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アメリカはどこへ向かうのか

深化するサブプライム危機
保守理念への対抗軸を構築していない民主党―大統領選挙の課題
ジャーナリスト 中岡望氏に聞く

 米国の金融危機が実体経済に波及してきた。ガソリン高も加わって自動車などの業績が落ち込み、失業率も上昇している。米国経済の混迷は下期の日本経済にどう響いてくるのか。独自の視点から米国を分析している中岡望氏に、その実態や大統領選挙の政策課題などを聞いた。同氏は保守主義に対抗する理念の再構築ができていない民主党の弱点なども指摘した。(聞き手 原田康本紙論説委員)

              成長への復帰は困難 日本の心配はインフレ

◆広がる返済焦げつき

なかおか・のぞむ
なかおか・のぞむ
1947年広島県生まれ。
国際基督教大学卒。東京銀行を経て東洋経済新報社に入社、02年退職。81〜82年フルブライト・ジャーナリスト、ハーバード大学ケネディ政治大学院フェロー。現在フリージャーナリスト。国際基督教大・日本女子大・武蔵大・大阪外国語大(現在大阪大)の非常勤講師。著書は「アメリカ保守革命」(中央公論新社)など。

 ――米国発の景気減速が世界に広がり、原油などの資源高が絡んで日本経済の停滞は長引くとの予測があります。日本の景気動向のカギを握る米国はいったいどこへ向かっているのか、どう見れば問題点がわかりやすいのか、大統領選挙の動きと併せてお話下さい。まず世界を金融不安に陥れているサブプライム(信用力の低い個人向け)ローン問題について。
 「世界経済の転換はこの問題から始まった。米国では04年6月から金利が引き上げられてきて、住宅バブルがはじけ、住宅価格が大幅に下落した。またサブプライムローンを借りている低所得者層の返済が滞り、住宅差し押さえが急増した」
 「貸し手の金融機関で巨額損失が続出し、銀行破たんも出た。クレジット・クランチ(信用逼迫)が起こり、銀行は貸し渋りを強め、それによる実体経済の悪化が不良債権を増大させるという悪循環が生まれている。また住宅金融の中核であるファニーメイとフレディマックという2つの政府支援企業の危機も表面化した」
 ――米国政府はすぐに手を打っていますが…。
 「住宅金融支援法案が昨年7月に成立した。内容は借り手の低利借り換えを政府が保証して差し押さえを防ぐ対策が1つ。2つ目は必要となれば政府支援企業に公的資金を注入し支援するという対策だ。しかし、この新法によって住宅問題が解決するとは考えられない。住宅価格の下落に歯止めがかからない状況が続いている。第2四半期の住宅価格は15.4%下落している」
 「米国の住宅ローンは信用力により3分類される。1つはプライムローンといい、信用力のある優良先ローンだ。2つ目はアルトAローン、3番目がサブプライムローンだ。中間のアルトAというのは、サブプライム先よりも収入は多いが、所得証明書などきちんとした公式書類をそろえられない融資先だ」
 「今までサブプライムローンだけが注目されてきたが、アルトAローンやプライムローン返済の焦げ付きも広がり始めた。アルトA問題が次の難題になってくるだろう。さらに商業用不動産でも問題が出始めている」

◆クレジットの延滞も

住宅の平均価格の推移

 ――米国経済は辛うじてプラス成長を維持していますが、問題は深刻ですね。
 「米国の住宅ローンは変動金利だから金利上昇はまず1番弱い低所得者層を直撃し、差し押さえ・競売で家を失う家族が増えた。それが少し上の所得層にも及んできたわけだ」
 「もう1つホーム・エクイティ・ローンの延滞率上昇という問題がある。これは住宅の時価からローン残高を差し引いたエクイティ(純資産)を担保にしたローンだ。住宅価格が上がれば担保価値も上がるから住宅ブームの中でローンは急膨張した。消費者はこれを利用して例えば増改築とか自動車を買ったりして全体の好況を支えてきた」
 「ところがバブルがはじけて住宅価格が下落し、含み益も減少、時には含み損となった。金融機関はローン融資を絞り込んだ。利用者は借り換えができなくなったりして延滞が増え、個人消費も冷え込んだ」
 ――原油高についてはどうですか。不安定な値動きを繰り返しています。
 「米国は借金で買い物をするというクレジットカード社会だが、ガソリン高などで家計が苦しくなって支払い能力が落ち、クレジット返済の延滞率も上昇している。米国は自動車がなければ生きていけない車社会だからガソリン高が家計にのしかかる重圧は大きい」 「ガソリンの需要期は、旅行に出かける夏と、家屋を集中暖房する冬だが、今夏はガソリン高に音をあげて遠出をする人が減り、消費全体を冷やしている。この夏、高速道路の利用率が低下している。米国の石油依存度はここ20年ほど低下しているが、しかし原油高が続く限り消費が持ち直す条件はない。所得の増加もなく、原油高で可処分所得も減っている」
 「また燃費を食う大型車が売れなくて、例えば自動車産業の拠点デトロイトなどの地域では1月から雇用者数が減るという問題が起きている。こうした不況地域に住宅ローンの焦げ付きが集中している」

◆戻し税が貯金に回る

 ――サブプライムローン問題を含めた景気減速への対策としてブッシュ政権は住宅金融支援法の後も手だてを講じています。
 「今年5月には戻し税という形で減税を実施した。これで消費がわずかに刺激され、1%前後の成長を確保して景気の底割れが避けられたのではないかと考えられる。しかし思ったほどには効果が上がらなかったというところだろう」
 「ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授など多くの経済学者が、減税部分はほとんどが貯蓄に回り、消費に回った額はごくわずかだったと言っている」
 「消費者の行動はシカゴ学派で新自由主義のフリードマン(ノーベル賞受賞の経済学者)が立てた「恒常所得仮説」に照らし実に合理的だ。この仮説は、個人消費は恒常的な所得をベースにして決まり、一過的な所得は消費に向かわないというものだ」
 「経済理論からいって戻し税に景気の上昇効果とか消費拡大を求めるのはムリなようだ。今回はそういう結果に終わった。ただ民主党大統領候補のバラク・オバマ議員は景気刺激のためにもういちど戻し税を行うべきだと主張している」
  「とにかく米国のGDPに占める個人消費の割合は70%を超えている。ここが回復しない限り米国経済が成長軌道に乗るのはきわめて難しい」
 「ただドル安の追い風を受けた輸出の好調がプラス面だが、最大のマイナス面は史上最高の財政赤字になってきたことだ。景気減速で税収は伸びないのに減税をやり、一方では軍事費が増大している。長期的な最大の課題は財政赤字だ」
 ――日本にとっては懸念されることばかりです。
 「米国経済の悪化で対米輸出の比重が大きい中国や東南アジア諸国も悪くなるだろう。日本は米国に加えアジア諸国へも輸出しているからダブルパンチの形で影響を受ける」
 「中国経済は北京五輪後に落ち込むという悲観論がある一方、高成長を維持するという強気論もある。いずれにしても今後、中国経済の成長は鈍化するのは避けられない。昨年は11%以上の成長を実現したが、今年は9%まで鈍化するだろう」
 「日本の経済力に対する国際的評価の低下からくる円安は輸出企業には有利だが、原油高と円安によるインフレが進行して深刻な形になってくるのではないかという懸念もある」

◆衰退する自動車産業

 ――デトロイトの話が出ましたが、米国経済を産業別に見るとどうですか。
 「自動車産業全体が衰退している。大型車で収益を出していたGMなどは原油高の直撃を受けている。巨額の損失を出し、合理化でなんとか生き延びているのが実情だ」
 「自動車と並ぶのが住宅産業だ。住宅着工は家電や家具などの需要を生み、波及効果が大きいが、これも先述の通りの状況だ。あとハイテク分野があるが、これは雇用効果が小さい」
 ――米国は金融分野でも非常に強力ですが。
 「しかしサブプライム問題で余裕がなくなり、各金融機関は自己資本をいかに増やすかで精一杯だ。金融業界では大量のレイオフが進行中だ。かつてのような勢いは、今の金融界には見られない。金融の分野で日本と米国の立場が逆転してきている」
 ――元気なのは軍需産業くらいですか。
 「軍事費予算が増えているから、そうともいえる」
 ――次に米国大統領選挙ですが、どこに焦点を合わせれば米国の姿がはっきり見えるのでしょうか。
 「イラク問題は撤兵のタイミングだけの問題になったが、経済・税制・福祉政策では民主党のバラク・オバマ上院議員と共和党のジョン・マケイン上院議員の間にかなりの差がある」
 「オバマ氏は中産階級に減税するという。財源は金持ち、法人に対する増税と、イラク撤兵による軍事費削減だ。予期せぬ利益を挙げている石油会社などは増税となる。さらに薬価引き下げと国民皆保険など医療制度の改革や、年金制度の整備を掲げている」
 「マケイン氏は反対に法人には減税したうえ保険料の企業半額負担をやめ、すべてを民営化する方向だ」
 ――共和党の政策は小泉改革と似ています。
 「小泉改革は80年代の米国の保守主義政策の焼き直しで新鮮さがなかった。しかし日本に与えた影響は大きかった。これに対し福田康夫政権は軌道修正を迫られている。しかし明確なビジョンを持っているようには思われない」

◆強い共和党への逆風

 ――これまでとは違った今度の大統領選の特徴は?
 「共和党にとってこれほど逆風の強い選挙はない。とくにブッシュ政権の外交政策に対する不信が強い。米国の国際的な威信に傷がついており、〈米国は世界で嫌われている〉という認識が米国民の間で非常に強くなっている。世論調査では、民主党支持が39%、共和党支持が31%、その他が29%となっている。従来は民主党支持と共和党支持が拮抗していたが、米国の世論は明らかに共和党から離れている。議会選挙では民主党が圧勝するだろう。それをベースに大統領選が行われる」
 「今回の大統領選挙は、米国の保守主義が衰退していくのか、リベラルが復興するのかの分水嶺になるかもしれない。オバマ氏は民主党内でも最もリベラルな人だ。当選すれば市場介入や景気刺激、大企業に対する規制とか福祉的な政策の重視とか民主党の伝統的な政策が帰ってくるだろう」
 ――オバマ当選ならかなりの“チェンジ”です。
 「しかし米国社会が本質的にチェンジの方向に動いているのかというと必ずしもそうではない。ブッシュ政権からのチェンジであって、それ以上のものではないかもしれない。たとえば中絶問題は、今回の大統領選挙の主要なテーマのひとつである。社会問題に対する米国民の姿勢は保守的だ」
 「これまで共和党政権は自由競争、市場主義、規制緩和といったネオリベラル(新自由主義)の経済政策をメインにしてきた。これは保守主義の影響だ。だが、その保守主義に代わる民主党本来のリベラリズムはまだ思想的な再構築ができていない。これでは保守の理念に対抗できない。オバマ議員もリベラルな政策から中道へシフトしている」

◆日本での新自由主義

 「ロナルド・レーガン元大統領と並ぶ保守主義の巨頭バーリー・ゴールドウォーター元上院議員には『ある保守主義者の良心』という著作があり、保守主義政策の基本になっている」
 「これに対し最近、プリンストン大学のポール・クルーグマン教授が『あるリベラリストの良心』(邦題は『格差はつくられて』)という著作を出し、保守に対抗するリベラルの立場を打ち出しているが、国民的な政策課題の方向性をつくるほどのメッセージはない。仮にオバマ議員が大統領になってもかつてのリベラル派の政策を取るのは難しいだろう」
 ――新自由主義の経済政策は日本にも持ち込まれました。これについて最後に一言お願いします。
 「無批判に米国のイデオロギーであるネオリベラリズムを受け入れてしまった。社会的基盤のないところに単純な市場主義や競争主義を持ち込んだため、日本社会の基本的な枠組みが崩れ始めた。農産物市場も含めて日本の市場は大きい。これを育てていくのは国民の購買力だ。ところが財界は国際競争力の強化を唱えて労働力コスト切り下げを至上命題とする」
 「これでは購買力が落ち込む一方だ。せっかくの市場も空洞化する。企業は史上最高の利益を上げている。経営者は国際競争に脅え、労働分配率を高めることを拒否し、非正規社員への依存を高めた。その結果、労働者の質の低下と生産性向上が進まなくなった。日本企業の質の劣化は明白だ。輸出市場ではなく、国内市場を拡大させることが正しい経営だと思う。政府もそれを支援する政策を打ち出すべきだ」

※ 新自由主義(ネオリベラリズム) 自由競争と市場原理を重視する考え。これを批判する研究者は“弱肉強食主義”という。古典的な自由主義に対して新自由主義が生まれ、日本の中曽根康弘・小泉純一郎・安倍晋三政権はこれに基づく政策に取り組んだ。

インタビューを終えて

 日本がバブル景気に踊ったときは、土地やアパートを建てるための金を銀行が貸したが、銀行はこの債権を他の金融債とごちゃ混ぜにして証券化して資金をつくるところまではしなかった。アメリカには「悪魔の知恵」を出す知恵者がいてこの金融債を世界中に売りまくった。ブッシュ政権は後始末の一環で減税をした。アメリカでは個人宛に減税額の小切手を送る方式とのことであるが、これまでのように減税分が消費や株式に回るとの期待がはずれ貯蓄に行ってしまった。中岡氏によれば、アメリカ国内ではブッシュ政権の外交政策への批判が強く民主党への期待、オバマ候補の”チェンジ”は支持を受けているが、米国社会が本質的にチェンジの方向へ動いているとは必ずしもいえないとの見方である。民主党には、共和党が主張をする「アメリカの保守主義」に対抗のできる民主党本来のリベラリズムが国民的なコンセンサスを得て政策的な課題を打ち出すまでには至っていないとのことである。
 アメリカの国民が誰を大統領に選ぶか、世界がアメリカを見ている。(原田)

(2008.09.01)