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食品表示と安全性

原料原産地表示は食品の安全性を保障しない

 食品偽装などの問題が起きると食品表示を厳しくするよう求める論調が必ず出てくる。中国産冷凍ギョーザによる中毒事件の後には国内で製造された加工食品の原料原産地を表示せよという要求が高まった(海外で製造した場合は製造国名を原産国名として表示が義務づけられている)。国は目下検討中だが、大消費地である東京都は条例でこれを義務付けた。何のためにこれが必要なのか考えてみた。

非科学的な義務化は何のために必要なのか?

◆食の安全性について根本的な議論はなされたか

 「食品の安全性と原産地表示は関係ないことをもっと主張すべきだった。戦略的に間違いだった」と(社)日本冷凍食品協会の山本宏樹常務理事は、8月25日に東京都が「国内で製造され、都内で消費者向けに販売される調理冷凍食品について、原料原産国の表示を義務づける」と告示したことを受けて記者に語った。
 山本常務は業界の代表として東京都の審議会で、調理冷凍食品で原料原産地を表示することに「最後まで反対してきたし、いまでも反対」だ。
 しかし原料原産地を表示することは、食品の安全性を保障することにはならないという根本的な問題に重点をおかなかった。むしろ、原料調達は国内を含めて多岐にわたっていること、農産物だから季節によって調達国が変わり、価格も違うのを組み合わせて一定の安定した品質のものを合理的な価格で作るのが加工食品の一番のノウハウだし技術であることのみを議論してしまったという。
 その観点から原材料の原産地が変わるたびに包材の表示を変えるには、加工する一定期間前に、原料原産地を確定して包材への印刷用版をつくり印刷して準備しておかなければならないとか、下図のように中小企業が多いこの業界のすべての会社がそれに対応するのは大変なことであり、コストもかかる、という技術的な問題にウエイトを置きすぎた、という反省の弁だ。

◆消費者が安心して適正な選択ができるため

 東京都が国内で製造された調理冷凍食品の原料原産地表示を義務化したのは、中国産冷凍ギョーザによる中毒事件が発生したために、都民から「安心して商品を選択するために、原材料の原産地を知りたいとの声が大きくなって」きたから、都民が「安心して適正な選択ができる」ことと「事業者が自ら製造、加工する食品の原材料を適切に把握するため」だとしている(東京都「調理冷凍食品の原料原産地表示について」より)。
 国も消費者の加工食品の原料原産地に対する関心が高いことから3月19日に「消費者と食品事業者の間の良好な信頼関係を構築する観点から」原材料原産地に関する情報を「積極的に提供することを推奨する」という通知を出すとともに、厚労省と農水省による「食品表示に関する共同会議」で加工食品の原料原産地表示について検討を行っている。

冷凍食品の裏面には原料だけでなく、さまざまな情報が記されている
冷凍食品の裏面には原料だけでなく、さまざまな情報が記されている(上)
東京都で販売するものは下図のように表示しなければならない

◆「真に伝えるべき情報は何か」など国は課題を整理

 この共同会議で今後、食品表示の見直しを行う場合に「考慮すべき点、整理すべき課題」として「消費者の知る権利を尊重することが大前提」としつつも「全ての加工食品の原料原産地を義務表示の対象とすることには無理があり、最終的に罰金等を伴うJAS法による表示義務を課すには、表示の実行可能性等も考慮する必要がある」。
 そして「限られた表示スペースに真に伝えるべき情報は何か、義務付けして表示しないといけない情報は何か等、他の表示事項を含めた全体の中で原料原産地表示のあり方を考える必要がある」とし、現在、関係者からの意見聴取を行っており、今年度中に方向性をとりまとめることになっている。

◆表示が困難ならネットや電話での対応も可能に

 消費者の関心が高く、要望も強いので、東京都も国も国内で製造される加工食品の原料原産地表示問題を検討することにし、国の対応が遅いので東京都は「国に先駆けて」義務化した。大消費地・東京都で実施されれば、ほとんどの加工食品会社は対応しなければならなくなる。しかも最低でも1年、普通は2年はある猶予期間がわずか9か月という短さだ。
 日本冷凍食品協会では「ガイドラインを作成中」だという。多くの加工食品をコープ商品として販売している日本生協連では、包材に表示することは難しいので、「容器包装への表示が極めて困難な場合」は、インターネットや電話等を利用して原料原産地情報を入手できる仕組みをつくり、その問合せ先を包材に明記すればよいことになっているので、その方法で対応することになるだろうという(鬼武一夫日本生協連安全政策推進室長)。
 インターネットでの対応についても、同一商品でも製造ロットで原料原産地が変われば、ロットごとにWeb上に表示しなければならず、それほど簡単なことではないという。そうなると電話での対応ということになるが、いずれにしても事業者はコスト負担を強いられることになる。

◆原料原産地表示で消費者は本当に「安心」を得られるのか

 そこまでして得られるものは何だろうか。
 例えば「冷凍たこ焼き」に使われタコの原産地には、フィリピン、ベトナム、アフリカのモーリタニアなど世界にまたがっている。「フィリピン」とか「モーリタニア」と表示されることで消費者は本当に「安心」を得ることができるのだろうか。あるいはフィリピン産タコとモーリタニア産タコを比べてどちらが安心できると判断できるのだろうか。
 食品として安全かどうか判断するのは、原料原産地ではなく、その原料がどのように輸送され加工工場に入ってどのように衛生的に管理され加工されたのかということではないか。食品として安全に加工されているから消費者は「安心」して買うことができるのではないか。
 山本常務がいうように「原料原産地」を表示するだけで、食品の「安全性」が保障される科学的な根拠は一切ないのだから、表示されることで消費者が「安心」するというのはおかしな話ではないだろうか。何を根拠にして消費者は「安心」を手に入れるのか。

◆犠牲になるのは農林水産業のように弱い立場の人たち

 それでも「原料原産地」にこだわるのは、ある特定の国を排除しようという意識が働いているということになるのではないだろうか。そんなことが許されるのか。自給率わずか40%の国がそんなことをすれば、そうでなくても世界的に食料が大きな問題となっているときに、日本の食の現実が成り立つのだろうか。
 最近の傾向として、何か問題が起き、それをどう解決するかというときに、科学的・合理的に判断される前に、「消費者が要望しているから」とか「消費者の意見だから」ということで処理されることが多い。そしてその鉾先はもっとも弱い部分に向けられる。
 つまり、農業や水産業だ。そして今回の場合は、その次に弱い食品加工業というわけだ。
 あえていえばこうした「大衆迎合」主義が、無用な混乱や余分な負担を弱い部分に強いているといえる。
 消費者の意見・要望を聞くことは、間違いなく必要だ。しかし、それは全てを聞き入れることとは違うだろう。原料原産地表示は、安全性や安心を保障するものではないのだから、そのことをきちんと説明し納得してもらうことも行政の責任であり仕事ではないだろうか。

◆期限表示への理解を深め食品ロスをなくす方が大事では

 食品表示に関連していえば、賞味期限と消費期限という期限表示の問題もある。とくに賞味期限の意味がきちんと理解されていないために、賞味期限が切れた食品が捨てられ「もったいない」ということになり、「食品ロスの削減に向けた検討会」が開催されたりしている(ニュースファイルおよび6面参照)。最近は生協などでは組合員レベルまでかなり理解が進んでいるようだが、もっと広く国民に理解されるような取組みに人も金もかけるべきではないだろうか。
 最後に蛇足だが、東京都の義務化は「東京都消費生活条例」に基づくが、もしJAS法でも同様な決定がされるとどうなるか。表示が困難ならインターネットや電話での対応も可能ということになるとJAS法としてはおかしなことになる。なぜなら、JAS法では品質を表示することで、買う前に消費者が商品を選択するための情報として役立てることが目的だからだ。ネットや電話は買った後にアクセスするのだから、買うときの選択肢にはならないからだ。

(2008.09.11)