だけが先走って具体的にみなさんにとって伝わっていない面が確かにありますから、そこをもう少し現場で伝える工夫をしないといけないと思います。

◆地域の循環経済システムづくりが自給率の向上に

座談会の様子C

 ――経済界の議論のなかでは日本は自給率そのものの概念を放棄してしまおうという主張もあります。そういう人たちが隠然として存在し、しかも財界の中心です。それを国民合意でその主張は違うんだということにしていくには相当な力を持たなければならないということですね。

 鈴木 特に、一部の輸出産業の経営陣が問題ですね。パート化で従業員も苦しめ、輸出が伸びれば、自分が儲かれば、あとは国土がどうなろうがいいとしか思っていないような人たちが、それを国益だといって日本の中枢部でやみくもな農産物貿易自由化を進めようとしているわけですから、それに対する危機感を国民に分かってもらわないと日本の将来に取り返しがつかない禍根を残すことになってしまう。早急に議論を喚起していかなければならないと思います。
 村田 先ほどこの問題は農村地域社会の問題だとの指摘がありましたが、まさにその通りで富が首都圏に集中していくなかで、まさにそれが農村の過疎、疲弊をもたらしていて、そのことが地方中核都市もがたがたにしていっている。
 そうすると自給率を高める循環型経済の課題とは農業、農村の力をどう強めていくかだけではなくいわゆる町興しと一体型ではないかと思います。産消提携や地産地消がどうして重要なのかといえば、そのなかで地域の経済循環をどう高めるかであって、それに取り組まないと自給率も上がってこないということだと思います。
 阿部 地方都市が疲弊しているなか地域農政にどういった働きかけをするかも課題になっていると思います。
 たとえば生産調整の問題にしても地元の市長との話し合いで主張したのは、これは官から民への問題ではなく登米市の地域農政をどうするかの問題なんだということです。地域農政の課題なのだから、農協と一緒にやる以外ない、行政が手をひいていいものではないんだ、ということを説いた。
 地域農政をどう動かすかということは、地方経済にとっても、自給率向上にとっても大事な点だと思います。国の農政ももちろん大事ですが地域農政も射程にいれて下から積み上げるということが大事だと思います。
 北原 今、地域農政の話が出ましたが、日常、学生と接していると食料、食の安全・安心、それから環境というキーワードにはすごく反応が良くて非常に関心も持っています。
 ところがものすごく気になるのが日本の農業がどうなっているか、農村の状態がどうなっているか分かるかと聞くとまったく知らないんですね。これは都会出身者ばかりではなく、地方出身者にも多く非常に驚いています。自分の出身地に田んぼや畑があるので農業や食に関心はある、しかし、そこでどういう苦労があるかほとんど知らないんですね。
 そういう意味では若い世代にどういうメッセージを送っていくかということも非常に大事になると思いますね。
 また、もうひとつの問題として一方で市場原理であるとか、競争原理であるとかに簡単に組みしてしまうところもある。だから農村が非常に厳しい状況だということが分かると、それなら株式会社化して農業をすれば強くなるのではないかという議論にも簡単に乗っていってしまう。ですから、若い世代を味方につけていくことも大事ではないかと思います。

◆増産のための「下支え策」へ農政の本格的な転換を

 ――今までの話のなかで浮き彫りになってきたのは、歴史的には農産物価格の下支え措置をはずされてきて、それは国内農業の衰退をもたらし結局、対外依存度を強めざるを得ないという方向になったということだと思います。しかし、国際環境から言っても対外依存度を低くし、つまり、自給率を高める方向に本格的に踏み出さなければなければいけないという状況にあるのではないかというのが今日の話で示されたことだと思います。
 最後に議論の全体を通じて補足などを行っていただればと思います。

 幸渕 今日話題になった下支え策についていえば、みかんでは加工原料価格です。20%が加工に回るわけですが、なぜ20%も加工に回るかといえばだんだん規格が厳しくなって以前は製品として市場出荷しているものでも厳選し、どうしても加工に回さざるを得ないものが増えてきたということもあります。しかもみかんは気象変動に大きな影響を受け天候によって品質が低下したり、作柄も豊作になり不作になり生産量の変動も大きい。こういうなかで今までいろいろな政策がとられてきましたが、本当にそれは小手先の対策でしかなかった。やはり一番大事なのは下支えの政策だと思います。みかんの生産費を全額補償せよということではなく底辺になる加工原料価格という土台をきちんとすることがみかん経営の安定につながる決め手だと思います。加工原料価格安定制度を確立しみかんのセーフティネットにしていくのが何にも増して優先するべきであると思います。残念ながら優良品種更新などさまざまな目先のことに追われてしまっていますが、もちろんそれも大事ですが、しっかりした土台の上で個々の経営努力を発揮していくべきであると思います。同時にみかんの場合は、ジュースに絞っても調整保管というのが必要になってくるわけで、果汁の調整保管事業が必要なことはいうまでもありません。
 阿部 食料自給率から食料・農業・農村問題のすべてが見えると思います。今日議論した食料をめぐる国際環境の問題なり、あるいは輸入自由化の問題なり、それから担い手や農地など国内農業の問題なりですね。
 そういう意味で食料自給率の問題について発信の役割をどこかが果たさなければなりません。この座談会がそのきっかけになれば幸いだと思います。
 北原 基本的に今の政策というのは水田中心になっていると思います。品目横断対策もそうですね。しかし、今日は果樹の話もありましたし、それから畑作の問題もあると考えると、品目横断的というよりも、水田、畑、樹園地というように農地横断的といいますか、そうした観点での下支えをどう考えるかも必要ではないかと思いますね。
 それから平場の比較的条件のいい地域でも今の農政ではやっていけないという現状もあると思います。これは秋田県内の例ですが、その集落では24戸の農家のうち認定農業者はわずか4戸しかいないという。それはどうしてかというと最近、基盤整備の話があったけれども、米価下落や高齢化もあって基盤整備できなかったということでした。
 ですから、未だに10アール規模の区画になっていて、比較的、平場で条件はいいけれども、なかなか規模拡大は進まないし、集落営農の組織化もなかなか出てこない、結果的に誰も引き受け手がない農地がぽつぽつ出てきてしまっているという。やはり中山間地域だけではなく、平場であっても基盤整備がされていないような地域は今の農政には乗れないということも忘れてはならないことだと思います。
 また、先ほどから地域農政という問題が出ていますが、これまでのような全国一律の農政ではなくて、地域の実情に見合った農政ですね、これは構造的な問題もそうですし、作付け作物にしても違うわけですから、対策を地域ごとにやって行く必要があるだろうと思います。
 この点については別の側面もあって、最近問題になっている高温障害の問題があるからです。秋田では、最近、高温障害の影響であきたこまちの品質が下がっているそうです。翻ってみれば全国あちこちでいろいろな異変が起きていて、やはりそのための対策という面からも地域ごとのきめ細かな政策が必要になると思います。
 村田 国内、国際情勢を改めて考えると、まさに農政の基本戦略、基本路線の本格的な見直し、立て直しが求められる局面が来ていると思います。
 その点で私はEUや米国のようなデカップリング農政に追随してはならないと思います。食料自給率の引き上げによる食料安全保障の確保がわが国の農政課題であるわけで、そうすると農地や人などすべての資源を活用して農業生産の回復を図るということですね。そのためには農業保護水準を引き下げるような余裕などなく、むしろ保護水準を上げなければならない。それにはやはり農産物価格支持制度による生産費の補てん、収入保証を基本とするとのがもっとも有効なんです。
 幸いなことにWTOのドーハラウンドの国内農業支持をめぐる交渉では、ファルコナー議長の貿易歪曲的国内支持全体の削減案をもとに合意がなされたとしても、わが国は今の予算規模からして1兆5000億円から1兆9000億円程度は価格支持に使えますよ。それだけあればWTOとの関係でも問題なくセーフティネットを張ることができるんですね。
 そういう意味での農産物価格支持制度きちんと実施するということ、しかも大事なことは水田、稲作の収益だけではなく、これから本格的に水田農業の総合的な展開ができるような麦・大豆・飼料作物など全体として耕作放棄を抑えながら水田利用率を高めて生産力を上げていく以外にない。これが基本です。
とくに飼料作物、それは飼料用米であれホールクロップサイレージであれ、どれだけ下支えできるかがポイントだと思います。
 また、国際的にはEPA、FTAの圧力が強まってくるわけですが、中国、韓国を含めて東南アジア地域は実は世界最大の穀物輸入地域です。これから東南アジア地域とEPA、FTAを展開していくとしても、それは各国の食料供給力を高めるうえでの国際協力を展開しようではないか、という意味でのEPAが求められる。東アジア共通農業政策の基本は国際分業ではなく各国の食料供給力を高めること、その面での本格的な国際協力をお互いしていこうという経済連携協定の提案をしていくことも求められていると思います。
 鈴木 今日の話をお聞きし、日本の農業、農村の疲弊、そして、それに対する農村の反発は過去にはない、想像を絶する状況にあると深刻に受け止めております。緊急支援策が予算化されましたが、それは本質的解決にはならないという現場の声が強いことは事態の深刻さをうかがわせます。
 その点で農業政策としても、新しい政策が導入されたばかりとはいえ、現在のような状況になってしまっている本質的問題はどこにあるかということをきちんと検証して、その本質的な部分についての回答を出す姿勢が必要だと思います。いちばん大きな問題は米価がどこまで下がるか分からない、見通しをもって計画が立てられなくなっているという現場の悲鳴ですね。
 その点を真剣に検証しなければいけないし、今日議論したように自給率を上げなくてはいけないという段階で、過去の実績に基づいた支払いを基本にしているということの整合性も考えてなくてはいけない。WTO協定上は生産を刺激しない政策でなければ「緑の政策」にならないというけれども、生産を刺激しないということは、そもそも今日本がやろうとしている自給率向上と矛盾しているわけですね。WTOルールを金科玉条のように受け止めることが矛盾をもたらしているんじゃないかという声にどう回答するかです。
 それから農業・農村への支援は、国民にバラマキといわれない、納得できる政策として拡充する必要があります。農業・農村の衰退が国民全体の問題であることを分かってもらわねばなりません。たとえば北イタリアには水田地帯がありますが、生物多様性、水質浄化機能、洪水の防止機能といった多面的機能を具体的な指標にして水田にはとくに上乗せした支払いをしているわけです。こういうことがきちんと行われているヨーロッパの国もあるわけですから具体的に紹介しながら国民のみなさんに農業・農村への一定の支援についての理解が広まるような活動がますます大事になっていると思いますね。

 ――たくさんの取り組むべき課題をみなさんから示していただきました。これからは後ろを振り返ることなく前に進むしかないと思います。農家のみなさんを勇気づけることがあればみなさんがんばっていけると思います。今日の座談会がその支えとなれば幸いです。どうもありがとうございました。

(2008.1.21)

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