農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 「食と農を結ぶ活力あるJAづくりと女性達の役割2008」


JA女性 かわろう かえよう 未来のために

農業、家族、地域を守る女性たちの力

現地レポート JA三次の女性たち(広島県)


 JA三次では、大量品目を生産する産地づくりから、「少量多品目生産」と「産地直売」を軸にする地域農業へと振興方針を平成16年度から大きく転換した。広島市内にオープンさせたアンテナショップ「きん菜館」をはじめ量販店などのインショップに組合員がつくる多彩で新鮮な野菜やアイデアいっぱいの加工品が都市部の消費者の支持を得て元気な地域農業づくりが進んできた。
 この取り組みを大きく支えているのが女性たち。そこには農地を、家族をそして地域を守るそれぞれの物語がある。

アイデアと伝統と協同が奏でる本当の豊かさに向けて

◆集落営農組織に女性部誕生

神岡文江さん
神岡文江さん
 広島県は集落営農組織づくりが活発な県だが、なかでもJA三次は地域農業の維持と活性化に向けて組織づくりを推進、法人化も進めて現在16法人が立ち上がっている。
 同市三和町の成広谷(なひろだに)地域では集落の住民の意向をもとに平成15年から集落営農法人化に取り組み17年に農家戸数68戸のうち57戸が参加して農事組合法人「なひろだに」を発足させた。約60ヘクタールの農地を集約している。
 この地域はきれいな水と寒暖の差でおいしい米の産地として定評がある。法人はこの伝統あるおいしい米づくりの継承とともに、大豆や野菜などの生産にも力を入れ「参加農家の能力と智恵を結集」して将来にわたって農業を継続していくことを目標に掲げた。
 「能力と智恵」の結集のかたちのひとつが加工食品づくりだ。昨年4月に法人内部の組織として女性部と加工部を設置、女性たちによる豆腐や餅、漬け物などの加工食品づくりをスタートさせた。
 加工食品の原料は法人「なひろだに」で生産したものを使う。JAの加工施設を借り受けて、法人が直接加工販売を運営する。
 豆腐の販売を始めたのは昨年6月から。2か月間の特訓を受けてのことだった。
 「女性部が中心になって加工部を、といわれても誰も豆腐づくりなどやったことはありませんから、寒い季節に水を使うのはしんどいし…と、最初はしり込みする人が多かったです」と女性部長の神岡文江さんは話す。法人経営の一部門と
農事組合法人「なひろだに」の女性部・加工部のみなさん。加工施設の前で
農事組合法人「なひろだに」の
女性部・加工部のみなさん。加工施設の前で
して立ち上げるわけだし、継続も必要になることからさまざまな意見が出るのは当然だったろう。それでも集落営農という形で地域の農業を続けていくには、米づくりに替わるものとして食品加工は重要な部門であることが分かった。
 それだけではない。神岡さんたちを動かしたのは、かつての集落の暮らしの情景だった。子どものころ、囲炉裏端で食べたおばあちゃんお手製のこんにゃくのみそ田楽や焼いたさつまいも、栗など――。「おいしくて安心な手製の温かい食文化」を加工部の事業を通じて子や孫へ発信できればという思いだった。

◆熱意と活気が集落に

松村早百合さん(上)石川和子さん(下)
松村早百合さん(上)
石川和子さん(下)
 今、豆腐づくりなど加工部では11人ほどの女性部員が交代で仕事をしている。 豆腐はきれいな水をイメージして「ほたる豆腐」と名づけてアンテナショップ「きん菜館」やAコープのほか、三和町の学校給食にも提供するようになった。今年はより付加価値のある「本にがり豆腐」にも挑戦し、販売のめどを立てた。
 餅づくりでは昨年末に初めての餅つきの注文を受けた。法人が開設したホームページを通じて北海道や関東からも注文があったという。餅つきの様子が地元テレビで紹介されると餅米を持ち込んでの依頼も急増した。
 「1日に60臼、ついた日も!。活気があってええねえ、という声も周りから聞かれました」と加工部主任の松村早百合さん。この地方では丸餅にして餡も入れる。小豆ももちろん地元産だ。
 本格的な事業展開からまだ1年足らずだが、その間にも智恵と工夫が大切なことを経験した。販売先で豆腐が売れずに余ってしまうということが起きたのだ。そこで神岡さんたちは「豆腐」を揚げて「厚揚げ」にすることに。最初から厚揚げ用として製造したものとは味が違うと好評で新しい品目が増えることになったという。
 ほかに「食べてみてください」と私たちの目の前に出されたものがある。「スモーク卵」と「スモーク豆腐」だ。ウイスキー樽を原料チップに燻したものでおつまみとしてもいけそうだ。実はこれは加工部立ち上げを聞いたある女性部員の熱心な創意工夫の結果だという。体調を崩し豆腐づくりや餅づくりの仕事には加われないが、何とかアイデアぐらいは出せないものかと一人工夫を重ね、神岡さんたちがつくる豆腐と地元産の卵を使って開発した。若い人にも人気の一品となっている。
 女性部は加工食品だけでなく、法人から20アールほどの畑を借りるかたちでピーマンやさつまいも、にんにくなどの栽培もしている。加工部門に参加できない女性たちが少量多品目販売をめざして取り組む。こうして法人の農業経営に参加する人たちが増えてきた。
創意工夫で開発した「スモークたまご」と「スモークとうふ」
創意工夫で開発した「スモークたまご」と
「スモークとうふ」
 同法人の児玉勇代表は「集落が元気になるには女性が元気でなければと」と女性部に期待する。
 実は事務局を担当する石川和子さんはずっと小売業経営に携わってきており本格的な農業はもちろん食品加工の経験はない。それが集落営農の立ち上げによって地域農業の担い手にもなったことになる。神岡さん、松村さんもお互い以前は顔を合わせてもあいさつする程度、それが集落に法人ができて仲間になった。
 手製の食文化を伝え農業を維持する女性の力、それを引き出す場が成広谷(なひろだに)に生まれつつある。

◆村の特産づくりの先駆け

折坂多賀子さん(上)梶川玲子さん(下)
折坂多賀子さん(上)
梶川玲子さん(下)

 JA三次の管内各地からアンテナショップなどに直送されるもののなかには伝統的な食材やその集落の特産品なども多い。少量多品目生産と産地直売を確立しようという方針は、こうした農村の文化を発信しようということでもあるだろう。
 その先駆けといえる取り組みを20年以上前から続けてきた女性グループがある。
 旧布野村の「こぶしグループ」がそれだ。もともと地域女性会の役員になったことで親交を深めた折坂多賀子さんや梶川玲子さんたちが「もっと生活を楽しめることはないか」と畑を借りることから始まった。販売するには何を作るのがいいのか、とお茶を飲みながら話し合ったところ、思いついたのがまさに「お茶なら毎日必要なもの」だった。地元で栽培されていた「はぶ草」という植物を栽培することにした。
 草丈1メートルほどになるはぶ草の収穫は夏。乾燥は森林組合のシイタケ乾燥場を借りることにした。こうしてつくった「はぶ茶」をいろいろな会合で試飲してもらって販売につなげていった。生活の「楽しみ」を求めて始めた活動だが、3年ほどたつといくつかの店で販売できるようになった。さらに梶川さんたちは収穫後の8月に大根を作付けることにした。漬け物にして弁当屋さんなどにも納入、と仕事がふくらんだ。
 しかし、はぶ茶は売れ行き不振になったこともあり余ったものを売って歩くこともあったし、漬け物も捨てざるを得ないことも。逆に約束していた時期に出荷できず欠品を起こすと、その後は別の商品が棚に置かれていて契約が途切れるという厳しい現実にも直面。「いろいろな経験をしてきました」と梶川さん。
 そんななかでも、たとえば大根づくりにはたい肥を使って土にこだわったことから柔らかい大根と評判で農協の品評会でもプロを押しのけて賞をとるほど品質を上げた。また、漬け物だけでは限界があるのならと、輪切りにした大根を乾燥機にかけて「干し大根」にしたところ広島市内で評判になった。そのほかにもさつまいのもつる煮、栗の渋皮煮、そして餅などを村役場だった施設を借りて手作りしてきた。はぶ茶は旧布野村の特産品になっている。
 初代の代表だった折坂さんは88歳になる。今の代表の梶川さんも76歳だが大根畑の柵を身軽に乗り越えるほど元気だ。地域の人たちの協力があったからこそ続いたこと、仕事というより生きがい、と控えめに言う。が、「土地で穫れたものをその土地で食べればいちばん安心ではないかとずっと思っていた。自分たちでつくったものは安心なんだ、と自信を持って売ってきました」と言ったときには、梶川さんの柔和な表情が引き締まった。

左から、JA三好組合員の滝口課長、千ア総務部長、こぶしグループの長谷川百合子さん、檜高江美子さん、折坂さん、今村教授、梶川さん 土づくりにこだわった大根はやわらかくておいしいと評判

左から、JA三好組合員の滝口課長、千ア総務部長、こぶしグループの長谷川百合子さん、檜高江美子さん、折坂さん、今村教授、梶川さん

土づくりにこだわった大根は
やわらかくておいしいと評判

◆家族を守り農地を守り

貴正栄子さん
貴正栄子さん
 JA三次のアンテナショップ「きん菜館」やインショップへの出荷という直売への取り組みの先駆けとなった女性もいる。
 貴正栄子さんは合併前の旧三和町農協時代からJAが用意したトラックで広島市内での青空市販売に取り組んできたこの地域の農村女性の一人だ。その後、きん菜館のオープンで出荷メンバーとなり、メンバーのなかでもトップクラスの販売高を上げている。一時はたった一人の野菜づくりで年600万円を売り上げたことも。
 品目数はどれくらいあるのかと聞くと「100品目ぐらいにはなるじゃないですか」とこともなげに言う。それもそのはず、たとえばモロヘイヤひとつとっても、生での販売、規格外はお茶に、さらに残ったものは乾燥させて粉にして加工用として販売する、もっと言えば苗の段階での出荷だってするという。「規格品と規格外品を合わせれば底上げができる。もったいない精神、捨てるところなんてほとんどないですよ」。
 こうした精神は市内での青空直売で消費者と直に触れあって生の声を聞いた経験からだという。こちらから食べ方を教えることもあれば、こんなものを作ってくれないか、という要望もある。それが少量多品目生産、というよりも貴正さんの場合は多品目開発といったほうが適切かもしれないが、そこにつながっていった。自宅の加工場をのぞくと、こっちには貯蔵されたこんにゃくいも、あっちにはヘチマ水、足もとには、梅漬け、らっきょ、鷹の爪、などなど実に多彩な品目が並ぶ。これらはおもに家の前の9棟のハウスで栽培されたものだ。農作業と加工は全部、一人での作業である。
 実は貴正さんは介護が必要な義父母を施設に預けているばかりか、3年前、10年間ガンと闘病したJA職員だった夫を亡くしている。夫には「寝たきりでもいいから生きていてほしかった」と今も思う。
Aコープ内にある直売コーナー
Aコープ内にある直売コーナー
 それでも立ち直れたのは「明日、穫って出そうというトマトが目の前にあったから。それがなければこんなに早くは…」と語る。農から生きる力を得た。
 アイデアいっぱいで産直と加工に取り組んできた貴正さんだが、それは家族を守り農地を守ることでもあった。「決して揺るがない農村女性」の姿がそこにある。

(2008.1.29)

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