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農業・協同・公共性

農業・協同・公共性
田代洋一

【発行所】筑波書房

【発行日】平成20年4月

【電   話】03-3267-8599

【定   価】3000円(税抜)

評者名:山内偉生
本紙論説委員

 編集部から、田代洋一先生の表記のご本の書評を依頼されたのは昨年の秋。通読して本書に流れる著者の「思い」、言いかえれば「ロマン」を強く感じた。それ故に、時間をかけて読み返したために、書評が遅れたことをお詫びしなければならない。 さて、本書は筆者の論文・調査報告を「兼業農業の時代」と「協同の時代」の観点に沿って拾い上げて集大成したものと言える。はしがきで筆者が述べているように、時代の分水嶺を1980年代のなかば頃として、前半の閉鎖システム時代を「兼業農業の時代」として第一部に収録、後半のグローバリゼーション時代をそこにおける協同の意味を探るため、「協同の時代」として第二部に取りまとめた。思うに閉...

 編集部から、田代洋一先生の表記のご本の書評を依頼されたのは昨年の秋。通読して本書に流れる著者の「思い」、言いかえれば「ロマン」を強く感じた。それ故に、時間をかけて読み返したために、書評が遅れたことをお詫びしなければならない。
 さて、本書は筆者の論文・調査報告を「兼業農業の時代」と「協同の時代」の観点に沿って拾い上げて集大成したものと言える。はしがきで筆者が述べているように、時代の分水嶺を1980年代のなかば頃として、前半の閉鎖システム時代を「兼業農業の時代」として第一部に収録、後半のグローバリゼーション時代をそこにおける協同の意味を探るため、「協同の時代」として第二部に取りまとめた。思うに閉鎖システム時代とは、86年に市場原理の導入、農産物自由化、担い手論などを提起した経済構造調整研究会の報告(前川レポート)が世に出る前のことであり、後半の部分は、市場経済主義の嵐が吹き荒れて日本農業は自由化の大波にさらされた時代のことであろう。
 第一部の農業、第二部の協同の論述の間に「距離があるかも知れない。いや決してそうではないという思いを序章に託し、現時点にたって、共同体(むら)、市民社会、格差社会、公共性、協同といった現代的な諸論点を整理した」とし、長めの序章をおこされた。したがって、本書は第一部、第二部を読まれる際に、幾度か序章に立ち返られると理解が深まるように感じる。
 第一部では、成長論に主導される日本経済の変貌にともない、兼業化に向けて農業生産の仕組みが大きく変容してきた現実を直視し鋭い分析が行われている。地域農業の再建に視点をあて綿密な現地調査を踏まえ、畜産的土地利用の展開、農民の自治と連帯、中山間地域の検証と課題について詳述された。
 第二部では、欧州とくにドイツ、英国などでの都市における農的空間の調査、英国やイタリアのヨーロッパ型生協の現地調査から本邦の生協、農協に事業論が展開されている。
 かつてマルコス元ICA会長が「参加、民主主義、誠実、他人への配慮」を協同組合の基本的価値として提唱し、現在のICA会長のバルベリーニ氏が協同組合運動の倫理性を強調しているが、著者はこのような崇高な理念を受け止めるに足る組織機構を創造することが求められていると断じている。
 本書の表題に、公共性が掲げられている。担い手、集落営農の組織が定住者地域社会の共同体として機能することになる。大切なのは、「地域に根ざした運命共同体を連帯共同体に作り替えることであろう。その鍵を握るのが公共性であり、その核心は公開性である。目指すは『地域に開かれた集落営農』である」と論じた。自治行政学の分野で、早稲田大学の寄本勝美教授が、「公務員、生活者、企業という3つの市民が公共を担っている。この三者がどのように協同して公共を作っていくかという意思決定が政策である」として都市型コミュニティのガバナンス論を展開しているが、分野は違えども著者の炯眼に感服した。
  膨大な研究の集積に圧倒されながら、「われひとり齢かたむき、はるばると旅をまた来つ」(三好達治)を引用された著者の研究姿勢に爽やかな詩情を感じる。(山内偉生 本紙論説委員)

(2009.02.04)