農業協同組合新聞 JACOM
   

特集 中国側から見た冷凍ギョーザ事件(下)


低賃金と技能の矛盾 問題の背景に出稼ぎ

北京大学教授 章政氏に聞く
聞き手:白石正彦 東京農業大学教授


 「中国側から見た冷凍ギョーザ事件」の連載(上)では、食品安全対策などについて、その実情を中国・北京大学の章政教授に聞いた。連載(下)では中国の農業・農村・食料をめぐる基本課題農民合作社の現状と課題に絞って、東京農業大学の白石正彦教授が引き続き章政教授に直撃インタビューした。
 章教授は都市と農村の所得格差農業改革による農村から都市への労働力移動などを説明し「食品安全問題などは結局、農業・農村問題から発展してきているといえる」とした。
 また農民は高い経済成長のメリットを余り受けておらず、出稼ぎをしても低賃金で使われているが、こうした農民問題を背景に今年1月、労働者を保護する労働契約法が実施されたことなどを語った。

◆農村と都市の所得格差拡大

章政氏
章政氏

 白石 著しい経済成長の中で中国では沿岸地方と内陸部の所得格差などが問題になっていますが、現状をお話下さい。
 章 農村と都市の所得格差が広がっています。都市住民の年収は改革開放の当初(1980年)は農村住民の2.5倍でしたが、06年には3.2倍となり、格差が拡大しています。
 つまり、改革開放から25年ほどの中国の経済成長は、年率で8%以上の高い成長を実現したのですが、農民が受けるメリットはそれほど拡大していないといえるでしょう。
 白石 農業生産面も余り変化していないということですか。
  そうです。農薬や肥料の使い方にしても一部の高毒、高残留のものが政府により禁止されましたが、農民の素質や教育水準の改善が遅れているため、生産現場の管理は前とそれほど変わっていません。
 また、この問題については近年の経済改革の推進によって新しい現象が発生し、つまり労働力の移動が起こっています。
 1980年の農業改革で、農家は作付面積や作りたい品目を自分で選べるようになりました。それまでは上からの指導で作付品目が地域ごとに決められていました。
 その新しい生産体制のもとで、農家の労働力利用も自由になり、このため農家の2、3男は農業をやめ、都会に出て働くことになり、その構造が労働力の移動となりました。いわゆる出稼ぎです。今日もこの現象が続いています。
 この出稼ぎは最初は県内の移動が特徴でした。ちなみに中国には県が2800あります。
 その結果、各県に郷鎮企業が生まれました。農村に立地する企業だから郷鎮企業です。工業が中心ですが、サービス業もあります。
 一方、90年代に入ると食料不足も解消され、1人当たりの農産物保有量は世界平均を上回ったので農業改革の1つの成果だと評価されました。そして経済改革は都市部に移りました。

◆欲しい専門的な技術者

 白石 コメの過剰問題も背景にありましたね。
  そうです。90年代に入ると、労働力の移動は農村から都市へと県域を超えた移動になりました。
 都市部の経済改革は国営企業改革と外資の導入がメインであり、例えば日立とか三洋などの中国進出はこの時期でした。
 その影響で、優れた品質管理の下に生産された製品は、郷鎮企業の粗末な産品を圧迫し、倒産に追い込んで、そこの労働力を漂流させたり、都市へ向かわせたのです。そうした移動は“盲流”と呼ばれ、上海、北京、広州などから海外へも広がりました。
 白石 改革というのは80代、開放は90年代からですね。
  そう理解してもよいのです。業種別に盲流の行先を見ると建築業が多く、後は加工業やサービス業、食品関係などです。その人たちはほとんど技能訓練を受けておらず、文化的な素養も低いのです。
 この人たちを雇用した場合、いくら管理体制が優れていても人の素質を向上させていないから、どこかで問題が発生する可能性も高いでしょう
 だから労働力の移動は工業製品の品質に影響を与えます。格差問題は生産現場を変えていないといえます。
 白石 沿岸部の農民は大都市の工場に勤め、そこの農業は内陸部から来た人たちが担うという状況もありますね。
 章 そうですね。食品加工関連企業はだいたい都市近辺に立地し、近郊農村から来た人たちが労働者になっています。だから専門的知識や技術はそれほど持っていません。そこに問題が発生する素地があります。
 食品安全問題や貿易問題は結局、農業・農村問題から発展してきているといえます。
 白石 安全性を確立するためには専門的な技術者がほしいですね。

白石氏(左)・章氏(右)

◆農家の9割まだ未組織

  しかし企業側としては人件費コストを抑えたいから高給取りは雇用したくないのです。 一方、低賃金労働者は労使対立の不満から手抜き作業をするという状況もあります。
 中国には最低賃金水準という規定がありますが、労働集約的な企業ではそれを守らないところが多いのです。
 このため政府は今年1月から労働契約法を実施しました。これは企業側にとって非常に厳しい労働者保護の法律です。
 例えば労働者側に重大なミスがなければ企業側は簡単に解雇できません。
 また労働契約を結んで1年間働き、労働者側に問題がなければ2年目からは永久雇用になります。さらに解雇する場合には過去にさかのぼって2倍の給料を払わなければなりません。
 白石 その法律は企業の規模によらず中小企業にも適用されるのですか。
  そうです。外資を含むすべての企業が対象です。背景には農民問題があります。農民は高度成長のメリットを受けていないし、出稼ぎをしても低賃金で使われているからです。もう1つは労働者の素質を高めていく目的もあります。
 白石 次に農家経営について聞かせて下さい。
 章 農業生産体制は国営農場もありますが、98%は家族経営農業です。
 白石 農民合作社の現状はどうですか。
  90年代の半ばから農民の協同化の動きが始まりましたが、発展速度は遅いですね。いま日本の専門農協に当たる専業合作社は15万組織です。そこへの参加農家数は2500万戸です。これは全体の農家数の約1割です。つまり9割は組織化されていないということです。だから加入者を増やす組織拡大が大きな課題となっています。

インタビューを終えて
 章政教授は、今回の事件が日系企業との結びつきを深めている中国の輸出向け食品企業と中国政府が連携して食品工場内中心のマニュアル重視の食品安全面での厳しい規制を実施し、不良な食品企業による輸出業務を排除した中で発生した点を大変驚かれている。このため、教授は食の安全性確保のために、第1に農業生産段階から加工・流通段階のプロセスでの犯罪面も視野に入れた危機管理を盛り込んだフードシステムを強化するべきこと、第2に中国の農業者、従業員等に対する食の安全性に対する教育面の強化、第3に専業合作社(専門農協)への農家加入率が約1割に留まっている農協組織への結集率の弱さの克服等を強調された。すなわち、食の安全・安心は、感情的かつ観念的にではなく、冷静かつ客観的にみて、グローバル指向によって効率的に低価格で実現できるものでないことを、実体面から冷静に浮き彫りにされた。日本の農協、漁協と生協は、中国の農漁業者、消費者等の協同組合組織化への支援並びに日本国内での真剣、かつ冷静な異種・同種間の協同組合間提携を強化すべき新段階を迎えたと考える。(白石)

(2008.2.29)

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