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「農ある地域」からの国づくり

「農ある地域」からの国づくり
蔦谷 栄一

【発行所】全国農業会議所

【発行日】2009年9月

【電   話】03-6910-1131

【定   価】1800円(税込)

評者名:今野 聰

 著者は農林中金総合研究所特別理事。日本農業のグランドデザインによる真の農政転換が基本視点である。本書の副題が「地域からの日本農業再生」。「グランドデザイン」とはないが、本書でもわかり易い。要するに国家の農業政策と地域の農業者・一般市民の生活が交点を結ぶ具体策の提起である。
 私はたまに事務所を訪ねる。本がうず高く重ねてある。農業関連書が多いが、どうもそれだけではない。経済学者・岩井克人を読んでいるという話だった。狙いはどこかなと思ったが、本書を読んで判った。農業関連類書にない特徴が本書に満載である。

 第1の特徴は、論争を恐れない姿勢である。第4章「市場化・自由化の経済理論」に登場する宇沢弘文「社会的共通資本としての農業」がそれ。要するに市場万能で整理できない農業の多面性である。一流の経済学者でさえそういう視点を大事にしているというのだ。たまたま09年9月11日、忘れもしない「9・11」事件の日。NHKラジオ深夜便にナマ出演した宇沢の経済学講義が神妙であった。昭和天皇に講義したとき、「つまり経済学は心ですね」というエピソードを紹介した。
 本書に戻る。第3章「市場化・自由化の経済理論」を総括する。ここには「徹底した市場化・自由化・国際化」(本間正義)、「農業・先進国型産業論」(叶芳和)、「直接支払い導入による関税撤廃」(山下一仁)が並ぶ。それらを丁寧に論破する。今山下説が盛んで、叶論はすでに消えた観があるからだ。反論を支える関連データも豊富である。WTO国際交渉の現状や国際農業を含めて、足で調べた跡が見える。とかく概ね国家データだから、無味乾燥。反対論者が同じデータを使うことだってある。そういう心配無しに読めたのは、データを超える著者のロマンである。品位の高い論争部分である。
 第2は、キーワード「地域社会農業」(第5章)である。著者の理論構成に、3人の特徴論者が登場する。保母武彦「内発的発展論と日本の農山村」で環境を大事にする。神野直彦「地域再生の経済学」で定住による生産・生活の農村共同体に触れる。さらに岡田知弘「地域づくりの経済学入門」で「地域内再投資」に触れる。これらの理論的成果をとり込んだ上で、地域づくり農業の実践事例を多く紹介する。例えば、長野県上伊那地区である。
 第3は、著者の本領に属するが、「水田の多角的利用」(第8章)、「放牧による地域資源活用(第11章)である。執拗に水田の全的活用を主張する。調整水田問題、飼料米、米粉活用、米粉による小麦粉代替などである。
 これについては、私自身1990年代後期、生活クラブ生協・千葉と千葉県旭市農協の養鶏飼料活用の実験事業に係わった。だから到底無理ではないのかと著者に反論、論議したこともある。その後生活クラブ生協連合会は旧遊佐町農協、地元の養豚業・平田牧場らと協同、先駆的事業展開をして、現在に至っている。追い風である。情勢を大事にすることに賛成である。
 やや蛇足だが、「地産地消から地域づくり」(第12章)に触れる。産直事業などである。ここに先述の長野県上伊那地区が紹介される。私の出会ったのは1982年、新しい流通事業開発のために、首都圏生協との交流を求めた。苦難を伴い、障害も論争も多かった。それを乗り越えて現在に至った諸氏が思い出される。

(2010.01.28)