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19年度食料・農業・農村白書

白書を斬る! 
世界の食料危機克服へ
この国の「責任」は打ち出されているのか?
田代洋一 大妻女子大学教授

 19年度白書は「わが国の食料供給は輸入に大きく依存することで成り立っているため海外の影響を極めて受けやすい構造となっている」との記述で始まる。そして「07年度はそのことを改めて認識する年となった」と『報告』した。いうまでもなく一昨年からの世界的な穀物の需給ひっ迫と価格高騰をふまえてのことで、今回の白書は直近までの激変する食料事情を盛り込み、同時にここ数年のわが国農政の改革成果と課題を指摘した。食料の安定供給の確保を国民全体の課題として考えなければならないとき、議論をリードする的確な分析と課題提起が白書にはいっそう期待されているところだろう。その期待に応えるにはどんな視点からの記述が求められているか。田代洋一大妻女子大教授が提言する。

問われる「自給率・米価・担い手」政策の整合性

◆タイミングと焦点は合っているか?

田代洋一 大妻女子大学教授
田代洋一
大妻女子大学教授

 内容紹介に代えて白書の構成からみていこう。
 冒頭の「トピックス」では、食に関する事件の多発、原油価格・農産物価格等の高騰、中越沖地震、農産物輸出、農村活性化の5つをとりあげている。前3つは妥当な選択だが、食に係わる事件は1月までの国内的問題だけがとりあげられ、国民を震撼させた中国製冷凍ギョーザによる中毒事件、米国輸入牛肉の危険部位混入といった国際的な問題は時間切れで先送りされた。価格高騰問題も国際的な食料危機への発展、それを踏まえたアフリカ開発会議、FAOの食料サミット、洞爺湖サミットでのイッシュー化といった事態に関するマスコミの熱い報道等とは温度差が生まれた。いずれもタイミングが悪い。
 本文は、例年だと食料・農業・農村の3章仕立てだが、今年は第1章を特集として「農業・農村の持続的発展」と「環境型社会の形成」とし、第2章を例年の食料・農業・農村とした。そのため第1章の第1節が「農業の体質強化と農村地域の活性化」、第2章の第2節が「農業の体質強化と高付加価値化」と、同じ「農業の体質強化」が2章にまたがった。それぞれの力点は違うが、テーマと叙述が分散して読みづらい。
 また農業環境問題を「特集」にとりあげたのは洞爺湖サミットを意識したのだろうが、サミットの焦点は既に世界食料危機への対応に移っており、これまたタイミングが悪い。「トピックス」に加えて「特集」を組むにはかなりの工夫が要るようだ。
 以下では食料自給率、米価、担い手に焦点を絞って検討したい。

◆農産物輸出が自給率向上に寄与する!?

 世界的な食料危機やその原因については、もっぱら日本の食や経営への影響といった観点からの叙述で、世界最大の純輸入国・日本が世界の食料問題にいかに負荷をかけているかという責任意識は乏しい。今日の食料危機はグローバル化の構造に深く根ざしている。日本はそのことを見据え、長期的に、アジアモンスーンの風土に適した水田農業の生産力を最大限に活かして、国際社会にかける負荷を減らす道を探る必要がある。
 そのような観点からすれば、輸出国の輸出規制等についての言及が抑制的だったのは評価される。食料主権は輸入国のみならず輸出国の権利でもあり、その制限を言っても虚しいし、事実、国際会議でも主張しなくなった。その点と絡んで、「むすび」で「米以外の作物の生産が困難な地域においては、水田機能を維持していくという観点からも、飼料用やバイオ燃料用等主食以外の取組を推進」を強調したのは注目されてよい。さらにはミニマムアクセス米輸入の妥当性にも言及すべきだった。
 なおカロリーベースの自給率について、分子の国内供給熱量には輸出も含まれるから、「輸出も国内生産の増加を通じて、食料自給率に結びつくことが期待される」という叙述には驚いた。輸出による自給率向上はたんなる計算上のものであり、輸出をさし引いた国内消費仕向け分で計算するのが筋だろう。輸出国が100%を超す「自給率」を誇示するのとは立場が違う。輸入率も計算しているが自給率、輸入率、輸出率を整理して使うべきだ。
 また輸出をトピックスにまでとりあげているが、人口減少社会化のなかでの国内生産維持には大切だとしても、アジア富裕層めあての輸出増が超低自給率の国の生きる道か。

◆米価下落の政策責任

 白書は、経営規模縮小や担い手への農地集積が進まない要因として価格低迷を上位に挙げ、米価下落の原因を、(1)消費減退のなかで生産調整の実効性が確保できていない、(2)全農の概算金取扱の見直し、(3)流通業界の過当競争、(4)消費者の低価格志向に求めた。
 (1) 費減退も(3)(4)始まったことではないとすれば、残るのは(2) 農責任ということになる。確かに全農県本部・単協・農家間のディスカウントセール競争が強まっており、改めて農協共販とは何ぞやを根本的に考えるべき時ではある。
 しかし全農だけに責任転嫁してすませるか。(3)(4) 下落を強めた直接的契機は(1)であり、(1)は消費減退もさることながら生産調整政策の機能不全化による過剰作付が決定的である。白書は食管法、食糧法、改正食糧法の三期に分けて米価下落を表示しているが、それによれば米価は生産調整政策を弛緩させた改正食糧法期に急落した。だからこそ「農政の見直し」で生産調整の行政責任を認めたのではないか。官邸近辺から減反政策見直しなどが云々される今日、「減反政策」、「生産調整政策」ではない積極的な水田総合利用政策を確立すべきである。
 また担い手農家に対象を限定した経営所得安定対策と、担い手のみならず全水田農家で取り組むべき生産調整政策とはそもそも整合するのかの吟味も必要である。

◆日本農業の真の担い手を明確に

 白書が「農政の見直し」とかかわって、小規模農家、兼業農家、高齢農家の集落営農への参加や「多角化・高付加価値化」を大いに持ち上げている点は評価できる。しかし集落営農は株式会社等と並んで「多様な経営主体」に括られ、「担い手や集落営農」という併記からも分かるように、「担い手」にはカウントされていない。他方で、水田作の労働生産性は規模とともに高まっているが、土地生産性は3haでほぼ頭打ちという点も指摘されている。つまり規模拡大は労働生産性の担い手の育成にはなっても、土地生産性のそれにはならないのだ。世界的な食料不足の時代には土地(水田)生産としての日本農業の担い手像を鮮明にすべきだ。
 農政のいう「担い手」にしても、白書は「5ha以上層の純増ペースは鈍化」と指摘している。その原因として5ha以上層からの下降戸数を重視しているが、期首戸数に対する5ha以上層の未満層への離脱減少率は90〜95年25.2%、95〜00年22.9%、00〜05年22.6%で横ばいに対して、5ha未満層から5ha以上層へ上昇してきた戸数の期末5ha以上戸数に対する上昇増加率は60.2%、44.6%、38.7%と鈍化している。これはもちろん分母にくる5ha以上戸数の絶対数の変化も大きいが、規模拡大を課題とする以上は上昇力鈍化を重視すべきである。そこに米価下落の影響があり、またこの間の担い手育成政策が功を奏していないことも示唆され、さらには経営所得安定対策の帰趨が問われる。
 05〜06年に貸借が急増した点も指摘されているが、経営所得安定対策の要件を満たすための「やみ上がり」等が多いのではないか。アンケートでの農地集積が進まない理由としては「小作料が高い」等の項目が落ちている。米価下落による集落営農や法人経営の経営収支等の悪化もみておく必要がある。来年の構造分析の充実を大いに期待したい。

(2008.06.12)