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世界と日本の経済情勢

減速する世界経済 後退する日本の景気
インタビュー (株)農林中金総合研究所主任研究員 南 武志

 米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズが破綻するなど、昨年夏に表面化したサブプライムローン問題は依然として米国経済に対して深刻な影響をもたらしていることが明らかとなっている。
 米国は一部金融・保険会社に公的資金を投入するなど、金融システムの安定に努めているが、米国を筆頭に先進国経済は景気が悪化、それが新興国経済にも陰を落とすなど世界経済全体が減速しているという。日本でも実感のないままに続いていた「景気回復」は既に後退局面に入っている。
 今後の世界経済・日本経済の動向について(株)農林中金総合研究所の南武志主任研究員に聞いた。

農産物などへの価格転嫁は経済回復の鍵
新興国の経済成長にも影響

◆2つの海外要因で悪化

 8月に公表された政府の経済報告では、日本経済が景気後退期に入ったことを事実上認めている。政府は8月末に農業分野への支援も含めた総合経済対策を打ち出した。農林中金総合研究所の南武志主任研究員は今回の景気後退は国内要因ではなく、海外要因にあるとし「外的ショックによる景気の途中屈折」だと分析している。

国内景気の実勢

 海外要因のひとつは、米国を筆頭とする先進国の景気悪化だ。まず、昨年夏に世界を揺るがせた米国のサブプライムローン(信用力の低い低所得者など向けの住宅ローン)問題について改めて整理しておきたい。
 米国では2003年半ばから04年半ばまで続けられた大幅な金融緩和もあって住宅価格が上昇、その結果、住宅ローンなど新たな借り入れ需要が生まれた。当時は、ホームエクイティローンなど住宅価格の上昇分をさらに借り入れられるような住宅ローンも登場したが、その追加の借入額が個人消費全般を押し上げるといったことが散見されるなど、米経済は好調さを続けた。そのころ、この住宅価格上昇に目をつけて作り出されたのがサブプライムローンだ。
 通常の貸出であっても、ある程度の返済焦げ付きを見込んでローンは設計されている。しかし、半永久的に住宅価格が上昇するかのような幻想に立ち、返済ができなくなれば住宅を転売したり、あるいは別の住宅ローンに借り換えをしたりすればなんとかなる、という発想が根底にあったのがサブプライムローンである。
 「そもそも借り手が最後まで返済することを前提にしないという、本来あり得ないビジネスモデル。金余りのなかで起きた米国金融機関のモラル低下が作り出した」と南氏は指摘する。しかも、このローンは、他のローンなどと一緒に束ねられて金融商品に組成され、さらに証券化されて世界中に出回った。
 そして、周知のように住宅バブルは崩壊。「本来あり得ないビジネスモデル」は破綻し、サブプライムローンには大量の焦げ付きが発生、このローンを含む金融商品は買い手が不在となり、価格は暴落、これらに手を出した金融機関に多大な損失をもたらすことになった。
 しかもこのローンは当初2〜3年間ほどは低金利に抑えられているが、その後は10%超に跳ね上がるという仕組みが多い。南氏によると、世界中に出回ったサブプライムローン関連の金融商品の損失額がいまだに膨張し続けているといわれるのは、これから金利が大幅に上昇してしまうローンがまだ控えているためで、そのピークは来年の1月から3月にかけて、と見込まれている。問題が落ち着いてくるのはそれ以降だろうという。
 こうした不良債権の増加によって、金融機関は製造業など事業向けにも貸出を減らす、いわゆる信用供与をしないという後ろ向きの行動を取らざるを得なくなってきた。こうしたサブプライムローン問題もあって米国経済は景気が後退、世界経済全体でも製造業の生産が落ちるなど景気の実勢は下向きにある(下図)

世界経済の動向

 これは新興国経済にも影響し始めている。たとえば、中国では貿易黒字額が最大となったと先頃報じられたが、それは裏を返せば中国の輸入が減ったということ。ひとつの例が工業分野での部品だ。先進国での需要が減少すれば部品の需要も減る。安い労働力を使い中国で組み立て世界に輸出するという中国経済の図式、つまり、中国も外需依存で経済成長をしてきたわけだが、そこに陰りが見えてきた。
 中国経済についてはかねてからオリンピック後の成長停滞が懸念されていたが、「中国はイベント特需で経済成長してきたのではなく、実はすでに世界経済に組み込まれるかたちで成長を続けてきた。今後、中国からの製品輸出も減ることになれば成長率を落とすことにもなるだろう」という。
 最近まで、米国経済と、中国など新興国経済とは必ずしもリンクしなくなったという「デカップリング論」があった。米国経済が後退しても、それと分断された新興国の経済成長が世界を引っ張るだろうという見方だ。しかし、米国も中国も、そして日本も今や外需依存の成長となっており、「現実をみればデカップリング論は見立て違いだ」という。

臨界点を超えた原油高

◆原油高騰に世界が悲鳴

 日本経済に影響するもうひとつの海外要因は原油高だ。これは直接農業生産にも生活にも大きな影響を与えている。
 原油など資源価格の高騰によって我が国GDPの5%程度、約28兆円が海外に流出しているという。原油などの輸入価格が上がってもその分を製品価格に上乗せして輸出をすれば、国内生産額の海外流出は起こらない。しかし、国内でも製品価格への転嫁ができていないばかりか、競争の激しい世界市場では輸出価格を上げることは難しいという。
 こうしたなか、原油高の恩恵を受けた産油国は潤っているはずだ、と思う。が、産油国はオイルマネーを使って輸入を増やしているというわけではないのが現状で、日本製品を買ってくれるといった実需にはあまり結びついていない。
 産油国は70年代、80年代の原油高騰期(オイルショック時)にはオイルマネーをふんだんに使うなど放漫財政体質となったが、80年代後半以降の原油下落によって長らく赤字に苦しむという苦い経験をした。そのため最近ではオイルマネーを厳格に資産管理しているという。
 これが最近よく聞く政府系ファンドであり、金融機関・事業会社などへの出資を含めた様々な投資に回っている。不透明な運用内容であるとしばしば指摘されるが、その資金は実はサブプライム問題で傷ついた欧米金融機関にとっての下支えの機能となっているのも現実。また、産油国のなかでは、オイルマネーを使って社会保障制度の仕組みづくりにあてるなどの国もある。その国の人々にとっては恩恵だが、オイルマネーが日本製品を買うなどの形で外に出て来なくなっているというわけだ。
 こうした状況についに経済活動が悲鳴を上げたサインが、最近になっての原油価格の下落だという。1バレル=100ドル水準を切った。世界経済が好調なときは原油高騰分をなんとか吸収できていたが、「ついに臨界点を超えたのではないか」。
 各国とも外需依存型の経済成長を続けるなか、輸出の減少で経済が後退しはじめ、原油などコストだけ高いという負担感から、企業も家計もともにマインドが悪化している。

◆まっとうな市場メカニズムで回復を

 原油をはじめ鉱物資源を持つ国が世界経済をリードするという見方がある。しかし、南氏は原油や資源それ自体だけで世界経済が成り立っているわけではないことを強調する。
 過去の歴史を振り返ってみても、原油価格が一方的に上昇し続けるということはなかった。今回は数年前の5倍にまで跳ね上がったが、それは結局、世界経済の鈍化をもたらすことになり、価格の調整局面が来た。そうなるとエタノール生産・輸出で経済を成長させてきたブラジルなども原油との価格差が注目されてしまい、エタノールが経済成長を牽引する要因であり続けるかどうかも問われることになるのではないかという。もっとも今後のエネルギー政策のあり方を別にすればだが。
 また、最近では豪ドルなど資源国通貨が売られるということも起きている。資源があってもそれが納得のいく市場経済ベースで活用されなければ、どこかで壁にぶつかる。それほど世界経済は一体化の度合いを強めているということだ。
 こうしたなか、日本では原油高騰対策などの政策が経済回復のために期待されている。それによって民間消費を何とか下支えしようということだが、南氏が指摘するのは「原油価格が落ち着いたとしても、それまでの上昇分を価格転嫁していく努力は必要。売上が伸びなければ、賃金の上昇にはつながらず、民間消費の盛り上がりも期待できない」ということだ。
 農産物の分野でも畜産物・乳製品をはじめとして、コスト上昇に見合った適切な価格転嫁を生産者サイドが求めているが、「納得のいく市場経済メカニズムを働かせることこそが求められている。価格が上がるべきものは上げることが経済回復に必要だ」と話す。
 農業生産サイドから消費者への理解を求める取り組みは、経済全体にとってもまっとうな取り組みだといえるだろう。

(2008.09.24)