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日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか

日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか
内山 節

【発行所】講談社

【発行日】2007年11月20日

【電   話】03−5395−5817

【定   価】720円(税抜)

評者名:今野 聰
NPO野菜と文化のフォーラム理事長

 不思議な題だから、それだけでおやっと思う。続いて著者の風貌に思い至る。なるほど。1950年生まれ。哲学者。群馬県上野村と東京を往復する。軸足が農村についているのだ。今まで、著作にはいくつか出合った。どことなく、異端の農村社会学者・守田志郎に近い。 さて本書、問題意識はどこにあるか。まえがきから引こう。「山村に滞在していると、かつてはキツネにだまされたという話をよく聞いた」「ところがよく聞いてみると、それはいずれも1965年(昭和40年)以前の話だった」 ここから本書は深入りする。あとは手にとって、しばし思い当たりながら考えていただく他ない。私の感じたことを以下記す。 第1は、昭和30年代まで...

 不思議な題だから、それだけでおやっと思う。続いて著者の風貌に思い至る。なるほど。1950年生まれ。哲学者。群馬県上野村と東京を往復する。軸足が農村についているのだ。今まで、著作にはいくつか出合った。どことなく、異端の農村社会学者・守田志郎に近い。
 さて本書、問題意識はどこにあるか。まえがきから引こう。「山村に滞在していると、かつてはキツネにだまされたという話をよく聞いた」「ところがよく聞いてみると、それはいずれも1965年(昭和40年)以前の話だった」
 ここから本書は深入りする。あとは手にとって、しばし思い当たりながら考えていただく他ない。私の感じたことを以下記す。
 第1は、昭和30年代まで、古里宮城県北で過ごしたが、町に「ヒル屋」があった。熱がでた時、冷ましてくれる民間療法である。ヒルは町を流れる堀にいた。田んぼにはいくらもいた。田んぼ仕事を手伝って、嫌なことは、ヒルに吸い付かれることだった。だがニセ医者などと批判する人はいなかった。それは何故か。
 第2に、田んぼで、なんらかの不思議に出合ったことが多い。それを話すと、「キツネにばかされたんだよ」と答えられるのは日常だった。それで済んだ。何故だろう。
 第3に、家の裏にある竹やぶ。そこに今もなお御明神様がある。馬頭観音もあった。亡母はいつも油揚げを供えた。キツネは神様でもあった。何故か。
 第4に、こうした子供体験を何時から次の子供たちに伝えなくなったのだろう。 以上の振り返りには、本書が実にヒントになる。そして「だまされる能力」があったのだと。つまりかつて山村生活が身近で、「山川草木、悉皆成仏」があると民衆は感じ取っていた。だまされたかどうかではない。これが著者の結論だ。山の幸、川の幸に恵まれ、そこに日常生活があった。野草とか山菜とか区別して言う必要がなかったのだ。生活が遊びであり、喜びであった。その経験を子供、孫に語る。テレビがないから、本がないから親の話を聴く。柳田民俗学が学問になる以前、おばあちゃんは民話の語り手であった。私は聴き手として、キツネが恐ろしかったり、神々しかったりしたのだ。
 ここからが著者の独創。そういう日常が、急速に消えていく時期の境が1965年だと著者は言うのだ。そのころ、就職して東京生活だったから、私の実感は薄い。だが地方語が廃れ、急速に標準語化する様は体験した。テレビなどマスコミから山村現場が急速に失われていったからだ。
 著者には、もうひとつの問題意識がある。これもまえがきにある。「歴史哲学序説」である。キツネにだまされて暮らした「民衆の精神史」を知ることだという。ここはやや難しい。
 「身体の充足感、生命の充足感、現在の問題意識から切断された」「見えなくなった知性」とも言うからである。
 私自身は、ここ10年ほど趣味で「野草の会」に参加し、学ぶことが多い。野菜とは全く違った世界である。だから、著者が渓流釣り体験を語るのがよく見える。
 以上、なんとも凄い作品という他ない。勿論批判があろう。迷信だ、非科学そのものだなどなど。本文にも戦後急速に広まったマルクス主義歴史観への批判がある。それさえ、発展史観退潮への便乗ではないかとなるかもしれない。だが今や「田んぼの生き物調査」の時代である。ここは心を豊かにして、キツネにだまされてみたい。

(2008.08.12)